第5話

「ふぅ……」


 ソファに座り、息を吐き出した。

 カレンは顔色が悪く、かなりぐったりしている様子だ。


「あ、カレン。どうしたんだ?」

「トオルく……」


 後ろからトオルの声がいきなり聞こえて、とっさにくん呼びしそうになってしまうが、慌てて止める。


「んん、トオル、ごめん。ちょっと気持ち悪くなっちゃって」

「大丈夫か?」

「うん。休ませてもらったから、今は楽になった」


(トオルくんの顔見れたから元気になったとか言えない)


 内心そう思いつつ、カレンは笑顔で受け答えをした。トオルはちょうど部屋から出てきたところのようで、制服姿だ。

 心配そうな表情で、カレンを見つめている。


 そしてトオルは、隣のソファへ腰かけた。


「まだこんな時間だ。辛かったら全然休んでいいからな」

「……! ありがとう」


(マジで優し過ぎるトオルくん本当好き好き好き好き好き)


 心の中で大はしゃぎをしていても、表面上は落ち着いて立ち上がる。


「だけど、本当に大丈夫だから。トオルに迷惑かけたくないし」


 そう言いながら、何気ないように、カレンはトオルの横を通り過ぎた。後ろを通る瞬間に、サッとトオルの首の方へ手を伸ばす。


 そして、制服の襟に、気づかれないよう盗聴器を仕掛けたのだ。

 平然とそのまま歩き、「ね、大丈夫でしょ」と言ってみせる。


「……ならいいんだけどな」


 それでもふくれているトオルを見て、ぷっと笑うカレン。トオルも笑いだして、そのあとは家を出る時間まで話題を見つけてしゃべっていた。




 内容はもう教科書を見れば分かる、退屈な授業をこなす。

 私はここら辺の勉強はすでにやっているから、特に問題なんてない。当てられたら読み上げる。それだけ。


 でも、そんな退屈な授業時間も、今日から退屈じゃなくなるのだ。


 耳に手を当てる。すると、別のカリカリとシャーペンを走らせる音が耳に届く。

 と同時に、「じゃあこの問題を……柴咲」という意地の悪い声が聞こえてきた。


 この声は、トオルくんのことを嫌っているオジサン先生。トオルくんのことを嫌うってことは、私の敵ってことだ。もちろんその先生は大嫌い。

 だけどそんな態度の悪い先生に対しても、トオルくんは優しいのだ。


 スラスラと答えを読み上げて、また席に着く。


「おいトオル、あれ難しい問題だろ? お前なんで解けたんだ?」


 トオルくんの男友達かな? トオルくんを馬鹿にするようなら、刺したいところだけど……。


「いや、昨日カレンに勉強教えてもらったんだよ」

「またかよ。もしかしてその幼馴染、お前のこと好きなんじゃねぇの?」


 ……そこを理解できるというのなら、認めよう。お前はトオルくんの友達にふさわしい。トオルくんはその言葉に笑っている。

 やっぱり本気にしないよなぁ……。


「――じゃあここを、っておい花宮、聞いてるか?」

「……はい」


 先生の声。まったく、すぐに邪魔をしてくる。気だるいけど、成績を落とすわけにはいかないので、返事をしておく。

 すると先生は、ますます顔を真っ赤にした。


「なら、この問題の答えを言ってみろ」


 先生が、本当に聞いているのか確かめに来る。私は黒板に書かれた計算式を頭の中で計算して、答えを言った。


 先生は驚いて、「ま、まあ聞いてるようだな。では――」と別のことを説明し始める。ハァ……。いい加減イライラしてくるなぁ。


 それもこれも、私がトオルくんと付き合えてないから……。


 もう少し、強硬手段に出てみないと。

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