1-6 prima(開幕)

──1797年、4月第1週。


 翌日、早朝。セリスは何時いつももの訓練前の朝食を食べていた時、ユーリはうやうやしく書簡しょかんをセリスの前に差し出した。



 古式こしきゆかしい羊皮紙ようひしを巻いて、ロイヤルブルーのリボンを薔薇の刻印で押された封蝋。

──それは国王の勅命の書簡であることを意味していた。セリスはその意味することを知りながら、食事を続けていた。



「ユーリ、読んでくれ。」



 セリスがそう言ったのは、朝食がすんだ時だった。


「かしこまりました。“昨日のベアトリーチェ嬢の件に新たに追加する。1つ、12騎士の意味を教えろ。2つ、ベアトリーチェ嬢の理論が正しいか見極めろ。3つ、12騎士としての戦い方を教えろ。まあ、3つ目も件は戦闘狂ウォーモンガーの4位がうってつけだろう。4つ目、他の騎士たちに挨拶まわりに行け。12騎士が一堂にかいする時は凶事きょうじだが、顔と名前くらい知っておいた方がいいだろう。セリス・フォン・リンデンバウム、貴様に拒否権など存在しないが、万が一の場合、身体の右と左が永久にさよならすると思っておけ。期限は半年だ。良いな。なお、この件に関しての報酬ほうしゅうはないものとする。以上”だそうです。」 



 セリスは話の最後の言葉にトドメを刺されたのか心ここにあらずといった表情で、虚空こくうを眺めていた。

 

「お嬢様、セリスお嬢様。」


 今まで一度も見たことのない様子に、ユーリは良からぬ事が、あるじに起こったのではないかと慌てて、肩を揺すると、セリスはいつも通りの仏頂面ぶっちょうづらで、



「無報酬でこき使われるのは正直不本意極しょうじきふほんいきわまりない所ではあるが、まだ身体を半分にされたくはない。陛下には承認したと伝えておけ。私は朝の慣習をしてくる。ヴィーチェには、朝食が済み次第、訓練用戦闘服に着替えて、自宅待機させておいてくれ。それでは私は行ってくる。」



と言って、テラスからそのまま疾風しっぷうの如く飛んで行った。



 おはようと言ってヴィーチェが起きてきたのはその1時間後だった。


「遅いお目覚めだな、私は一仕事終えてきたところだ。さっさと食事と訓練用戦闘服に着替えてくれ。楽しい鬼ごっことシューティングゲームが待っている。」



 遅いと言っても、まだ6時すぎ。昨日の件を加味しても、十分早い時間ではある。


「美容のためには十分な睡眠は必要なのよ。わかった、signorinaお嬢さん.」



 セリスの力について、ヴィーチェは昨夕調べていた。小さな端末のディスプレイにタッチすると、3Dホログラムに変化し、ヒツジのアバターが恭しく礼をした。



〚ヒツジと申します。お呼びでしょうか、ベアトリーチェ様。〛


「陛下に守秘回線で繋いでもらっていい。早急の用事なの。」


〚陛下にお伺いを立ててまいります。〛



そう言うとヒツジのアバターは消えて、優しい保留音が流れていた。


 ヴィーチェがこの端末を受け取ったのは、12騎士ににんぜられて初めて1位である国王に謁見えっけんした後だった。


 市中しちゅうで使われている端末の最新型であっても、タッチディスプレイであるのに、こんな小型で3Dホログラムを密かに実用化していた技術力の高さに驚いたとともに、他に国民に隠している事があるのではといぶかしげに思った。

 


〚陛下より承認を得られました。音声のみですがお繋ぎ致します。〛



ヒツジのアバターから、音声のみという無機質な文字の表示に変わった。


『5位、早急さっきゅうの用事とは。』


 国王の独特の誰もをひざまずかせる響きを持った声がスピーカーから聞こえる。



「恐れながら陛下。4位とは何者なのです。昼間の剣技、そして先程魔族をいとも容易たやすく圧縮させてしまう魔力の高さ。しかも…。」




無動作no motion術具無しno tool詠唱なしno chant。考えるな、だ。息をするように超高位魔法を同時に使いこなす、そして剣技は義父の剣聖仕込み。いわば魔族より魔族のしかも超弩級ちょうどきゅうの魔族に近い人間だよ。そうとしか説明がつかない。12騎士とは良くも悪くもそういう者の集まりだ。君もその一員なのだよ、5位。いや、maestro指揮者。君も十分こちら側の人間だ。そうだ、命令に追加をしよう。セリスを舞踏会に連れてくるのだ。もう18歳にもなっているのに、来るのは側近護衛官としての仕事ばかり。あれに健全な大人の遊びを教えてやるように。それともではベアトリーチェ嬢、良い夜を。』




