第7話 白くて目が赤い

 つん、つんと頬に柔らかいもふもふとしたものが触れた。一体何の感触だろうと、ぼんやりと目を開けた。

 翼の生えた猫と兎が、オーウェンの顔を覗き込んでいた。

「わあ、どうしたの?」

 オーウェンが絨毯の上からゆっくり身体を起こすと、猫の方が先導するように歩き出した。

 そういえば、エルプクタンが聖獣たちに風呂を沸かせていると言っていた。きっとお風呂が沸いたのだろう。

 オーウェンは猫についていくことにした。

 いつの間にか開いていた扉から室外に出ると、兎の方が体重をかけるようにして扉を閉めてくれた。なんて偉い子なのだろう!

 オーウェンは思わず立ち止まって、兎の頭を撫でてあげた。兎は目を細めて気持ちよさそうにしている。

「お前は身体が白くて目が赤いから、エルプクタンにそっくりだな。翼も生えているし」

 エルプクタンとは違って翼は一対しかないけれど、似ていると感じた。

 猫ちゃんが「どうしたの?」と言いたげに振り返ってくるので、オーウェンは兎を胸に抱きかかえて、ついていくことにした。兎は大人しく抱きかかえられてくれた。

 兎の翼の付け根の辺りを撫でながら、話しかける。

「お前のご主人さまは綺麗な人だよな。人とは思えないくらい肌が白くて。あ、人じゃないんだった。髪も絹より白くて。目ん玉なんか、あんなに綺麗なものは初めて見たよ。きっと宝石ってあんな感じなんだろうな。空の赤い星よりも、ずっと鮮やかだった……」

 甘くとろんと垂れた眼差しを思い出し、頬が熱くなった。

 非人間じみた美しさを持つ男が伴侶となったのだ、とようやく意識した。

 伴侶というからには、これからなにか……伴侶らしい務めがあるのではないだろうか。具体的には、夜寝る前とかに。

 その時自分は、何を感じるのだろう。恐怖だろうか。緊張だろうか。それとも期待だろうか。想像がつかなかった。

 自分は男が好きかもしれないとは思っているが、実際にその時が訪れたことはない。いざ目の前にしてみたら、駄目かもしれない。

 この先のことを思うと、億劫な気持ちになった。

「ぷこ……ぷこ……」

 撫でられて気持ちいいのか、兎は呼吸音のような音を出している。

「ふふ」

 こんなに可愛い動物たちと一緒なら、乗り越えられるかもしれない。オーウェンは頬を緩めたのだった。

 猫の案内で脱衣所に着いたので、下働きとしての薄汚れた服を脱ぐと、猫と兎たちがそれをどこかへと持っていってしまった。あとで着替えを持ってきてくれるのだろうか。

 不安を覚えながらも浴場に足を踏み入れた。

「わあ、すごい……!」

 神殿時代の相部屋が丸ごとすっぽり入ってしまうくらいの巨大な湯舟が、浴場の中心で湯気を立てていた。小さな動物たちだけで、どうやってこんな量の湯を沸かしたのだろう。

 エルプクタンと一緒に入るのかもしれないとも思っていたが、彼の姿はないので、一人で入るようだ。

 風呂に入るなんて貴人の文化だ。聖女は風呂に入っていたので、湯を沸かすのは下働きの仕事の一つだった。だが、実際に自分で入ったことはない。

 なので入浴の際のマナーを知らない。

 なにかミスをしてしまったとしても、自分一人なのだからいいかと適当にやってみることにした。湯舟に浸かり、身体の汚れを洗い流し、浴場の中から石鹸を見つけ出すと、手で泡立てて髪を洗ってみたりした。

 浴場から出たときには、生まれてこの方味わったことのないくらい、さっぱりした心地になっていた。なんと気持ちよいのか。貴人がこぞって入浴するわけだと思った。

 すかさず小動物たちが、清潔な布でオーウェンの身体を拭きに来る。さっきの猫と兎は交代したのか、翼の生えた犬や鳥たちが、翼を駆使して飛びながらオーウェンを拭くのだ。

「自分で拭けるよ」

 訴えてみたが、聞く耳を持つ様子はない。空飛ぶ犬は尻尾をぶんぶん振っていたので、彼らにとっては楽しいことなのだろうと、大人しく世話を受けた。

 小動物たちは身体や髪を拭き、オーウェンに下着を渡すと、最後に純白の衣を持ってきた。彼らはオーウェンの周囲を飛び回ると、衣を古代人の格好みたいに巻き付けてしまった。いわゆるトーガというやつだ。エルプクタンもこういう格好をしていた。

 衣の生地を少し撫でてみただけで、上質な素材だというのがわかる。人の世界でこんなにいい布を身にまとうとなれば、どれほどの金貨がいることか。恐ろしくなって、オーウェンは衣から意識を逸らすことにした。

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