第23話 羽のお守り

 オーウェンは横抱きにされたまま寝室まで運ばれ、寝台に寝かせられた。身体は元気なのになと思うものの、エルプクタンの気遣いが嬉しかった。

「見知らぬ神の死が、そんなにショックですか?」

 エルプクタンの口調は責めるものではなく、単純に疑問を聞くような口調だった。オーウェンがなぜこんなに傷ついているのか、理解できていないようだった。

「うん……だって、人が、いや神様か。とにかく目の前で死んだんだよ。悲しいよ」

「力の神はオーウェンさんになにかをしてくれたわけでもないのに、ですか?」

「それは関係ないよ。もしかしたら力の神は、話してみたら到底仲良くできない性格の人だったかもしれない。でも人柄がどうとか、何をしてくれたかとかではなくて……死というのは悲しいものだし、助けたかったと思っちゃうんだよ」

 エルプクタンにこの心の動きを理解してほしいなと思い、細かに説明した。理解してくれるだけでいい。なにも同じ心の動きをしてほしいとまでは、望まない。

「そういうものですか。なら、今後はオーウェンさんには死に瀕した者は見せないようにしますね。オーウェンさんを悲しませたくないので」

 彼は踵を返す素振りを見せ、思い直したように寝台の中のオーウェンに向き直った。

 躊躇うように息を吐き、もう一度吸って、彼は口を開いた。

「祭祀場でオレが人間たちに天罰を与えたのは……オーウェンさんにとっては、苦しいひと時だったのではないですか?」

 彼はぎゅっと拳を握り締めていた。

 まさか本当に理解してくれるとは思わず、目を見開いた。

「そうとは知らず、オレは、オーウェンさんを傷つけ、苦しい思いを……」

 悔いているのだ。

 人は変われるのだと、視界が潤んで滲んだ。

「気にしないで。僕もエルの話を聞いて気づいたんだ。神様にとって、下界に下りるのは危険なこと。つまりエルは危険を冒して、僕を助けに来てくれたんだよね」

 神にとって下界がいるだけで神気を消費して、最悪の場合には神でなくなってしまうような場所だとは、知らなかった。

「改めて、ありがとう」

「お礼ならもうもらいましたよ」

「それでも、もう一回言いたくなったんだ」

 オーウェンの言葉に、エルプクタンはいつもの気だるげな緩い微笑みを返した。

「おや」

 白い羽根がひらりひらりと、二人の間に舞い落ちた。

 手を伸ばすと、手の平の上に羽根が落ちてきた。彼の翼から落ちたのだろう。

「やっぱり綺麗だなぁ」

 純白の羽根はうっすらと光をまとっているように見えた。こうして見てみると、やはり天羽の冠に使われていた羽根は、エルプクタンの羽根だったのだ。

「これでオーウェンさんのための髪飾りを作ってもいいですよ」

 心を読んだかのように、彼は申し出た。

「ええ、女の子じゃないんだし髪飾りなんていらないよ。でもそっか、この羽根捨てちゃうのももったいないな」

「じゃあネックレスはどうですか。先端に革紐を通せるように少し加工して、首から提げるのはいかがですか。オレが神気を籠めておけば、ちょっとしたお守りになりますよ」

「お守りかあ、それならほしいかな」

「わかりました、すぐに作らせておきますね」

 どうやら実際にお守りを加工してくれるのは、聖獣たちのようだ。

 もし彼が人として暮らしたら、家事を何もできないのではないかなと考えて、少しおかしな気分になった。雑巾を絞って掃除をする彼なんて、想像もできない。

「楽しみにしていてくださいね。では、今日はゆっくりしていてください」

 エルプクタンは静かに部屋をあとにした。

 さっきまで瞼の裏に、力の神が死んだ瞬間の光景が鮮明に張り付いていたが、エルプクタンと少し話しただけで、光景は薄れた。お守りという楽しみまでできた。

 たまにはお昼寝もいいかと、暖かい思いを抱いて寝台の上で目を閉じる。

「ぴゃう」

「ミルクも一緒に寝るかい」

 さっきまでミルクはミルク用のクッションで寝ていたはずだが、いつの間にか隣に来て丸まっている。物理的にも暖かさを感じながら、微睡んだのだった。


「ほらオーウェンさん、お守りが完成しました」

 お守りの完成を告げられたのは、翌日の朝食の席でのことだった。

 羽根の軸部分に、革紐が通されている。

「わあ、早いね」

「つけてあげましょう」

 エルプクタンの方からオーウェンの席まで来て、後ろからお守りをつけてくれた。間近で見る羽根は、昨日よりもまとっている光が明るくなっているに見えた。彼が神気を籠めてくれた証だろうか。

「綺麗だなぁ。ふふ、これでエルがいないときでも寂しくないね」

 振り向いて笑いかけると、彼はなにかに驚いたかのように目を丸くした。

「オーウェンさん、オレがいないと寂しかったんですか?」

 彼の言葉に、自分の方が少し驚いてしまった。たしかに、自分の言葉はまるで寂しがりみたいだった。

「ああ、うん、少し……? エルとミルクと、三人で遊ぶ時間がもっとほしいなって」

「なら、今日はそうしましょう」

 彼が頷いてくれた瞬間、また白い羽根がひらりと一枚落ちてきた。珍しいこともあるものだなと笑う。

「おや、まただ。もうお守りはいらないよ」

「ふふ、わかりました」

 あとから思えば、このときもっと事態を深刻に捉えていればよかったのかもしれない。

 数少ない後悔していることの一つだった。

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