第2章:第4節|Question

 良かった点。

 トーウェンタリスは特段、フェリアルを怪しんでいたわけではなかった。

 報告書の複製コピーには魔力残滓が残っている、ということはたまたま思い出したものの、それを感知することができなかったために、別の魔力残滓を追うことにしたのだと。王国の馬は用途ごとに使い分けられているが、魔法師団も騎士団も同じ厩舎から馬を使う。トーウェンタリスが前に使ったとき、魔力残滓が馬の装備に付着しており、それがたまたまフェリアルが乗ってきた馬に、微小ながらも残っていた、とのこと。フェリアルは魔力を認識できない。しかし、報告書の魔力残滓は消されている。第四魔法師団長は、フェリアルが嵌められた可能性を考えた。迷いながらも追って着いた先で、建物の二階にフェリアルの姿が見え、さらにもう一人の姿が見えたが故、奇襲をかけてみた。

 というのが一連の判断であった。

 悪かった点。

「なんなんですかまったくもういったいなんの権利があって人ん家ぶっ壊すんですふざけんなおとつい来やがれってんですそうやって国がいかれた連中ばっかだからわざわざこんな場所まで来たのにあれですか故郷を離れろと人間が生きるには厳しい辺境の別の国にでも行けってんですかなにがあったか知らねえけどマジあたしたちなんかしましたかね馬鹿げた理屈ばっか言ってねえでさっさと掃除手伝いやがれそのご立派な頭と筋肉は無駄足踏みに来たわけじゃねえだろうがいあと補償は前提だかんなそこんとこわかってんですか善良な一般市民の商売邪魔しやがってその分もちゃんと国が補填しろよこの税金泥棒が泥棒どころか放火魔かよクソッタレがぶち殺して馬の餌にでもしてやろうかエエェッ!!!!!!!!????????」

 ……………………。

 それはもう、たいへん、お元気な娘さんでした。はい。

 知恵と知識の探究者と誇り高き鎧の騎士たちが、身体の前で腕を組み、頭を下げ気味に若い娘に叱咤されている姿は、怪我人として安静に座らされていたフェリアルから見れば、事の次第を考慮しつつも、僅かながら滑稽なものであった。

 周辺を様子見して来た騎士たちは、外套の男を見つけ切れなかった。上手く逃げ果せたのだと聞いて、さらにはさっきの、フェリアルを庇い、見捨てなかった行動を考え、彼の者はそこそこ信用できると、フェリアルは思い始めていた。しかし、外套の男よりもフェリアルの方が背が高かったため、脛から下はそこそこな量の瓦礫が伸し掛かったことで、傷は少なくとも肉は痛めていた。

 と言った具合に。

 酒屋側と城側の正式なやり取りが取り決まれ、一時的に諸々が落ち着くと、城側は、夜には全員、無事、一時帰城が済んでいた。

 フェリアルは治療室で、治癒術師に足を回復してもらい、トーウェンタリスと、互いの誤解と現状を話し合った。

「これから話を聞こうとしていたところでした。『協力者』と名乗る男は爆発に乗じ、どこかへ消えたようです」

 次回のことは話さなかった。

 トーウェンタリスは、少しだけ沈黙を置くと、

「見送ってあげなさい」

 と、同席していたヴァシーガに告げた。二人は、夜更けのメルトリオット通りを歩く。

「ビックリしたんだよぉ。急に師団長が部隊の準備し始めたんだもん。何人か連れてくって話だったけど、あたしは行くとも思ってなかったからのほほ〜んとしてたら、『貴女も来なさい、モルダルク』だもん。なんで〜? とか思ってたら、『貴女の友人がピンチよ』って。フェリアルは今日不調だってのは知ってたけど、正直『まあそういう日も? あるよね?』くらいに思ってた。最近働き詰めだったし。まさか、独自調査とはねぇ……」

 外行きのマントを着たヴァシーガは、本当に心配していたのだろう、いつもより陽気な様子で、そしていつも通り隠すことない安堵を見せていた。隣を歩くフェリアルは足の具合が多少気にかかるも、幻覚痛のようなものだと、気にしないように努めていた。心配かけたくはなかったし、実際痛みは無かった。治癒魔法が効いているのだ。

