第3章|陰謀の肌触り

第3章:第1節|懐疑心(かいぎしん)

 夜だったから、空が暗転していても不思議じゃない。

 と思っていたが、目が覚めたのは朝だった。人通りが増えそうな時間帯に、幅の狭くなった馬道から少し離れた茂みの中で、フェリアルは目を覚ました。

 テメトスは立派なことに、一晩中ついててくれたらしい。二人で白い樹皮の樹の根元で、茂みに隠れるように寝ていた。

 意識がはっきりしない。頭痛が酷い。

 起き上がってみると、朝だっただけではなく、城門から一キロくらい離れたなだらかな坂を上がった、森の手前まで移動していた。

 深呼吸の前に溜め息が出た。どうしてここにいるのかを、思い出す。

 たしか…………。

 最後、たしか……「説明」を求めようとして、どうにかなった、はず……。後頭部が痛いから、殴られて気絶したのだろう。……誰に……?

 古屋の二人。は、覚えている。

 黒い不健康的な肌の男と、シーツの不健康的な肌の女。

 そして、黒い陰。剣が——剣!

 腰に手をやると、確かに剣があった。引き抜いてみる。明らかに馴染みのない軽さ。見なくても分かるし、見て分かった。しっかりと切れているまま。柄と鍔から先がない。ベルトに重みはある。鞘の中に、折れた先の刀身が入っていた。

 自分を見下ろす。乱暴された形跡はない。

 気絶させられ、剣を納められ、馬に乗せられ、ここまで来させられた、らしい。

 あの男を思い出し、大きく深く、さらに強く、溜め息を吐く。しかも長く。


 …………疲れた。


 一旦、家に帰らねば。祖母が心配しているはずだ。今日も出勤だし。

 成果はあったようでなかった。いや、実はあったのかもしれない。そんな気もするが、まるで分からない。頭が上手く回っていない。

 蚊帳の外だ。

 夜の帳が、フェリアルを拒絶したみたく。

 少し休憩を取ってから、また深く考えるとしよう。

 テメトスを起こし、樹に巻き付けられていた手綱を取る。

 早く帰りたかった。



 祖母は驚いたが、追求まではして来なかった。騎士としての事情もあると、職務に対し、理解を示していた。フェリアルが少し休みたいと告げると、今日は遅めに出勤なさい、時間になったら起こすからと、フェリアルはベッドを進められ、その愛情にあやかって、気絶するように眠った。

 現か夢か分からぬ微睡で、フェリアルの頭に思考が渦巻いていた。

 剣を両断した、謎の黒い陰。

 あれは魔法じゃない。

 あの黒い男は、魔法師じゃない。

 あれは、人間業じゃない。あれは『特異能力アビリス』……? それとも……?

 あれは…………あれは……………………?

 ……………………





 祖母に起こされ、大欠伸を一回。

 ————。

 意外にも、二度寝の目覚めはスッキリとしたもので。

 しかし、思い返せば気絶とはいえ、夜の大半は寝ていたのだ。少しでも寝ると大きく回復できるもんだと、自らに感心する。

 元気いっぱい。

 過言ではなく。

 寝る前になにか考えてたような気がするけど、綺麗さっぱり忘れてしまった! と思うほど、寝覚めが良かった。…………ま、そのうち思い出すのだろう。

 昨日のことを色々と整理したかったが、まずは出勤せねばならない。

 驚くほど元気になったフェリアルは、「あんた、本当に大丈夫ねン?」と訝しむ祖母にいってきますを告げ、警備兵のいるメルトリオット通りを歩き、入城した。

「第四魔法師団長がお呼びだそうです」

 昨日のことを整理したかったのだが、フェリアルは入城早々に門番兵にそう告げられ、第一騎士団棟へ向かう前に、魔法師団棟へ行くことになった。



「本当は昼のお茶会にしたかったんだけど……私も、あまり余裕がなくて、ね?」

 第四師団長執務室にて、トーウェンタリス・ティー・アルバンは、フェリアルを歓迎した……と、思われる。

 いや、勘違いも甚だしい。

 フェリアルに向ける笑顔は、いつも通りのそれではない。トーウェンタリスとは入団したときからの付き合いではあるが、共に任務に出たことはない。

 だが明確に、今目の前にいる第四師団長は、任務時に見せるのであろう、敵意のこもった顔でマターナ副団長を見ていた。いつもと調子の変わらない声色が、見えない暗闇をまばらに纏う。

