第3話
「桃吉、お前今、何歳だ?」
猿島が牌を指先で握りながら聞いてきた。僕は答える。
「二十歳だけど?」
「お前、昨日が誕生日だったろ」
「そうだよ」
「おめでとう~。桃ちゃん」
犬田はそう言うと牌を切って自分のツモを見ている。
「人の誕生日覚えてるなんて薄気味悪いやつだな」
「なんだとぉ? 喧嘩売ってるのかよ」
「いや、売ってないけど」
「へ。あ、それポン」
猿島はそう言うとポンした牌をわきに置いた。
「あ~、それ、わしの牌……」
守護霊はそう言うと恨めしそうに猿島が取った牌を眺めた。僕は守護霊の牌を切ると自分のツモ牌を眺める。僕たち四人は麻雀をしていた。
そこに爺さんがやってきて言った。
「おい、桃吉や。お前、働かんのか?」
「えっ」
僕は虚を突かれて素っ気ない返事をした。
「お前、もう二十歳だろう。大人だ。働かんのか?」
「いや~、爺さん。えーと、うん」
「なぜ働かん?」
「何というか、気乗りしないんだよね」
「気が乗らないから働かんのか?」
「うん。僕の仕事は働くことじゃないと思うんだよね」
「……」
「それに守護霊も働かなくていいって言うし」
「おう。働かんでいいぞ、桃」
守護霊はそう言うと自分のツモ牌を眺めた。
「守護霊が働かなくていいと言っているのか?」
「そうだよ、爺さん」
「何を言ってるんだ、お前は……」
爺さんはそう言うと溜息をついて居間の床に座った。片手で頭を掻いている。爺さんのこの様子は僕はまずいなぁという目線で見ていた。爺さんの雷が落ちるような気がしていた。
「いいから働け! 桃吉や!」
爺さんが大きな声を出して僕はびくっとした。突然大きな声を出すもんだから麻雀卓を囲んでいる四人はいっせいに爺さんの方を見た。
「働けだってよ、桃吉」
猿島はにやにやと笑いながら僕にそう言った。
「桃ちゃん、年貢の納め時だよ。ひひ」
犬田もにやにやと薄気味の悪い笑顔を浮かべながらそう言った。
「働かんでいいぞ、桃」
その中で守護霊だけが僕の味方だった。
僕はなぜ働かないのか、自分で考えたことがなかった。僕にとって働かないことはごく自然なことだったからだ。
「働けー! 桃吉ー!」
爺さんはそう言うと立ち上がり僕に掴みかかってきた。僕は爺さんに耳をつねられて「いたい、いたい」と情けない声をあげる。猿島と犬田はその様子を見ながら喜んでいた。犬田などは両手を叩いている。
「いやだ~」
僕はそう言いながら爺さんの指を振り払った。そうすると爺さんがいよいよ麻雀卓をがっと両手でつかみ、それをひっくり返す。他の三人は「あー!」と言いながら落ちた牌を拾い上げていた。
「なにすんじゃ、この爺!」
守護霊は怒った。そして爺さんに向かって何度も右ストレートを放っているが、守護霊の右腕は爺さんの身体を突き抜けて空振りしている。
その日はそれで解散になり、僕は家から逃げ出して図書館に向かった。そして図書館で時間を潰し、しばらくするとまた家に戻ってきたのであった。爺さんに見つからないようにこっそりと玄関を開けて家の中に入り、自分の部屋まで忍び足で歩いていく。婆さんが用意してくれた夕飯を台所から持ってきて自分の部屋で食べる。今日はハンバーグであった。婆さんは爺さんと違って俺に働けなどは言わない。爺さんはここ最近はこんな調子であった。
翌日、また家に猿島と犬田が来て今度は僕と三人でポーカーをやっていた。守護霊はポーカーには参加せず、僕の持ち札を見ながらあーでもないこーでもないとぶつぶつ呟いている。爺さんは横になってテレビを見ていた。
