第2話 神殿の雑用係

 姪の結婚式を見ることも叶わずに、オーウェンは都へと連行され、神殿へ召された。

 前代未聞の男の聖女をどう扱ったものか神官たちも困りあぐね、一応聖女として登録されることにはなったものの、今では完全に雑用係として扱われていた。聖女の証である純白の衣が、オーウェンに与えられることはなかった。

 正直、聖女だなんてなにかの間違いだと思う。聖女として正当な扱いをされることには少しの興味もないから、ただただ故郷に帰りたい。土を耕す毎日が恋しかった。

 

「オーウェンさんどうしたの、その頭!」

 掃除を終えて、ゴミ捨てに行こうとしていたところだった。厨房から出てきた中年の下女と鉢合わせた。

「果物の皮がついているじゃないかい」

 自分で取ったつもりだったが、まだ生ゴミが頭に付着していたようで、下女が手を伸ばして取ってくれた。

「どこの神官だい? それとも聖女さま? まったく、暇な人がいたもんだね」

 下女はオーウェンのために怒ってくれた。オーウェンが嫌がらせを受けていることは、下男下女の間でも有名になっている。

「いえ、別にこれくらい平気ですから」

 神官たちはオーウェンを聖女扱いしないくせに、聖女らしい言葉遣いをしろと叱ってはくるので、オーウェンは丁寧な言葉遣いを使うようになっていた。この言葉遣いも神官たちからすれば十分でないらしいのだが、教育を受けさせてくれないので、仕方がない。他の聖女たちは言葉遣いから礼法、舞等々の教育を受けているらしい。

 聖女が見つかることなんて滅多にないと思っていたが、それでも国全体を探せばぽつりぽつりと見つかるものらしく、あちこちから集められた数人の聖女が神殿にはいた。

「厨房のゴミを捨てにいくところですか。僕が持っていきますよ」

「聖女さまにそんなことさせるわけには、いかないよ!」

「聖女なんかじゃないですよ。力の強い僕が行く方がいいでしょう」

 下女が手に持つゴミを奪い、ゴミ捨て場へと向かった。背中に「ありがとう!」と声がかかった。

 ゴミを捨てたあとは薪割りを行い、汗を流した。それから神官にいくつかの使い走りを命じられ、神殿の中を駆けずり回った。オーウェンは文句ひとつ言わず、よく働いた。

 太陽が真上にのぼると、神官や聖女たちの昼餉の時間だ。下働きの者たちにとってはもっとも忙しく、調理やら盛り付けやら配膳に総出で取り掛かる。オーウェンも例外ではない。神官や聖女たちの食事時間が終われば皿を下げ、皿洗いを行う。

 それらが済んで、やっと下男下女らの昼休憩が訪れる。

「これっぽっちのパンとスープじゃ足りないよ」

 下男下女が不満を漏らしながら、厨房脇の食堂でスープにパンを浸す。下男下女の食事は基本的に、神官、聖女たちの食事の残り物頼りだ。だから毎日食べられる量は不安定だ。満足に食べられる日もあれば、不十分な日もある。

 オーウェンが昼餉を取る場所と時間帯もまた、下働きの彼らと同じであった。オーウェンは遅れて食堂へと入ってきた。

「あの……実を言うと、皆さんに食べてもらいたいものがあるんですが」

 オーウェンはおずおずとバスケットを食堂のテーブルに載せると、覆いを取り払った。バスケットの中には、こんもりとクッキーが盛られている。オーウェンが作ったものだ。

 一応聖女の一員ということになっているオーウェンは、安息日でも神殿の外に出ることはできない。なので、暇に飽かして菓子作りなどをしているのだ。労働を禁じる安息日でも、料理することは許されているから。姪の世話をしていた影響で、一通りの料理はこなせる。

「さすが、俺たちの聖女だ!」

 腹を空かせた労働者たちはクッキーに手を伸ばし、笑顔で齧りついた。オーウェンとしては喜んでもらえるのはありがたいが、「俺たちの聖女」という呼称には苦笑いだ。

「聖女だなんて。なにかの手違いでここで働くことになっただけの、おじさんですよ」

「でも神殿の聖女さまたちがあたしたちになにかしてくれたことが、一度でもあったかい。おいしい焼き菓子を焼いてくれるのは、オーウェンさんくらいなものだよ。だからオーウェンさんこそが、あたしたちにとっての聖女さまなのさ」

 中年の下女が豪快に笑った。

「そうだ、そうだ」

 周囲の者も同調した。

「これくらいのことは、なんでもないのに」

「そのなんでもないことすら、他の聖女さまはしてくれないんだよ」

 こうして神殿で働いていることはオーウェンの本位ではないが、それでも多くの人から慕われるのは悪い気はしなかった。

 昼食を終えたあとは、神殿で飼われているニワトリたちの元へと向かった。手に持った布袋には、砕けて小さくなった失敗作のクッキーが入っている。他人に出すには忍びないものは、ニワトリたちにあげるのだ。

「ほら、たーんとお食べ」

 ニワトリやヒヨコたちはたちまち寄ってきて、オーウェンの撒いたクッキーの欠片をついばみ始めた。

「ふふふ」

 目尻に深い皺を刻んで、彼らが首を上下させるのを眺めた。可愛らしい動物を眺めていると、心からの安らぎを感じた。

 動物は好きだ。故郷の村でも、近所の人の家畜の世話を手伝ったことが何度もある。ニワトリたちを眺めている時間は、村での時間を思い出させた。

 オーウェンはわずかな自由時間を、このように過ごしていた。

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