2-3 Prenez l'arme.(武器を取れ)

 作戦開始1時間前、12騎士全員とペイロール伯が同じ部屋に集まっていた。違うのはペイロール伯が再び戻ってきていること、そしてセリスが上座にいることだった。


「作戦の最終確認をします。ペイロール伯、三軍併せて援護射撃をお願いします。」


ペイロール伯は、その言葉に静かに頷く。



「今作戦はバケモノを閉じ込めたまま、光の壁に穴を開けると同時に、最大出力の禁呪を打ち込むことです。まず作戦開始を知らせる空砲が戦艦から同時に撃たれますその時刻を持って全権を1位にお返しします。その後は各員、それぞれの任務を果たしてください。私の計算では、5位の攻撃は計算上最大60秒可能です。これは光の壁に穴を開けるに十分に足りうる時間だと考えています。その間、全員全力で5位のサポートをお願いします。5位の攻撃開始と同時に、私は禁呪の詠唱にかからせて頂きます。」



 そう冷静に言うセリスは、だれもがよわい20にして自らの提案とはいえ、人類の命運をかけた戦いの指揮を執ることとなった気持ちを慮った。


「作戦は以上です。漸次ぜんじ位置についてください。では、解散します。」



真っ先に部屋を出ていったセリスを、アレックスは慌てて追いかけた。


 薄暗く長く続く廊下の途中でアレックスはセリスを見つけると、後ろから激しく抱きしめた。耳元で囁かれる心地よい、楽器のような響きを持つアレックスの声に慣れていたはずのセリスの耳が赤く染まった。



「どうしてあなたはいつも無理ばかりいうのですか。私はいつもセリスに踊らされているばかりです。まあ、こんな美しい人なら嬉しい限りと言いましょうか。」



セリスの髪を撫でながら、いつものように優しい口調で話すアレックスに、早くなる鼓動が伝わるのではないかと危惧すると、余計に鼓動が早くなった。アレックスの腕の中は暖かくて、いつもの優しい薔薇の香りがした。


「無事に作戦が成功することを祈ります。セリス、これが終わったら一緒に食事に行きましょう。」


アレックスは抱きしめていた腕を優しく解くと、セリスの右手を取り、恭しく手の甲に口づけをすると、自身の指にはめていた金色の指輪を、セリスの右手の薬指に着ける。



「これはお守りです。それに約束は守るためにあることをお忘れなく。」



 にこやかに微笑み、先に出口へと進むアレックスの姿に逆にこちらが踊らされているような気がして、気恥ずかしそうにセリスは顔が赤らむの感じていた。


 遠くに行ってしまうアレックスの後ろ姿に、セリスは手を伸ばす。走って追いかければ届くかもしれない距離。同じ場所に並んだとしても、アレックスはいつものように静かに微笑んでくれるだろう。しかし、教皇というこの国のほとんどが信仰しているシュテルンの最高位であるアレックスに、誰かが添い遂げることは許されない。シュテルンの戒律では、それは禁忌とされている。それでもセリスは何時いつしかアレックスに恋をし、いつの間にかアレックスを愛するようになっていた。多分、それは幼い頃から…。





