3 Intermission(幕間)

3-1 Wie wird man seinen Schatten los? (影から逃れられるか)

 セリスはとてもとても長い夢を見ていた。


断片的だが強制的につまらないオムニバス映画を長々と見せられているようでかなり辟易としていた。それは時に主観で、時に俯瞰で見せられる。それは古い自分の記憶だと思っていたが、どうやら誰かの中の自分の記憶を見ているようだ。



──1794年、初夏。これは俯瞰で見ている私の記憶。


 それは夜に訪ねてきた。


 夕食後、セリスはリビングで暑いのか髪をひとつにまとめ、Tシャツにハーフパンツ姿で横になりながら読書にふけり、ユーリはテーブルに銀食器を並べ、丁寧に磨きをかけていた。そんなゆっくりとした時間の中、来訪者を告げるクラシカルなベルの音が鳴った。セリスはユーリに来客の予定を確認した上で、招き入れることを命じた。


「こんな辺鄙へんぴなところにわざわざお越しいただいた客人だ。丁重なおもてなしをしなければならないな。」


セリスはわざと魔力をあげ、客人を威嚇する。ユーリがにこにこしながら客人を通すと、ユーリより背の高い人物が紙袋を持ってTシャツにチノパンという、こちらもラフな格好で現れた。



「教皇聖下がいらっしゃいました。」



「こんばんは。」



 アレックスの満面の笑みとは対象的に、セリスは全身凍りついていた。


「夜にわざわざくるとは、急用か。アレックス。」


 努めて冷静に声をかけるセリスに、アレックスは肩を落とし、誰が見てもわかるくらい落ち込んでいた。


「ユーリ、これザッハトルテとチョコレートとビターチョコレートとミルクチョコレートです。冷やして食べてください。」


 頭を抱えるセリスをじっと緋色の瞳が困ったように見つめてくる。



「私、何かセリスに悪いことしましたか。最近公務で会っても目も合わせてくれないし、話も最低限。ピアノを弾きに来てもすぐに帰ってしまう。これは何か私が気がついていないだけで、怒らせてしまったに違いありません。その理由を聞きにきました。あ、座ってもいいですか。」



どうぞとソファーに座るように促しながら、セリスは必死に答えを模索していた。セリスの中の揺れる気持ちを抑えた方がいいか、どうすればいいかと必死にもがく。




「アレックス、私の態度が不快にさせたようで申し訳ない。これはなのだ。」



目を合わせないように、わざとうなだれながら話すセリスの顔を間近でアレックスは覗き込む。深い緋色の瞳と目が合い、セリスは言葉ならない叫び声をあげた。



「アレックス、近すぎる。近い、近い、近い。前々から言おうと思っていたが、あなたは人との距離近すぎる。勘違いされても知らんぞ。」



そう言うセリスの耳元で、アレックスの優しい声が囁く。




誰彼だれかれ構わずしているわけではありません。」




 甘い低い声に、セリスは思わずアレックスを突き飛ばし、読んでいた本で顔を覆った。アレックスは即座に本を奪い取る。赤面しているセリスの目は潤み、唇は紅く色づいている。そのんなセリスの姿にアレックスも思わず顔を赤らめる。



「本を、か…返せ。マリクの所から無断で借りているんだ。そ、そ、それにうちにユーリがいるといっても、一人暮らしの女性の家をこんな時間に訪れるのは──。」



「だめですか。」




 見つめ合うふたりはお互いに動けず、静かな時間だけが流れる。


「自分で考えろ。」


 セリスは両手でアレックスの頬を挟むと、自分を偽りながら、いたずらっ子の様に笑う。全くこの人には敵わないとアレックスはつられて笑った。


「ただで返すのも、申し訳ない。ユーリ、カモミールとラベンダーをあるだけ持たせやれ。ローズヒップもおまけで。それでは良い夜を、。」


そう言い残し見送りもせず、セリスは自分の部屋に帰っていった。



 パタンといって部屋の扉が閉まったのを確認し、静かに鍵をかけて、扉を背にへたり込んでしまった。『なんて可愛くない言い方。アレックスの目を見ると、そばにいると苦しくて苦しくて息ができない。どうしても素直になれない。いつまでこの気持ち隠し通せるか。わかっている、十分にわかっている。あの人は教皇だ。実るだなんて最初から求めていないのに。なんで、なんでアレックスなんだ。』セリスの頬を一筋の涙が月の光を浴びて、音もなく伝って落ちる。




「それでもあなたじゃなければ駄目なんだ。」




 これは…、大切な淡い記憶。




 映像は切り替わる。


──1789年、雪解けの頃。


 これはつらすぎる私の記憶の俯瞰。



 セリスは日々弱っていく養母ルクレツィアの世話に明け暮れていた。

「セリス、私のことはいいから、あなたは好きな事をしなさい。」


「嫌だ。私は母上の所にいたい。」


 セリスの強い目の光に、ルクレツィアはかなわないわと言って、布団に潜り込む。手持ち無沙汰になったセリスは3×3の立方体のパズルを始めると、不意に冷たい風が入ってきた。


