2-2 À quoi tu danses?(誰の為に踊らされているのか)
流石に血と硝煙の匂いがするここで、策を練るのはいくらなんでも気が進まないとのアルヴィスの声で、隣の1室を使うこととなった。
席の位置は上座に1位である国王アルヴィスが座り、その左手には奇数の位の3、5、7、空けて11位が座り、隣の13位の席は必ず空けておくようになっていた。
その反対側の右側には偶数の2、4、6、8、空けて12位が座る。
12騎士が揃うのも異様な風景だが、誰も顔を見たことがないと言われていた12位が目だけ出した黒尽くめの格好でいかにもアサシンと言わんばかりの姿であったため、一同12位が今まで表に出てこなかった理由を察した。
12騎士が揃う軍議には決まりがある。
1つ、軍評定の進行は1位が行うこと。
2つ、軍評定の間は私的感情ではなく、世界を守護する騎士として発言せよ。そのため、与えられた位で呼び合うこと。このふたつの決まりが絶対であり、場所や時刻は問わない事となっていた。
部屋の前までくると、ペイロール伯は私の任務は早急に軍を立て直し、共に攻撃に参加することができるようにすることですからと踵を返し、規則正しい足音を立てて去っていってしまった。
部屋に入ると、再びアルヴィスは苦虫を噛み潰したような顔でホログラムを覗き込む。
「さて軍の作戦の勝算はゼロ。先ほどディオニシウスシステムに演算させたが、仮に我々12騎士全員の同時攻撃をもったとしても勝算はゼロ。残る可能性として軍の火力を総動員し、我々の最大火力を同時展開した場合でも、ゼロとゼロを掛け合わせたところでゼロにしかならぬ。光の結界があるからこそ我らは護られているが、それ故手出しできぬ。まさに二律背反とはこのこと。結界を解き一瞬でもあのバケモノを野放しに同時に攻撃を仕掛けるか。一か八かの大勝負にでて、国内の全火力を動員して、果たして盤面をひっくり返せるか。確実に勝利できなければ、我々はあの化け物に蹂躙されるだけだ。だがこのまま我らが無抵抗のまま滅するのは実に不愉快極まりない。なにかこの局面をひっくり返す最高に狂っていて、常識そのものを打破する頭のイカれた作戦はないか。我々は人類最後の砦、敗北する訳にはいかん。」
興奮気味に話すアルヴィスだったが、その実アルヴィス本人もお手上げ状態であった。ご神託を下すダイヤモンドクロックは沈黙し、その翻訳をするディオニシウスシステムも同様であった。演算システムでに計算させるには、漠然とした問いかけではなく具体的な問いが必要だが、この部屋にいる誰もが沈黙し、重い空気が流れると思った。
─それを打ち破る者が一人だけいた。
「1位。これから進言致します事は戯言だと思っていただいて結構です。」
先程から紙にペンで何やら図形と数式を一心に描いていたセリスは、おもむろにペンを投げ捨て立ち上がると、いつものように淡々と話を続ける。
「超強力魔力による光の壁の破壊と同時に本体への高火力攻撃。攻撃に次ぐ攻撃。考え得る限り、これしか最善の方法はないかと考えています。陛下のおっしゃる通り、結界を解くことはあのバケモノを一時でも野放しにすることと同義です。我々に弓引くものは何人たりとも容赦しない。それが我々12騎士の存在意義。1位、違いますか。」
セリスの冷静さを通り越した冷淡さは、凍てつくようにアルヴィスを刺しているかの様だった。
「そうだ。4位、続けよ。」
セリスは大きく深呼吸をして、説明を続ける。
「そのための作戦として提案させていただきます。私と5位がオフェンス、他8騎士がディフェンスとなり超高火力攻撃を仕掛けます。」
「オフェンスが少ないのではないのかね。」
アルヴィスの問いにもセリスは怯むことはなかった。セリスの眼光は更に強くなる。
「全く問題ありません。」
「で、その子細を述べよ、4位。」
アルヴィスは射抜くような真っ直ぐな視線のセリスの次の句を待っていた。
「陣形ですが、
セリスが紙に書いた陣形と位地をスキャンされたホログラムが、次々に表示されていく。
「次に役割ですが5位の最大出力の攻撃後、私が攻撃します。そして1位には帝都を守護する防壁の展開をしていただき、2位と3位には作戦失敗時の後始末を。6位は1位をお守りする防御魔法の展開と負傷した者の修復を。7位、8位にはあのバケモノの位置の固定をお願いします。11位には全員に能力増強の補助魔法を、12位は1位を背後からお守りしてください。」
