2 The Heat is On in kingdom(火がついた王国)

2-1 Nightmare. (悪夢)

 作戦会議場に招集がかかった者全てが、あつまったのは五分とかからなかった。


 宮殿地下の一室の作戦会議場は、有事の際に使用される部屋であったが、昨今は世界の殆どを王国が統べているため、他国からの干渉はないだけでなく、圧倒的な国王の力に内紛さえ起きていないため、無用なだだっ広い空間であった。


 それが息を吹き返したように、部屋の明かりが灯り、情報伝達官がモニターの最終確認を終えて退室すると同時に国王のアルヴィスが玉座に座り、部屋の真ん中に置かれたいかにも古めかしい長机の玉座から見て、左側に7人が座り、その列の中央の椅子だけが開けられていた。


その刹那、黒色の軍服の胸の位置に様々な色の略章が着いているだけでも位の高い事が分かるペイロール統合幕僚長が玉座に最敬礼をすると反対側の中央の席に座った。


その5分後にバタバタとカーキ色の軍服を着た者、濃紺碧色の軍服を着た者、空色の軍服を着た者がそれぞれ2人ずつ、最後に黒色の軍服を着た者が入り、最敬礼もなくペイロール伯の座っている席の左右に各々腰を掛けた。


ペイロール伯は軽く咳払いをして敬礼を促すが、誰も気づかない様子だった。



「諸君、警報の通り我が国は過去例をみない厄災にみまわれようとしている。ペイロール伯、すまないが、現在の状況報告を。」



国王は玉座にどっしりと腰を降ろしたまま、報告を待った。


「申し上げます。現刻より−6000マイナス6000秒、王都より北東、オルロフ伯領トラーズ半島ラ·サンテ刑務所付近より、高魔力反応を確認。概算直径737m、縦191mの大きさですが、形は不定形で常に変化を続けています。発生後、ラ・サンテ刑務所を含む半径30kmを消失。−4980秒後、王都方面に侵攻開始。」



長机の中央に大きく3Dホログラムで、その時の映像が表せられる。



「同−3850秒後、空軍スクランブル発進。併せて陸・海軍、対象に総攻撃開始。-2600秒後、対象反撃開始。この反撃により兵力の1/3の兵力損失、また同時にカルーニャレール地方消失並びに火難、対象はなおも王都方面に侵攻。同刻、陛下に非常事態F17の89、国民保護令を上奏、即時採可。-1800秒、王都より北東500km上空にて結界生成により固定化に成功しましたが、絶対防壁を破らぬ限り、こちらからは攻撃は不可能。万が一攻撃を成功できなかった場合、王都が返り討ちにあって、この国が焦土化すると思われます。以上で報告は終わります。」



 3Dホログラムには現在の対象の状況が映し出されているが、正20面体の巨大な結界に被われた内部では暗紫色の流動体が燃えさかりながらせわしなく動いていた。



「さて、どうする。三軍の幕僚長と各々の参謀長。何か妙案は。」



国王の試すような言葉にペイロール伯を除いた右側にいた者たちは慌てふためく。


「へ、陛下。お、恐れながら進言致します。」


口火を切ったのは、カーキ色の軍服を着た貫禄ある陸軍の幕僚長と思われる者の隣にいた陸軍の参謀長だった。



「結界ごと貫通する火力で押すのはどうでしょう。三軍あげての火力でしたら、問題はないかと。」



その提案にまたもやペイロール伯を除いた右側の者たちは、まるで壊れた玩具のように何度も頷き、その案を称賛した。



「では、貫通する火力は何を使用するというのかね。DHCMC弾でも撃つか。確かにあの火力は恐ろしいものがあるが、外せば100年も草木も生えぬ土地と化するぞ。よしんば当たったとして、貫通失敗となれば同様の結果となる。必ず貫通し、対象に勝てる保証はあるのか。侍従、あれに演算をさせよ。」



かしこまりましたとの侍従の言葉とほぼ同時に、合成音声が返事をする。こうなる事を想定した侍従が演算をさせていたのだろう。



〚提案①対象を結界ごと貫通する火力は通常兵力では可能性は皆無です。提案②DHCMC長距離ミサイルで攻撃した場合、可能性は全くありません。勝率は皆無です。レールガンを使用した場合でも可能性はありません。提案③軍による同時攻撃の場合、勝率は皆無です。演算は以上です。〛




