金魚の嫁入り

朱雀の忌み子 1

それは一月ひとつき前のこと。ずっと朱雀すざくの家の物置に押し込められていた私は、ある朝急に外へと引っ張り出された。



「相変わらず陰気臭い顔だこと。早く出なさい、シロ。役立たずのお前に縁談を持ってきてやったのだから、喜ぶといいわ。」



突然私の所に来て、緋彩ひいろお姉さまはそう言った。緋彩お姉さまは朱雀家の長女で、次の当主さま。お母さまが一番大事にされている方で、私とは全然違う。



──お前を産んだ事が我が人生唯一の汚点だ。



お母さまにそう言われた日から、私はお母さまに一度もお会いしていない。


仕方がないこと。お母さまやお姉さまたちの真っ赤な髪と違って、私の髪は真っ白だから。そのくせ誰よりも赤いこの目が、朱雀の初代さまと同じように赤いこの目が、不吉なのだと何度も言われた。


私の髪はお父さまと同じらしい。けれどこの屋敷に、私のお父さまはいない。


緋彩お姉さまのお父さまも、他のお姉さまや妹たちのお父さまも、皆髪の色は赤じゃないらしい。それでも、朱雀の娘ならば、お母さまの娘ならば、必ず赤い髪と臙脂の目を持って産まれるはずなのに。



「さっさと動きなさいこのノロマ。わたくしは暇じゃないの。お前達、早くコレを着替えさせて。なるべく豪華にしてちょうだい。黒河にも、他の家にも見せつけないといけないから。」



お姉さまが言うと、途端にお手伝いの方々が私を取り囲んで着物を脱がせる。まるで人形のように扱われても、何か言えばお姉さまに怒られてしまうからじっとしていよう。



「色は赤で統一してちょうだい。こんなのに金をかけるのは惜しいけれど、ここまですれば黒河も断れないでしょうから。」



そう言ってお姉さまは、何か思いついたように口元を吊り上げた。



「ええそうよ。この縁談を断るということは即ち、朱雀の好意を断るということ。朱雀の娘は丈夫な子を産めるから、他家が欲しがるくらいだもの。それを断るなら、朱雀を敵に回すということよねぇ」



お姉さまが何を考えてるか分からないけれど、きっとよくないことなんだと思う。でも私が口を出すことはできない。



「まぁ、コレに子供が埋めるかは分からないけど。」



私を上から下までじろりと見るお姉さまの視線に、いつも居心地の悪さを感じる。まるでどこかに売りに出される野菜や果物になったみたいで落ち着かない。



「ああ、かんざし? いいわよ適当で。着物だけ繕えば十分でしょう。わたくしは先に行ってるわ。出来たら連れてきてちょうだい。」



それだけ言うと、お姉さまは部屋を出て行ってしまう。残された私は、髪飾りを選んでいる方に一つだけお願いをした。



「あの、すみません……こちらを付けてはだめでしょうか」



赤い金魚の髪飾り。私のたった一つの宝物。



「では、それを使いましょう。」



お手伝いの人はそれだけ言うと、私の手から簪を取って髪に通す。着たことなんてない豪華な着物が重い。立ってるのもやっとで、うっかり踏み外したら転んでしまいそう。



「緋彩様がお待ちです。早く参りましょう。」


「は、はい。」



ふらふら歩く私を待たずに、お手伝いの人たちは行ってしまう。急いでついて行くと、お姉さまは既に馬車に乗っていた。


太陽の光が眩しい。馬車まで屋根が無かったら、きっと倒れてた。



「何をモタモタしてるの。早く乗りなさいよ。」


「申し訳、ございません」



着物が本当に重くて馬車に乗るのも大変だけど、早く乗らないと。お姉さまもお手伝いの人も手伝ってはくれない。これくらい、一人でできないとだめなんだ。



わたくしの隣に座らないで。正面もやめてちょうだいね。お前といっときでも同じ空間にいるなんて苦痛だわ。」


「申し訳ございません……」


「黒河の家に着くまで息を殺しててちょうだい。」


「かしこまりました……」



それ以降お姉さまは何も話さず、怒った顔で窓の外を向いている。静かな時間がずっと続くと、私の頭の中も落ち着いてきた。


どこに連れて行かれるのだろう。縁談、と言っていらした。まさか、私が?


朱雀の娘は跡継ぎ以外は他所へお嫁に行くことが多い、とお手伝いの人達が話してたのを聞いたことがある。けれど私には無縁と思っていたのに。

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