3-2 Wien wird mich um ihn beneiden.(神が私に委ねたもの)
──1799年、初夏の頃。
深夜に突然、ガンメタリックグレーの軍服で中庭に現れたアレックスの姿に、行儀見習いに来ていたマーガレットは驚きのあまり声もだせなかった。
白い
大聖堂に鍵がかけられることはいつものことだが、法術で解錠し固く閉ざしてしまうという、いつもの事とは違う、よほどのことがあったのではとマーガレットはアレックスの事を心配していた。しかし、何人たりとも拒絶してしまうような姿に何も声をかけられなかった。
翌日、アレックスは憔悴しきった顔で食事をとっていた。いつものように教皇の座から、礼拝と説法を万人の心を和ます講話を済ませると、書簡に目を通したり、学術書を読んだりしていた。
しかし、心ここにあらずといった風で、一向に進んでいる様子ではいない。
「聖下、冷たいお水でもお持ちいたしましょうか。」
マーガレットはおずおずと声を掛けた。アレックスは急に我に返った様子で、
「私などに構わなくて結構。食事だけお願いします。ひとりにしてください。」
と表面上いつもの優しい口調だが、明らかに他人を拒む高く厚い壁のようなものをマーガレットは感じていた。
アレックスの部屋から静かに立ち去っていると、枢機卿のひとりがマーガレットに声をかけてきた。
「教皇聖下は。」
「ひとりにしてほしいと仰られています。」
枢機卿は首を傾げたが思い当たる節があったようだ。
「朝から調子悪そうだったから心配していたのだが、アレはアレでまだ私等に比べて年若い。教皇とはいえ悩む時もあるのかもしれんな。お嬢さん、お暇を出されたなら私の部屋の掃除を手伝ってほしいんだが、いいかね。」
ニコニコと話しているが、有無を言わせない雰囲気の枢機卿に、アレックスの事は気がかりではあったが、マーガレットは提案を引き受けた。
それから数日経つが、アレックスの憔悴しきった顔は、日増しにあきらかに目立つようになっていた。それと同じくしてに毎日夜中にパイプオルガンのような、アレックス固有の高い法術の発動音が聞こえてきた。
「聖下、どこか具合でも。」
食事を運んできた際にマーガレットは思い切って聞いてみた。
「私ですか。私はどうもありませんよ。いたって健康です。」
いつもの様に微笑むアレックスの目は笑ってはいなかった。
「失礼いたしました。」
マーガレットは、深々とお辞儀をし、退出した。今のアレックスの姿は誰が見ても尋常ではない。通常業務は
貴族と言っても名ばかりの何も力のないのない家に生まれたマーガレットには、名家に嫁いでもらいたいとの両親からの思惑もあり、名門と言われる学校に入学させ、卒業後は花嫁修業のためここに来ていた。
国教とも呼ばれるシュテルンは大聖堂がある小高い丘、
大聖堂はその
御山にいるのは全て神に捧げた者。即ち独身者が戒律とともに暮らしていた。その大聖堂での行儀見習いとなれば
心に灯った小さい炎。
気がついた時にはもう消すことなどできなかった。身を焦がす様な恋慕の情。愛しく思う人の苦悩する姿など見たくなかった。マーガレットは流れ落ちる涙を拭った。
「食事は終わったので下げてください。」
と私室から大聖堂へと続く廊下ですれ違ったアレックスはいつもとは違い、グレー系のジャケットに白いTシャツ、ジーンズといった驚く程、ラフな姿で、大聖堂へと入っていった。
夜の大聖堂には月明かりが入り、ステンドガラスからの明かりが万華鏡のように床を照らす。
アレックスは静かにピアノの椅子に腰掛け、何曲かの練習曲を弾いた後、突然ピアノの鍵に指を打ちつけると、そのウェーブのかかった燃えるような紅い長い髪が音にあわせて動く。
その大きな音に夜であったが気づいた者が何人もいた。
続く切ないメロディがいつの間にか激しさを増し、三連符を何度も叩きつけられる。
その後永遠に続く、窓に打ちつける嵐のような連符。
また優しく悲しいフレーズ。
それが何度も繰り返される様は狂気と深い苦悩を感じさせた。
ゆっくりと謳われたメロディの後の消え入るようなコード。
普段、温厚で静かなアレックスに誰がこんな激しさがあると思うだろうか。誰もがその旋律に圧倒されていると、大聖堂の中から聞こえるパイプオルガンの音に続く、強力な術式が一瞬だけ感じられた。マーガレットは不安になり、大聖堂の扉を急いで開けたが、そこには誰の姿もなかった。
