#5 家庭訪問
探索実習の翌日の昼休み。
ネルに強引に誘われ、私は教室で一緒に昼食を取っていた。
厳密には、いつの間にか弁当を落としたとかで、ネルは購買に買い物に出ているから、結局、今は一人だけれど。
フーは相変わらず教室に姿をみせていない。
「知ってる? 街の外れに古い屋敷があるでしょ? そこに大きな姿見鏡があるらしくて、夜にその鏡に向かってなりたい自分を言うと、次の日にその願いが叶うんだって」
「あんた、そういう話好きだよね」
近くの席のクラスメイト達がそんな話をしている。
私はそれをなんとなく聞き流しながら、弁当のおかずを口へ運ぶ。
「私も痩せたいってお願いしに行こうかな。最近、ちょっと太っちゃったし……」
「やめときなって。どうせただの噂なんだし。それにあんたは全然太ってないじゃん」
クラスメイト達が、太っただの太ってないだのを繰り返すだけの不毛なやり取りを始めたところで、ネルが戻ってきた。
「……フーちゃん、今日は学院にも来てにゃいらしいにゃ」
買ってきたばかりのはずなのに、なぜかちょっと潰れている菓子パンをはみながら、ネルがそう切り出した。
「もしかしたら、昨日の実習のことを気にして来にゃいのかも……っ⁉︎ み、水……」
と、突然、ネルがパンを喉に詰まらした。真面目な顔で何してるんだ、この子……。
「別にいつまでも気にすることはないのに」
水をネルに差し出してやりながら、私は言葉を返す。
渡した水を一気に飲み込み、ネルは大きく息を吐き出した。
「でも、実習が終わった後もかにゃりに気にしていたみたいだし、ちょっと気になるのにゃ。放課後、一緒にフーちゃんの家に様子を見に行くにゃ」
「いや……何もそこまでしなくてもいいでしょ」
必要以上に人と関りたくない私は、当然ネルの提案を否定したけれど――。
「私たちはもうしばらくパーティーの仲間にゃ。仲間のことはいくら気にしても、気にしすぎにゃんてことはにゃいのにゃ」
結局、ネルの押しに負けて、渋々、フーの家に行くことになったのだった。
フーの家は、学院から徒歩で二十分ほどのところにある木組みの一軒家だった。
街の中心部からやや離れた場所のせいか、着いた時には私たちの身体は少し汗ばんでいた。
ネルがトントンと、ドアを叩く。
「すいません。私たち、フーちゃんと同じパーティーの者にゃんですけど、フーちゃんのお見舞いに来ましたにゃ」
それから少し待つと、ゆっくりドアが開いた。
出てきた人物の顔を見て、私は絶句した。
そして、相手も同じように言葉を詰まらせていた。
フーの家から出てきたその人物は、私を学院兵団から追い出した張本人、フラム・デトニクスだった。
「……なんでフラムがここにいるの?」
「そんなん、ウチの家だからに決まっとるやん。フーちゃんはウチの妹や。フーちゃんの名字見て、気づかへんかったの?」
「フーの名字、知らなかったし……」
私の言葉に、フラムが呆れたように、鼻を鳴らす。
「相変わらず、他人にまったく興味がないんやね、ジブン。そんなやさかい、兵団をクビになんねん」
「誰のせいだと……」
思わず、私はフラムの襟を取る。
「何? ウチのせいって言いたいん?」
フラムも私の胸倉を掴んできた。
そんな一触即発の空気を感じ取ったようで、ネルが慌てて割って入ってくる。
「ちょっと待つにゃ。二人に因縁があるのはわかったけど、今日はケンカしにきたわけじゃにゃいでしょ! フーちゃんのお見舞いに来たのにゃ!」
ネルになだめられ、私たちはお互いに渋々相手の胸元から手を放した。
「……みっともないところを見して悪かったな、ネルちゃん」
そうフラムがネルに頭を下げる。
「いや、まあ……って、え? 私、名乗ったかにゃ?」
「フーちゃんのクラスメイトのことくらい知っとんで。もちろん、ネルちゃんのことも知っとる。心配やさかい、フーちゃんの身の回りのことは全部知っときたいんや。せやさかい、ネルちゃんの事も全て調べとる」
