1-5 Armillary sphere(天球儀)/The cloak of darkness(夜の帳が降りる)

──1797年4月第1週。


 セリスとヴィーチェに国王が同居をするように告げた、その5分後──。



 国王【アルヴィス・オーギュスト】は取っ手に大輪の薔薇の刻印が彫られた仰々ぎょうぎょうしく重い扉の前にひとり立っていた。絢爛豪華けんらんごうかな宮殿の地下奥深くにはあった。アルヴィスは薔薇の刻印に手をかざすと、刻印こくいんは金色の光を放ち、扉が静かに開いた。


 部屋の中は薄暗く、ひんやりとした空気が流れている。中央には淡く輝く巨大な円形の厚みを持った透明のばんが浮かんでいる。12騎士が生まれる時、消える時を教える巨大な時計盤、神の時計とも言われるダイヤモンドクロックがそこにはあった。普通の時計と大きく違うのは文字盤が1から始まり12で終わっている事、そして普段は長針も短針もないこと。


 ダイヤモンドクロックは単に12騎士の生死を告げるだけではない。位を表すインデックスはその騎士のたましいの象徴である色に輝き、欠員のインデックスには小さな黒い石が置いてある。現在インデックスが輝いているのは、1から8位、11と12。12騎士は12 とされている。そして、インデックスが黒く変色する時、それは騎士が魔物に取り込まれた事を表し、インデックスが砕ける時はその騎士が亡くなったということを意味する。


 時計盤だけでなく、時針じしんにも意味がある。レッドダイヤモンドでできた長針だけが現れ、インデックスを示す時、同時にインデックスが輝く時消える時、それは12騎士の誕生か死亡を、形容けいようしている。問題は短針が現れた時。短針の示したインデックスが決闘を申し込み、長針のインデックスは決闘を受けた相手であることを意味する。すなわちが闘うことになる。この世界の守護者でもある12騎士同士が闘うことは伝承では終末の予兆とされている。


 さらに最も恐ろしいとされているのが、短針も長針も反時計回りに一周し、12の騎士のインデックスが全て輝く時。それは12騎士全てが揃う時。その時にこの世界は滅ぶとされている。



「今日も世界は平穏無事へいおんぶじ。」




 アルヴィスは時計盤を横目で確認すると、奥にある扉に先程と同様の薔薇の刻印に手をかざし、その奥へと進んで行った。


 扉の奥はゆるくだりの短い廊下ろうかになっており、その先には、きらびやかな宮殿の様相ようそうとはうってかわって、魔術的な要素よそばかりが支配するホールがひろがっていた。スチールグレーの通常勤務服と呼ばれる軍服を着た者たちがあちらこちらにみられる。



「陛下、今日はお早いお越しで。」



 金色の剣の上に金色のやりと金色の星が刺繍ししゅうされた肩章かたしょうを着けたメガネ姿の男性が背筋をピンと伸ばし敬礼をするも、アルヴィスは右手を軽く挙げて答礼とうれいだけをすると、先程の男性に話しかけた。




「ダイヤモンドクロックに問題は。」




「異常ございません。」


 ダイヤモンドクロックには12騎士に関する事だけではなく、もう一つの顔がある。それは無作為むさくいに高速で動く3つの秒針が存在するのだが、その意味がわかったのは、今から250年ほど前であった。また、時計盤は微細びさいな振動を発している。それらがなんらかのメッセージがあるとされていたが、それを意味のある言葉として文章化を可能にしたのが、ホールの中央に淡い蒼色に光る巨大な二十面体を囲うように、正四面体や正六面体の大小様々な宝石状の結晶がばらばらにだが決してぶつかる事無く、緩急をつけながら浮遊している物たちであった。


 この不思議な72個の宝石状の結晶の集まりが人類が持つ最高の頭脳──ディオニシウス・システムと呼ばれる人工演算機じんこうえんざんき。この国の司法、立法、行政、軍事などありとあらゆる【判断】を求められるものに関与している。三部会が形骸化けいがいかしているのは、ディオニシウス・システムの存在が大きい。


「損傷もないようで重畳ちょうじょう。」


 アルヴィスはシステムの放つ蒼い光に目を細めた。


 中心に浮かぶ巨大な二十面体の宝石のようなものはディオニシウス結晶とよばれる。そこはシステムの根幹こんかんしており、無数のコードが刺さって、そこから大量のデータを抽出ちゅうしゅつしているが、その姿はまるでヒトの脳幹のうかんと大脳のように見える。時折ときおり炭琴たんきんのような音がするが、それは結晶同士が飛びながら、互いに自己調律じこちょうりつを行い、システムが完全体であるよう修復と点検をおこなっているあかしだった。