あくまでも淡々と述べるセリスに感情というのは感じられなかった。生存率の高い手段を即時に計算し言語化する、そこには全く感情というものは介在しない、ある意味演算システムに近い、無機質さを誰もが感じていた。
「そして作戦の前に5位には72基全てのゴエティアシステムを即時軍事転用に書き換えをお願いしたい。」
部屋の中は、驚愕する者、呆れる者、慌てふためく者、そして薄ら笑いを浮かべる者、それぞれがそれぞれの反応をしていた。
「あれは…、ゴエティアシステムは帝国内の72基の発電所の中で魔晶融合反応をおこすエネルギーシステムの総称で、攻撃用兵器ではない事はご存知、4位。」
ヴィーチェは腹わたの煮えくり返るのを抑えるのに必死だった。仮説とはいえ、自分が秘匿していた世界を滅ぼすかもしれない恐ろしい考えを、信頼していた
「5位、今喧嘩している暇はない。文句なら後で聞くし、それでも腹の虫がおさまらなら私を斬ればいい。抵抗などしない。私は5位ならあの理論をできると判断したからこそ、この件を1位に提案した。今はあのバケモノを仕留める事が先決だ、5位。私は…私は友人として、同じ12騎士として、5位のことを信じている。だから、力を…貸して…くれないか。」
発言の初めは何時もの淡々とした喋りだったセリスが、後半言い淀んでいることに加え、いつも強気なセリスが項垂れている姿に誰もが驚いた。セリスがいつ、どうやって自身の研究にアクセスしたのか、ヴィーチェには皆目見当がつかなかったが、セリスはセリスなりにその罪の重さに、ずっと耐えていたのかもしれない。表情をあまり変えることのないからこそ、誰にも悟られない変わりに、誰にも打ち明けられない苦しみがあったのかもしれない。ヴィーチェはセリスがやったことは正しいとは決して言えないが、少しでもセリスが裏切ったと思ったことをヴィーチェは恥じた。
「1位、転用の許可を。」
ヴィーチェの凛とした声に、国内に電力を供給している72基全てが兵器と化すことに驚きの声があがった。
「これはこれは男を狂わせる傾国の美女がふたりもここに揃うとは。こいつは最高だ、最高に狂っている。国内の魔晶融合エネルギーで一点突破とは。そして4位、私を駒として扱うか。国王になって以来一度も戦ったことのない私を駒にするとは。今までそのような無礼な奴は初めてだ。実に面白い、なんて馬鹿げた話だ。まさに狂気の作戦。よろしい、ならば許可しよう。で、だ、美しい
アルヴィスはこれ以上ない狂気の策をセリスが出してくることがたまらなくて、目を輝かせていた。
「私の切札は、禁呪の使用による本体の1点突破です。」
その言葉にあたりはざわめく。
珍しく言葉を詰まらせるセリスに2位が低い声で質問を投げかける。
「お前、正気か?」
セリスは真横に座っている
「
自分の育て親であるカイエンに、きっぱりと言い放った二人の間に微妙な空気が流れていたのを、アルヴィスは密かにほくそ笑んでいた。
「バケモノにはバケモノを持って制するか。ところで4位、1位として問う。禁忌の意味がわかっているのか。」
アルヴィスのその言葉に、セリスは毅然とした態度で応える。
「1位、答えさせていただきます。古えより伝わる忌むべき力、人が扱うには過ぎた封印されし術。どんな魔術もですが、制御できなければ、良くて使用者の死、若しくは消滅。最悪の場合、術に取り込まれてしまう。私が禁断の術に飲み込まれたその時のための、2位と3位の配置です。お二方には私がこの国に仇なす異形となりました時には、私情を挟むことなく即時斬殺か焼尽をお願いします。」
どこまでも冷静に話すセリスに誰もが恐怖した。5位のゴエティアシステムの兵器転用という常識外れな策だけでなく、古代の禁じられた術の運用など誰も思いつかなかったであろう。
カイエンは満身の力を込めて、固く拳を握りしめ、ワナワナと身体を振るわせながら、怒号をセリスに浴びせた。
「
この場で私情を挟んではならない事は、カイエン自身よく知っていた。だがそれでも抑えきれなかった。しかしセリスの態度が変わることがなかった。
「
セリスの冷静さとは真逆に、普段誰よりも冷静沈着であるカイエンが、激しい感情を表に出す姿に剣聖の面影よりも、娘を案じるひとりの親の姿がそこにはあった。
