#7 vsスペクター①

「何でフーが……」


「ほう。この中にお前の知り合いもいるのか」


 動揺した私を見て、スペクターが愉快そうに口元を歪める。


「せっかくだから、一つ教えてやろう。お前はこの屋敷の噂を知っているか?」


 不意にスペクターがそんなことを尋ねてきた。


「……うん。私の学院でも話している子がいたしね」


 私は構えを維持したまま、答えを返した。


 それを聞いたスペクターはこくこくと満足そうに頷いた。


「ほう。それは何より。その噂を流したのは我だ。変わりたいと思っているものを誘き出すためにな」


「なぜそんな事を?」


「我は人間に自らの分身を憑依させて端末にする力がある。だが、その為には面倒なことに我を受け入れてもらわなくてはならないのでな。変わりたいと願っている人間はうまく言いくるめてしまえば、簡単に我を受け入れてくれるのだよ」


 スペクターは楽しそうに喋り続ける。


「ここにいる者は、今の自分を変えたいという願望を持ち、噂に縋って我の屋敷にやってきたのだ。例えば、お前の知り合いらしいこの娘は、コミュ障な自分を変えたいと願っていた。コミュ障な自分を変えて、他人ともっと仲良くなりたいのだそうだ。もっとも、私の端末になったからにはそれは叶わぬがな」


 そろそろ、スペクターの不愉快な長話に付き合うのは限界だった。


 私は勢いよくスペクターに切りかかる。


 しかし、その攻撃は虚な目をしたフーの持つ杖に防がれてしまった。


 距離を取り直し、再び短剣を構える。


「人が話している時は大人しく聞いておくべきだと思うのだが……最近の若い者は礼儀がなっていないな」


 まあいいと、スペクターは不敵な笑みを浮かべて告げる。


「痺れを切らしたというなら、やり合おうではないか。もっとも――」


 お前とやり合うのは我では無いがな。


 その言葉を皮切りに、スペクターの端末となった者達――もちろん、フーやクラスメイトの子も含めて――が一斉に私に襲いかかってきた。


 この子達を相手に刃物を使うわけにはいかないよな。


 まず私は、正面にいた槍を持った少年の顔面を蹴りあげた。少年は派手に吹っ飛んだ。


「ごめん。私も命かかってるっぽいから、ちょっとの怪我は多めに見てね」


 通じているのかいないのか――おそらく後者だろうけど――分からないが一応謝っておく。


 それから相手の持ち物を奪う魔法で少年の槍を奪い、槍先をへし折った。


 これで槍はただの棒になった。これなら短剣を使うよりはいくらかましだろう。


 そこに、左右から剣を持った少女達が襲いかかってきた。


 私は片方の少女の懐に飛び込み、その勢いのまま棒を突き出す。


 少女は勢いよく突き飛ばされ、壁に激突した。


 そのまま、棒を横薙ぎにしてもう片方の少女にも棒を打ち込む。


「おらぁっ!」


 少女は剣を振りかぶったまま、吹っ飛ばされていった。


 勢いに乗った私は、棒を留まる事なく振り回し、次々にスペクターに操られた子を打ち倒していく。


「はぁっ!」


 棒を大きく振りかぶって、さっきまで追っていたクラスメイトの脳天に振り下ろす。棒が直撃した彼女は虚な目を回して、がっくりと崩れ落ちていった。


 スペクターに操られていた子は十数人いたけれど、それも残すところはあと一人。フーのみになっていた。


 私はフーを無力化すべく、懐に向かって飛び込む。


 フーが杖の先をこちらに向けてきた。


 ヒュンと、風を切る音と共に火球が飛んでくる。


 私はそれを辛うじて避ける……はずだった。


 その火球は私が回避行動を取ろうとした瞬間に大きく破裂した。


 その爆発の衝撃に、私の身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「かはっ!」


 身体中に走る痛みに耐えながら、どうにか立ち上がる。


「ただの火球と見せかけて、爆発魔法だなんて、やるじゃんか……」


 フーは次々に容赦なく魔法を打ち込んでくる。


 そんな様子を見たスペクターが愉快そうに煽ってきた。


「さっきまでの勢いはどうしたのだ? その娘一人に手も足も出ないようではないか」


「うるさい」


 フーの魔法から逃げることに集中しているため、スペクターの相手をまともにしている余裕は私には無かった。


「ここでひとつ、お前に悪い知らせを教えてやろう」


 そう言って、スペクターは指をパチンと鳴らす。すると、私が無力化していた子達が次々に起き上がった。


「我が端末は気を失おうとも、我の意思でいくらでも動かせるのだよ」

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