──1788年、秋。

 澄み渡った空を眺めながら、アレックスは何度もため息をついた。


「父上、何度も申しあげますが、私には大役すぎて。」


背の高い細かい刺繍の施された白いローブの人物と、深い緋色のローブの人物が大聖堂へと続く長い廊下を歩いていく。



「だから何度も言っているように、私たち枢機卿が全会一致でお前を教皇に選んだんだ、自信を持て。それにここでは父上と呼ぶなとあれ程いっているのに。」



何度も父上と呼んでいる枢機卿にすがるアレックスの姿は、さながら主人に甘える大型犬のようだった。

 長い廊下の奥から規則正しい足音が聞こえた。長いプラチナブロンドの髪をなびかせ、魔法大学の礼服のディープロイヤルブルーのローブ姿の女の子が現れた。



「マクスウェル様、お久しぶりです。」



 その女の子は恭しく膝をつき、マクスウェル枢機卿に挨拶をする。


「セリス嬢、顔を上げて。またさらに美しくなりましたね。ところでお幾つになられ、今は何を。」


セリスはその澄んだ目でマクスウェルを見つめ、静かに応える。


「はい、猊下。今年で9歳で、今は魔法大学院で召喚術と古代の術式を研究しています。」


セリスの言葉に、マクスウェルは目を細める。



「美しく聡い子。そして、カイエン様直伝の剣術。もう怖いものなしですね。落ち着き払っていて。ところで今日は何用で。」


その言葉にセリスは不本意だといわんばかりの表情で応える。



「父から新しい教皇聖下に挨拶に行きなさいと。一応、私を見つけてくれた人なのでお祝いの詞をと父から厳命というか…、行かないと学費を出してもらえなくなるので。そこの背の高い緋色の髪の人、教皇御就任おめでとうございます、では。」



それだけ言って帰ろうとするセリスの首根っこをアレックスは掴んだ。50cm以上身長差のあるアレックスにはそれは容易い事だった。



「父上、この可愛げのないお嬢さんとちょっと散歩に出てきます。」



セリスの腕を掴んで、大聖堂の方へと歩いていくアレックスの後ろ姿にマクスウェルは、あまり遅くまで遊ぶなよ、とアレックスバカ息子に声をかけていた。




「緋色の人、腕が痛い。」




セリスの言葉に慌てて、アレックスは腕を離す。


「すみません。少し私と遊んでいって欲しくて。」


大聖堂の横に植えてある菩提樹が紅葉し、風に舞う。それをセリスは不思議そうな顔で眺めていた。


「この木はセリスの姓と同じリンデンバウムというのですよ。」


菩提樹リンデンバウムか。」


セリスはつまらなそうに地面に落ちた枯れ葉をなんの感情もなくただ見つめているたけだった。



「私には実の親の記憶はない。一番古い記憶が砂埃の中助けに来てくれた父上とあなたの姿だ。それに…。」



セリスは足元に落ちてきた葉を拾い、空中高く舞い上げる。




「リンデンバウム…、その名は面倒な上、私には重すぎる。」




年齢にそぐわない複雑な表情をするセリスの手を取り、私のピアノを聴いていってくださいと大聖堂にいいざなう。



 誰もいない大聖堂はより広く、荘厳さを醸し出している。アレックスは、大聖堂の端にあるピアノの傍に行き、ゆっくりと椅子に腰を下ろすと、指慣らしに簡単な曲を弾き始める。


「セリス、ピアノは続けていますか。」


アレックスの問いにセリスはため息をついた。外では紅葉した葉がいくつも降る雪のように空を舞っている。



「聖歌隊も駄目、音楽隊も駄目。魔法に振り回されている私にはピアノを弾くくらいしか楽しみはない。」



その声には季節も相まって悲しみに溢れていた。アレックスはそんなセリスを抱きしめて慰めたい気持ちをなんとか抑えることができた。急にそんな事をしたら、セリスは自分に恐怖し、この安らげる心地よい居場所をなくしてしまう懸念の方が大きいとアレックスは考えていた。


「今度、私と舞台を観に行きましょう。オペラ、ミュージカル。そうだコンサートもいいですね。」



セリスは2回目のため息を付く。



「緋色の人、あなたは偉くなったから、そう度々外へは行けなくなったのではないか。」



アレックスは指を止める。



「誰も私の楽しみを奪えませんよ。セリス、それと私の名前は緋色の人ではありませんよ。」

ふわっとした柔らかい笑みがセリスを見つめる。



「アレクサンドル・カーディナル…、それくらい知っている。でも私の中では初めて見た緋色の髪が印象的すぎて。」



アレックスは声を出して、大げさに笑った。


「私のことはアレックスで構いませんよ。むしろそう呼んでいただけると、私も気持ちが楽になります。教皇なんて大層な役割をその時だけは忘れられますから。ところで私の髪、そんなに印象的ですか。」