 さらに幸運なことに、雨足は止んでいた。歩くことで気に掛かるのは、もう内側だけだった。

 メルトリオット通りは、いつも通りとは言い難い。だが、活気は取り戻しつつある。一日外に出れなかった者たちや、塞ぎ込みたくない者たちが、露店や店先のランタンに照らされ、大いに笑い、大いに楽しんでいる。

「あたしたちも、どっか寄る?」

「ノりたいところだけど、安静にしとくわ」

 足を言い訳に、フェリアルは首を横に。

「ま、そうだよねぇ」

 今日は夕方から大変な一日だった。二人で城門をくぐる。城下町から外に出る際は必要ないとされているが、フェリアルはそれでも、左手の刺青タトゥーを見せることにしている。重そうな、そして実際重い、鎧に身を纏った門番が、二人に一礼する。

「それじゃ。またね」

「また」

 ヴァシーガは城下町から向かって左へ。フェリアルは右へ。

 いつも通りの日々が戻ったように、二人は別れた。

 さあ。

 これからが本番だ。





 城には警戒する必要がある。奇襲を受け、そう感じた。

 これは、あの男の印象操作かもしれない。それも充分承知した上で、フェリアルは一度家に帰ったのだ。正直に言うと、祖母に会いたかったのもある。あわよくばそのままベッドに行きたかったが、チャーグの顔を思い出すと、そうも言ってられなかった。

「どっか、行くんかいン?」

 夕食を終えると、フェリアルは外行きの格好になった。

「少し、仕事で。すぐ戻ると思います。少なくとも朝までには」

 一般的な家庭なら、若き女性のこの時間の外出はまず止められる。だがそこは、騎士の孫と騎士の祖母。言うべきことは分かっていた。

「気ぃ、つけるんだよン」

「はい。行ってきます」

 庭に出ると、ケルケルとは違い一頭用の厩舎へ。厩舎にはマターナ家の、立派な茶毛のメスの馬がいた。珍しく夜の散歩だと気付き、尻尾をブンブン振って、地面を小さく何度か掻いた。

「テメトス、ちょっとだけ頑張ってね」

 「テメトス」というのは祖母が名付けた。古代語で「瞬間」という意味だと聞かされている。鞍を付けると、テメトスは前足を上げて宙を掻いた。フェリアルが乗ると、そのまま森の中へ。

 手綱を引き、雨上がりの道を南へ向かう。

 剣は持ってきたが、王国のではない。今腰に下げられているのは、フェリアル個人の有していた剣だった。そして着ているのも、フェリアル個人の革鎧だった。今回はもう少し情報が欲しい。向こうが秘匿下でと言うなれば、国に対しては申し訳ないが警戒はしておきたかった。こんな不誠実に動くのは初めてだった。そしてそれも、200人の消えた者たちを思えば仕方の無いことだと、自分の中の正義感のようなものを捻じ伏せ、ひたすらに南へ馬を走らせる。

 負い目がある故、ケルケルには近付きたくなかった。多少危ないだろうが、道なりではなく森の中を通る。虫や精霊くらいなら問題無い。賊が出ても細事程度だ。テメトスは興奮して、森の中をぐんぐん進む。湿気の多さも気にならないほど吹き抜ける風が心地良い。夜空は遠ざかって見えるほどに、すっかり晴れ渡り、無数の星々が消えたり現れたりと、煌びやかに瞬いて見えていた。

 森を抜けると、さらに森へ。小さい規模の森で、すぐに広野へ出る。障害物が殆ど無く、夜風がとても気持ち良い。一時いっときの解放感と、肌に感じる突き抜ける空気。その心地良さは、フェリアルはこれから、テメトスを夜にも走らせてあげようと、思ったほどだった。

 ケルケルはとうに後ろへ。細道に入るが、人通りは無い。この辺りから道なりに沿っ、て酷使された獣道を進む。角で看板が目に入り、三方向の矢印の中で「エルテラン」と示された方へ。月光の狭まる明るい道から外れ、淡く広がる荒れ地を進む。

 森の中とは違い、土の表面はもうさほど湿り気も無く、乾いた風の冷たい荒野だった。テメトスは久々の長距離であっても、興奮してか一向に止まることはなく、主人の思う通りに進んでいた。

