1-3  Platform(演壇)

─同日、同刻。


 しばらくして宮殿の中庭にある東屋あずまやで、お茶会が開かれた。勿論、そこにはオルロフ伯たちの姿はない。アルトワ公は夜の舞踏会の準備のため、ペイロール伯は仕事に戻るため、教皇は祈りの時間だと席を外していた。要するに皆これから起こるであろう厄介事を予見して早々に退散したということである。

「セリス、先ほどの技はもしやカイエンの【突】か。」

 セリスに質問を投げかけながら、国王は侍従にケーキの追加を頼んでいた。

「完璧とはまだいえません。魔法でかなりそこあげしているだけにすぎません。2位の突の中途半端な模倣にすぎません。2位も先日そう言っておられました。初太刀に全身全霊をかける、一撃必殺の技。あの領域に達する初速と剣の重さにはまだまだ至っていません。」

 そういうとセリスはお気に入りのハーブティを飲んだ後、静かに続ける。

「ところでお初にお目にかかるベアトリーチェ嬢とやらは、陛下。」

国王は忘れていたと言い、話し始める。

「説明がまだだったな。ベアトリーチェ・ド・チェンチ。あのチェンチ家の令嬢で、6位の姉に当たる。ダイヤモンドクロック神の時計が動いて先日示した。彼女は5位だ。」

 1792年から沈黙を守っていた時計が動いた。1789年から1793年に季節が変わる度、空席が生じるために騎士を示していたダイヤモンドクロックが突然止まったのが4年前。時計は沈黙を破り再び動きだしたというのだ。伝説の12騎士誕生と死を示す、巨大なダイヤモンドでできた時計盤。それが神の時計ダイヤモンドクロック。そう、おとぎ話の12騎士は存在していたのだ。世界を護る最強の騎士たち。そして、狂気と暴力の代弁者。神の時計はその力量に見合った者が現れると、レッドダイヤモンドでできた針で時計盤の数字を示す。そして12騎士にはどの時代でも必ず一席以上の空席が生じる。

「ご神託にはいくら私とて逆らえぬ。新たなる12騎士の誕生だ。5位、こちらはセリス・フォン・リンデンバウム。彼女は4位だ。12騎士には序列はない。たとえ1位の私でもだ。闘いの場においては1つの駒に過ぎない。4位はこう見えて12騎士の中では古株になる。そうだ、良い事を思いついた。4位、5位、共に暮らし、4位は12騎士とは何たるかを教え、5位はそうだな、そこの万年無愛想に愛想というものを教えてやれ。いいか、これは命令だ。後で正式な指令書を送ろう。お茶が済んだら執行にうつるように。逆らえば、どうなるかわかっているな。では、よい昼下がりを、お嬢様方。」

 国王は立て板に水とばかりに、とうとうと話すと、侍従に次のデザートはフルーツを自室に持ってくるように伝え、踵を変えて自室へと帰っていった。

 その場に残された2人はガックリと肩を落として、長いため息をついた。口火を切ったのは意外にもセリスだった。

「貴様の荷物は追々運ばせよう。とりあえず、この服は窮屈すぎる。この隣の部屋に転送用の魔法陣ポータルがあるから、それで帰ろう。」

「あら、どうして。自分で魔法陣描いて送らないの。」

 セリスはそんな事も知らないのかと言わんばかりに冷たい声で、返答した。

「転送魔法は幾つかの不便さがある。1つは魔法陣が複雑すぎること。2つ目は移動先に魔法陣がある、若しくは移動先について詳細に把握しておかねばならない。出口がない状態だと異空間に漂う可能性がる。3つ目が魔力コストがかかり過ぎる。だから、物流に使えず、今の所、ポータルが魔力を持っている者の移動サポートになっている。相手側に転送用魔法陣が描いてあれば、少しの魔力を流せば移動できる。但し、目的地の者が了承……。すまない、話の続きは後だ。30分、いや10分で戻る。」

 セリスは厳しい顔で、フラフラと立ち上がる。

「大丈夫、とても顔色が悪いわ。」

「そういう事ではない。とにかく10分でもどる。」

 感情を押し殺した低い声で返事をすると、高いピアノの音と同時に目の前から一瞬のうちに消えた。

「言ったそばから、置いていくなんて。つれない人ね。」

 1人ポツンと残されたベアトリーチェは、これ幸いと目の前のフルーツタルトを頬張っていた。


 同刻、セリスは血相を変えて、受付に飛び込んできた。ここは第1王立病院。国内に12ヶ所存在する王立病院の中でも最高の知識と技術を集めた病院の中の病院。セリスはその最上階にある院長室に来ていた。そこに目的の人物がいなかったためか語勢を強めた低い声で、部屋にいたいかにも秘書ですと言わんばかりのスーツを折り目正しく着こなしている男性に問いかける。

「6位補佐、レインをすぐに呼び出せ。待ち時間は5分。できない場合は補佐、貴様の首と胴体がさよならすることになる。安心しろ、ここは病院だ。多少、痛みを伴うことにはなるが、誰がくっつけてくれるだろう。再度言わせて貰う。レインを呼び出せ、今すぐに。」

「Yes, Your Highness.」

 6位補佐と呼ばれた男性はこの状況をまるで楽しんでいるかのように、セリスに深々と礼をし、部屋の片隅にある、魔法陣に消えていった。

 待っている間にセリスの脳内を様々な情報が交錯していた。

「相変わらず物騒だな、セリス。俺とて暇ではない。さっさと要求を出せ。」

 魔法陣から6位補佐と共に現れた、白衣を着た細い銀縁の眼鏡の男性は明らかにセリスより苛立って、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「友人としてではなく、4位として6位レオンハルト・ド・チェンチに問う。あれは一体何だ。」

