#10 翌日。保健室。
フー行方不明事件の翌日。
朝のホームルーム前の教室。
相変わらず、クラスメイト達の笑い声がさざめいて騒がしい。
「あんた、昨日休んでたけど、どうしたの?」
「いや、何か気づいたら病院にいてさー」
昨日スペクターの端末にされていたクラスメイトは、何事もなかったように登校しており、別の生徒と話をしている。
「は? 大丈夫なの?」
「まあ、なんとかね。なんか私、いつの間にか外で倒れてたらしくて。それも全然知らない子達と一緒に。なんか医者曰くタチの悪い魔法にかかってたとか何とかって。身体にはもう問題無いらしいけど」
彼女は昨日のことを全く覚えていないようだった。
「それに今は魔法で治してもらったけど、頭にこぶもあったらしくて。他の人も棒で殴られたような怪我をした人が多かったから、そういうのも含めてギルドで調査するんだってさ」
あ、その怪我の原因は私だ。ごめん。
心の中で端末だった子達に謝罪をした後、私は退屈凌ぎになんとなく机の上に伏せた。
と同時に、教室の扉が開き、
「みんな、おはようにゃ」
ネルが元気に教室に入ってきた。そして、その背後を、俯きながらカクカクした歩き方でついてきている子がいた。フーだった。
フーは息を潜めたまま、静かに自分の席に座った。
「フーが教室に来たの、初めて見た……」
「多分……入学式の日以来、初だ……」
フーはそんな風に小さく返事をした。
「さっき、校門の前でフラムちゃんとフーちゃんに会ってにゃ。フラムちゃんに頼まれて、一緒に教室まで来たんだにゃ」
ネルがそう説明し終えた後、フーも緊張に声を震わせながら話し始めた。
「あ、あの……、みんな、昨日は色々と迷惑をかけたみたいで……ごめんな……」
「いや、別に気にしないでいいけど……っていうか、フー、そんな顔色で大丈夫か?」
フーの顔色はかなり悪かった。今にも吐きそうというような感じだ。
「うっぷ……。だ、大丈夫だ。問題ない……。いつものことだから。私も……変な噂に頼らずに……人とコミュニケーションをぼろろろろろろろろろ……」
「にゃああああ! 誰か一番いいエチケット袋を頼むにゃ!」
案の定吐いてしまったフーを見て、ネルが慌ててそう叫ぶ。
フーは、そのまま気を失ってしまった。
騒ぎをきっかけに、入学式以来初めて教室にやってきたフーに気づいたクラスメイトたちが目を丸くしている。
そんな中、私はフーの吐瀉物の処理をネルに任せ、フーを背負って保健室に向かった。
きっと、頑張ってきたんだろうな……。
人と会話しただけで吐いてしまうという、もはやコミュ障ってレベルじゃ無い気がするような状態で教室にくるなんて……。
もしかしたら、フーは強い子なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、保健室にたどり着いた。
保健室の先生は不在のようなので、とりあえず空いているベッドにフーを下ろす。
布団をかけて教室を出ようとしたところで、不意に呼び止められた。
フーが目を覚ましたようだ。
「ネ、ネージュさん……。また、迷惑をかけちゃった……な。本当に……ごめ……うっぷ……」
「ああ……。吐きそうになっちゃうなら、無理して喋らなくてもいいから」
私は慌てて、エチケット袋を探し始める。
フーは、口を押さえたまま呼吸を整え、やがて、大きく息を吐いた。どうやら、今回は何も戻さずに済んだようだ。
「……」
「……」
「……あ、あの……ネ、ネージュさん……。ひ、一つ、聞いても……いや、やっぱり……いい……」
しばらく沈黙が漂った後、フーが俯きながら、何かを言いかける。
「いや、そんなこと言われたら、逆に気になるって……。何?」
そう私が質問を促すと、フーは静かに言葉を継ぎ始めた。
「……ぼくはさ……自分に自信が無くて……。ひ、人と一緒に何かしようとすると……失敗したらどうしようって……思って……その緊張に耐えられなくなって……き、気分が悪くなっちゃって……戻しちゃうんだ……。そうやって、たくさんの人に迷惑をかけて……」
フーは絞り出すような声で言葉を続ける。