「レイン、セリスは。」
国立第一病院特別病棟。
ここは病棟とは名ばかりの研究施設で、魔物や魔族に喰われ侵食された者、魔法発動に失敗し、魔法に喰われた者を修復し、経過を観察しているがあまり生存率はよくない。
「アレックス様、さらにやつれましたね。セリスはまだ寝たままですよ。あなたがしっかりしていないと、セリスが起きた時に
冗談なのか本気なのか、モニターを腕を組んで見守るレインの表情は見えないが、レインも少しやつれて見える。
「そうですね、セリスならやりかねない。しっかり食べるようにしましょう。」
アレックスはふふふと優しく笑った。
「アレックス様、今日はエドガーとナナイが見舞いに来てます。」
レインの台詞にアレックスは驚きを隠せなかった。
「ナナイがですか。それは珍しいですね。私はてっきりナナイはセリスの事を嫌っていると思っていました。」
「それは俺も思っていました。あの場でナナイはセリスに顔に泥を塗られたも同然。そして誰もなし得なかった神器の召喚。自分の遥か上を元々嫌っていたセリスは行ってしまった。苦虫を噛み潰したくなると思っていましたが。大方寝ているセリスに苦言でも言いにきたのでしょうね。」
「そうですね。万が一呪詛などかけられていたなら大変ですし、見てきますね。」
レインはアレックスの後姿を見送りながら、相変わらずセリスには甘すぎる人だと半ば呆れ返っていた。
──それから約3ヶ月後、セリスはようやく目覚めた。
その日の深夜にアレックスはセリスの元へとやってきた。
「起きていたのですか。」
この優しい声をずっと聞きたいと切望していたはずのセリスは、アレックスに背を向けたままだった。
「ずっと寝ていたから…。レインから聞いた。毎日来てくれてありがとう。」
カーテンは開けられていて、明るい月の明かりに照らされてセリスの髪が輝く。
「セリス、顔を見せてくれませんか。」
アレックスの切実な声をセリスは否定する。
「どんな顔をすればわからない。私は禁忌を侵した大罪人だ。私とは真逆にいるアレックスは眩しすぎて──。」
感情の赴くままに言葉を叩きつけるセリスの頭を軽く撫でると、アレックスは満面の笑顔を見せた。
「あなたは、神の
撫でていたセリスの頭を、アレックスはいつしか愛おしそうに優しく優しくその髪を触っていた。
「それに。」
セリスは言い淀む。
「それに。」
セリスの真意を計りかねたアレックスはそのまま言葉を返す。
「アレックスからもらった大事な大事な指輪を失くした。大切な指輪なのに、腕よりも指輪を失くしたことが辛いんだ。」
アレックスの顔を見つめるセリスの、コバルトブルーの瞳から流れ落ちる涙が予想外だったのか、アレックスは慌てて指ですくう。
「な、泣かないで、セリス。指輪はまた渡しますから、ね。もう今日は寝なさい。また明日も明後日も退院するまで日参しますから。退院したら、また大聖堂へピアノを弾きに来るのですよ。約束です。」
アレックスはハンカチを取り出し、セリスの涙を拭う。ハンカチからはいつも通りの薔薇の香りがする。
「アレックス、ハンカチを借りていていいか。アレックスの香りがして落ち着く。」
言ってしまったと今度はセリスが慌てて、恥ずかしさでいっぱいになりハンカチで顔を覆う。
「いいですよ。明日代わりのハンカチを持ってきましょう。そろそろ私も寝ないと、朝の祈りの時間に寝坊してしまいます。それでは良い夜を。」
アレックス特有のパイプオルガンのような力の発動音が聞こえたかと思うとそこに姿は無くなっていた。
約束通りアレックスは毎晩やってきた。
いつもラフな姿で。
それはあくまで私的な時間であることを意味していた。教皇アレクサンドル・カーディナルではなく、ただひとりのアレックスとしてセリスの病室を訪れていた。
だが、日を追うごとにセリスはアレックスと目を合わせなくなっていた。
「セリス、私がなにかしましたか。」
セリスの顔をアレックスは悲しげに覗き込むと、セリスは顔を背けた。
「アレックスに懺悔しなければならない事があるが、まだ上手く言葉にできない。」
ポツリと呟くセリス。あの一件以来、少し精神的に不安定なところがあるとレインが指摘していたことをアレックスは思い出していた。