「父上。母上を置いてどこに。」


 カイエンの表情は暗く、いつもとは違うガンメタリックグレーの詰襟の軍服のような格好をしていた。


「…野暮用さ。ちょっと風呂入ってくるから、その後みんなでここで飯を食おう。俺もセリスも料理できないからよ、握り飯と味噌汁と漬け物だ。」


3人とも笑う幸せな空間。だが、は確実に忍び寄ってきていた。

 

 時期外れの雪がわずかに舞っていた。


 とても静かな朝。


 ルクレツィアのベッドの足元でセリスは毛布に包まって寝ていた。やがて訪れる永訣えいけつの時。ルクレツィアは小さくうめき声をあげる。


「大丈夫か。」


 カイエンの声は優しく、ルクレツィアを包みこんでいた。


「大丈夫よ、カイエンあなた。」


 弱々しいルクレツィアの声に、カイエンは思わずその細くなった身体を抱きしめた。




「俺より先に逝くな。俺もセリスもまだお前が必要なんだ。」




その言葉にルクレツィアは消え入りそうな笑顔を見せる。



「セリスがいてくれて楽しかった。もちろん、あなたと出会えて幸せだったわ。」



「もちろん俺も。セリスもそうだ。またみんなでサクラを見よう、な。セリス、起きろ。みんなで約束するんだ。今年も来年も、その先もずっと3人で花見をするんだ。」



寝起きのセリスも事の次第を理解し、ルクレツィアの元へ駆けつける。



「母上、逝かないで。」



セリスはルクレツィアの手を取ると、回復魔法の詠唱を始めようとするが、カイエンがそれをそっと制する。


「これ以上、苦しめるな。回復魔法で体力は戻るが、病気自体が治る段階はとうに過ぎている。俺たちができるのは一緒にいることだけだ。」 



カイエンの言っていることは理解できているのに、それを否定する自分が内在している事に苛立った。




「ごめんなさい、母上。私は傍にいることしかできない。」




俯いて嗚咽するセリスの髪を、ルクレツィアはゆっくりと触る。


「いてくれるだけで嬉しいの。また、みんなでお花見に行きましょ…。」





ことりとルクレツィアの手が力なく落ちた。





…、母上ごめんなさい。私は愛するひとの世界を守りたくて、親不孝になってしまった。




 誰にも届かない、その小さな呟きは夜の闇へと消えていった。





 映像は変わる。

 これはヴィーチェの記憶。


─1797年4月第2週。


 〝Sternシュテルン〟の大聖堂の前にワタシはいた。目の前に広がる紅い薔薇がとても綺麗でしばらく眺めていると教皇聖下直々にお声掛けいただいた。


「ベアトリーチェ嬢ですね。セリスから話を聞いてお待ちしていました。薔薇の紅と貴女の深い橙色の髪が合わさって、紅蓮の炎のようで美しい。」


不思議で心地良い低音の声に、深い緋色ダークレッドの緩やかにうねった長い髪。そう言えばダークレッドの薔薇の花言葉は円熟した優雅さだったっけ。その言葉がピッタリの人は、ワタシの好きなタイプ。長身だけどガッチリした体格が、白い緩やかなローブ越しにもわかる。


「詳しい事は聞いています。お互い自己紹介と世間話でもしながら、ハーブティーでもどうでしょうか。」


その提案にワタシが乗らない訳がない。そう言えばセリスもハーブティーばかり飲んでいたし、王宮でもそうだった。教皇聖下もハーブティーがお好きなのかしら。それとも12騎士って揃いも揃ってハーブティーが好きなのかしら。ワタシは、紅茶好きなんだけど。なんて考え事をしながら長い回廊を歩いていた。大聖堂からだと思うけれど、重厚なパイプオルガンの音とともに、天使のような美しい合唱が聞こえ、ここが地上だと一瞬忘れそうになった。



「綺麗な歌声でしょう。私も昔はあの中にいたのですよ。聖歌隊に入れるのは、変声期前の男子のみなのです。限りある一瞬の煌めきだからこその美しさなのでしょう。ベアトリーチェ嬢のように常に鮮やかな美しい方とは方向性の違う美だと思いますよ。」



 ワタシはそのゆらぎのある心地良いお声も、十分に美しいと思った。さすが人前でお話になることの多い教皇聖下、お口がお上手で。



「以前、セリスに聖歌隊に入りたいと噛みつかれた事がありました。男装でもする勢いだったので、聖歌隊は無理だけれど、近衛音楽隊か軍楽隊はどうかと勧めたことがありました。あの時以前のセリスの顔は、普段はとても6歳とは思えない凍てついた瞳でしたが、音楽をするときだけ楽しそうに輝いていました。何をもって平和とするのか、個人によって定義は様々だと思っていますが、12騎士など不要な平和な時がくれば血まみれの戦いではなく、私はセリスに音楽好きな事だけをさせてあげたいのです。ですから毎日のようにピアノを弾きにここに来ていることは大目に見ていますよ。」