「それは流石に言い過ぎにゃ」
「いやいや。ちゃんと、調べられることは全て調べたで。例えば、ネルちゃんの自室のタンスの三段目には……」
「ああああああああああっ! オッケー! もういいにゃ! フラムちゃんが私たちの事を知ってるっていうのはよくわかったにゃ!」
ネルは慌ててフラムの口を塞ぐ。
……この慌てっぷり。ネルの部屋のタンスには、一体何が入っているのだろうか。
それにしても、フーの身の回りのことは全部知っておきたいというだけはある。
本当に全て調べているようだ。
……。
……ということは、だ。
「もしかして、私についても調べたの?」
「当然やろ。ジブンについては、あんまりおもろい情報はなかったけどな。どうせなら、弱みの一つでも見つかれば良かったんやけど」
「あいにく、人様に知られて恥ずかしいようなことはしてないもんでね。というか、あんた、兵団の任務は? クビになったの?」
「そんな訳あるか。フーちゃんが保健室にも行きたないなんて言い出して心配やさかい、休みをもうてんねん。実はフーちゃんは自分がヘタこいたせいで実習に失敗したって言うて、凹んで引きこもってしもてな」
「そんにゃ……。あの、フーちゃんに合わせてもらうことはできにゃいかにゃ?」
ネルが心配そうな顔で、フラムに尋ねる。
「うーん。今はちょっと無理。ウチも部屋に入れてくれへんし……。せやけど、こないなことはたまにあることやさけ、しばらくそっとしておけば、そのうち元気に保健室登校するはずや」
フラムはネルの質問に、微笑みながらそう答えた。
元気に保健室登校するっているのもなんだかおかしな話だけど、家族が心配ないというならきっと大丈夫なのだろう。
「そっとしておけば大丈夫っていうなら、私たちはフーが自分から来るのを待ってよう」
私の提案に、ネルは少し後ろ髪を引かれるようにしながらも同意した。
「今日は来てくれておおきにな、ネルちゃん。フーちゃんに代わって礼を言うわ……一応、ネージュにも」
頭を下げるフラムを背に、私たちはフー達の家を後にした。
――しかし、その翌日の朝。事件が起きた。
あふぅと欠伸して、私は自分の腕を枕のようにして机に伏せる。
いつも通り教室は賑やかで、身体にかなり響く。
「おはようにゃ」
登校してきたネルが声をかけてきた。私は顔だけ向けて挨拶を返す。
「ん、おはよう」
見れば、ネルも眠いようで大きな欠伸をしている。
「……ネルの欠伸をみたら、余計眠くなってきた。最近疲れも溜まってるし、悪いけど、私はちょっと寝る」
「寝るって……。あと五分でホームルームが始まるにゃ」
そこへ教室のドアが勢いよく開く音が響いた。思わず起き上がってドアの方に向くと、そこには、フラムが息を切らして立っていた。
「……やっぱり来てへん……。どこ行ったん……」
息も絶え絶えに呟くフラムに、ネルが声をかける。
「フラムちゃん⁉ こんなところに来てどうしたのにゃ?」
フラムは荒い息を整えると、
「実は朝起きたら、フーちゃんがいなくなってて……街中探し回ったんだけ見つからんくて……フーちゃんになんぞあったらどないしょう……」
不安げに目を潤ませた。
フラムにとって、フーはそれ程に大事な妹なのだろう。
あんまり面倒ごとには首を突っ込む気はないけれど、フーのことは少し心配だ。
一応、まだ同じパーティーな訳だし。
「……事情はわかった。私も探すの手伝ってあげる」
私の提案に、フラムが目を丸くした。
「は? 手伝うって、ジブンが?」
「他に誰がいるの?」
「ネージュがウチを助けてくれるなんて、隕石でも降ってきそうや」
「別にフラムの為じゃない。あくまでもフーの為だから」
「私も! 私も手伝うにゃ!」
ネルもフーの捜索に名乗りをあげる。
「……二人とも、恩に着るで」
そのまま、フーを探すべく、私たちは学院を抜け出した。
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