無機質の合成音声に右側の者たちは肩を落とし、言葉が出なかった。


「他に策はないのかね。全く三軍併せて最高の位が雁首がんくび揃えてここまで無能とは、ペイロール伯から聞いていたが、これほどまでとはな。血統派だの反血統派だのくだらない争いをしている暇があったら、頭を使え、鍛錬しろ。まったく軍で使えるのは特殊第一隊だけだ。」



そう言うと国王は持っていたペンを机に叩きつけた。



 軍部内では以前から貴族の子弟が実権を握るべきとする血統派と、純粋に能力のある者が実権を握るべきとする反血統派の不和が噂されていた。親の代、それ以上の代からの既得権益を振りかざす貴族と、それに抑圧された実権派。わかり合えない二つの勢力同士が足を引っ張り合い、平和ボケした軍内は自分たちで争いを作り出していた所に現れた絶対的な力を持つ畏怖すべき存在。とてもこんな状態の軍に対応できるとは、三軍を纏める立場のペイロール伯も思ってはいなかった。また上層部がこれほど無能だとは。ペイロール伯は自分がいかにないがしろにされ、神輿みこしに乗らされてきた存在だけだったのか、理解するには十分だった。



「そちらの策はもう出ないと思ったがよいかな。ではこちら側の切り札を出すとするか。」


そういうと、アルヴィスは玉座を降りて、ゆっくりと左側の空席に腰を掛けた。



「有事にあたっては、軍の上層部と作戦立案、実行すると実にくだらん明文だが、あるものは仕方が無い。だが。」


 濃紺碧色の軍服を着た、いかにも幕僚長といった威圧を感じるガッシリとした体型の男性が声を荒げた。


「陛下、先程から聞いていますが、私どもにもこの国を護るという矜持プライドがございます。それをなぜ無能呼ばわりなさるのか、今は無策でも私には皆目見当つきません。それに陛下の両脇の者たちは何者です。」



その声に、ネコが獲物を弄ぶか如く、圧倒的力の差を見せつけるような強い音圧で、ゆっくりとアルヴィスは話始める。



「君たちの目の前にいるのは、あのおとぎ話の伝説の12騎士だ。まだ10騎士しか揃っていないが、君たちは紛れもなく今、あの救国の瞬時にして都市の1つを容易に破壊できる最強の12騎士の前にいるのだ。よかったな、君たち無能な《つまらぬ》ものが最後に最強の騎士たちを見ることができたのだから、思い残すことはないだろう。ペイロール伯、構わぬな。」



「Yes My Majesty.」



 アルヴィスの振り下ろした手と同時に、目の前の騎士たちから放たれた発砲音は重なるように鳴り響く。真っすぐに飛んでいく弾丸は眉間を打ち抜き、血飛沫と肉片があたりに飛び散る。自身に掛かったそれを全く意に介す素振りすらなくホログラムを机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってきて、眺めているペイロール伯の姿は明らかに他とは違うものがあった。



「無能な者は排除した。おめでとう、ペイロール伯。これで軍は君の優秀な頭脳の下に動けるというものだ。侍従、無能どもの後片付けの手配を頼む。経過報告の補足をディオニシウスに問う。」


〚Yes My Majesty.経過は先程、ペイロール伯から報告がりましたので、秘匿されていた件の詳細を申し上げます。-800秒後、北東500km上空に、3位アレクサンドル・カーディナル教皇聖下と聖下直属のアルビジョワ国聖教信党、並びに7位シオン・ナナイ方術士ならびに直下の紫方術団しほうじゅつだんによる同時攻撃開始するもダメージ皆無となりました。直後、3位のbarrière sacr聖なる壁éeの複数展開により結界生成、対象は上空に固定化されました。〛



 アレックス3位はその事もあってか、ひどく疲れた顔をしていた。


「さすがは3位。あれを瞬時に閉じ込めるとは。」


アルヴィスの満足げな言葉に対し、消耗してるせいなのか、何時もの優しさとは違い、感情のない声でアレックスは応える。



「単独でできるのは留めるだけと判断したまでの事。それが二律背反状態ジレンマを引き起こしているのは心苦しい。」



 12騎士には序列はない。たとえ国王であろうが、教皇であろうが、等しく同じ存在として扱う。それがで有る。だから誰も台頭に遠慮なく意見が言えるのだ。


「よい。攻撃の一手がない以上、被害拡大を抑えるには防御を取るしか策はないだろう。これは悪夢としか言えない最悪の事態だな。」


 そう言いながらもアルヴィスはいつになく神妙な面持ちで、燃えさかる炎を映したホログラムを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る