「一夜経ったら、落ち着いたかと思って」

 トーウェンタリスは机に肘を付き、両掌を合わせ、中指に顎を乗せ、フェリアルを見る。

 フェリアルは直立し、腰に手を組み、座っているトーウェンタリスを、その身長差以上に見下ろすように、態度を強く保っていた。

「はい。だいぶ休養できたと」

「では、報告を」

「……はい?」

 トーウェンタリスは魔法師団長。フェリアルは副騎士団長。

 所属が違う。互いに個人的な繋がりはあっても、報告義務はないし、昨日のことを特定に、そんな話を受けた覚えもなかった。

「そうね。貴女に報告義務はないわ。……でも、私は魔法師ウィザードよ。愚物だと思われるのは、心外だわ」

 両掌が離れた。

 トーウェンタリスの前に、細い糸状の光線が伸びて、結ばれ、魔法陣が展開されていく。

「ごめんなさいね。賢くあるための嘘を、沢山吐いてしまったわ……」

 正方形の魔法陣が、円形の魔法陣に重ねられ、溶け合い、解かれていく。線が面になり、面が線になり、一メートルもない、幾何学的な線画のフレームになった。

「『記録レコード』よ。見るのは初めてでしょう? できないと思わせたつもりはなかったけれど……」

 そのフレームの中に、淡く映る一人の姿。

 フェリアルが昨日見た、ケルケルの二階での風景。

 相対する、外套の男。

「……不完全でね。バーラックは完璧に使えたんだけれども、私には『風景投射スキャニング』が限界。会話までは聞こえないわ。だから——」

 波打つ指が、フレームを拡大する。等身大となったその風景は、フェリアルの前に。

 今のフェリアルに重なるように、昨夜の半透明のフェリアルが、外套の男と向かい合う。その背後から、第四師団長の敵意が貫く。

「会話の内容を、教えてくれるかしら?」





「言えません」

 毅然とした態度のまま、フェリアルは言った。トーウェンタリスはほんのわずかに、フェリアルだから感じられるほどの微少に、当惑してしまったらしい。

 それが、フェリアルからの拒絶の意志を、決定するものになった。

「……理由を訊いても?」

「秘匿することで、最終的に国のためなるかもしれないからです」

「…………」

「さらに言えば仰った通り、報告義務がございません。誠に勝手ながらも、これは団長の、ひいては第一騎士団の意思でもあります」

「……私には報告しない、と?」

「些か、敵意が過ぎます。協力者の立場を護るためだと、お考えください」

「第四師団長でも? マターナ副団長」

「第四師団長でもです。アルバン魔法師団長」

 断固とした互いの意思が、互いの精神を静かに反目させる。

「逆に訊きたいこともございます。……どうやって、これを仕掛けたのでしょう? そしてその理由についても。正式にお尋ねしたいです」

『国の敵に回らないように』

 未知の協力者に振り回され、自ら親しい人を敬遠する。騎士としての在り方を問われているようだった。

 そしてそれは、トーウェンタリスにも問うていることだった。

「あの報告書は、魔法の転移装置よ。術式は貴女の守護のために、私が個人的に、勝手にしたこと。ほら」

 トーウェンタリスは右手で、フェリアルに向かって魔法を放った。なんの魔法かは知らないがそれは、緑色と黄色の光線状のものだった。ジグザグとした雷撃で、革鎧に迫った。

 が、着用者本人が見下ろし、それが目に見えるほどの隙間を開けて、雷撃は弾かれて消えた。

「知人の孫を護りたいと思って、過剰ながらもお節介を焼いたわ。騎士団と魔法師団の関係性上、よくなかったと反省もしてます。もし良ければ、そちらの団長にも報告を推奨します」