「それをどうにかしようとしたら、昨日みたいな事になっちゃって……。人に迷惑をかけずに一人で生きていくにはどうしたらいいと思う?」
そして、すがるようにそんなことを尋ねてきた。
この質問は、正直なことを言えば、答えたくなかった。
けれど、この質問には、きちんと答えるべきだと、どうしてだか思った。
だから、私は少し考えて答える。
「一人で生きていくなんて無理なのかも」
「……」
「私、昔友達が死んじゃったことがあってさ。それですごくつらい思いをしたから、いっそ誰にも頼らないだけの力をつけて、一人で生きていこうと思ってたんだよね」
「……」
「それができると自分で思えるくらいには努力してきたつもりだった。でも、昨日の一件で私は自分一人の力の限界を思い知らされて……」
振り返るように、私は言葉を続ける。
スペクターとの戦いでは、フラムがいなければ私は死んでいただろうし、ネルがいなければフーを助けられなかったと思う。
「……もしかしたら、人は一人で生きていくなんて無理なのかもってちょっと感じ始めてる」
「そんな……じゃあ、ぼくはどうしたら……」
「さあ。最初から諦めて人を頼っちゃえばいいんじゃない?」
「人を……頼る」
「ああ。迷惑をかけたくないから一人でいようとするんじゃなくて、少しくらい迷惑をかけられたり、頼れたりする人と一緒にいればいいんじゃない? まあ、私にもまだよくわからないんだけど」
「ぼくには……そんな人……」
「フラムがいるじゃん。それに私たちもいる」
「え?」
「私たちは同じパーティーなんだ。一人でできない事は仲間同士で助け合えばいいのかなってちょっと思ったんだよね。だから、頼りたい時は頼ってくれていい」
真っ直ぐフーを見つめて、私は言う。
「……それに、フーは自分に自信が無いっていったけど、フーは自分が思ってるよりもすごい奴だと思うよ。だから、フーはもっと自分に自信を持てばいいんだよ」
「すごい? ぼくが?」
「ああ。フーは人と関わるのが苦手みたいだけど、曲がりなりにもちゃんと登校してる。それって嫌な事にも向き合える強さがあるって事なんじゃ無いの? その強さはみんなが持てるような強さじゃないと思うけど」
そして、そのまま保健室から出ようと、ドアを開けると、
「珍しくええことを言うやん」
「うんうん。私、ちょっと感動しちゃったにゃ」
そこには、フラムとネルがいた。
「えっと……なんでここに?」
私は頭をかきながら、二人に尋ねる。
「ウチらもフーちゃんが心配だったから、様子を見にきたんよ」
「そしたら、ちょうどフーちゃんがネージュちゃんに質問しだして。ネージュちゃんが答えてるのを邪魔するのもにゃんだから、フラムちゃんと二人でドア越しにきいてたんだにゃ」
なんだろう。急に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。柄にもないことをするんじゃなかった。
「しょんにゃ……そんにゃわけだから、フーちゃん。私たちはちゃんとフーちゃんのことをわかりたいと思ってるにゃ。だから、私たち相手に緊張するようにゃことは、何も無いからにゃ」
「……今、ど頭噛まなかった?」
私は照れ隠し混じりに、キメ顔のネルにつっこんだ。
「……噛んでにゃい」
「いや、噛んだでしょ」
「噛んでにゃいにゃ」
「いやいや、噛んだって。さすがネル」
「さすがって……」
そんなやり取りを見て、フラムが愉快そうに笑った。
「……ジブンら二人になら、フーちゃんを任せられそうやな。今度、補習あるんやろ? キバリや」
それだけ言うと、フラムは一足先に保健室から去っていった。
そうだ。補習……。
その話を聞いた時は、ネルやフーともう一度組むのは、あまり気が進まない部分もあった。
けれど、今は三人でちゃんとクリアしたいと思っている。
こんな簡単に心変わりするなんて、私はだいぶチョロい奴だったんだな……。
ほんのり苦い気持ちになったけれど、その苦みは案外悪くなかった。
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