犬のような目でアレックスはセリスを見つめる。セリスはその時のアレックスの姿を超大型の緋色の毛の長い犬のようだったと、帰宅した後カイエンに伝えていた。



「うん。」



力いっぱい頷いたセリスに分かりやすく落ち込むアレックス。そんなアレックスの頭をセリスはいい子いい子と言いながら撫でていた。


「セリス、あなたは子どもなのか大人なのかわかりませんね。なでなでしてもらったお礼に最近弾けるようになった曲を。」


そういうとアレックスは真面目な顔でピアノと向き合う。



 囁くようなフレーズの後に続く、力強い低音と、永遠に転がり続くような高音の連符。


 アレックスの長い指が音楽を奏で続ける。



 旋律が高音から低音に移る。そしてまた元に戻り、切れ目のない連符が続き、高音と低音が同時に旋律を奏でる。



 曲の初めのメロディと同じかと思うと、激しく続く高音と低音の連符。



 駆け上がるようなスケールで曲は閉められる。



 セリスはあまりの迫力に圧倒されていた。



「これには少し手こずりました。どうでしたか。」


にこやかに微笑みながら、アレックスはセリスの顔を覗き込む。



「この曲名は。」



本人も驚くような大きな声でセリスは叫んだ。


「木枯らしのエチュードですよ。楽譜ならこれをあげます。私ならもう一部、楽譜をめくり倒したものがありますから。」


アレックスから恭しく渡された楽譜を、セリスは受け取るとキラキラと瞳を輝かせ、再び大きな声で叫んだ。



「ありがとう。次までには弾けるようになるから、待ってて、アレックス。」



楽譜をちいさな手で大事そうに抱え、セリスは大聖堂を後にした。





 今思うと、多分そんな時からアレックスを思慕しおもっていたのかもしれない。セリスは緊急事態の中で思い出した淡い記憶に、私らしくもないと鼻で笑った。

 ずっとアレックスのいる大聖堂のピアノを弾くという口実で、会いたい、近づきたい、そばにいたい気持ちを埋めていた。求めてはいけない人を愛してしまった。思いが通じぬなら、せめて…。




──アレックスあの人のいる世界を守りたい。




 アレックスは思っていた。


 セリスの頭の回転の早さは常々感じていた。そうしなければ大人の世界で生きるには難しい。ずば抜けた才能と魔力が、彼女を引き込んだ。少し大人びていたあの少女が、大人に近づく。固く閉じた薔薇の蕾が次第に綻ぶように、あなたは洗練された美しさを増していく。外見だけではなく、そのまっすぐな考え方にもいつしかこころ惹かれていた。そして決して甘やかすだけではない、自活の道を示す厳しいが長期で見ると、最前の策を提示してくる。シュテルンの火の車だった台所事情も薔薇の精油の販売を中心に潤っていったように。


 セリスの提示した作戦は現段階では、それに匹敵するものがない。それを出せない自分の不甲斐なさに腹が立つ。


『その時は私を焼尽してください。』


 残酷すぎる宣告。私に愛する人を殺せという。命がけの戦いに向かうセリスを私は些細な約束で縛る。この戦いが終ったら、私は想いを伝えよう。それが禁忌だと充分分かっていても、独りよがりな想いだとしても、私は私の気持ちをセリスに伝えたい。


 これまでの関係性がたとえ壊れても構わない。


 私が去った後、セリスの足音が聞こえない。こんな緊急事態にのんきな事をいうと呆れているのかもしれない。恐らく立ち止まっているセリスと前に進んでいる私との距離はどんどん離れていく。


 私は重い聖典を召喚し、余裕のある教皇の仮面を被る。




──時間は3時間程遡る。


 セリスはある人物を探して、予想していた場所にいた。


「ここにいたか。自分が死ぬ前に考えることは同じかもな。」


その人物は白衣姿で振り返る事なく、目の前のところどころ焼けた後の残る更地を眺めていた。


「そう言うセリスは行ってきたのか。」



「生まれたところ…、リンデンバウムの屋敷跡だろう。行ってきたが相変わらずのクレーターで、何も感じなかったぞ。つまらなかったから、家に帰って遺言を書いてユーリに渡してきた。」