───同日。アルヴィスがダイヤモンドクロックの間を出て、1時間58分後。セリスとヴィーチェ。


 地面の上をすべるように走る浮上車フロートカーに乗る二人の間には、沈黙が流れていた。


しゃべるなって言われたから、黙って微笑ほほえんでいたけど、あの街の住人って全て妖精たちなの。」



 ヴィーチェの甲高い声に眉をひそめたセリスはようやく口を開いた。


「そうだ。絵本に出てくるだ。エルフにドワーフ、シルフィ、サラマンダー、数え切れないほどの妖精たちがあの森で暮らしている。」


 ふぅんと返事をしたものの、期待していた回答が得られなかったためか、再度質問を繰り返す。


「おとぎ話は現実だったとして、なぜこの地に生きているの。」


 その質問はセリスの心を少し痛めた。


罪滅つみほろぼし。」


 ぽつりとつぶやかれた重い言葉にヴィーチェは二の句を継げなかったが、セリスは長い話になると前置きをして話し始めたのは魔物と魔族、そして魔法の使い方の話だった。



 下級魔物と呼ばれる虫の様な姿をした日常的に目にするものは、街にいるエクソシストか警察が倒す。それは日常的によくある光景で、倒した後は魔物袋に入れてゴミの日に出しておけば回収してくれる。


 ここから先が段違いに強くなる。


 中級魔物と呼んでいるが、並の火力かりょくでは太刀打たちうちできない。王国軍が軍の火力を持って当たることになる。だが倒した後が少し面倒でその魔物の中の一番魔力の強いと呼ばれている箇所かしょを取り出し、膨張と収縮を繰り返し、結晶化する。この結晶化する事には意味があり、エネルギー体としての利用するのだ。

 この国のエネルギーを使う機械の動力源はほぼこの魔法石結晶、Magical結晶crystalの恩恵を受けている。


 結晶化のもう1つの理由は、そのままにしておくと倒した魔物が再生して他の魔物と融合し、上位互換じょういごかんしてしまうことだ。これは上位の魔物にも言えることだ。


次の上級魔物になると高射砲こうしゃほう、ミサイル、レールガンなどを総動員して、ギリギリ勝てるレベルとなる。圧縮していない状態での一次結晶化は可能。


 さてここからが12騎士の仕事となるのだが、12事になっているため、大っぴらにできない。そのため全て軍の手柄になっている。


 12騎士が戦っているのは超級、弩級どきゅうクラスと呼ばれる魔族の話である。


 魔族と魔物には大きな違いがある。


 知性があるか無いか。だから、ある程度の駆け引きをしながら、一撃で倒す。その後一瞬の躊躇ためらいもなく結晶化する。魔族の結晶体は1つで莫大ばくだいなエネルギーを持っているため、高値で国が買い取り、騎士に還元される。軍は高い攻撃力を持った魔族から国を守ったという称賛しょうさんを国民から受ける事となる。



「12騎士が出動するのは、多くて年に2〜3回くらいだ。高位の魔族を倒すには、一撃必殺しかない。となれば必然と火力の高い魔法を使うことになる。さて、ここからが問題だ。自分の身の危険をかえりみず、相手のふところに入り魔法を放つか、敵の手が届かない安全な距離から、更に高火力の魔法を使うか。ヴィーチェ、どっちを選ぶ。」



 車はオートクルーズモードに設定してあるが、木や岩にぶつかる事無く、静かに進んでいく。



「後者ね。誰だって自分の身が大事でしょう。」



「私も以前そう思っていた。だがある日、妖精たちの森を魔族が襲った。着いた時には妖精たちは手足はもがれ、腹わたは食いちぎられ、建物は火に焼かれ、女子ども関係なく蹂躙じゅうりんつくされていた。私はその惨状さんじょうに感情のままに、遠距離攻撃を最大出力で放ったが、頭に血が上っていたせいか、魔族に軽くいなされてしまった。同行していた2位父親が、ほふってくれたが、目の前には直線上にひどくえぐられてしまっていた森や畑、消えてしまった町があった。私が感情で動いたばかりに惨禍さんかを拡げてしまっていた事は明白めいはくだった。妖精たちは気にするな、魔族から守ってくれてありがとう、私たちに変わって怒ってくれてありがとう、と言っていたが、私の攻撃で彼らの生活を壊してしまったことには変わりない。悔やんでも悔やみきれない事だ。とりあえず私の所領に引っ越して貰うことにしたが、気に入ったみたいで好きに開墾かいこんして、よその土地にするでいた仲間を呼び集めたりしているようだが、私はあの時感情に任せて、魔族と厄災やくさい視認しにんしただけで高火力な魔法を撃った。もっと範囲を絞って、もっと近くで撃っていれば、もっと冷静であったらと、答えのない仮定の話を考えてしまう。だから、悲しい思いをさせてしまったことを忘れないためにも私は妖精たちと関わっている。もう誰も傷つけないと。贖罪しょくざいと覚悟の為に関わっているのだろう。長話はもう終わりだ。私はここに連れてきたかった。」