「懺悔を聴くのは私の仕事ですから無理に纏めなくてかまいません。明日は退院ですね、大聖堂で待っています。」
どこまでも優しく癒やされるアレックスの言葉にセリスは小さく頷いた。
翌日、無事退院になったがレインからは3ヶ月の自宅療養と週1回の通院を言い渡された。
「無理はするなと言っても、聞きはしないだろうが。ほら賑やかなお迎えが来たぞ。」
ヴィーチェが手を振っているのが見える。横にいるユーリはセリスを見つけると静かに微笑んだ。
自宅に帰ると、病院へ迎えにきた雰囲気とは明らかに違っているのがわかる。ひりついた空気がセリスには痛かった。
「自分のやったことわかっている。」
重々しい空気が流れる。ユーリはふたりの間に入れず、見守ることしか出来なかった。
「こたえなさい、セリス。」
普段から激情型ではあるが、こんなに激しく感情をぶつける事は、ヴィーチェ自身の記憶にすらなかった。
「うるさい。私にだって命に変えてでも守りたいモノがあるんだ。荷物を片付けたいから、部屋に籠るぞ。」
そう低い声で言い放ち、自室に戻ろうとするセリスの頭めがけて、ヴィーチェはわしづかみにしたクッションを投げつける。
「逃げんな、コラァ。なにか知らないけどね、命賭けて守られた方は多少後味悪いわよ。私だったら後味悪すぎて吐き気がするわ。」
ヴィーチェのきつい目は、さらに怒気をはらんでセリスの身体を射貫く。
「ヴィーチェには無理をさせて、すまない。」
ヴィーチェはセリスの頬を激しく叩く。
「そんなことはどうでいいの。本当は自分の命がどうなるかわかっていたんでしょう、答えなさいよ。」
振り返ったセリスは半ば閉じた冷酷な目で、ヴィーチェを睨む。
「だったら、他に策はあったか。」
ヴィーチェとは対照的な恐ろしく冷たい感情を含んだセリスの言葉に、一瞬たじろぐ。
「何か探せばあったはずよ。」
「あの短い時間の中、どうやって探す。誰も何も答えてくれないあの状態で。私は切れるカードを切ったまでだ。」
どんどんエスカレートしていくふたりの口論。そしてセリスは激しく感情を爆発させる。
「こっちだって、恐ろしかったんだ。自分が死ぬ可能性が高いんだからな。たくさんのごちゃごちゃした感情を整理した結果が守ることだっただけだ。つべこべ言うな、生きて再会できたのだから良いだろう。」
今度はセリスがクッションを投げ返す。ヴィーチェは顔を狙ってきたクッションを容易く叩き落とした。その顔は普段のヴィーチェに戻り、穏やかに微笑む。
「おかえり。」
思わず感情を露わにした自分に驚いていたセリスはその言葉で我に返った。
「ただいま。ヴィーチェ、貸していた紅玉返せ。」
やれやれと愚痴りながら、ヴィーチェは肌見放さずつけていた紅い宝石をセリスに返した。
「たしかに返したわよ。それとあの時言っていた私の役に立つもの、見せてもらうわよ。」
ニヤリと笑うヴィーチェの額を指で思いっきりセリスは弾いた。
「これはさっきのお返しだ。荷物の整理が終わったら呼ぶから、大人しくゲームでもして待っていろ。」
バタンと閉められたドアの外には、額の中心が赤くなったヴィーチェがひとり取り残された。
1時間後、セリスはゆっくりとリビングに入ると、おでこを冷やして、お茶を飲んでいるヴィーチェの姿があった。ヴィーチェはセリスを見るなり、
「ねぇ、レインは腕つけ間違えたとか言ってなかった。額、撃ち抜かれたように痛いんだけど。」
大仰に騒ぐヴィーチェにセリスは面倒くさそうにため息をつく。
「能力的にも以前と同じだ。レインもそう言っていたぞ。疑問に思うのならお前の弟だろう、直接聞け。」
セリスのやる気の全く感じられない声に、更にヴィーチェは騒ぎ立てる。
「でも、めちゃくちゃ痛いんですけど。なんか元々指でも鍛えていた。」
セリスは腕を組んで、真面目に考え出す。リビングの掛け時計の針の音がやけに大きく聞こえた。
「鍛えたわけではないが、よくピアノ弾くからとしか言いようがない。」
絶対それだとヴィーチェはひとり納得していた。
「ヴィーチェ、私の虎の子を見せよう。全く寝ている間に勝手に見てくれば良いものを。」
