第11話 コカトリス

黒薙は月岡から奪った杖を片手に握りしめたまま、ゆっくりと立ち上がる。彼女は構えていた万年筆を月岡に向けると、冷静に言葉を放つ。


「やはり、お前は同時に一カ所しか防御することが出来ないようだな。」


それを聞いた月岡が、納得したように頷いた。


「なるほど、先ほどまでの攻撃はブラフ。すべては勝利を確信した私が、背後からやってくる鎖に気が付かせないようにするための……ですか。」


月岡は乾いた笑みを浮かべるが、その表情の端にはわずかな焦りが見えていた。ステッキを失った彼は、黒薙から距離を取るために素早く後ろへ下がる。


「……逃がさない。」


だが、その動きを見逃さなかった黒薙が、瞬時に前方へと飛び出した。後退する月岡との間合いを一気に詰めると、彼の腹部に向けて鋭く蹴りこむ。


「くっ……!」


月岡が低い声を漏らす。防御魔法で蹴りそのものは防いだものの、その瞬間に後ろから迫っていたインクの鎖から逃れることは出来なかった。


変幻自在に動き回る鎖は、月岡の身体を拘束すると、地面に叩きつける。


「捕まえたぞ、月岡蓮慈……!」


黒薙はステッキをスーツの中にしまうと、身動きが取れなくなった月岡の上に跨る。鎖で縛りつけながら、彼女は荒い口調で月岡に問いかけた。


「アレの居場所はどこだ?」


黒薙の焦ったような問いかけに、月岡は笑みを浮かべる。


「ふふふ……何の、ですか?」


「決まっている、コカトリスのだ。」


月岡の馬鹿にするような発言に、黒薙は思わず縛り付けている鎖の力を強めてしまう。少し苦しそうな顔を見せた月岡だったが、それでも彼は笑みを崩さなかった。


「随分と焦っていられるご様子ですね。……もしかして、あの時コカトリスに噛まれてしまっていたお仲間に、何かあったのですか?」


図星を突かれた黒薙は、僅かに動揺を見せる。


「……なるほど。コカトリスと言えば、石化症状が有名です。人を石に変える魔法、非常に素晴らしい。もしよろしければ、ぜひ石化するところを観察させて――」


「黙れ!……コカトリスの居場所だけを答えろ!」


黒薙は声を荒げると、万年筆を月岡に突き付ける。だが、それすらも楽しんでいるかのように、月岡は顔を伏せながら高らかに笑う。


「ははは、それほどコカトリスと会いたいのですか。……いいでしょう。会わせてあげますよ。」


月岡の言葉が言い終わった瞬間、黒薙の背中に悪寒が走る。それは、まるで冷たい刃が背中に突き付けられているような感触に近かった。


――ドガッン!!


黒薙が振り向くよりも早く、彼女の身体には強烈な衝撃が加えられる。全身が揺さぶられ、肺から空気がすべて押し出される感覚に襲われた。


不意を突かれた黒薙は、横なぎに大きく吹き飛ばされる。


「……ぐっ……まさか!?」


地面に這いつくばった黒薙は、朦朧とする意識の中で攻撃された方向に目を向ける。ぼやける彼女の視界に、巨大な影が浮かび上がった。


「コ……コカトリス……。」


そこには蛇と鶏の化け物が立っていた。その紅い眼に改めて睨みつけた黒薙は、底知れぬ恐怖を感じて額に汗が落ちる。


「ははは、なんと素晴らしいでしょう!」


黒薙の鎖を引きちぎると、月岡はゆっくりと立ち上がった。彼は近くに控えているコカトリスに歩み寄ると、その分厚い羽毛に触れる。


「こう見ると、なかなか愛くるしい顔をしていますね。」


月岡はコカトリスの頬を撫でながら、地面に倒れ込んだままの黒薙に話しかける。まるで愛犬を可愛がるかのように、コカトリスの皮膚に手を這わせていた。


黒薙が痛む身体を押さえながら、何とか立ち上がる。


「ファ……“貫く弾丸ファイン”!!」


黒薙の放ったインクの弾丸は、月岡に真っすぐ向かっていた。しかし、月岡を包み込んだコカトリスの硬い羽毛によって弾かれてしまう。


「な、なんで……コカトリスはお前にも制御出来なかったのでは――」


「おっと、気になりますよね!?」


呆然と立ち尽くしている黒薙に、月岡は嬉しそうに声をかける。


「私の持っている魔導書グリモワールには、“隷従の魔法”という魔法のことが書いてありました。紋章を刻んだ相手を、自由自在に操れる魔法です。」


笑みを浮かべた月岡は、楽しげにコカトリスの頬を撫でると説明を続ける。


「ただ魔導書グリモワールの解析が不十分で、紋章を刻み込む方法が分からずにこの魔法は使えなかったのですが……何と、コカトリスにもとより紋章が刻まれていたのです!」


誇らしげな月岡が、一方的に黒薙に話しかける。彼女は鋭い目つきで、嬉々として語る月岡を睨みつけていた。


「おそらくは闘技用、あるいは何かの制御のために施していたのかもしれません。何にせよ、そのおかげで私はコカトリスを制御下に置くことに成功しました。」


月岡はそこまで言うと、黒薙を一瞥する。柔らかく笑みを浮かべる月岡だったが、丸いメガネの奥から覗く瞳には見下すような冷たい光が宿っていた。


「さて、私はあなたから“ステッキ”を返していただければなりません。ですが、あなたが大人しく返してくれる方ではないことは、重々に承知しました。」


月岡がコカトリスを撫でていた手を止めると、ゆっくりと黒薙に向き直った。


その場の空気が一気に張り詰めると、コカトリスもあるじの意をくみ取るように低く唸り声を上げながら、巨大な身体をわずかに揺らす。


「……れ。」


月岡の指示の一言が響くと同時に、コカトリスが動く。足元の土が激しく蹴り上げられると、コカトリスの巨体が黒薙へと迫るのだった。

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