「バカ娘が。なんでお前はそう極端なんだ。そうだな…、俺の育て方が間違っていたのかもしれん。わかった、お前が望むなら愛しい馬鹿娘であるうちに斬って、喜んで娘殺しの馬鹿親の汚名をかぶろう。」
隣に座っているセリスの頭をぐしゃぐしゃにしながら、カイエンは吹っ切れたかのように微笑んでいた。
それを席を挟んで反対側から見ていたアレックスも同様に目を細めて、静かに笑っていた。
「わかりました。2位がその様にお考えならば同じく。4位、忘れないでいてほしいのです。私も2位もあなたが愛しいと思っていることを。」
アレックスはどこまでも優しい笑顔でセリスを見つめていた。その視線に気がついたのか、セリスは気恥ずかしそうに俯く。
温かい雰囲気が流れていた中、突然バンという机を強く叩いた音とともに立ち上がった者がいた。
「7位として問います。4位、禁呪の構築式をお伺いしてもよろしいでしょうか。幾ら4位が魔術の研究家として名を馳せていらっしゃっても、禁呪の構築に関して明確な文献も口述も残ってはいないものをどうやって発動するというのです。どのようにして陣を描き、呪を詠唱するというのですか。あまりにもハイリスクすぎて私はこの作戦には賛成できかねます。」
威力の高い魔術には構築式と言われる。その魔術の源になる力を呼ぶ図形と、魔術文字と呼ばれる綴字、そして詠唱する
「構築式に関しては実戦での使用例はありませんが、理論上問題ありません。すでに私の頭の中では完成しており、魔法大学学長の
ナナイは忌々しく思いながらも振り上げた拳を、静かに降ろした。
「このまま白旗を揚げるか、自爆するか、我々が勝利するか、ご神託を得ようではないか。ディオニシウス、今ままでの条件での勝率はどのくらいか。」
アルヴィスはホログラム越しに、ディオニシウスシステムに問いかける。
〚全ての条件をクリアした場合の勝率は0.001789です。〛
合成音声の言葉に沸き立つ。この瞬間、今まで0だった可能性に
「皆無ではない。…よかろう、4位。私はこの馬鹿げた大博打に乗ろう。我々の最後の
アルヴィスは薄ら笑いを浮かべ、事の成り行きを心底楽しんでいるようだった。
「仰せのままに。」
全員が立ち上がり1位であるアルヴィスに敬礼をした所で解散となった。
作戦は12時間後と決まった後、各々何処かへを消えていったが、ヴィーチェだけはセリスの退室を待っていた。
「セリス、とはいったもののあれだけ大見得を切って、本当に勝算あるの。」
気難しい顔をしながら、セリスはいつも以上にあくまでも冷ややかに無機質に応じた。
「ああは言ったものの出たとこ勝負で机上の空論を現実化…、正直発動すれば御の字ってところだ。上手く術の構築式を書けるかどうか。今さら引き下がれぬ、そんな所だ。」
ヴィーチェは文字どおり開いた口が塞がらないのか、ぽかんと口を開けて、目が点になっていた。
「呆れた。意外と虚勢を張る方なのね。実は禁呪使いたいだけだったりして。」
ヴィーチェはセリスをからかう様に頬をツンツンと突付いていたが、セリスは面倒くさそうに、その手を払いのけた。
「案外そうかもしれんな。こんな時でもないかぎり合理的に禁止された超高火力魔法なんて使用できないからな。」
セリスの言葉に、大仰にやれやれとヴィーチェは肩をすくめた。
「さすが戦闘狂と言われるだけあるわ。最高にイカれているわね。」
セリスは一瞬イラッとした表情を見せたが、直ぐにいつもの無表情を装おった。
「褒め言葉としてとっておく。ところで、
その問いに、ヴィーチェは指折り数えた。
「10時間くらいかしら。」
「6時間でお願いしたい。」
「冗談でしょう。」
ヴィーチェの言葉にセリスは不敵な笑みを浮かべる。
「理論は完璧なのだ。できませんとは言わせない。偉大なる
セリスの売り言葉に対し、ヴィーチェは高笑いをしながら買い言葉で返す。
「書くわよ。書けるわよ、書いてみせるわよ。ワタシを誰だと思っているの、そのくらいあっと言う間に仕上げてお目にかけるわ。ゴエティアシステムなんて、父の形見みたいで嫌だけど。あんたこそ、禁呪なんて物騒なもの発動しませんでした、すみませんなんて許されないからね。…ったくどこで禁呪なんてぶっそうなモノ見つけてきたのよ。まさかいちから自分で構築式書いたの。」