ブツブツ言いながらもセリスは自室へと案内する。ヴィーチェは初めて入るセリスの部屋に足を踏み入れ、驚愕する。壁にびっしりと並べられた本の数々、マルチディスプレイの演算機がある部屋に続いて、クローゼットとベッドが置いてあるだけの殺風景な小部屋。
「あまりジロジロみるなよ。」
ハイハイと言いながら、ヴィーチェは歩を進める。書籍独特の匂いの中で、どこかで嗅いだことのある華やかな香りにヴィーチェは思わずニヤける。
「何を笑っている。それよりも使い方を説明する。1回しか言わないからな。」
そういってセリスはシュテルン外典と書かれた本を倒した。それに呼応し、本棚が人2人分くらいの空間が開くと、壁に取り付けられた鍵穴に、特徴的な形をした鍵を差し込むと床に扉が出現した。
「これを開けたら
そう言って、床の扉を開けるとセリスは吸い込まれるように降りていった。
「ついたわよ。」
間を開けず、ヴィーチェはセリスの元に降りてきた。
部屋の中には巨大な緑色に輝く3つの箱があった。
「地下50mにいる、これが私の右腕。私はこれを運命の三姉妹、アトロポス、ラキシス、クローソーと名付けた。王宮地下のディオニシウスシステムに勝るとも劣らないと思っている、人を超越した頭脳の姉妹だ。」
不規則に緑色と白い光が明滅している。セリスはそのうちの1つの箱の側面を撫でながら、話を続ける。
「これがあるから、オクタゴンも突破できたし、
気のせいか3体から笑い声が聴こえたような気がした。ヴィーチェはごくりと唾を飲み込むとセリスに質問を投げかける。
「王宮のディオニシウスと同じ人工生体演算機物を作ったというの。ひとりでどうやって。」
その言葉をセリスは静かに返す。
「今の家は元々は展望台だったらしい。リンデンバウムクレーターが出来た時には、半壊していたが、私は何かに導かれるようにここに家を建てた。そしてその直下にすでにこれはあった。これを作ったのは、リーフ・フォン・リンデンバウム。私の実父だ。何のためにこんなものを作ったのか、私にはわからぬ。大学院に保存されていた彼の直筆の論文にたまたまこの紅い宝石があたった時に、場所を示した文字が浮かび上がった。この場所を知らせたかったのか、そうでなかったのか。だが、これは素晴らしい贈り物だ。それには感謝しかない。」
セリスはその無機質な側面を愛おしく撫でる。
「私が寝ている時以外はこの部屋で演算機を直結して使っていいぞ。ヴィーチェの部屋までケーブルを引くのも面倒だ。それに…。」
セリスは神妙な面持ちで話を続ける。
「これの電気代が高くてな。私が発見するまでスリープモードだったんだが、起動すると思いの外大食いで、だから私は小銭稼ぎが趣味になってしまった。」
思いがけない告白に、ヴィーチェはニヤリとしながら提案する。
「だったら、融合炉の電気、一部だけど優先的に、タダで回すわ。でも、変電所は建ててね。それと予備でソーラー発電も。職権乱用の出血大サービスなんだから、それくらいはしてよね。先代の有り余る遺産もこの使い方なら許せるでしょう。」
ぐうの音も出ずにむくれるセリスをヴィーチェは大仰に抱きしめる。
「これで研究が
喜びながら、ヴィーチェは腕のなかにいるセリスの髪をわざと嗅いだ。優しく広がっていく薔薇の香りに、ヴィーチェは確証を得た。
「ふうん、そういうこと。」
その夜中、アレックスから厳命されていた通り純潔を表す白いローブ姿でセリスは大聖堂に現れた。ほんの数ヶ月見ない間だが、やたら荘厳で神聖さを増しているようだった。
「セリス、来ましたね。無事に退院できて安心しました。」
そう言いながら現れたアレックスはいつもの教皇の姿の細かい金と銀刺繍の入った白いローブの正装であった事、それが公的な時間を意味している事にセリスは少し落胆した。
「この場合、ありがとうございます、教皇聖下と言うべきか。」
セリスが自嘲気味に笑う。
「いつも通りのアレックスで構いませんよ、セリス。」
温かみのある包み込むような声が大聖堂に響き渡る。アレックスはいつもの主教座に座らず、セリスの座る椅子の横に腰掛けた。
「アレックス、聞いてくれ。私はふたつの罪を犯した。」
アレックスはいつものようにセリスの髪に触れる。
「ひとつひとつ話してごらん。」
この人の声は不安を取り去る不思議な力がある。持って生まれた才能のひとつなのだろうとセリスは頭の隅で感じていた。
「ひとつは皆の命、特にヴィーチェの命を危険に