 セリスが夕食後、良く出かけていた理由がやっとわかった。意外だったわ、家で小難しい本を読んでいるか、演習に行っているか、魔物狩りくらいしかセリスの事を知らなかったから。



 時折苦笑しながら話す聖下は急に立ち止まられた。


「ああ、ここだ。すみません。あまりこの部屋を使うことがないので。普段は高い所から話してばかりで、来客対応は他の者に任せているのです。実は対外的な事や事務的なことは不得手で申し訳ないです。」


「いいえ、聖下直々にご対応いただくなんて。」


「アレクサンドル、いやアレックスで構いませんよ、ベアトリーチェ嬢。」


この人の柔和さを無愛想冷徹魔人セリスに分けてほしいと切実に思った。



「では、アレックス様とお呼びさせていただきます。ワタシの事はヴィーチェとお呼びください。」


「ではヴィーチェ、ここが応接室ですよ。」


 開け放たれたかなり年数をかけて磨かれて木目の凹凸がはっきりとした扉の先には、応接室と言うには広すぎる空間と、ガラス越しに見える中庭には様々な色の薔薇が今を盛りと咲き誇っていた。



「中庭は薔薇だけではなく、季節に応じた花が咲くようにしています。こんな美しい薔薇をセリスは精油にするように私に言うんですよ。最初は反対しましたが大聖堂の下にある求道者の住む所を開拓し、そこを巨大なバラ園にした所、皆の生活が楽になったのですよ。お恥ずかしながらそれまでここはあまり裕福ではなかったので。」



さすが金が絡む件にはいい提案をする。やっぱりセリスって本能的にお金の匂いをかぎ分ける並々ならぬものがある様な気がしてきた。


「あの人の聡明さと優しさはわかりにくいのですよ。いつもの態度と相まって。ただ一時的な解決をするのではなく、根本的解決と自活の道をいとも簡単に示してくれる。本当に優しい人です。」


 アレックス様が優しく微笑まれた。妖精たちの件も私の研究所の事もそうだ。私がお金を作る、最新鋭の機材を揃える、研究を重ね、実地試験を行い、研究成果を売る。今は私の投資に頼るしかないが、このサイクルがうまく回ると研究所は自活できる。それに気がついた時に、身震いがした。いつ、どこまで先に知っていたのかしら。


「さて、立ち話も何だから、座ってゆっくりと話しましょう。」


 アレックス様が腰を掛けると同時に行儀見習いだと思う綺麗な女性がハーブティーを持ってきた。


「ありがとう、マーガレット。下がって良いですよ。ヴィーチェに関しては、陛下から聞いています。あのチェンチ殿の御息女で大変高い魔力の持ち主とか。」




「アレックス様はあの大火の事…、父の事をお聞きにならないのですか。」




 アレックス様は不思議そうな顔をされていた。ワタシとレインは今まで何度聞かれたかわからない。なぜあの火事は起きたのか。亡くなった母の美談。事実は違うのに。父の首が回らなくなった故の心中だったのではないか。口さがない人たちの悪意に満ちた問いかけにはウンザリしていた。




「過去は過去だからですよ。」




 あっさりといわれてしまって拍子抜けしてしまった。



「私の事を少し話しますね。つまらない話ですが。」

と、アレックス様は前置きをされて、ゆっくりとお話になられた。


 アレックス様の生い立ちの話。貴族の妾腹で、母はその貴族の下女だったアレックス様は、父からは認知されず、奥さまの怒りを買ったアレックス様の実の母親はは路頭に迷い、産まれたばかりのアレックス様をとある街の、枢機卿の家の前に置いて、どこかに消えたそうです。一連の過程を書いた紙と私の名前の入った紙を入れて。



「2枚の紙が私の出自の総てです。枢機卿の家の前で拾われたから、姓はカーディナル枢機卿。安直すぎるでしょう。」



 複雑な出自をふわっと優しく話すアレックス様は辛い出自など既に昇華されているのでしょう。ワタシも何時かそんな時がくるのかな。あの業火につつまれた我が家。貧しくても慎ましく楽しく暮らしていた我が家。それが遠い出来事のように思える。


「シュテルンでは求道者から、司教、大司教、枢機卿、教皇に至るまで結婚だけでなく、子どもを望むことはできません。神との対話、神を求めることが最大の目的とされています。もし人として安寧を求めるなら、ここを去り在家となり遠くから神に祈りを捧げることは可能です。だが、二度と神のお膝元の大聖堂へは立ち入る事は不可能と人のつくった戒律で定められています。だからここに来る聖歌隊は祈りを捧げに、外から来る特別な存在なのですよ。そして貴方たち12騎士も私の客人として入ることができるの特別な存在なのです。枢機卿の多くはここより遠くに住み、在家の信者の祈りの場として門戸を開いています。その中の1人の枢機卿の孤児院で育てられました。それから私は聖歌隊に入り、神学校にで学び、育て親と同じ枢機卿になり、今に至っています。」