そう言うと国王からのアクセスは一方的に遮断されてしまった。わずか18歳なのにあのすごみ、あの実力。ヴィーチェの背中に冷たい物が流れた。





「わかった、signorinaお嬢さん.」



理由もなく勝ち誇った態度のヴィーチェに少し苛立いらだちを覚えたが、セリスは意に返さずに読みかけの本に視線を戻した。

 昨今、文字は電子化されており、紙の本は珍しくなってしまっていた、紙の本は教皇が持っている聖なる祈りの本、【聖典】が有名であるが、あれは本自体が力を帯びた術具といった方が正しい。後は、国立図書館の閉架図書へいかとしょに厳重に保管されている古文書こもんじょ読解不能どっかいふのう奇書きしょや歴史書などが紙の本が存在する有名な場所だ。セリスの読んでいる本の背表紙や表紙に何か文字のような、図形のようなものが羅列られつされているが、何と読むかはわからない。


「その本って、国立図書館から寸借すんしゃくしてきたの。」


ヴィーチェの軽口かるぐちに答えるのすら面倒だと思ったが、答えないことでアレコレ詮索せんさくしそうな気配けはいを感じたため、不本意ふほんいながら答える事にした。


「レプリカだ。本物を幾方向いくほうこうから、空中でスキャンし、データベースを作成して国立図書館に保存してあるのを、私がで製本しているだけだ。レプリカだから気兼きがねなく書き込みも出来る。そんな事より早く食事をして、支度をしろ。」



セリスの言葉もどこ吹く風。ヴィーチェはさらに質問を続ける。


「そのデータベースってだれでもアクセスできないわよね。」



「気になるなら、ハッキングでもご自由に。オクタゴンrfs防壁を突破してお縄になるより、アクセス権のある私を通したほうが安全ではないか。」



「急に言われて思いつかないけど、その時はお願いしますにして、なんでアンタがアクセス権もっている訳を聞かせなさいよ。」



答えた方が面倒だったとセリスはこころのなかで悪態をついた。


「それは私が表向き魔法研究所召喚術まほうけんきゅうじょしょうかんじゅつ及び古代魔法研究員こだいまほうけんきゅういんけん国王の最側近護衛官さいそっきんごえいかんだからだな。アクセス出来るのは、陛下の口添くちぞええが大きいかと思うが自分の知的欲求を満たすためなら、私は何でも利用するだけだ。そうだろう、。」


セリスのこの状況をたのしんでいるのか、片方の口角こうかくが少しだけ上がる。なんて性格の悪い18歳なんだと思わず、口に出そうになったのをヴィーチェは飲み込む。



「おしゃべりはここまでだ。30分で支度したくするように。」



 それだけ言うとセリスは読んでいた本を閉じると、自室に戻って行った。




 30分後、セリスたちは森の中にある長いフェンスに【危険、関係者以外立ち入り禁止。許可なき者は警告なく射殺する】と物騒ぶっそうもんごん言が書かれた看板の前にいた。


「セリス、物騒じゃない。何なのここ。」



「王国特殊第1攻撃隊の演習場。今日は通称特1の屈強くっきょうな猛者と鬼ごっこと高射砲こうしゃほう地対空ちたいくうミサイルとのシューティングだ。鬼ごっこの方は特1が全員おにで、武器は何でもござれ。こちらの方は低空飛行、加速、防御魔法のみ。当たり判定はあちらはこちら側を受傷させた場合。こちらはカラーボールで着色した場合だ。シューティングは…。」


 ヴィーチェは血相けっそうを変えて勢いよく言い放つ。


「どう考えても、こっちが不利でしょう。相手は悪魔も泣いて懇願こんがんする特1よ。魔法の縛りはなくして欲しいわ。そうでないと、手足がどれだけあっても足りないわ。」


 ヴィーチェの言葉に自身が予想した100点満点すぎる答えにセリスは不敵な笑みを浮かべざるを得なかった。



「ふぅん、5殿おっしゃる。特1相手に私は負けた事はないというのに、5位殿はできないと。」



口を開けば人を食った様な物言いばかりのセリスに何だか踊らされている様な気がしていた。



───それから二年経過した。───


 3人で暮らす事が当たり前になった頃、それは突然やってきた。


 夜の闇を引き裂く強烈な光の後にとどろく雷鳴のような爆音。セリスたちの家は場所がら強い風が当たるので、常に暴風結界ぼうふうけっかいが張られているのだが、それでも窓はガタガタと音を立てていた。


 セリスたちは本能で何かとんでもないことが起きたのではと感じたと同時に家の中にあるあらゆるディスプレイが特別非常警報とくべつひじょうけいほうの表示に変わると〚現在、詳細不明の大型魔族が現れ、王国方面に侵攻しています。国民の皆様は至急地下シェルターへ避難してください。繰り返します…〛と合成音声が流れた。セリス、ヴィーチェの持っている端末にも同じ情報が流れていたが、突然遮断しゃだんされ、代わりに国王の声が流れた。



『12騎士1位として請願せいがんする。作戦会議場に集まれ。』



 これは長い戦いの開幕を告げる音だったのかも知れない。

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