セリスは深い溜息をつくと、その問いに応えた。
「いくらなんでもそこまでの頭はない。ヴォイニッチ手稿、ギガス写本、シュテルン偽典。現存するというありとあらゆる読解不能の古文書を解読させ、バラバラにして意味ある言葉を繋ぎ合わせて、数値化、言語化して構築式を計算させた。」
「そんな面倒な事、誰に。まさか自分で。」
「まさか。こことは別の魔力演算システムをつかっている。詳しいことは説明している暇がないが、この事は二人だけの秘密にしてほしい。今は私自身が演算システムの部屋と使用権限認証の鍵になっている。場所はユーリーが知っている。私に万が一の事があれば好きに使って構わない。あれはヴィーチェにとって格好の玩具になるだろう。二人とも消滅した場合、ユーリーにはそれの破壊命令を出している。」
ヴィーチェは片方の手で、セリスの頬を軽くつねりながら、話し始めた。
「全くこのお嬢さんは、幾つ秘密を持っているのかしらね。ワタシの論文のハッキング、禁呪の構築式。これ以上何か出てきても驚かない自信があるわ。」
半眼に閉じた眼で、セリスはヴィーチェの事を睨んだ。
「で、玩具を貰う権利はもらったものの、死んでしまったら台無しね。」
ヴィーチェの軽口に、セリスは真顔で返す。
「死なない。」
「はぁ、なんでよ。」
「よく考えてみろ。相手は中から手は出せない所に、超光速の超高火力を見舞ってくる。万が一反撃しようものなら、陛下の魔法は自分自身を護るため、必ず絶対防壁を張ってくる。よくも悪くもあの人はそういう人だ。だから陛下の延長線上にいるヴィーチェには、攻撃は当たらないというわけだ。それと…。」
セリスはそう言いながら、服の中からネックレスを取り出す。
「これは形見だ。邪魔にはならないはず。気休め程度の御守かもしれんが。私が生きていたら、必ず取り返すから着けておけ。こんな一か八かの賭けに巻き込んだせめてもの償いだ。教皇聖下直々の祝福浄化をも受けたシロモノだ。なにかご加護はあるだろう。」
そういうと、ペンダントを静かに渡した。
「見たことないわ。こんなに血のような鮮やかな紅玉がはめられたトップ。美しい私にピッタリ、なんてね。」
喜んでいたのもつかの間、ヴィーチェはセリスの頬を激しくぶった。
「あなたのお姉様として一つ言わせて貰うわ。形見なんて悲しい事言わないで。…さぁってぇ、ワタクシのお仕事はゴエティアシステムのバックアップ機でも使って、この若くて美しい天才的なコンポーザー、このワ・タ・シが完全無欠な、一寸の狂いもない甘美なるスコアで、最高の狂気と暴力と悦楽を感じるコンサートを開いてみせるわ。もちろんコンダクターは神の恩寵を一身に受けた音楽の天使のワタシ。さあ、そこのお嬢さんは私にあわせられるかしら。」
いつもと逆の状況に、ヴィーチェはここぞとばかりにセリスを試すような表情で見つめる。
「構築式を見せてもらってから攻撃パターン、魔法陣の形成と禁呪発動のタイミングを落とし込んで出力最大で倒すだけだ。このままでは禁呪を制御できない可能性が高いのは事実だ。そのための2位と3位だ。気にするな、何があってもあれは私が仕留めるよ。」
天井を見上げているセリスの横顔はいつも以上に美しく見えた。
「この勝負どう考えてもセリスに負担が多すぎる。私はあなたを本当に自分の妹だと思っている。こんなことでサヨナラなんてしたくない。」
ヴィーチェの目の端が潤んでいるように見えた。
「負担が大きいのはヴィーチェも同じだ。ヴィーチェの
恭しく右足を下げ、右手を体に添えて左手は水平にするお辞儀、Bow and scrapeをすると、手のひらをヒラヒラさせながら出口へと向かうセリスの右手に、何か光るようなものがあったようにヴィーチェには見えた。
セリスは出口に向かいながら、思考を巡らす。
『問題はこっちだ。考えろ。不相応の力をどうするか。…禁呪を制御できる力が私にあればいい。さて、そんな力がどこにあるか。いくら私でも無策で太刀打ちするほど馬鹿ではない。そういえば実験段階だがレインがこの状況を打破する物を持っているはずだ…。ああ、全く騒がしい舞踏会のようだ。誰が主賓だが見当もつかない。』
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