 そして数十分も経つ頃に、エルテラン湖が見えてきた。

 月を映すほど大きな湖。辺り一帯が円形に埋没していて、フェリアルがいたのがちょうど丘の上であったために、その全容が視界いっぱいによく見える。湖の傍には、坂になって広がっていく、森との間に挟まれた小さな集落があり、人の姿は見えないが、まだ一つ二つ、家の灯りが点いていた。王城から離れれば見ることのできる、よくある田舎の集落だ。

 そして湖の奥まで迂回したところに、小さく小屋が見えていた。背景に馴染むほど存在感は薄いが、隠すつもりで建てられてはいなさそうな古屋だった。かなり古く、壊れている様子はない。あの男の言う通りなら、誰かが居るはずだ。

 テメトスは、そのクレーターのような湖と集落の外周を沿うように駆け抜ける。森に囲まれた湖と考えてみれば、フェリアルにはここ一帯が、隠れている場所というように思えた。





 古屋の灯りは点いていなかった。人の気配も感じなかった。

 テメトスはいななくこともなく、フェリアルの手綱に合わせ、ゆっくりと速度を落として、古屋の前で止まった。馬から降りたフェリアルは、たまたま残っているだけのような古ぼけた柵に、手綱を掛けた。テメトスは民間の馬であるが、女騎士二人に合わせて生活を送った、訓練された馬だ。手綱が掛けられたら大人しくするという習性を発揮し、その場に足を折って座った。

 剣を少しだけ鞘から抜く。銀色の反射。大丈夫。磨かれており、研がれている。

 いつ何時頃訪問しろとは言われなかった。フェリアルは誰が待っているか知らないが、ケルケルに早めに行ったように、昨日の今日どころか、当日中に来るとは思ってまいと、不意を突く形で来た。王城からこんな離れた場所に「情報源」がいるというのもおかしな話である気もするが、もしまたあの男であるなら、もう顔は見た。たとえ今回も逃げられたとしても、手配書を出せば、捜索するのはいつでもできる。

 問題は、別の者の場合だ。

 覚悟を決め、フェリアルはドアをノックした。

 ————。

 …………?

 物音がしない。無反応。誰もいない?

 もう一度。

 コンコンコンコン。

 ————————。

 ……………………? 罠だった?

 家もドアも木製だ。隙間から覗いてみる? と思ったとき、ドアがゆっくりと開いた。

 姿を見せたのは、問題の方だった。





「…………誰だ?」

 その姿を見て一瞬、色々と思考がよぎったが、フェリアルは名乗ることにした。

「シンカルン王国第一騎士団、副騎士団長のフェリアル・エフ・マターナです」

 目の前にいるのは、若い男だった。

 漆黒よりも黒い髪、虚で深い黒目、一目で不健康に見える白い肌。不穏と険悪を纏ったような、怠惰を通り越した拒絶の表情。不快も不機嫌も不可解も混在する、侮蔑的で無情的な様子のその男は、フェリアルを見ると一言、

「なんだ?」

 と言った。

 その明瞭な強さのある言葉を聞いて、フェリアルは副騎士団長としての権威を思い出す。

 よくよく見れば、若い男はフェリアルよりも若かった。敬語で話せとは言わないが、年上に向ける態度とは推奨し難かった。

「……王城で起こった『白い光線』の事件、ここに——」

 と言いかけたときには、男は「知らん」と言ってドアを閉めようとしていた。態度からその行動を予測していたフェリアルは、敷居にギリギリで足先を跨がせ、ドアが閉まり切るのを防いだ。

「夜分遅くに失礼とは思いますが、貴方が情報源であると紹介して頂きました」

 この言葉は、誤りを含んでいた。外套の男は、明確に「情報源」とは言っていなかった。「知っている者」とだけ言っていたのだ。そしてこの古屋自体、たまたま見つけただけであって、「貴方」と断定できるわけではなかった。人違いの可能性もあったが、フェリアルはそれらを分かっていた上で、人違いなら人違いで、近辺全域を捜索し、誰か見かけ次第、片っ端からそう言って回る気でいた。