カップの中のお茶を半分ほど飲まれると、大きくため息をつかれた。


「だから、自分の事は単なる興味で、根掘り葉掘り他人が聞くものではないと私は思っています。過去は変えられないし、それを第三者が面白可笑しく聞いてはいけないでしょう。話したい時に話せばいいのです。時には過去に押し潰されそうになるときもあるものです。ヴィーチェもそういう時があるのなら、私でもセリスでも話すといいですよ。セリスもアレはアレで、持っていた紅玉だけが自分の証という私にとても似ている人ですから。」


──他人の中の、私の知らない愛しいひとの記憶。




 映像は次々に変わる。


 

 ある時は、カイエン父上との剣術の稽古でボロボロにされた事、私は悔しくて良く泣いていた。


 またある時は第1王立病院の特別病棟で受けた検査の日々。そういえば、王立病院でまだ学生だったレインにはよく遊んでもらったな、そんなことをぼんやり考えていた。



 12騎士に封ぜられた時はなんとも思わなかった。最側近さいそっきん護衛官の時もそうだった。



 大学院で好きな研究に没頭していた時は、専攻は違うのに何故か仲良くなったマリクと毎日、魔術理論に議論を交わしていたな。



 また、映像が変わる。


──それは始まりの記憶。


 リンデンバウムクレーターと後に呼ばれる巨大な砂煙の中で、自身も大損壊をしているユーリに手を引かれながら立ちすくんでいた。それ以前の記憶は私にはない。



 リンデンバウム卿父親とはどんな人物だったのか、母親とは誰か。大海原を彷徨う小舟ように揺らめく不確かな記憶。砂嵐の中に現れたカイエンとアレックスの2人が初めて出会った人間だった。


 第1王立病院を出た後、正式にカイエン父上の養子になり、ルクレツィア母上に出会えた事。いつも優しい声で名前を呼んでくれたきれいな人。



──またフィルムが取り替えられる。


 今度は残酷な映像の様だ。初めて超級魔族を仕留めた時の事。護衛官として、暗殺者を初めて実剣で屠った時の手に伝わる気持ち悪い記憶。


 なぜ今、自分がこうなっているのか、大切な事が思い出せない。綺麗な虹色の雲母の様な物が雪のように舞い、父上の怒号が聞こえる。キラキラしている虹色のあれが欲しくて手を伸ばす。父上の剣。空中を舞う腕が虹色に輝いて…そうだ、あれは私の腕だ。…まだ眠い。考えるのは後にしよう。とにかく眠い。目を開きたくない。



 セリスは強制的に、また映像を見せられる。

 これは誰かの記憶─

──話は1784年までに遡る。

 この日は朝から青い空が澄みわたって寒い日だった。昼前にそれは起きた。王都の東側から強烈な光。


 爆風が飛んだと同時にダイヤモンドクロックの針が大きく動き、4のインデックスが消えた。ディオニシウスシステムは起きた状況を分析し、アルヴィスに伝える。その状況を記した紙を強く握りしめ、側近に伝えた。



「剣聖と、枢機卿を直ぐに呼ぶように。」



 そう言うと、アルヴィスはワナワナと肩を震わせていた。即座にカイエンとアレックスが駆けつけるが、カイエンは食事前だったのか着流しに長羽織で帯刀のままであったし、アレックスは枢機卿の証である緋色のローブを着て、聖典を持ったままであった。


「急に呼び出してすまん。先程の事象だが、リンデンバウム4位が消えたとのご神託があった。そして一瞬ではあるが超弩級以上の魔力を検知している。2位、これが意味している事が理解るか。」


カイエンの背中に冷たいものが流れた。




「相打ちか。」




「そうだ、私もそう思うし、そうとしか説明できない惨事だ。4位のリンデンバウム卿の邸宅を中心に、半径50kmに渡り瞬く間に吹き飛んだ。普通のエネルギーとは思えんだろう。」


アルヴィスは非常に焦っている様子で、早口でまくし立てる。


「そこでカイエン2位アレックス3位に頼みがある。4位の屋敷になにがあったのか、何がいたのかを調べよ。さあ行くのだ、今すぐに。」



 確かに4位は口数少ない、変り者と言われる側面のある人であったが、悪く言う人はいない静かな人で、アルヴィスの信頼も厚い1人だった。



「Yes, Your Majesty.」



2人は深々とお辞儀をし、同時に消えていった。



 同刻、王国東部リンデンバウム邸付近上空。王都からかなり離れた位置にある屋敷だった後を2人は眼下に眺めていた。辺り一面えぐられたように広範囲に草木はふきとび、中心地は砂嵐がもうもうとして下の様子はわからない。


