4-3 父親

「マリクの言う通り、あなたがこちら側につかなくてもいい人だ。」



 セリスの声が張り詰める。


 部屋の中に微妙な空気が流れた。



 感情をぶつけるような物言いは、彼女には似合わなかった。



──けれど、今だけは違った。



 淡い緑の瞳に宿る光が、かすかに揺れていた。怒りではない。


 悲しみ…。



 自分たちが、魔物から人を守るという、大義名分で、元人間であった者を殺す──人殺しの群れ。



 その矛盾を、人一倍悩み苦しんできた彼女には、これ以上咎人とがびとが増えることが耐えられなかった。




「自分ひとりで背負う…、父親とソックリだな、リンデンバウム。」



 ペイロールの声には、嘲笑も怒りもなかった。ただ、どこか遠くを見つめるような虚ろさがあった。




 どれだけの背中を見送ってきたのか──その重みを、彼は知っている。




「お前の父親はいいヤツだった。いいヤツすぎて死んだ。」



 その言葉は、刃のように胸を裂いた。



 顔も覚えていない父親という存在。それがどこまで行っても付き纏う──亡霊のような者。



 確かに『リーフ・フォン・リンデンバウム』という人物は強い魔術士だったのかもしれない。だが、彼女にとって、それは巨大なクレーターを残して、未だ『』扱いになっているだけにしか過ぎなかった。



「私の父は、カイエン・クローム。ただ一人。」



 セリスは即答した。反射的に、感情を隠すための盾のように。

 心が追いつかないまま、必死に自分のアイデンティティを守る。



 ──けれど、どれだけ叫んでも、本当の父を知らないという事実は、彼女を蝕んでいた。




「わかっている。ただリーフの友人の一人として言わせてほしい。君はカイエン・クロームの娘であり、リーフ・フォン・リンデンバウムの娘だ。」



 ペイロールの静かな言葉が、胸の奥に杭のように突き刺さった。



 ──否定したかった。



 だが、否定はできない。


 紅い炎の中、助けられた彼女は生物学的にも、リーフの実子であることは、抗いがたい事実として突きつけられたまま。



 けれど、記憶に何も残っていない人。





 顔も声も、手の温もりさえ、何も覚えていない。

 ──“その人”は、本当に自分の父なのか。




「そんなことより、まずはあのバケモノを殺す事を…。」



 言葉を振り払うように、話題を変える。

 このまま思考を続ければ、底のない泥に呑まれる。

 彼女は、自分を守るために、話を「戦い」へと戻すしかなかった。



「ねぇ、名前を決めない。例え、バケモノでも元は人間。墓碑銘くらい建ててやりたいわ。ワタシたちに喧嘩を売った証拠に。」



 ヴィーチェの声音は軽やかだった。けれど、その言葉にはどこか執着がにじんでいた。

 名を与えるという行為──それは、人間性の回帰であり、同時に、断罪でもある。




「ソレは良い考えだわァ。そうねェ、アスモダイとかどうゥ。」



 シャルルの提案に、誰も笑わなかった。



 その名は、まるでこの戦いの結末を暗示するように響いた。




 欲望の魔──人の心の最も醜い部分を肥大化させ、最終的には自らを焼き尽くす。




「バケモノも美人さんから名付けて貰って、感激しきりだろうよ。」




 カイエンの皮肉は乾いていた。

 誰もが冗談めかすことで、恐怖から目を逸らしていた。



「で、ソイツをどうやって倒す。」


「さぁ、それを考えるのはワタシの仕事じゃないわ。」


 ヴィーチェの無責任な笑みに、誰も反論しなかった。


 それぞれが、それぞれのやり方で、恐怖に向き合っている。冗談で誤魔化しながら。



 一方で、マリクだけが黙々と魔法式を計算し続けていた。

 唇が震えている。恐怖ではない。焦りだった。



「だめだぁ、僕たちが束になっても、核まで到達できないぃ。なにかいい方法は…。」


 静かに、重苦しい沈黙が広がる。



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