月光転送

 スーパームーンの夜、亮介はベランダで空を見上げていた。普段は仕事に追われ、夜空を見る余裕などなかったが、今夜の月は異様に大きく、どこか不思議な光を放っていた。


「こんなに大きな月、見たことがないな……」


 亮介はスマホを手に取り、最近ダウンロードした「Lunar Gateway」というアプリを開いた。半ば好奇心で入れたものだが、スーパームーンとリンクするというその奇妙な説明に惹かれていた。


 アプリを起動すると、月が画面いっぱいに表示され、ゆっくりと回転し始めた。画面下にはシンプルなメッセージが表示される。


「今夜、月と同調しますか?」


 亮介は少し笑いながら「はい」をタップした。その瞬間、月の光が一段と強くなり、彼の周囲が白い光に包まれたかのような感覚がした。


 次に目を開けると、亮介は別の場所に立っていた。見知らぬ風景、そして広がる荒涼とした平原。見上げれば、巨大な月が空を覆っている。


 何もかもが現実離れしているが、どこかで「これは本物だ」と感じる自分がいた。彼はゆっくりと歩き出し、目の前に広がる建物に向かって進んだ。


 建物にたどり着くと、亮介は中に足を踏み入れた。静かな電子音が響き、彼の心拍とシンクロするかのように、建物全体が共鳴している。


 スマホを取り出そうとした瞬間、画面に新たなメッセージが表示された。


 しかし、亮介はメッセージを確認することなく、そのまま空を見上げた。巨大な月が彼を見守るように輝き、世界全体が月の光に包まれている。


 ゆっくりと目を閉じ、彼はすべてを受け入れるかのように深呼吸をした。周囲の光景が徐々に消え、再び白い光に包まれる。そして次に目を開いたとき、亮介は元のベランダに立っていた。


 ベランダに戻った亮介は、変わらないはずの日常の風景を見渡す。街は静かに動いているが、彼の心の中には確かな変化が起きていた。


 スマホを再び取り出し、ふと見上げると、スーパームーンは相変わらず輝いていた。亮介はしばらくその光を見つめ続ける。


 何も語らず、ただ静かに月が沈んでいくのを見守った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る