「思った以上に酷いなあ。枢機卿アレックス、なにか感じるか。」


 カイエンの問いに神妙な顔のアレックスは呟くように応える。


「魔族の固有反応は感じません。生存者の捜索は軍に任せましょう。とにかく我々はリンデンバウム卿の邸宅へ。」


 2人は勢いよく眼下の砂嵐の中に降りていった。二人の防御魔法で展開した壁に激しい音を立てて、小石が容赦なくぶつかってくる。



「アレックス。なにかおかしくないか。」



 カイエンの言葉に必死に防御魔法を展開しながらアレックスは、


「砂嵐がだんだん強くなっています。こんなことありえません。」

と声を荒げる。



「だよなあ。普通時間と共に落ち着くはずだが、中心に近づこうとすればするほど勢いを増すってなんだよ。」


 カイエンが苛立ちながら言葉を発すると、遠くの方から人影らしいものがゆらゆらと見える。


「カイエン様、あれの周りだけ小石を全て落としていただけないでしょうか。私は今から詠唱に入りますので、あれが魔族であったなら、私の攻撃の後、仕留めて下さい。」


 アレックスは聖典に手をおいて、カイエンにニッコリと微笑む。


「人使い荒すぎるだろう。俺はお前よりだいぶ歳食ってんだよ。この人たらしが。」


 そう言いながらも、大ぶりの野太刀を霞の構えに取ったかと思うと、勢いよく振り下ろす。と同時に途中で何者かに弾かれ、ふたつに分かれた軌跡ができる。



「カイエン様、前方に2人います。」



 2人は攻撃状態を維持しながら、人影を確認するために飛んでいく。


 目の前にいたのは、魔族ではなく片腕は吹き飛び、青色の人工生命体特有の循環液をた垂らし、男女の判別がつかないほどの損壊をしながらながらも残った腕で、プラチナブロンドの僅かに布地が残った服を着た、ぼろぼろになった少女を守っているようだった。



「君がこの人を守っていたのですか。」



アレックスの独特の優しい不思議な声は警戒心を解くのにうってつけであった。


「セリスサマ…オマモリ…ク…。」


そう言うと人工生命体は倒れてしまったが、少女はただ他人事のように紅い宝石を持ったまま、眺めているだけだった。



「セリスというのですね。私はアレキサンドル・カーディナル。あちらはカイエン・クローム様。私たちは敵ではありません。」



 アレックスはニコニコ笑いながら話しかけるも、セリスの表情は変わらない。


「何があったが知らねえが、これでも被っていろ。そんな美人がボロボロの服じゃ、格好つかないだろう。」


 カイエンは肩に掛けていた長羽織を、優しくセリスの頭から掛ける。すると緊張の糸が切れたのか、セリスは激しく泣きじゃくりながら、



「お父さん、ユーリを助けて。私を守ってくれたユーリが壊れたの。お父さん、ユーリが死んじゃう。助けて、助けて、お父さん。」



 錯乱しているのか、カイエンを何度もお父さんと呼ぶセリスの姿に、カイエンは動揺を隠しきれなかった。


「カイエン様、一旦セリスを第一病院に運びましょう。その後、人工生命体を魔工学研究所へ送る。それでよろしいですか。」 


 この場ではアレックスが一番冷静だったのかもしれない。アレックスは素早く転送用の魔法陣を描くと4人まとめて転送した。



 映像は続いていく。




「リンデンバウム卿の御息女であると思われる少女は一般患者とは別の隔離病棟で、現在も検査を受けていますが、2位の羽織と持っていた宝石をほぼ離さず、言葉も殆ど発することはありません。ただ、検査には従順に従っています。宝石には特別なものは一切なく、ただの紅玉だと判断してよろしいかと存じます。検査結果にひとつ気がかりな事がございまして。」


言い淀むアレックスに、苛立ちながらアルヴィスは回答を求めた。



「早く言え、あれからもう半月経っているのだ。」



 苛立つアルヴィスの怒りを鎮めるかのように、アレックスはいつも以上に静かに優しく経緯を話す。


「魔力の値が高すぎる事、魔力の属性が不明な事。関係があるかどうか判断しかねますが、瞳の色が室内と屋外で変わっています。」



「まるで宝石のアレクサンドライトのようだな。まあ、カイエンに懐いているようだし、退院後はカイエンに任せよう。万が一、魔力が暴走するような事があっても斬り捨ててくれるだろう。男の多いシュテルンの御山では子育ては無理だろう、違うかアレックス枢機卿。」


 そう言うと、アルヴィスは低くクックッと笑った。


「報告は以上です。以降は第一病院にお願いします。それでは失礼させていただきます。」


 アレックスは聖典に挟んでいた報告書をアルヴィスに渡すと、音を立てて聖典を閉じ、すぐさま消えていった。アルヴィスは報告書に目を落とす。そして、それを持ったまま早足で何処かへ消えていった。