「いえ。流石ですね。言い訳は完璧です」

 トーウェンタリスは哀しげな表情で、またも指の腹を合わせ、再びなにかを放った。フェリアルは警戒し、右手で剣の柄を握った。

 動いたのは、フレームの中の外套の男。動きが早送りされて、薄く組み立てられていた背景の壁が壊れ、フェリアルの間近にその顔が迫る。

 外套の下の、薄い凹凸。しかしその陰影は、ある程度の造形を見せている。

「貴女の動向次第では、その顔を指名手配にすることができるわ」

「……脅しですか?」

 口にした途端、昨夜の記憶が刺激された。黒い男に言われた言葉だ。芋蔓式に、昨夜の記憶が蘇っていく。

「お願いよ。国のために」

「……そうですね。国のために必要なことです。それが、第一騎士団の方針となります」

 団長の話も含めて、半分は偽りだ。もう半分は、捉えようによっては事実だ。

『いざとなったら、俺の名前出しとけ』

 冷たい態度でいることが多いべルッツ団長。騎士らしい女騎士であるフェリアルが日頃、実に柔軟テキトーな団長の副官を務めていられるのは、その裁量に合ったからだ。

 今こそ、いつもより強めに役に立ってもらおう。

「……そうね。分かったわ」

 トーウェンタリスは、肩の力を抜いた。

「ごめんなさいね。朝から物騒な話を持ち込んで」

 その困ったような謝罪をする顔は、いつも通りのものになった。

「今日もまた、あの酒屋まで行かなきゃならないの。建物の修理と事情聴取と賠償の手続き……やることが多いから、なにか成果があったのなら知りたくてね」

「いえ。状況に寄りますが、私も似通った手を使うこともあったでしょう」

 剣から手を離す。そもそもフェリアルは左利きであり、本気でトーウェンタリスとやり合う気は無かった。少なくとも、初動においては。

「いえいえ。色々と悪かったわ。今度なにか贖罪をするから……今日はもう行って大丈夫よ。私もそろそろだし。そうだ。これ貰い物だけど、飴ちゃん……って、今日はいらないわね」

 苦笑するトーウェンタリスに、苦笑を返すフェリアル。

「そうですね。今回は、遠慮しておきます」

 騎士団と魔法師団は、互いに敵対関係にはない。だが良くも悪くも伝統として、性質の違う互いを呉越同舟ライバルだと思っている。この件がそれを助長することにならなければ良いと、フェリアルは思った。





 ついでに尋ねたが、ヴァシーガは今日休みらしい。

 団長に事情を説明してから軽薄な了承を受け取ると、フェリアルは第一騎士団長が後にした執務室にこもり、頭の中の情報を整理することにした。

 『白い光線』の住民消失事件。その一件はシンカルン王国の建国に関わる存在、「シンカン」が関わっている。

 その情報を知るのは、顔は知っているが謎の男二人。外套の男とエルテラン湖近くに住む謎の男。さらに可能性として、あと数人。

 例えばトーウェンタリス。例えばケルケルの母娘。

 しかしこの中で「シンカン」について知る人は少ない。というかほぼいない。

 他国の知恵を借りることができれば打開策はあるかもしれないが、副騎士団長が遠征に出るには、もう少し確定した情報が必要だ。


 なら、「シンカン」自身は……?


 フェリアルは考える。

 フェリアル・エフ・マターナは、考える。

 フェリアル・エフ・マターナ副団長は、考える。

 元々フィジカル専門だが、騎士の申し子マターナイトだって愚物ではない。

 なんとなくの想定が正しければ、やるべきことが幾つか見えた。

 調べられる場所も幾つかはあるが、まずは手っ取り早く、手近なところから。





 良かった。

 ヤンドール・ワイ・グレアットは、今回は裸じゃなかった。

「来れるときは、なるべく来るようにしています。成果がなくても、調べる必要があると思いまして」

 これ良かったらと、紙の束を。サテンの帯で丁寧に留めてある。

「バーラック・ビー・ベルテンに関して、色々とまとめたものです。報告書と言うまではありませんが、有用かと」

「ありがとうございます」

「それから、こちらですが」

 紙束をもう一つ。

「『シンカン』に関しての情報です。もし必要であれば、ですが……」

 フェリアルは、ドアを見る。鍵は閉じられており、部屋の中は二人だけ。

 念の為、窓を閉める。

「……マターナ副団長?」

「訊きたいことがあります」

「……はい……?」

「どうして、『シンカン』の情報を?」

「……どうして、とは?」

「『シンカン』の話は、本来関係のないことです。本件は『白い光線』について調べるべきことであり、『シンカン』の話はたまたま私たちの間に生まれたもの。にも関わらず、私の周りには関連情報が溢れてきます。トーウェンタリス師団長や貴女、他にも数名、協力者や情報提供者が。…………どうにも、誰かに歯車を動かされている気がします。そして私の記憶によれば、貴女は私に『シンカン』のことを最初に進言した人物です。二日前に、図書室で」

