第1章:第2節|{騎士の申し子:マターナイト}
「ではこれより、
ハキハキとした、低い声が響く。
各班幹部20名、大臣と関係者が20名、外交関係者が20名、
総勢100名近く集った「対応議会」が開始されたのは、正午を過ぎてからのことだった。
「事件の緊急性を鑑み、的確に速やかに、進行致します」
それと、進行役の
シンカルン王城の大議会場。
巨大な円形状のホールで、机と椅子がその形に連なって並べられた議場。内側へ行くほど段々と下に下がっていき、いつだったかその中心の壇場は、公開処刑場のように見えたことがあった。
集まった各班幹部20名の席の末端に、第一騎士団のマターナ副騎士団長の席もあった。
そして…………
「では始めに、発生時点の報告を——第四魔法師団」
そう促されて、魔法師団の席から立ち上がったのは、フェリアルのよく見知った顔だった。背中に、四本の杖の紋章——第四師団の紋章が刻まれた、青色のローブを着て、流れるようなウェーブの茶髪に、いつもだったら朗らかな笑みを浮かべているであろう、今日はガチガチに固まった顔——彼女は幹部階級者ではない。一介の
「は、はい……。け、今朝、7時40分前後において、城の内部から、メ、メルトリオット通りまでを、貫くようにして、直径二メートルほどの『
対応議会は、二、三年に一度程度の、特殊な状況下で発生する臨時のものだが、定期報告議会に関しては、各月で行われている。この光景を見慣れているフェリアルとは違い、議会に慣れていないからか、彼女はかなり緊張している様子だ。
「——そ、その約十秒後、その光線は消失。現在、城内に関しては第四師団が、メルトリオット通りは第五師団の
「魔法的要因であると?」
「こ……ぶ、物理的な痕跡が残らなかったために、その辺りも、現在調査中です」
フェリアルは、魔法に関する知識をあまり持ち合わせていない。本人に適性が無かったこともあり、入団試験のときに必要だった基礎知識程度が、魔法に関して知っていることの全てだ。
続けて、
「目撃者は?」
答えようとした彼女であったが、隣に座っていた第四魔法師団の副師団長が、その脇腹をつついた。緊張し過ぎて、代表として答える必要のないことにまで、答えようとしているのだろう。
慌てて座った彼女の代わりに、第四魔法師団の副師団長が立ち上がった。
「被害者、非目撃者、その他無関係者を除いて、城内における『白い光線』の目撃者は、報告で上がっている分で現在、二十四人です。そのうち十人は警備関係、六人は幹部階級者、八人は城の管理関係でした。それぞれに、その時間帯に城にいるだけの目的も理由もあり、目撃者においては、不明瞭かつ疑わしき動機のありそうな者は、一人もいませんでした」
彼女はやはり、
第四副師団長は髭を切り揃えた貫禄のある男だった。歳の割には白髪は少なく、厳格に見える見た目に反し、なかなかチャーミング性格の男……だったはず。フェリアルとは、あまり交流はない。
「城内の被害者数は?」
「……現在上がっている報告においては十五名ほどですが、目撃者がいない場合も想定し、これより増えるかと思われます。各班での確認と報告が揃い次第で、正式な被害報告になるかと」
どよめきが空間を跨ぐ。
国王は姿を見せていないが、被害者であれば最優先で報告が上がっているはず。
王族の被害はないのだろうか。暗幕の先は見えない。
「では次……城外の被害報告を——第一騎士団」
フェリアルは、隣に座る第一騎士団長——ダクード・ディー・ベルッツを見る。優男といった顔つきが小難しいという表情を浮かべ、小さく頷いた。フェリアルは鼻から空気を短く出すと、意を決して立つ。
「被害状況は、
数刻前。
メルトリオット通り。
『
パニックと大騒動となった市民の間を、なんとか抜けるようにして、第二騎士団と第三騎士団が馬に乗って現れた。総勢十数名が、王国の剣を腰から下げた女騎士に気付いた。