──これはレインの記憶を眺めているらしい。 


 それから、2ヶ月後のある日。一時外出を許されたが行く当てのないセリスは中庭の隅でかじかむ手を息で温めながら、ひとり雪玉を作っては投げるという遊びに興じていた。手が雪の冷たさに身が震えたが、それすらも楽しかった。投げた雪玉の1つが突然現れた人にぶつかると、ふたりとも思わず声を出してしまっていた。雪玉をぶつけられた人物は翡翠色の髪を整え、銀縁の眼鏡のブリッジを指で押し上げると、つかつかとセリスの元へとやってきた。


「ここを通って、ショートカットで特別隔離病棟へ行こうと思っていたが、研究対象に雪玉をなげつけられるとは光栄の極みだ。どうだ俺と雪合戦でもするか。俺の名はレオンハルト・ド・チェンチ。レインで構わない。」

レインの眼鏡の奥の翡翠色の目が優しく輝く。



「わ、わたしはセリス。ごめんなさい、姓は解らないの。」

わかりやすく肩を落とし、しょぼくれるセリスの姿にレインは思わず吹き出す。



「そんなものどうだっていいよ。お前はセリスで、俺はレイン。それだけで十分だ。さあ投げるぞ、俺はこう見えて雪合戦は得意なんだ。」



──急に映像は切り替わる。これは父上の記憶。

 降りしきる雪の中、雪玉を投げ合うふたりの姿を上から眺める人物がいた。


「ずいぶん元気になったようで安心した。」


 銀色に輝く長い髪を一つに束ね、着物に羽織姿のカイエンと病院長の姿があった。


「一緒にいた人工生命体のデータベースから、名前はセリス・フォン・リンデンバウム。1779年生まれの現在5歳。親は不明。データ上、リーフ・フォン・リンデンバウム卿と親子関係を認めるが、不明なところもある。とにかくあの子はわからない事が多する。カイエン、それでも引き取るというのか。」


 カイエンは目を細め、問いに応えた。



「セリスは生きているんだろう、まだ。ならばいいさ。錯乱しながらもお父さんと俺の事呼んでくれたんだ。守ってやりたくもなるさ。それにあのリンデンバウム家の名を継ぐ子だ。今回の件で色々言われるだろうし、あの広大な土地と莫大な財産があるが、同じリンデンバウムは…。」



 ありふれた苗字ではないが、貴族の中にはリンデンバウムと名のつく家は2つある。地方の男爵のリンデンバウム家。もう1つがリンデンバウム公爵家。同じ姓だが、実のところ全く親戚関係はない。そもそもリンデンバウム公爵家というくらいだから、かなりの名家と言える。随分前の国王の従兄弟にあたる血筋で、かなりの領土を保ち、莫大な富を得ていたリンデンバウム公爵家の財産を男爵であるリンデンバウム家が継ぐ権利などあるはずはないし、万が一継いだとしたら、詐欺師として社交界から爪弾きにされるだろう。



「そんな危険など起こすはずもない。リンデンバウムの男爵の方は弱腰だからな。見つけた俺が育ててもいいだろう、陛下からの命令もあるしな。それにあの枢機卿アレックスが小さい子を育てるなんて想像できないだろう。子どもにイタズラされても何をされてもニコニコしていそうだからな。」


 カイエンが苦笑すると、つられて病院長も苦笑する。眼下では雪合戦で、寒い中濡れた服で遊んでいた事を看護師長に叱られて、ふたりとも首根っこを引っ張られ、病棟に連れられていく姿が見えた。



「俺には子どもはいないが、親は悪い時はきちんと叱り、いい時は褒めまくる、そんな存在なんだと俺は思っている。善悪を教える最初の存在じゃないのか。どうだい、俺にしてはマトモな回答だと思わないか、悪友さんよ。」



 そう話を振られた病院長は優しく微笑む。


「お前も変わったよな。人様ひとさまの親になるなんて。俺は3人の子持ちだが、一様いちようにはいかなくて未だ苦戦中だ。同級生のよしみだ。なにかあったら連絡してくれ、酒なら付き合うぞ。」


 中庭には2人が遊んだ跡に雪が静かに静かに舞い降りていく様をカイエンはじっと眺めていた。



 その記憶を見終わるとセリスは吸い込まれるように、深い眠りに落ちていった。





──時は現在に遡る。


 1799年。例の作戦から2週間後、王宮内。セリスが作戦立案したあの部屋に再び集結していた。



「さて諸君、先日の戦いでは我々は勝利した。処分は追々考えるとして、とりあえず報告を。6位、ふたりの状態は。」



 全員が今日一番知りたかった情報に耳を傾ける。レインは静かに報告書を広げ、読み始める。


「5位、ベアトリーチェ・ド・チェンチに関しては、事件翌日に意識回復。検査にて異常確認できなかったため、1週間後退院。1ヶ月の自宅療養をこちらから命じています。4位、セリス・フォン・リンデンバウムですが…。」