セリスの
「思い上がらないでください。あんな未曾有の物をあなたひとりの力でどうこうできるものではありません。ヴィーチェは、あれから1週間で退院して社交界を賑わせているようですよ。あなたは頭脳明晰すぎて、独断専行するきらいがある。たぶん誰もあなたの事を恨んではいません。あの時のセリスの作戦が最善だったのです。」
アレックスの正装を見るのはいつ以来だろうか。セリスはあまり熱心に講話を聞く方ではないし、ここに来るのはピアノを弾きに来る時は、私的にアレックスと話に来る時で、公的な姿をこの場所で見た時の事を思い出せずにいた。
長い沈黙が流れる。
アレックスはセリスの言葉を待っている様だった。セリスが急に横に座っているアレックスの顔を強い視線で見つめる。
「私はもうひとつ大罪を犯した。決して許されることではないとわかっている。私の心に秘めておけば済む話だ。指輪が消えた時にアレックスとのつながりまで消えた気がして怖かった。求めてはならないものを求めてしまった罰だったのかもしれない。私は業火に焼かれるだろう。でもこのどうしようもなく溢れんばかりの気持ちをアレックス、あなたに聞いて欲しい。」
セリスのアメジストのような瞳が蠟燭の炎を映し、静かに揺らめく。セリスの言葉の最後をアレックスの人差し指で遮る。アレックスの潤んだ緋色の瞳がまっすぐにセリスを見つめる。
「セリス、私にも懺悔させてください。あの戦いの時、あなたは残酷にも自分を殺せと命じた。その時私はあなたがいない世界なら滅んでしまえと一瞬、思ってしまいました。世界の安寧を願う教皇としてあるまじきことです。それにずっとあなたをみていて、私はいつからあなたを恋しく思っていました。その気持ちが自分でも知らぬ間に大きくなって、いつしかに狂おしいばかりの気持ち変わっていました。あなたと私では年も親と子ほど離れていますし、私は立場上この気持ちを公にできません。それは充分にわかっています。それでも私は、あなたを自分だけの存在にしたいという独占欲にずっと苛まれていました。あなたが生死の狭間にいる時に、あなたを失いたくないと本気で強く願いました。ひとりの人間として。あなたが業火に焼かれるというのなら、私も共に焼かれましょう。」
アレックスは
「普段なら私が祈りの詞で祝福するのですが、今日は二役です。私は人が決めた禁忌を侵したかかもしれませんが、神への信仰がなくなったわけではありません。セリス、こんな私とともに歩んでくれますか。」
いつものアレックスとは全く違い、キリッとした表情に胸を射抜かれる。
「はい。」
その返事を聞いて、アレックスは左手の薬指に厳かに指輪を通すと、恥ずかしげにうつむくセリスのあごを、くいっと持ち上げる。
「愛しています、セリス。」
アレックスは禁じられたの言葉を口にすると、セリスのその潤んだ瞳と艷やかな唇に吸い込まれるように優しく口づけを交わした。あまりにも突然のことに固まっていたセリスの顔がどんどん赤くなっていったが、それはアレックスも同様だった。
「あ、あ、あの、実はというか、こういう経験がですね、私は立場上、な…なくてですね。それに白のドレスとか、タキシードとか準備したかったのですが、一刻も早く私の大切なひとになって欲しくて。も、も、も、もっとこう映画みたいにスマートにできればよかったのですが。」
堂々と口づけを交わした後だというのに上ずった声を出して、焦るアレックスの姿はひどく滑稽だった。そのひどく不器用で純粋な姿もアレックスらしいと言えた。
「わ、私だって経験ない。とうしていいかなんか理解るわけ無いだろう。」
「そうですね。これからふたりでたくさん経験していきましょう。そのために私は法服を脱ごうと思っています。そしてふたりで遠くの孤島に住むのもいいかもしれませんね。」
その言葉にセリスは
「これはふたりだけの秘密です、私の花嫁。」
そしてふたりは2度目の口づけを交わした。
その直後、セリスの背後から黒い闇が現れ、何処かで聞いたような声が
『おめでとう、セリス。君は今一番の幸せ者だね。これで
その後に高笑いがしたが、大聖堂の中にはアレックスとセリスの姿だけが、ゆらめく
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