先頭を走っていた第二騎士団長と、第三騎士団長が馬から降りる。
互いに、それぞれ敬礼を交わす。
「マターナ副団長」
「カインヅワース団長、ゼストリアス団長」
「どうなってる?」
刺々しく跳ねた黒い髪の若い男——カインヅワース第二騎士団長が訊く。フェリアルは具体的なことを言いたかったが、自分でもあまり、この事態を理解していなかった。その旨を伝える。
「……わかりません。突然『白い光線』が発生し、通過。その際、照射された住民たちが呑み込まれました」
衝撃的だった群衆たちのパニックは、騎士が来たことで少しは落ち着いたようだった。幹部階級者に近付いて来ないよう、団員たちが宥めつつ、通りの真ん中から下がらせている。
「面倒ごとになっちまったなぁ」
ゼストリアス第三騎士団長は、首元までの長い金髪を掻き上げると、辺りを見渡す。その視線が、通りに捨てられているように置かれたままの、無数の衣類を見て止まる。
「住民たちを呑み込んだっつったな?」
「はい。
二人の団長が顔を見合わせる。そして、カインヅワース団長が口を開いた。
「——城の中もだ。目撃者によれば『白い光線』は、壁を貫いてその場に照射された者だけを消滅させた。マントもローブも鎧も、全部その場に残して」
「……城本体の被害は?」
「一切無い」
と、ゼストリアス団長も苦々しげに言った。その手が、落ちていた果実を拾う。半分は無傷っぽく見えるが、半分は踏まれて潰され、変形したものだった。
「消えた人数は分かってるか?」
「いえ。——まだです。騒動を抑えるので手がいっぱいでして」
ゼストリアス団長は通りを見渡す。
近くに騎士はいない。
フェリアル一人では、この数キロは手に負えないのだ。
「一人じゃ、しょうがないよな……。分かった。後は引き継ぐから、一旦、城に戻れ。自分の団と合流して、団長の指示を受けろ」
「はい」
カインヅワース団長は、自分の副団長に指でなにかを指示した。
「ウチの馬を使って良いぞ。……俺の隊も、三人が消えた」
「それは——はい。ありがとうございます」
「おたくの団長は無事だ。団員までは分からんが……。とにかく、役に立つと思って三頭とも連れてきたから、一頭選んで城まで使え。付き添いがいるか?」
付き添いは断ろうと思ったが、一人でいるよりは役に立つと思い、
「お願いします」
と。
「——城を貫き、メルトリオット通りまで届いた『白い光線』は、その場にいた者たちの聞き込みによると、直径が二メートルから三メートル以上、形を変えてか規模を変えてか、膨張か縮小かを繰り返し、消えたとのことです。そして……」
胸を押さえ付けられるような感覚。
この発言は、目撃証言も兼ねている。
「……光線に接触した者たちは、その場にて蒸発するように着ていた衣類だけを残し、完全に
メルトリオット通りの朝市は、城の道までも大混乱が蠢いていた。
あちこちで泣き叫ぶ市民たちと、所々崩壊した出店や屋台。破損しているのは木材が殆どに見える。『白い光線』は物損を出していなかったはずだから、その辺りは混乱した人々によるものだろう。
付き添いで来た騎士が笛を鳴らすと、騒いでいた者たちが静まって、脇に寄っていった。
馬上のフェリアルと、その後ろの付き添い二人を見上げ、騎士団が来たことに気づいたのだ。
——その視線の多くは、「
「第五魔法師団、より詳細な報告を」
あくまで目撃証言。フェリアルが座ると、第五魔法師団の一人が立ち上がった。
「——『白い光線』はメルトリオット通りを越え、南西の城壁外区、ノルヴァック荒野にて完全消失した、という推定です」
「推定?」
「その先は、目撃者がいません。馬を走らせ調査をしてみましたが、魔法の痕跡や魔力の残滓も感知できなかったため、視認できる範囲で確認したところ、その先までの被害も無いかと」
「……推定、ですね」
「推定、になります」
「それ以上の被害の可能性はまだあると?」
「なんとも言えません。そもそもの全容が分かっておりませんので」