 そのくらい「決死」の覚悟を以っていた。

「足、退けろ」

「少し待ってください。私は騎士団の人間ですが、今夜は一人で来ました。明日以降ぞろぞろ来るよりは、今夜の方が話しやすいかと思いますよ」

「めんどくせえな。……脅しか?」

「権利です。シンカルン王国の騎士として、話をする時間が欲しいと言っているだけです」

「嫌だと言ったら?」

「明日また来ます。晩餐会場にしては、ここは少し殺風景ですが」

 断れば目一杯引き連れてくるぞ。という意味は、通じたらしい。

 男は首を鳴らし、溜め息を吐いた。

「……用件は?」

「情報です。『白い光線』について、知っていることをお話しください」

「無い。以上だ」

 再びドアを閉めようとするが、フェリアルは今度はドアを掴み、男の手から引き剥がした。古屋の奥は真っ暗だった。

「なんのつもりだ? 俺はなにも知らん」

「これは直観ですが、貴方とかたが今回の件の鍵です。事件が起こってからたまたま私たちが行き着いた歴史上の存在——『シンカン』がどうとか言ったのは、あなた方くらいです」

 ……そう言えば、どうして私たちはそんなところまで来たんだったっけ?

 ふとした疑問をよそにして、フェリアルは本題を続ける。

「『白い光線』が城下町を通り、それだけで市民が200人消えました。中には私の友人もいました。貴方の友人や知り合いもいたかもしれません。家族や知人や同僚——失った方々が大勢います。……い過ぎます。貴方の『知らん』の一言で諦める気は、毛頭ございません。貴方を『情報源』だと言って、私に接触してきた彼の者は貴方と同じく正体不明の不審者ですが、それでも多少の信用性を感じました。王国に進展はありません。これが一筋の鍵かもしれないのです」

 興奮しているように繕って、フェリアルは捲し立てた。男は——ノってきた。

「いいか? そいつがなにを言ったかは知らんが友人は選んだ方が良い。アンタは副騎士団長って言ったな? 騎士団にも王国にも、もっとマシな男がゴロゴロいるだろ。わざわざ不審者の言葉なんて鵜呑みにせず、そいつらとよろしくやってろ」

 挑発も誘導も、無法者や犯罪者との対話においては、定石の一手。

「私は一言も、ものが『』だとは言ってませんよ」

「…………」

 男の眉が顰まり、視線がそっぽを向いた。続いて、小さく舌打ちをして、溜め息を吐く。

 フェリアル相手に、諦めたようだった。

 勝った。

「……アイツは、正確にはなんて言ってた?」

 本当に微少ながら、男の態度が和らいだ。

 確定。この男が「情報源」だ。

「貴方はなにか知っていると。そして今日、ここから北にある『ケルケル』という居酒屋に来る予定であったと。その予定は無くなったとも」

「訂正を一つ。来る予定だったわけじゃない。アイツが勝手に『来い』とだけ言い残した。俺は最初から行く気は無かった。約束すらしてない」

 初対面だが、フェリアルは察していた。まあ……この男とのコミュニケーションは難しいこともあるだろう。フェリアルは無意識に、男の態度にせかされている気がした。余裕無さげに感じ、本題を続ける。

「そして——『シンカン』が関わっていると」

「…………」

 今度は溜め息ではなく、男は鼻からゆっくりと息を吐いた。

「本当に、そう言ったのか?」

「はい。明確に」


『例の件——「シンカン﹅﹅﹅﹅が関わっている﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅


「と」

 なるべく言い方を真似て、フェリアルは記憶に忠実に言った。男は腕を組んで顎を触り、フェリアルに強く視線を向けたが、それは考え事をしているように、フェリアル自身は見ていなかった。