 レインは言葉を詰まらせながらも、必死に説明を続ける。


「到着時、心肺停止。3度目の蘇生で心肺再開しましたが、意識なく痛み刺激にも全く反応ありませんでした。両肘下欠損のため、修復魔法と併せて再建を行い、腕の方はデータ上問題ありません。回復維持液に全身を浸し、すべての生体反応を、24時間モニターしていますが未だ意識の回復はありません。相変わらず魔力は高いままですが、暴走の危険はないと考えています。」



 説明を受けて、誰もが聞きたくて仕方が無い事の口火をアルヴィスが切る。


「瀕死でも魔力は下がらぬとは、どこまでも人外だな。で、回復の見込みは。」


「症例がないのでなんとも言えません。」


アルヴィスはそれはそうだとひとり乾いた笑いをする。


「回復してもらわぬと、美しく優秀な護衛官が減るからな。」


 アルヴィスの大げさな話し方に、何故だか全員の緊張の糸がほぐれた。普段、散々厭味をいうアルヴィスだが、空気の読めぬ人ではなかった。


「次は11位。」


 マリクは石板の文字を指でなぞると様々な魔法陣が空中に現れたが、それ自体からは魔力を感じなかった。



「これはセリス4位の使った魔法陣の跡を再現したものです。」



 マリクの声色にいつもの適当さは微塵もなく、いつになく神妙な面持ちで説明を続ける。



「これら多くの魔法陣の展開の記録は有史以前に遡っても、人であれ、魔族であれ全く存在しません。いくら高い魔力の4位でも正攻法では展開できないと考えます。以前より4位から召喚魔法についての議論を交わしてきましたが、あくまでもあれは条件付き発動する魔法だと言い聞かせてきました。作戦会議時の4位の発言はハッタリであったと推測します。禁呪の発動条件はふたつ。ひとつは莫大な魔力で魔法陣および召喚物を制御すること。そしてもう一つは神代の詞かみよのことのは…。」




マリクの言葉が言い終わらぬ内に、シオンがテーブルを叩き、怒りをあらわにマリクに食ってかかる。




「ふざけるな、マリク11位。あれは我が家が代々解き明かそうとしてできなかったもの。それを20歳になったばかりの4位が僅かな年数で解き明かし、力ある言葉として完成させたとでもいうのか。」




 怒りの矛先を向けられたマリクは憮然とした態度でシオンを冷たく見上げる。



 神代の詞かみよのことのはとは有史以前から記号や謎の不確かな線などで構成された約100種の石板に彫られた文字列。現代になっても部分的に単語を解読した物もいるが、それに何が記載されて、どんな意味があるのかわかった者はいないとされている。そして口伝にそれは、『我を御せし者、大いなる力を与えん』とある。




「そうだよ、シオン7位セリス4位は誰もができなかった解読に成功した。そして神剣を出現させ、あのバケモノを倒した。君も見ただろう、君の見たままのだ。」




 マリクの強引にも酷く冷淡に突きつけてきた現実に苛立ちながらも、シオンは渋々椅子に座った。部屋の中に微妙な沈黙が訪れる。



「あくまでこれは推論でしかありません。真実は4位が回復された後に本人から聴くのが一番かと。私の報告は以上です。」



 マリクは石板を机に置くと、自身の席に着いた。先程の事が余程癪に障ったのか、マリクはシオンをずっと睨んでいた。


「やはりあの可愛いお嬢さん待ちということだな。では12位報告を。」



 部屋中の全員がざわめいた。誰もが12位インターセプターの存在を知ってはいたが、誰もその声を聞いた事はなかった。命令を下したアルヴィスもそうだったのかもしれない。黒い、目だけ空いた装束を着け、静かに座っている12位インターセプター。それが名なのか姓なのか、男なのか女なのか、人であるのか人工物なのか、1人なのかあるいは符号なのか、誰も知り得なかった。いつから12騎士にいたのかもわからない謎の存在、それがインターセプターだった。


「報告させていただきます。」


 聞こえてきたのは、低い男性のような合成音声だった。


「まず対象の本体ですが調査の結果、複数の大勢の人間であった物と判明しています。断定はできませんが、オルロフ伯領トラーズ半島ラ·サンテ刑務所。そこに収監されていた囚人たちを贄とした召還が行われたと推測します。そして事件の発生したオルロフ伯近辺の聴取を行いました。以下判明したことですが──。」



 インターセプターは話を続けた。オルロフ伯の息子ブライアン・オルロフはある時を境に外出もせず、屋敷に引きこもった生活を始めた。巷の噂では身分の卑しい者に戦いを挑み、負けたことが原因と言われていた。選民意識の塊であったオルロフ伯は夫婦共々、毎日外にまで聞こえる激しい叱責をしていたこともあり、籠ってしまったのではないか。自信過剰で他人を見下すことの多かったブライアンには耐えられなかったのだろう。ある時から屋敷に黒いローブを頭からすっぽりと被った怪しい老人が、出入りするのを何人も見ている。いつしか夫妻の姿が確認できなくなった頃に、あの事件が起きたと。



