1-4  To keep some cash around. (小銭稼ぎ)

 セリスははしゃぐベアトリーチェを横目に冷ややかに見ながら、話を始める。



「ここが私の…。」



 言い終わらない内にベアトリーチェは、興奮した様子でしゃべっていた。


「素敵、山小屋風の一軒家って感じなのね。宮殿みたいな所に住んでいるのかと思ったわ。でもなんてところに住んでいるの。」


 セリスは騒ぎ立てているベアトリーチェを軽くると、無表情で家の方に歩き始める。


 ベアトリーチェが騒ぐのも無理はない。セリスの家は四方しほう断崖絶壁だんがいぜっぺきに囲まれた少しばかりのほどの土地に建てられていた。眼下がんかには深い森が広がり、所々集落や畑があるのかひらけけているものの、樹海とも言える場所の上にある。



「ここだ。先に入れ。靴は玄関で脱ぐように。うちは土足禁止だ。」



 外見はどこか懐かしい雰囲気を醸し出す家。しかし、玄関を開けると、そこには最新の技術が暮らしを支える、快適な空間が広がっていた。来訪者を映し出すモニターや、室温をぴたりと保つ空調設備は、どこか近未来的でさえある。それでも、この家に一歩足を踏み入れると、温かい木の香りが鼻をくすぐり、どこか懐かしいような、ホッとするような感覚に包まれる。それは、あたたかみのある照明の色合いや、ところどころに置かれた観葉植物、そして、何よりも人の気配が感じられるからだろう。


「奥がリビングだ。紹介したい者がいる。」


 リビングはひろびろとして、柔らかい白熱灯はくねつとうや短い毛足のソファー、純白ではない優しい少し黄色味掛きいろみがかった壁紙。それらが非常に暖かみのある空間をつくりだしている。


「こっちが私の有能な執事しつじ、ユリウス。彼は料理だけでなく、家事全般、そして近衛兵このえへい以上の魔力を持つだ。」


 ユリウスはうやうやしく笑顔でお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。どうぞ私の事は、どうかユーリとお呼び下さい。」


 ユーリは柔らかい表情で、ベアトリーチェの訪問を歓迎していた。銀色の髪に翡翠ひすいのような瞳がキラキラと輝き、柔和にゅうわな笑みをたたえていた。ひとつの乱れもなく着こなしている執事服は高級感と職務に忠実である雰囲気をかもしし出している。黒のジャケットに白いシャツと黒いネクタイ。誰がどう見ても執事としか言えないだろう出で立ちは何処どこか誇らしく、堂々として見えた。



「ユーリ、こちらが5位となったベアトリーチェ・ド・チェンチ嬢。なんの因果いんがか、陛下の悪戯いたずらで一緒に住むことになった。」



 ベアトリーチェもユーリにうやうやしく礼をする。



「紹介に預かりました、ベアトリーチェよ。2人ともヴィーチェと呼んで。その方が気楽だわ。ところで早くこのドレス脱ぎたいんだけど。コルセットがきついのよ。」


 ヴィーチェはドレスのすそつかみ、バサバサと揺らしながら、この状態がいかにくつろぐはずの家であるのに相応ふさわしくない肩肘張かたひじはった服装であることをアピールしている。


「それには同感だ。こんなきつくてゴテゴテした服なんていつまでも着ていられないからな。ところでユーリ、ヴィーチェの荷物は届いたのか。」


 セリスは詰めえりのフックを外しながら、少しだけ暖かみのある声でユーリに話しかける。特種正装とくしゅせいそうは形式が何よりも重んじられている為、細かい銀襴ぎんらん刺繍ししゅうがほどこされているので、見た目以上に重さがある。


「先程、万事滞ばんじとどこおりなく。家具の配置などは、今朝まで住んでいらっしゃったお部屋とそう遜色そんしょくないはずかと存じます。下の街に住む妖精の方々に転送を手伝っていただきました。」


「後でお礼に行かねばな。ヴィーチェ、お互い着替えて街に行かないか。食事まで、時間がありそうだし、引っ越しを手伝ってくれた者たちへの礼をしたい。そうだ服装は簡単でいいぞ。それにしても今日は予定外の金にならぬ余興よきょうまで陛下にさせられて、特別手当をもらいたいくらいだ。」


と、独り言をブツブツ言いながら自室に戻っていった。


「ヴィーチェ様のお部屋は、この部屋を出られて左側のセリス様のお部屋の向かい側になっています。」


 ヴィーチェはユーリの顔をじっと見ていたかと思うと急に顔を近づけた。


「本当になの。ごめんなさい、論文では読んだことあるけど、最後の人工生命体の記録は1784年が最後だから、ワタシ初めて見たの。ワタシが人工生命体で知っているのは、主人に対し忠誠を誓っていること、眉目秀麗びもくしゅうれいであること、自己研鑽じこけんさんをすること。そして最後は、感情の起伏がほぼないこと。見た所、ユーリは最後の条件には当てはまらない。」


 ユーリは苦笑いするとこう続けた。


「セリス様が少しずつ調律チューニングなされたので、こうなっています。」


 ユーリの長い睫毛まつげ翡翠色ひすいの瞳を覆い隠す。しばし流れる気まずさにどちらも何も言えないでいたが、その均衡きんこう容赦ようしゃなくセリスは打ち破ってきた。先程の形式張けいしきばった衣装とは真逆の白のTシャツと黒いジャージ姿で右の人差し指で正六面体を浮かせて、くるくると回していた。



「早くしてくれないか。」



セリスの冷たい声が部屋に響く。


「お引き留め致しまして申し訳ございませんでした、ヴィーチェ様。ゆっくりとお着替えください。お着替えされた衣装などは、後程私が片付けますので、そのままで構いません。」


 ユーリは先程とは変わって、また自然な微笑みで言った。


「いろいろ聞きたいことあるけど、とにかく着替えてくる。」


 ヴィーチェはそのいかにも高そうなドレスを、雑にまくし上げると自分の部屋に入っていった。リビングには嵐の後の静けさが漂っていた。



「お嬢様、ヴィーチェ様のお支度したくにはまだ時間がまだ時間がかかりそうですが、いかが致しましょう。」


「私はカモミールティーを。ディフューザーにはラベンダーを頼む。今日はつまらない事があって疲れている。夕食のメインには肉料理を。その後は何時いつもものように出かけてくるので、ヴィーチェの話し相手にでもなってくれ。」


「Yes, my lord.」



 そこには単なる上下関係というよりも、適度な距離感を取ってきた経験値が育てた関係性があった。ヴィーチェが戻ってくるまで、静かで穏やかな時が流れていた。セリスはソファーに深く腰を掛け、カモミールティーをときどき飲みながら、六面体を器用に浮かせ、くるくると回していた。六面体をよく見ると各面3×3の9ますに分割され、6色で構成されている。6色は火、水、風、土、光、闇となっており、セリスはそれを見ずに色を全面そろえては、崩したりを繰り返していた。


「準備できたわ。」


 ヴィーチェの声に振り向くと、長い髪は高い位置で1つにまとめられ、ゆったりとした白のトップスに少し細めのジーンズが却ってスタイルの良さを際立きわだたせている。


「ラフな格好かっこうでいいんでしょう。さあ、行きましょう。」


 ヴィーチェの言葉に、セリスは六面体をテーブルに置き、ヴィーチェに声を掛けた。


「別に何を着ていっても構わないが、下の街に言った後、もう一か所行きたいところがある。12騎士に認められた力量があれば造作ぞうさもない。まあ、To keep some cash around小銭稼ぎだ。行くぞ。」

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