「……私は、怪しいと?」

「怪しさが問題ではなく、意図があるのなら情報が欲しい、ということです。なにか知っているのでは?」

 フェリアルは知識量では劣るも、洞察に関しては一定の自負がある。さほど特記事項ではないとも思うが、それでも騎士団員の歴はあるのだ。

「私はあまり隠し事が得意ではないのですが……文字通り、丸裸にしてますよ。全部たまたま、まだ未定が故の、入念な情報収集です。それより、協力者って?」

 ついさっきのトーウェンタリスと似た表情で、ヤンドールはそう言った。

 なるほど。

「それは申し訳なかったです。協力者に関しては言えませんが、貴女の行動は助かっています。これも喜んで目を通します」

 別れ際、ヤンドール・ワイ・グレアットは、困ったようなあの笑みを浮かべた。

 事実は一つも見えなかったが、新しい事実は増えた。

 調べる必要のある事実は、まだありそうだ。





 ケルケルにも行きたかったが、トーウェンタリスが行っているはずだ。できれば鉢合わせはしたくない。メルトリオット通りに行っても良かったが、散々往復しても、得られたのは謎の協力者のみ。これ以上の情報は、こっちから出向く必要はなさそうだった。

 ヤンドールは怪しいが、その目的はフェリアルに、「『シンカン』について調べさせること」なら、手元にある報告書で充分のはずだ。図書室に行く必要もない。

 …………。

 悶々と考えるのは得意じゃない。

 気付いたら昼も過ぎ、夕暮れに近くなっていた。その間フェリアルは、半分の時を執務室で、もう半分を城の庭で過ごしていた。

 三度目のベンチ。

 目の前に聳り立つ城壁。

 陰が落ち、薄い闇が芝生を区切る。

「フェリアル!」

 振り返ると、ぺノン・ピー・レノロックが小走りで向かって来る。なにかの食べ物の汁で汚れた前掛けと、給仕用の三角巾を頭に。その格好を見て、少しだけ胸が傷む。

 元気いっぱいの可愛らしい笑顔で。右手をぶんぶん振って。

 フェリアルの傍に。ベンチに座る。

 顔が上気している。そのままフェリアルの手を取った。

「なんだか、久し振り?」

 肩で大きく息をしたまま、嬉しそうに声を上げる。

「久し振り。ごめんね、忙しくって」

「そうだね。そう……忙しいもんね」

「……そっちは? いつも通り?」

「そう……だね。いつも通りかな。食堂の利用者が減ったくらい?」

「それは……まあ、そうね」

「事件は? なにか進展があった?」

「……なんとも言えない。進んだと思うけど……退がってる気もする」

「そっか……大変だね」

「そうね。とっても……とても大変だわ。この数日は特に」

 フェリアルは深呼吸するように、城壁を見上げる。

 濃い青色の空が、本格的に明暗を落とす。その陰の細部が、少し動いた。

「それで、大変だったから……目的を教えて欲しいわ」

 フェリアルはワザと声を落として告げた。

 ペノンを見る。その顔は曇っていた。

「私は、友達の口から聞きたいの。ペノン」

 剣の柄を握る。

 ぺノン・ピー・レノロックは、純真無垢で元気の有り余るような女の子だ。緊張で強張った笑顔で、友人に「いつも通り」なんて言う子じゃない。その様子には、理由があるはずだった。そしてその理由は、幾つか思い当たる節がある。

「フェリアル」

「なに?」

「逃げて」

「貴女は?」

「できることがないの。ゴメンっ!」

 体を強く押され、二人は離れ合う。その間一髪の後に、ベンチの真ん中に、矢が突き刺さった。城壁通路にいた弓兵からの狙撃だ。

 素早く、フェリアルはベンチの陰に身を潜めた。狙った矢が、背もたれや座席を次々と貫く。

 殺す気はないのだろう。治癒術師を待機させておけば、城内では致命傷でもなんとかできる。が、長くは保たない。ペノンはそのまま噴水まで走り、フェリアルからは見えなくなった。奥の方から入れ替わりで、こちらに向かって走って来る騎士たちが見える。

 弓矢が狙うは、フェリアル一人。ペノンは追われていない。

 革鎧は優秀だが、この飛距離の矢は防ぎ切れないだろう。一か八かの賭けに出るしかない。……今!