————。
…………。
議会が、静寂に包まれる。
シンカルン王国建国以来の、未曾有の大騒動。
進行役の男が、口を開いた。
「では、原因の報告を。……第一魔法師団」
座る者立つ者。
「当初『白い光線』の発生源は外部からのものだと考えられていましたが、調査の結果、発生源は
ざわめきにも満たない、静かな動揺が伝染した。
「具体的には?」
「
第一魔法師団の
「ベルテン卿の執務室を調べたところ、おそらく『白い光線』の起点となる『
髭の豊かな、年老いた
「ベルテン卿は?」
「現在、行方不明です。『白い光線』によってなのか、自分の意思によってなのかは、分かっていません。また、起点がベルテン卿の執務室であったというだけで、直接的な関係者かどうかも、未明です」
ベルテン卿。これ迄、フェリアルとの接触はない。
「現在、第二魔法師団によって部屋を調査中ですが、状況的にも立地的にも『白い光線』はベルテン卿の部屋を起点とし、そこからノルヴァック荒野にまで至った、というのが、現状の報告から推定できる、魔法師団からの
「
議会が解散し、城の廊下を歩いていると、フェリアルは女声に呼び止められた。
振り返ると、いたのは二人。一人は例の「目撃者」の
最後に顔を見たときよりも皺が深く、白髪も多く混じった気がする女性——第四魔法師団の師団長、トーウェンタリス・ティー・アルバン。そして、付き従うように一歩後ろにいる、フェリアルの同期——ヴァシーガ・ブイ・モルダルク。
ヴァシーガはささやかに手を振り、トーウェンタリス第四師団長には、敬礼を。フェリアルも、それぞれに挨拶を返す。
トーウェンタリスが口を開いた。
「久しぶりね」
「お久しぶりです」
「相変わらず抜け目がないわ。ホント」
聞く人によっては嫌みたらしく聞こえるだろうが、三人の周りに人の影はなかった。そして、ヴァシーガの師匠でもあるトーウェンタリス第四師団長が、その貫禄のある話し方が、フェリアルに対する純然な敬意と好意であることは、フェリアルには、勝手知ったる事実であった。
「お褒めいただき、嬉しく思います」
「お祖母様はお元気?」
「元気です。今朝も孫を打ちのめすほどには」
「あらあら。当分逝去する気はなさそうね」
——さて。
と。ヴァシーガをチラ見してから、
「同期のお喋りも楽しませてあげたいのだけれど、まずは要件を済ませましょう」
と言って、トーウェンタリスは巻物を一つ取り出した。
「第四魔法師団の報告書の
「ありがとうございます」
トーウェンタリスはたしか、議会直前までメルトリオット通りにいたはず。第四魔法師団は現場調査と保全を担っていた。城内の目撃者であるヴァシーガも行ったのかは知らないが。
「失くさないでね。……ご友人が被害者だって聞いたわ」
「……はい」
「でも副騎士団長として、調査はしないといけないでしょう?」
確定した情報が少なく、対応議会の結論は「引き続き調査」であった。あらゆる可能性が考慮できる現状、出せる結論は皆無に等しい。
「べルッツ団長がメルトリオット通りに出向かれたので、私は今からベルテン卿の執務室へ行こうかと」
「思った通り。
特に断る理由はなかった。というよりも、フェリアルはトーウェンタリスの思惑を汲んで、首を縦に振った。
「はい」
「ありがとう。ついでに、今日は16時にお茶よ」
16時までに報告が欲しい、ということだろう。あと3時間。問題ない。これにも肯定の意を示す。
トーウェンタリス第四師団長は、ヴァシーガを見る。
「あとはよろしくね。私はまた外に出なくてはならないの。……
「はい。健闘を」
「二人とも、充分に注意なさい。——危険は城の内部からだった。この意味、分かるわね?」
フェリアルもヴァシーガも、首を短く縦に振る。
「良い子ちゃんたち。祝福をあげるわ」
トーウェンタリスは掌を出して、指を立てた。
指先から小さな稲妻が走る。それは小石のようにまとまって、そのまま数センチ浮いて、花火のように「ボンッ」と跳ねた。
