フリマアプリでのやりとり

「時計、届きました!大変気に入っていますが、もう少し古いモデルを探しています。関連するものがあれば、ぜひ譲ってくだざい。」


 フリマアプリでの取引は、斉藤の日常の一部になっていた。家にある不要な物を手放し、空間を整理することで、心が軽くなる気がしていた。今回も、古い置時計を出品した。購入者の情報は、アプリの規約通り完全に匿名で、相手の名前も知らず、ただ感想だけが送られてくる。


「また売れたか」


 取引は淡々と進み、特に感慨はなかった。時計はもう使っていなかったものだし、次に持ち主となる誰かが喜んでくれればそれで良い。斉藤は気にすることなく、時計を発送した。


 数日後、斉藤はまた整理を始めた。押し入れの奥から、もう一つの古い時計が見つかった。それもまた特別な思い入れがあるわけではないが、どうせ使わないものなら、手放してしまったほうがいいだろう。すぐにフリマアプリに出品し、しばらくしてまた匿名の購入者が現れた。


 その後、斉藤は自分でもアンティークな時計が欲しくなり、フリマアプリで検索を始めた。殺風景な部屋に何かアクセントになるようなものが欲しかったのだ。いくつかの商品を見比べていると、ある時計が目に留まった。手頃な値段で、デザインも落ち着いていた。


「これがいい」


 すぐに購入ボタンを押し、届くのを楽しみに待った。匿名でのやりとりは便利で、相手が誰であろうと気にする必要はない。ただ、物が届けばそれでいい。


 数日後、時計が届いた。斉藤はその重さを確かめ、棚に飾った。部屋にぴったり合うように感じ、何も疑うことなくそのまま過ごした。


 しばらくして、また物を整理したいという気持ちが強くなった。斉藤は部屋に増えてきた物を減らすことが気持ち良く感じるようになっていた。棚に置いたばかりの時計に目が行き、次に新しい物を手に入れるためにも、再びその時計をフリマアプリに出品した。


「また誰かがこれを買ってくれるだろう」


 彼は気にすることなく、取引を続けた。完全匿名であるため、相手が誰であるかは全く分からない。だからこそ、何度同じ取引を繰り返しても違和感はなかった。


 そしてまた数日が過ぎ、斉藤はフリマアプリで新しい時計を探していた。物を売り買いすることが、彼にとって日常的な行為になっていたのだ。気になる時計が目に留まり、彼はまたしても購入ボタンを押した。次の時計が届くのを楽しみにしていた。


 届いた時計は、いつも通りの重さで、手にしっくりと馴染んだ。特に疑問もなく、斉藤はそれを棚に飾った。そして、いつものように出品者にお礼のメッセージを書き込んだ。


「時計、届きました!大変気に入っていますが、もう少し古いモデルを探しています。関連するものがあれば、ぜひ譲ってくだざい。」

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一口ショート @daikichi-usagi

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