 陰から飛び出し、低い垣根を越えて前転。さらに止まらず、ジグザグに動きながら城の外回廊へ。振り向かず立ち止まらず、城壁から身を隠すために、屋根と壁の中へ飛び込む。通りすがりの名も知らぬ魔法師ウィザードが、「キャッ!?」と小さく悲鳴を上げた。

 身を低くしながら、廊下から城内へ。次々と矢が飛んできて、聞こえてくる小さな悲鳴が、小さな騒動へと変わっていく。

 突然のことであったが、フェリアルは冷静だった。

 どこまでかは知らないが、ここまでは想定内だった。起こってほしくはない可能性ではあったが。

 角を曲がる。


「「「岸壁のロッキングズ海よオーシー」」」


 待機していたのであろう魔法師ウィザードたちが、フェリアルに向けて魔法を放った。行手の廊下の天井がブロック状に切り込まれて崩れ落ちる。寸前で立ち止まったフェリアルは、急遽方向転換し、すぐ近くの出口から外に。



「「「「双生のスパルードナ炎よブレアレ再会せよバルニルンシンバ」」」」


 中庭に出たフェリアルを放射された火炎が取り囲む。その境に立っていた、長杖を手にする魔法師ウィザードたちは、フェリアルが見たことある者たちだった。


 第四魔法師団員。


 高熱が芝生を焼く。炎は地面から噴き出ているわけではなく、杖から放たれ、別の杖に渡っていた。その炎が近付いただけで、芝生は燻る。それほどの高熱が四角形の枠となり、フェリアルに迫る。

 調査だけなら知られても良いと、フェリアルは例の革鎧を着たままだった。トーウェンタリスの仕掛けた魔法が、今都合良く機能してくれるかは分からない。というか脱いでしまいたかったが、魔法を放ち続ける杖は、段々とフェリアルに迫ってきている。

 殺す気ならすぐ殺していたはず。目的は拘束か?

 ペノンを使ってまでしようとしていたと思うと、腹が立ってきた。


 シュバフッ!


 突如、魔法が消えた。

 四方を囲む炎の枠が消え去った。次はなにが来るかと警戒したが、魔法師たちの困惑した表情を見て、彼らが意図したことではないと悟る。

 一転。

 フェリアルは四人の魔法師ウィザードの間を走り抜けると、そのまま城の上階に向かった。階段を走りながら革鎧を脱ぐと角を曲がり、突き当たりの窓に向かって真っ直ぐに投げた。ガラスが派手に割れ、その穴に身を投げる。

 外に出た一瞬、浮遊感に焦ったが。

 フェリアルの身体は狙った通り、向かいの建物の窓を突き破った。

 軽い衝撃と鋭い痛み。そのまま室内に転がり込む。

 右の前腕に、裂傷で血が流れ出ているの感じた。痛みに呻き、しかし倒れられないと、腕立て伏せの体勢で、無理やりに体を起こす。

「……マターナ、副団長……?」

 フェリアルが飛び込んだのは、騎士団棟の第一騎士団室。待機状態で事務仕事を処理していたのであろう騎士団員たちが疑念のある顔で、起き上がったフェリアルに声をかけた。

 そして、生唾を飲んだ。

「端的に」

 焦燥と動悸に塗れながらも、冷静にフェリアルは言った。

「……なにがあったのかだけ、説明をしてください」

 だが答えは、聴覚ではなく視覚で理解した。

 団員たちが囲んでいた低い卓の上に。

 今置きましたと言わんばかりに、堂々と置かれた紙が一枚。

 書かれている文字は、分かりやすく。

 実に端的なものであった。



『通達:第一騎士団副騎士団長フェリアル・エフ・マターナを、指名手配とする』

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