 インターセプターの報告をアルヴィスが割って入った。


大方おおかた、両親も殺害、罪人も虐殺。その魂も肉も骨も全て贄にして魔族を召喚。自分を否定した両親を屠る事は容易かっただろう。ともいえる我々に復讐するにはバケモノをぶつける。自己承認欲求を認めさせるため…。全くバカバカしい。他の力を使ってどうなる。結果、御せず自分も取り込まれた。そうだろう。」



 誰もがアルヴィスの意見に同意した。2年前のあの謁見の間で起きた事件は12騎士の間はもちろん、社交界ではしばらくその話で噂されていた。


「1位の話の通りです。4位が結晶化した物は分析が済み次第、3位に弔っていただき、あの日消費したエネルギーの代償にするのが上策かと。」


 インターセプターの悪意に満ちた冗談であったが、誰も否定する者などいなかった。


「その4位が本体から飛ばした物体ですが、ブライアン・オルロフ本人だと判明しています。現在、会話もできる状態まで回復しています。4位がバケモノとエネルギーを結晶化させたものと、本体を分離したのだと思いますが、判断はどうされるおつもりで。」


 インターセプターの口調は、アルヴィスの返事を面白おかしく待っているかのように聞こえた。


「判断など決まっている。取り調べが全て終わり次第、司法に任せることなく、国家反逆罪で私直々にじわじわとなぶり殺す。それでは散開する。」



 低い声で含み笑いをしながら、楽しそうに不気味に目を細めるアルヴィスの姿に誰もが恐怖した。自分の治める国を一時でも脅かした者をただでは楽にさせない、また何よりも300年以上続く王朝に弓引いた者が実につまらない理由でこのような惨事を引き起こしたことがアルヴィスには許せなかった。




──セリスは再度、長い映像を強制的に見せらせていた。


 ヴィーチェとユーリの賑やかな日々。騒がしい事は嫌いなセリスだが、時間が経つにつれてそれが心地よく思えていた。嫌みなアルヴィス、兄のようなエドガー…。映像がたくさんの写真に変わり、次々に舞い降りる。セリスはそれをぼうっと眺めていた。


 だだっ広い空間が一瞬にして暗転する。




「久しぶり、セリス。君が子どもの頃以来だ。」


 それは足音も気配もなく、セリスの背後に現れて耳元で妖しく囁く。



「誰だ。」



セリスは苛立ちまぎれに、背後の存在めがけて魔法を放とうとするが、魔力が一向に上がらない。


「無駄だよ、セリス。いくら君でもこの空間では魔法は使えない。」


 どこかで聞いた事があるようでない、人を不気味な世界へ誘うような声にセリスは言いしれぬ恐怖を感じて振り返る事すらできなかった。




「子どもの頃の約束は覚えているか。私が力を与える代わりにやがて現れる終末の悪魔を倒すことを。君たちは終末の悪魔を含めて、全てを倒さなければ存在を続けることはできない。この30年で君らが倒した超弩級と呼んでいる魔族は69体、残り3体だ。その後…、君は鎖から解き放たれる。」




「お前が何を言っているのかわからん。」


 セリスの冷たい声以上に背後から、凍てつくような気配がする。思い切って振り返ると、そこには幼い頃のセリスとそっくりな姿が、ニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。



「私と謎解きゲームをしよう。なぜ300年前に魔族は現れ、消えたのか。そしてなぜ帰ってきたのか。君なら理解わかるさ。そしてで、だ。」



 子どもの姿には似つかわしくない、低く不気味な声。



「忘れるな、私は君の影だ。いつも君のことを見ている。忘れるな、君を支配しているのはだ。」



 その声にセリスは粟立あわだつ。自分が行っていたことは全て目の前の影に支配されていたのか。セリスは絶望の淵に立たされているような気がして、眩暈めまいがした。




「セリス、早く目を覚ましなさい。」




 どこかで聞いた懐かしい声と共に、辺りに光が満ち、明るい世界に導かれる。


「あなたは。」


 その問いに答えることなく、セリスは目が覚める。





「3ヶ月ぶりですね、おかえり。」


 セリスの目の前には顔をくしゃくしゃにして泣く、アレックスの姿とレインの姿があった。何があったのか漠然とした記憶の欠片が少しずつ合わさっていく。


「ただいま。」


 その瞬間、今まで見せ続けられてきた長い映像がひとつにまとまり、それが自分の記憶となったことを、思い出すのにそう時間はかからなかった。思い出した記憶の中に混じった、思い出しそうで思い出せない黒いモヤのような何かすっきりしないものが今後ずっとセリスに付き纏うこととなる。

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