セリスは足元の小石を蹴って、つまらなそうに応えた。



「セリス、聞きたいのはこんな感傷的なことじゃないだろう。ヴィーチェ、いやルーイの秘密の研究を盗み見た腕前なら、俺の研究なんぞ見ることなど容易かっただろう。知っているんだろう…、あの研究を。」



「超高濃度圧縮液体──魔晶液の人体投与。魔に喰われた人を救うために造られた魔を除去するための魔晶液投与の副産物。元の研究は失敗したが、その裏の顔は残った。超高濃度圧縮液体魔晶液を人体に投与した場合、段違いに魔力量が上がる。違うか、レイン。」



徐ろに振り返ったレインの眼鏡が鋭く光る。


「なんでお前は危険なニオイのするものに鼻がきくんだ。大正解だよ。」


レインは少し悲しそうな顔をした。セリスの目的の全てを理解したからこそ、どう答えればいいか考えあぐねていた。


「そのアンプルを3本もらえないか。」

 


冷たいセリスの声色にレインは激昂した。



「研究を見てわかっている上での発言か。1本でも致死量に匹敵する可能性があるんだぞ。それを3本も。馬鹿も休み休み言えよ。頭おかしいだろう。」


レインの握りしめた拳にギリギリと爪が食い込む。


「その道以外、禁呪など制御できるはずはない。それにレイン、研究者としてデータを取ることができるまたとない機会だ。」


 厭味たっぷりに、笑みを浮かべるセリスの表情にレインは戦慄し、その揺るがない覚悟を感じた。


「お前には敵わんよ。いいかセリス、アレは俺が打つ。それは危険性を知りながら投与した俺の責任だ。データなどどうでもいい。」



そういうレインの顔は、セリスには何だか悲しくもすっきりしているかのように見えた。





──作戦開始5分前。


 レインはセリスの左腕に静かに1本ずつ注射で魔晶液を打ち込む。その度にセリスは苦悶の声を上げていた。


「大丈夫か、押し込めるか。」


レインの言葉に冷や汗をかきながら、苦しそうにセリスは応える。


「大丈夫…作…戦…の発…案は…私…だ。降りる…わけ…ない。」


そういった後にセリスの瞳が金色の光を放っているのをレインは見た。体の中から強烈に襲ってくる痛みに、セリスは悲鳴も上げず唇を噛みしめながら耐えていた。



「私に構わないで…いい。6位…持ち…場…へ。」



後ろ髪を引かれながらも、レインは持ち場に向かうため、部屋を後にした。


セリスは誰もいなくなった部屋で、苦しみながら何かそっと呟いた。






作戦を開始する空砲が撃たれた。


「現時刻を持って、全権をアルヴィス・オーギュストに移換する。各員、自分の役割を果たせ。」


アルヴィスの少し甲高く癖のあるが、威厳に満ちた声があたりに響き渡ると同時にカイエンとアレックスはいつでもセリスをほふることができるよう魔力を最大限に高める。


 セリスたちは、小高い丘の上にある1000年程前に闘技場であったといわれる場所で陣形を組む。それぞれが発する魔力の音はコンサート前のチューニングにも似ていた。その刹那、あたりの空気を下から震わす重低音が聞こえたかと思うと、闘技開始を告げるかのような甲高いトランペットの様な音と共に、ヴィーチェの振り上げた指揮棒が勢いよく振り下ろされると同時に、強烈な光線が陣形の先に固定されている対象バケモノ目掛けて放たれる。



primo.1回目


 強烈な閃光が辺りを駆け抜けると同時に、大きな音が鳴り響く。


「ヴィーチェ固定している者の身になれ。」


エドガーは冗談交じりに話しているが、目は真剣そのものだった。



secondo2番目

周りの空気の振動が激しくなり、光の塊が加速度的に力を増している。



terzo3番目

その音と光の激しさは、古代のチルチェンセスと呼ばれていた人間と猛獣を闘わせた残酷な祭を想起させる。 

 ヴィーチェの指揮は止まらない。




qualto4番目

猛獣の咆哮の様な音と光が駆け抜けいく。これで計算上、壁を破壊できるはずだった。対象には薄い膜が残り、即刻内部からの攻撃が始まる気配なのか、流動する暗紫色の本体からチカチカと明滅するものが見える。