 しばらく黙ったまま、なにかを考えている様子だった。その背後で、「カタッ」と小さく音が鳴った。男は背後を見ると、フェリアルに言った。

「今日は帰れ」

「……はいっ?」

「帰れ。これからはアイツがなんとかする」

「……はっ?」

 ドアを閉めようとした男だったが、フェリアルはまたも、その手を押さえた。

「説明を。せめて情報を——」

 男は、

「いいから行け!」

 と怒鳴り、

「……すまない」

 と続けた。呟くように。

 男は古屋の奥を見たまま。

「なにかいるんですか?」

 フェリアルが無意識に剣に手を掛けると、

「だから帰れと言っている」

 男は掌を向けて、フェリアルを制した。

「…………もう一度言います。説明を」

 少しだけ、フェリアルもイラついてきていた。

 結局まだなにも教わってない上に、相手の態度にも耐えた。名前すら知らない男たちの言葉と、あるかどうかも分からない情報を頼りに。

 フェリアルは「ウィザード英知の探究者」ではなかったが、せめてなにかは知りたかった。今夜は愛馬の散歩に出ただけとは、思いたくなかった。

「……大丈夫だ」

 男は、古屋の奥の暗闇に話しかけていた。フェリアルのことなど視界に入ってはいなかった。

「……大丈夫。寝てて良いから……」

「誰と話してるんですか?」

「お前じゃない。もう帰れ」

 暗闇に対し多少温厚であるのとは逆に、フェリアルに対してはかなり冷たい口調で言った。

「この問答、まだ続けます?」

「……逆に、帰れないようにしてやろうか?」

「口説き文句なら歓迎したいところですが、残念なことにタイプでもなければ気分でもないです」

「……そうか。そうだな……。嗚呼——彼女﹅﹅の気分を、損ねたな……?」

 男はフェリアルの胸を強く押した。

 革鎧を着ているとはいえ、その動きは不意打ちとなり、フェリアルは真正面から押された。が、毎朝祖母にド突かれ回されているフェリアルにとって、その挙動を受けることは慣れたものだった。転倒せずに耐えると、勢いを殺さず片足を引き、剣を抜いた。

 騎士と市民との戦闘は裁判に架けられるが、正当防衛の主張が通れば、特に厳罰に処されることはない。騎士団員は一生続ければ、数十回はそういう目に遭う。そして大抵は特に何事もなく、咎められることなく、騎士団員として勤務を続ける。魔法師団員もそうであり、これは王国の腐敗とかではなく、正当な状況下でない限り、市民に対しての武力行使は禁じられているからである。逆にそれが、暴動の鎮圧や喧嘩の仲裁など、細事や粗末事に関しては、第三者が見たとき、その状況が正当だと理解しやすいものであれば、裁判すら起こらない。

 そして騎士団では、一時的な抑圧と制止のためであれば、剣を抜くことが許可されている。

 単なる「脅し」——相手からの暴力を免罪に、自体の状況説明を求めるための動作。

 だったが、



 ディィン。ツスッ……。



「…………ハ…………ァ?」

 これまで幾度も行ってきた体の動き。その流れがフェリアルの意思に反し、止まった。

 いや。止めたのはフェリアルの意思だった。止めるつもりはなかったが、剣を振り抜いたままの左腕が、その場で止まっていた。

 意識的ではなく、無意識的に。柄を握る感覚とそこにかかっている重さだけで、なにがあったのかを察していた。

 自覚のないまま、驚いて目を見開いたまま、ゆっくりと左を見る。

 流れるように真っ直ぐ開いた手が握る、自前の剣——が、根元で綺麗に折れていた。

 刀身が丸々落ちた音。地面に横たわる、細い銀色の煌めき。

 フェリアルは前を見た。男はなにかを手元に戻すように、自分に向けて掌を丸めた。フェリアルの視界の隅で、黒いなにか——陰のようなものが、その動きにつられて、ずるずると動いた。

 そして、男の元に戻る。いや、闇に混じった……?

 その背後に、別の陰が現れた。

 お化けのようにシーツを纏った、小柄な陰——男が言っていた、彼女﹅﹅だった。反射した薄い月明かりが、その肌が男と同じくらい白く、髪が金色であることを見せた。マントのように頭の上からシーツを纏っている所為で、その顔は見えなかったが。

「……大丈夫だ。もう心配ない」

 男はシーツごと、その小柄な女を抱き寄せて言った。

「もう終わった。いや、始まってもないはずだ」

 聞こえた言葉に反応する——というのが、フェリアルの騎士としての強さの一端だ。

「終わってませんよ」

 と、フェリアルは振り抜いた姿勢から、それでも堂々と男に正面から向いた。

「まだなにも聞いてない上に、訊きたいことが増えました。説め——」

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