そこへ婆さんがきび団子を持ってきて居間の丸いテーブルの上に置くと、爺さんに向かって言った。
「お爺さん、なんでも町に鬼が出たらしいじゃよ」
「鬼だって? どこの鬼だ?」
「隣町の鬼ヶ島から来てるらしいって噂じゃ。町で暴れまわってるってよ」
爺さんは起き上がると婆さんを見ていたその顔を素早く僕の方に向けた。
「おい、桃吉。お前の出番じゃ」
「えっ」
「お前、鬼ヶ島まで鬼を倒しに行ってこい」
爺さんはそう言った。僕はとうとうこの日が来てしまったかと、背中に電流のようなものが微かに走った。鬼退治だ。僕の宿命。しかし守護霊は言っている。
「桃や、鬼退治なんて行かんで良いぞ」
守護霊はそう言いながら鼻をほじっていた。
「守護霊は行かなくて良いって言ってるけど」
僕は爺さんに言った。
「何を言っとる。お前が行かなくて誰が鬼退治に行くんじゃ」
「僕には向いてないよ」
「お前は桃吉じゃ。桃吉よ、お前が鬼を倒すのはお前の宿命なんじゃ」
「そんなこと言ったって、嫌なもんは嫌だよ」
「馬鹿言っとる、なにが嫌じゃ。人々が苦しめられてるんだぞ、鬼に」
爺さんは立ち上がる。
「お前が、桃から生まれた桃吉じゃ。お前以外におらぬ。お前にしか出来ん仕事じゃ。それが鬼退治じゃ。お前が鬼退治しないなら、この家からお前を追い出す」
「この家から追い出すって、そんな」
僕は愕然とした。
「へっへっへ。桃吉、困ったな」
猿島はそう言いながらきび団子をほおばっている。
「桃ちゃん、どうするの? ひひ」
犬田はにやにや笑いながら僕を見ている。
僕は鬼退治を想像するが、良い映像が何も浮かばなかった。鬼たちに叩きのめされてそれで終わりになるという映像しか出てこない。僕はその映像を浮かべながらなんとか爺さんを説得する方法を考える。
「爺さん、僕を追い出したら誰が鬼退治をするんだい?」
「お前、鬼退治に行きたくないと言っとろうが」
「そうだけど、僕にも住むところが必要だよ。住むところも無いのにどうやって鬼退治が出来ると言うんだ。爺さんは僕をこの家に置いておくべきだ」
「だから、鬼退治に行くなら問題ない。お前が鬼退治に行かないというなら追い出す、と言うとる」
「僕は鬼退治には行きたくないんだけど、家に置いてくれたら気が変わるかもしれないじゃないか。その内、鬼退治に行きたくなるかもしれないじゃない」
「その内っていつじゃ?」
「その内はその内だよ。一週間後か、一カ月後かもしれない」
「よかろう。一週間は家にいてもよい。だが一週間経っても鬼退治に行かないとなるなら、家からは追い出す。わかったな、桃吉」
「……」
僕は沈黙した。僕が家から追い出される。収入のない僕が。収入のない僕が家から追い出されたら僕はホームレスになるのだろうか。家の無いホームレス。季節は秋で外は肌寒くなってきた。こんな季節にホームレスになったら僕は生きていけるのだろうか。鬼退治に行くか、ホームレスになるか。僕は決断を迫られていた。
「桃や、鬼退治なんぞ行かんで良いぞ。ホームレスにでもなんにでもなれ。きっと生きていける」
守護霊はそう言いながらあくびをした。守護霊は自分が鬼に叩きのめされた過去を持っているから鬼退治に対してはナーバスになっている。だから子孫の僕に同じ思いをさせたくないと思って鬼退治には行くなと言っている。つまり守護霊の先祖心から僕のことを気遣ってくれているわけだ。
だが、今の僕には現実が突き付けられている。鬼退治に行かなかったら僕は家を追い出される。それが現実だ。
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