 セリスは院長席に深く腰を掛け、努めて冷静に問いかける。セリスとレオンハルトの立ち位置はまるで裁判長と被告のようでもあった。

「では答えよう。先ほど陛下より連絡があった件だろう。あれはあれだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

 その答えに満足できなかったのか、セリスは再度詰問する。

「答えになどなっていない。ベアトリーチェは女性なのか、男性なのか。性自認は。」

 レインはその細長い指を眼鏡のブリッジに押しあて、長い溜息をついた後、静かに答えた。

「セリス、我が家が大火で焼失した事は知っているだろう。火事の前、父と母、姉、双子の兄と俺の5人で暮らしていた。父は先代9位だがどうしようもない、最低の酒と暴力と賭事に溺れたやつだった。母は父の暴力に耐えながら、子どもたちを守ってくれていた。奴は本当に碌でもなくて、先祖代々続く土地を売り払っただけではなく、使用人も全員解雇。家宝を含め骨董品、挙げ句は調度品まで酒と博打に変えていった。俺はいつも思っていたことがあった。なぜダイヤモンドクロックは愚劣な父を否定しないのか。こんなだらしなく生きている者がなぜ最強の座に就いていたのか、未だに俺にはわからない。」

いつもは居丈高なレインが初めて吐露する重い告白をただ聞いていることしかできなかった。そして、話は続いた。あの大火の中、何が起きたのか。

「紅蓮につつまれた炎の中、母は逃げ惑う父を拘束魔法でその場に留めていた。もしかしたらあの大火は母が起こしたものかと考えた事もあったが、母の魔力ではあの炎は起こすことはできないだろうし、何よりも子どもを巻き込む事を嫌悪していた人だ。焼け跡から、3人の遺体が発見された。折り重なる様にして発見された父と母。そして性別不明の遺体。姉のマデレーネなのか、兄のルードヴィヒなのか、第三者なのか判別不能な程骨まで燃えていた。辛うじて頭蓋骨の一部が残っていただけだったさ。業火の中、生き残ったのは俺と自称ベアトリーチェ。皆、姉が火事のショックで別人格を生み出したと思っていた。穏やかだった姉とは対照的なベアトリーチェ。派手で尊大で気性の荒さは姉とは全く違うが、入院した際の検査で女性だと判明したため、兄のルーイは亡くなったとされた。その時、俺は双子たからだったのか、本能的にルーイは生きていると思った。目の前のベアトリーチェは魔法で守られたルーイではないかと。その疑問は確証に変わったのは火事から、半年後のある日、ベアトリーチェの姿にルーイが一瞬だけ重なった。見間違いかと思ったが、俺は直感的にルーイだと判断した。これはあくまでも推測だが守っている魔法になんらかの状態下では微細な歪みが生じ、気がついた者だけ見えるホログラムみたいな術ではないのかと。実際に“彼女”の乳房に触れることはできるし、外性器も“彼女”だ。だが、俺は彼女の中にいるのは、兄のルーイだと確証している。ああ、長話をしてすまない。俺の結論はあれはあれだ。それ以上でもそれ以下でもない。あれはそういうものだ。回答になってないな、すまない4位。」

 レインは淀みなく、淡々と話してはいたが、その独白はひとりで抱え込むにはあまりにも辛く、重いものだった。


 セリスもチェンチ家の大火の事は知っていた。一度あっただけだが、チェンチ氏には会った事があった。とても陽気で気さくな人で72基の魔力結晶の融合反応から生じる莫大エネルギーを生み出し、人々の生活を大きく変えただけでなく、72基間のエネルギーのやりとりすることで王国を守るドームの基礎理論をたてた人だとと記憶していた。また大火の中、夫を守って折り重なる様に亡くなったというチェンチ夫人の話は今でも美談として語られているが、聞いてしまった真相はとても恐ろしいものだった。


 セリスはその独白を聞きながら眉を顰めていた。


「申し訳ないのは、私の方だ。感情の赴くままに刃を向けて、傷つけてしまった。だが、何故それを独りで抱え込んでしまっていた。私たちは同じ12騎士以前に友達ではないか。そう思っていたのは、私だけか。貴様にとって私は研究対象でしかないのか。」


 セリスはその桁違いの魔力と光によって色が変わる瞳、類まれなる頭脳、研究対象にされてきた忌々しい過去がある。完全に自由の身となったのは、12騎士に選出されてからである。12騎士となる前の雪の日にセリスはレインと知り合った。最初は研究員と被験者の関係だったかもしれないが、今では友人と呼べるまでになっていた。

「君は良き友人だよ。過去も未来も。」

「疑って悪かった。」

レインは珍しく微笑んだ。

「本当に早く誰かに聞いてもらいたかったのかもな。」

「そうだな、いつでも話を聞いてやってもいいぞ。」

それは同意した言葉だったのか、自分の事だったのか当のセリスでも今では誰にもわからない。

「書簡にもあったが一緒に住むのだろう。」

やれやれと言わんばかりにセリスは大げさに肩をすくめる。

「夜襲されたらと思うと…。」

レインはセリスを見るなり笑いが止まらなくなった。

「これは失礼。兄の好みは乳房がでかくて、ドSな女を屈伏することだ。お前はドSに当てはまるが、屈服されるとは微塵も思わん。それに微乳は対象外だ。よかったな、安心しろ。」

レインの言葉に部屋の温度はどんどん下がっていった。

「また改めて来る。」

そういいとツカツカと歩き、レインの横を通りすぎる時はセリスはこう呟く。

「微乳ではない、主張控えめなだけだ。」

 先程までPlatform演壇に上がり答弁しているかの様だったレインがいつも通りの毒舌家に戻ったのが、セリスは少しだけ嬉しかった。

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