「頑張ってね」
「私にも、なにかできたら良かったのですが」
「ホントよ。……今からでも、ウチの子にならない?」
「お心だけでより充分ですが、今もご存知の通りですので」
フェリアルに魔法の才が無いことは、よく知られていることであった。若くして副騎士団長にまでなった。しかも、女騎士で。
いまさら魔法師団に入ったとて、歓迎されはしないだろうし、役に立つこともないだろう。
惜しむようなへの字の口で、トーウェンタリスは去って行った。
「いつも通り、優雅で強い」
フェリアルが賞賛の念を送ると、
「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ヴァシーガは全身から力が抜けたようで、大きく深く、響かせるようなため息を吐いた。
慣れない議会への出席。滅多に見ない師団長の幹部階級のやり取りを見届け、気を張っていた姿勢をようやく、解くことができたらしい。
壁に寄りかかり、ずるずるとマントを引き摺りながら、ヴァシーガは腰を落とした。
「お疲れ様」
「ほんと、まじ疲れた……まじ」
疲労の吐息が過ぎ去ると、廊下全体が静まる。
中庭が見えている。石造りの壁はあるが、窓はついていない。入り込んだ隙間風が、薄くフェリアルの肌を撫でた。冷たく心地良いものだが、座り込んでしまったヴァシーガは、その様子を眺めるだけだ。
市民が、しかも城下町において、城から放たれた光線によって、蒸発。
残された者たちの城に対する疑念は絶大で、現在も城門前には、消えた数の倍以上の人だかりができているらしい。
——調査に行かなければ。
「フェリアル!」
中庭越しの廊下に、同僚の姿が見えた。響いた声に気付いて、ヴァシーガも壁伝いに立ち上がる。
「ペノン」
金髪の、細身の女。最近は体つきがだいぶ筋肉質になってきたが、少女みたいな顔と相俟って、どこか加虐心を抱かせる雰囲気の残ったまま、外套を着た姿で、とてとてと中庭を突っ切って来た。
彼女は城の料理人だ。正確に言うと、「材料加工員」という下っ端であるが。
「今日、出勤だったの?」
「そう! ちょっとだけ抜け出してきた! 『白い光線』はキッチンから見えなかったのよ。……大丈夫だった? みんな無事?」
と、フェリアルの両手を取って、捲し立てるペノン。その姿を見て、少し安堵を抱く。
「ヴァシーガは?」
と、フェリアルの後ろにいるのを見て、ペノンは跳ねるように進み、フェリアルにしたのと同じように、その手を取った。ヴァシーガは苦笑する。
「ヴァシーガは無事だよ。ちょっと疲れたけど……」
ヴァシーガはそう言いながら、フェリアルに視線を飛ばす。
「……けど?」
ペノンが訊いたことに、フェリアルは答えた。
「……チャーグは、被害者リストに載ってる」
「……っ…………!」
ペノンは息を呑み、両手で口を押さえる。
フェリアル、ヴァシーガ、ペノン、そしてチャーグ。
同期四人は仲が良かったけれど、今は思い出には浸れない。
外套の上から肩を叩き、涙目を堪えきれてないペノンに、フェリアルは言う。
「これから、詳しく調べる」
「……お願い…………」
「落ち着いたらまた、顔を出すから」
「……うん……」
騎士団員——いや、そもそもシンカルン王国において、騎士団が
王城内は人間しかいないと言って良いほど、殆どが人間である。城下町も、立ち入りを制限しているわけではないが、殆どが人間。ウェルド大陸のそれぞれの種族は、それぞれの自然的立地や地域環境——そして『
故に「緊急時における警戒と守護」という名目で創設された騎士団も、その実態は「国内の問題を解決する便利屋」といった具合なのである。
魔法師団と騎士団は協力し、現場検証と調査、そして真相を見出さなくてはならない。
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