第3話

 延命治療はしない


そんな話を父と母でした、と言っていた、と記憶している。

母は痛い思いをしながらもモルヒネをつかうことに抵抗があったし、実際使わずに至ったと思う。その他の痛み止めを用いていたんだと思う。大腸からいろんなところに転移していたから、唸るように「痛いんですけど」と周りの者に訴えていた。それでも懸命に耐え、できるだけ自然な方法で生きたいと願っていたと思う。


医師が告げた余命3ヶ月は超えていた。

10月の私の誕生日には院内で買ったものかポストカードにメッセージを書いて、いろいろしてくれてありがとう、と言って渡してくれた。ポストカードは金閣寺だった。

母はたまにこういうクスッとユニークさを感じる所を出してくる。私が修学旅行に行くとき持ち物に名前を書いてくることを連絡された時には「書いておいたよ」って自分のイニシャルをうっかり書くし、安室ちゃんが結婚した!って起き抜けの私に教えてくれるから誰!?と問うと「サムソン!」と言ってしまう人だ。思わずツッコミたくもなるし、今や母のことを話す時のテッパンになっている。

おかしいばかりではなく、本当に愛情深い人だった。高校生の時、部活が一緒だった友達伝いに「うちのお母さん、○○ちゃん(私)のお母さん好きって言ってたよ」聞いた時はむしょうに嬉しかった。勉強しろもは一言も言わないけど、テスト前の朝だけは頑張ってね、と声をかけ、登校前にはどんな家事の途中だろうが玄関まで来て気を付けていってらっしゃい、と声をかけてくれた。

中学3年頃からわかりやすく思春期をー迎え、小生意気な態度と悪態ばかりついてやりづらさを感じただろうにただただ受け止めてくれた。ひどいことしたな…と数年後後悔した。あの時どう思ってたのかな。自分が親の立場だったらはりこくって(父曰く張り倒す的な意味)やりたいくらいだ。


母の容態は日に日に悪くなってった。

就活しながら家のことやって母の見舞いに行って…別に今考えたらそこまで切羽詰まった状況じゃなかったのにアップアップしてひとりで背負い込んでる気になって家族に嫌な態度取って、兄からは「お前一人が頑張ったって仕方ないんだから、自分のやりたいこともすりゃいいじゃん」て、言葉はぶっきらぼうだったけど励ましでもあったんだろう。


家の近くに秋桜がきれいに咲く場所があった。母が一時退院した時に見に行った。母の写真を撮りたいと思った。残酷な予感。縁起でもないと自分に嘲笑してしまうが、この一枚が遺影になるのだろうか、と。



母の病床。年の瀬も近い。

横になっている時間が長くなった。テレビをゆっくり観る暇もないほどみを粉にして家族のことをしてくれた母も朝ドラと大河ドラマと「世界ふしぎ発見!」は好きで熱心に観ていた気がする。

その中でイタリアへの憧れを時たま口にするから旅行雑誌など買って枕元に置いたりもした。少しでも望みを持って。ベッド脇のキャベネットにあったものといえば、メモ帳もあった。私がたまにレシピを聞いては手書きしてくれた。母のレシピのはずなのにそれで作っても同じ味にならないのはなぜだろう。


母には仲の良い幼馴染が3人ほどいた。そんな遠くに住んでいたわけではないと記憶しているが、それでも互いに家庭もあるし数年に一度会っていたかどうかという感じだ。彼女らか見舞いに来てくれた。私は席を外していたけど、かなり気丈に振る舞っていたのではないかと後で気づく。


懐かしい面々と再会を果たし、最期のお別れかというようにその2日後、もう殆ど意識がなくなり心電図モニターを付けた母がいた。息が荒いのに弱々しくて、たまに唸ったり「痛いんですけど…」と看護師さんに訴えたり、私は手を握ることしかできなくて。

ご家族を呼んだ方がよいかも、それを聞いてすぐに動けなかった。馬鹿なことをした。変な言い訳が頭を駆け巡って…この半年、父と兄が営む自営業は母によっぽどのことがない限り通常運転で仕事を回していたし、もう一人の兄も来られる時にという至って無理のないスタンスで見舞っていた。

そこでバタついても仕方がないと勝手に判断した自分がいたのかもしれない。しばらくして母に排尿チューブが取り付けられたりして、延命治療がどうのこうとの聞こえた気がする。それは望まない、望んでいない、と応えたか。もうおぼろげで覚えていない。けど、父と母の話ではそうだったはずだ、と。痛い思いをし続けて、管に繋がれてただ生かされることが幸せなのだろうか、と。こちらの主観も多分に含まれていたから、この判断が正しかったかどうかは未だにわからない。家族も誰も責めたり、問いただしたり、私には何も言ってこなかった。あの頃も今も。

どんなタイミングで立ち上がったのか、連絡しなきゃとのろりと通話スペースに行って家族に連絡した。なるべく早く来てほしい、と。

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