ルーイヴィーチェ、これ以上はやめろ。今度こそ消滅してしまうぞ。」


レインの言葉は唸る様な激しいざわめきと、耳をつんざくような高音の大咆哮にかき消される。

 ヴィーチェは肩で息をしながら、対象を鋭く睨むと、




「最後のサービスよ。quinto5番目

円錐形の光の塊が最後の壁突き破ると本体自体にもダメージを与えたのか、対象物はこの世の者とは思えない不気味な大声を上げる。



「後は任せたわ、愛しの妹セリス。」

がくりと膝を折ったヴィーチェの額から、おびただしい数の汗が滴り落ちていた。



──75秒ほど前。

 セリスは背後からの魔力の高まりを感じ、呪文を恐ろしい速さの誰もが理解できない言葉で詠唱に始めると、セリスを中心に9つの円形の魔法陣が発現し虹色に輝き出す。


 最後に足元に円形の魔法陣が発現する。


 セリスは苦しいのか顔を歪めながら詠唱を続けると、それらを繋ぐように、22本の直線が発生し、魔法陣同士を繋ぎ合わせると、いままで誰もが感じたことのない、強大な魔力の高まりを誰もが感じていた。



「まさかあれは、生命の…。」



シオンは固唾かたずを呑んで、これから起こる事を全力で否定したが、目の前の事象はそれを認めざるを得ないことを示していた。


頭上にもあり得ない力を持つ光が狂ったような音を立てて、真っ直ぐに飛んでいく。


「完成したのか。顕現けんげんするぞ、伝説の神の力が。」


マリクの目は子どものように輝き、その言葉に合わせるように、セリスの身体がが七色に強く輝く。




「神の力を我に授けよ。神剣バルムング。」




セリスの前に11個めの魔法陣が現れると、その中心から光り輝く剣を抜き取る。


ヴィーチェの4回目の攻撃を見届けた後、ヴィーチェと対象物の軸線上の半分くらいの高さまで飛翔すると、ヴィーチェの5波を待ち、壁の破壊を確認すると同時に対象物の中に剣を構え突入していく。


 ヴィーチェが穿った穴から、対象物の抵抗なのか、セリス自身の発光なのか、眩しい光の筋がいくつも見える。


 そう思ったのもつかの間、黒い塊がはじき出された。セリスはほぼ同時に脱出すると、対象物に剣を突き立て詠唱を開始した。すると突き立てられた剣を中心に対象物は反時計回りに激しく回転し、小さな玉となって落下してきた。



 セリスは自由落下をしながら、ぼんやりと眺める景色の中にキラキラと輝くたくさんの雲母の様な粉が舞っているのが見えた。綺麗だと思っていた時、誰かが魔法をかけたのだろう落下速度が緩やかになり、静かに地面へと降ろされた。となって落下してきた。






──これでアレックスの世界は守ることができた。






 セリスは自由落下をしながら、ぼんやりと眺める景色の中にキラキラと輝くたくさんの雲母の様な粉が舞っているのが見えた。綺麗だと思っていた時、誰かが魔法をかけたのだろう落下速度が緩やかになり、静かに地面へと降ろされた。




 これで役目は終わったと目を閉じた瞬間、カイエンの怒号が響き渡り、はっと目を開いた。




「バカが、魔法に侵食されている。神の力なんぞ使いよって。」




 空を舞う自分の腕がサラサラと握っていた剣とともに崩れていくのが見えた。これが魔法に喰われるということかと頭の片隅で冷静に考えていた。






「セリス、セリス。」






 心地よいはずの声が、現実に引き戻す。




 セリスは腕を伸ばし、その声の主にしがみつこうとするが、腕はサラサラと雲母のような物を撒き散らし、消え落ちてしまった。




『大切なものが消えた。』




 自身の絶叫の中で、名前を呼びかける様々な声が聞こえたが、愛しいアレックスの慌てた声が一番聞こえた様な気がした。そう思いながら、セリスは身体が沈んでような感覚に陥っていってしまった。

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