 セリスの声で、2人は車の外へ出た。そこには何も無い海に面した切り立ったがけの上があった。


「何も無いじゃない。」


 セリスの態度をヴィーチェはいぶかしげに思っていた。


「ここはほぼ1ヶ月に1回、夕方に上級から超級の魔族が出現する場所だ。私の考えでは後方にある王都を狙って来ているのだろう。魔族や魔物がどこから来ているのか、なんのために出現しているか一切不明だが、一度出現した場所からは出現しやすい。そのなかでもここは出現率が高い場所の1つだ。空間のゆがみでもあるのかもな。ご丁寧な事にここは出現する3日前から黒いシミのような物を発生させてくれる。どうやら読み通りの逢魔おうまが時にピッタリおいでになられた。ヴィーチェ、そこで見ていろ。」



 そういうとセリスは距離の離れた所まで飛んでいくと、それぞれがもっている固有の発生音、ピアノの高い音が聞こえたと同時にセリスの瞳が、魔族を捉え、冷徹な光を放っていた。次の瞬間、彼女の体から溢れ出した魔力によって空間が歪み、魔族は一瞬にして消し飛んだ。その光景を見たヴィーチェは、セリスの力の深淵を改めて思い知らされ、恐怖と畏敬の念を抱いた。それはまるで、神が怒りを顕現させたかのようだった。セリスはこちらに戻りながら魔晶石を膨張させたり圧縮させて、徐々に小さくさせていた。ヴィーチェの所に来るころには、ビー玉くらいの大きさになっていた。かなりの速度と強すぎる火力。速い結晶化。これが冷静なセリスの実力の片鱗へんりんであった。



「この仕事を代わりにやってもらう。ヴィーチェもなかなか金がかかる存在ではないか。いくら国の外郭団体がいかくだんたいとはいえ、賃金未払いは法に触れるぞ。魔法の鍛錬になるし、金になる。さらに極限まで圧縮すると買取額も高くなる。それに、研究用のエネルギーを直接得ることもできる。一石二鳥だろう。どうだ、やりたくなったか。在籍数120余人、魔工学研究所首席研究員兼所長、ベアトリーチェ・ド・チェンチ殿。」


 ヴィーチェに拒否する事ができないと知ったうえでの挑発的な物言いに、苛立いらだちを覚えたと同時にセリスはどこまで知っているのかと、ヴィーチェは恐怖さえ覚えた。確かに研究所の予算は削られているのに反し、高度な技術を求められる事も多い。何よりも研究所の存在自体、非公開となっているため、極秘事項も多く、日常生活に大きく支障をきたしている。そしてる時には、研究所の記憶を抹消されるというとても人道的とは思えぬ方法を取っているにも関わらず、今年だけでも何人去っていったかわからない。

 

「どうする。ヴィーチェ、この玉っころ1つで、半年分以上の人件費にお釣りがでる。それが毎月確実に手に入る。それに魔力エネルギー会社に毎回莫大ばくだいな額を支払うこともなくなる。もう一度問おう、どちらを選ぶ。安全な場所で今と同じ見かけ上の平和なジリ貧の暮らしを守るか、部下の生活を守り、有り余る程の金を得るか。12騎士として、ひとりの人間として君に問う。どうするのだベアトリーチェ。」



 この時、セリスがどんな顔をしていたのか逆光で見えなかったが、それはファウストにささやきかけるメフィストフェレスの顔に似ていたかもしれない。



「やる。あなたがどこでその情報を知ったのか、関係ない。ワタシには断る理由はないわ。研究所にはワタシの理想を現実化させるために日夜働いている研究員たちがいる。薄給はっきゅうなのに、同じ理想があるからと、身をにして働いているバカな奴らがいる。辞めればいいのに、ワタシの荒唐無稽こうとうむけいな、本当に馬鹿げた夢物語を信じているのよ。そのバカの頭目とうもくのワタシが稼いで稼いで稼ぎまくって、バカ共に楽させて、バカみたいな高額な機器つくって、アイツは理想家の極致きょくちだったといつか言わせるわ。ワタシは研究がしたい、自分の知的欲求を少しでも満たしたい。このアタマの中で嵐のように駆け巡る数式を現実化したい。それだけのバカな奴よ、ワタシは。いいわ、悪魔に魂を売るわ。」



 ヴィーチェはセリスが差し出した手を取り、固く握手を交わした。



 セリスが半ば強引に条件を飲ませた裏には、ヴィーチェの境遇に同情したからではなかった。ただ国王から研究所の惨状をそそのかされていた事もあるが、自分が金を与えては意味がない。所長としてのヴィーチェの顔を潰す事になる。意思の強い顔、それが本物であろうと、虚構きょこうであろうと、ヴィーチェ自身の矜持きょうじにかけてみた。同じ研究者であるならば、自分の渇望かつぼうを満たすための現実的な燃料を欲しがるはず。そしてその勝負に勝ったとセリスは思った。


 セリスは何時いつもように冷静につぶやく。


「さて、家に帰ろう。|The cloak of darkness《夜の帳が降りる》.」

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