1-5 兵器

 お茶会が開かれる部屋の中の調度品ひとつひとつ取っても、アンティークの趣味の良いもので整えられている。



 半円形に並べられた重厚なソファーの前に、一脚だけ置かれた椅子は贅の限りを尽くしたもので、ロイヤルブルー王家の青でしつらえてあった。



 お茶会では席次は決まってはいないが大体同じ場所に座る事が多い。ソファーの中央にカイエン、その右隣にアレックス、さらにその右隣にセリスといった感じだ。


「で、何難しい顔して読んでいたんだ。どうせいつもの報告書だろう。俺たちが殺してきた人の数の。」


 魔族化未遂件数、それと同じ数だけ人であったものを殺してきた数。その詳細な報告会がこのお茶会のメイン。



「それもありますが、今月の件数七件中、セリスの出動回数は五件。その全て、分離から結晶化まで済ませています。」



 部屋の中に沈黙が流れた。七件中、五件。言い換えるならば、今月、五人を救い、五人を殺したことになる。魔族だけを結晶化するとなると必要以上に魔力を消費することになる。



「なんでこんなことに…。」


 あんなに消耗しきった理由がようやく分かった。過剰な出動、過剰な魔法、そして過剰な精神への負担。



「何をわかりきったことを。我々が生き残るため、そうだろう、三位教皇。」


 部屋の奥から、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて、恰幅の良い男が現れた。この国を統べる者、アルヴィス・オーギュスト。そして12騎士を束ねる者。


「ですが。」


 人前で泣くことのなかったあの涙を思い出すと同時に、あんな事になるまで気が付かなかった自分に、アレックスは苛立っていた。


 


「これはディオニシウスシステムが弾き出した、最も効果的な選択の結果だ。アレは我々が持ちうる兵器として十分という事だ。」




 兵器──。



 その言葉はあまりにも残酷だったが、魔族となる前にそれを止める事ができる。また超強力な魔族となった場合の攻撃手段は12騎士といわれる存在しかいない現状、対抗できるのは他になかった。



「俺らは12騎士の前に人間だ。アルヴィス一位このままでは、セリス四位は暴走して、俺らの敵にまわる可能性もある。」



 敢えてクラス名を使った。


 12騎士の正式な集まりで、個人名を出すことはない。あくまで【戦う者】の集まりで、個人の背景などは切り捨てている。システムが選んだ騎士。それ以上でもそれ以下でもなかた。


 カイエンはそれを嫌って、いつも名前で呼んでいたが、人ではなく兵器として扱うアルヴィスに、事の重大性を伝えたかった。

 


「ソイツは困る。さてどうした…」



 他人事のように話すアルヴィスの姿に苛立ちが増す。



「オマエ、国王で12騎士一位、全てをまとめなきゃいけないハズだろう。いくらアレが最適解を出したとしても、それが本当に最善策であるか考えるのが、一位の役割だろうが。」



 激しく怒りを表すのではなく、低い声で感情を抑えて話す姿に恐ろしさがあった。



「国王に意見するとは、さすがはカイエン二位。この場がいくら立場や身分を問わないが、誰も私に強く出てこなかった。分かった、そこまでいうのなら、考慮しよう。我々としても、優秀なを失うにはあまりにも惜しい。」


 あくまでも人間を兵器として扱うアルヴィスは、さもそれがあたりまえの事にしか思えないようだった。



「あの人は人間ですよ、兵器などではありません。」



 いつもの穏やかさは影を潜め、冷たい声のアレックスはコーヒーに口をつける。口の中に広がる苦味を、無理やり飲み込む。



「とにかく、セリスには休息が必要だ。一年の休暇を申請する。」


 鋭い視線がアルヴィスを射抜くが、全く意に介してはいない。



「一年とは。無理だ、ありえない。」



 コーヒーを一口飲み、さらに砂糖を追加すると、アルヴィスは満足げに飲み干した。



「半年だ。これ以上は無理だ。俺はおまえに力尽くで従わせても構わん。」



 ひりついた空気があたりに流れる。




「剣聖に斬られるとは恐ろしい。ならば、四位セリス・フォン・リンデンバウムに半年の休暇を。書簡は後で出す。それで良かろう、二位。」



 面倒くさい表情で答えると、アルヴィスは無理やりお茶会を進めた。





「こちらの作戦勝ちでしたね。」


 気難しい表情だったアレックスは部屋を出るなり、にこやかな表情に変わる。足音も心なしか軽く聞こえるようだった。



「あらかじめふっかけて、こちらの要求を飲ませる。よくある騙しの手口だ。」



 カイエンはそう言うと、ネクタイを抜き取り、スーツの中に乱雑に押し込んだ。




「アイツに頼り過ぎていたとはいえ、あんな家に住んでいては安らぐはずもないですよ…。」


 横に並んで歩いていたレインは窓の外を眺めていた。緑がまぶしいはずなのに白々しく見える。


「レイン、お前家知っているのか。」

 驚きのあまり声が出なかったが、すぐにその理由を思いつき、レインは頭を抱えた。



「知っているもなにも、エドガーとマリクと俺の三人は、無理やり引っ越しを手伝わされましたから。」






『三バカ、引っ越しを手伝うのだろう。』


 五年前にふんぞり返って命令してきたセリスの姿を思い出していた。プラチナブロンドの長い髪に整いすぎた顔。年下であるのに有無を言わせない態度に従うしかなかった。


 まだあの頃のセリスは少し笑うこともあった。


 レインは少し前の出来事を思い出していた。






「それは知っていたが、家までは知らないんだ。絶対に来るなと殺意むき出しで言って出て行ってしまったからな。アレックス、お前知っているか。」


 不意に話を振られたが、その言葉に苦い表情をした。



「知りませんよ。第一、自分の事を進んで話す人ではありませんし、そもそも独り暮らしの女性の家に一人で行く程、非常識ではありませんよ。」



 聞きたくて仕方がなかった事を結局切り出せなくて、ずるずると時間だけが過ぎていった。


「お前になら、何か話すと思っていたんだが。で、レイン、アイツの家はどうなんだ。」


 気にするな、あいつは秘密主義なんだとアレックスの肩を叩き、レインに話を振った。



「…見たほうが早いですよ。」



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