#2 実習の始まり

 クラスメイト達は、いつもの制服姿と違って個性豊かな装いだ。


 鎧を着ていたり、ローブを身につけ、杖を持っていたり。ぱっと見で各々が得意とすることがわかるような姿が少し羨ましい。


 私は、裁断した麻布を腰帯で縛っただけの簡素な服とデニム地のズボン。それから、皮のブーツ……。


 正直、街のそこら辺にいるような恰好だ。私の能力を一目で分かるものはあまりいないだろう。


 兵団を抜けて一週間。今日は出戻り後、初のダンジョン探索実習をすることになっている。


 集合場所の学院敷地内にある古びた塔の前で、ぼんやりと実習の開始を待っていると、


「今日は探索実習って言ってたけど、どんにゃ事をするのかにゃ?」


 ふと、横から声をかけられた。振り向くと、そこには金髪のボブカットに猫耳を生やした一人の女子生徒。


 先端に猫の肉球があしらわれたロッドを持ち、白いローブを身に纏っている。

 動物の耳と尻尾があるのが特徴の人間・ケモミミの少女、ト・ネル・ヴァイだ。


「さあ? まあ、普通にこの塔の中を探索する実習なんじゃない?」


 私は答えになっているようでなっていない答えを、ネルに返す。


 ネルはクラスの学級委員長を務めているからか、どうも世話好きというかおせっかいというか……そんな感じだ。


 学院兵団で問題を起してクラスに戻って来たうえ、私自身周りと親しくしようと意思がないため、クラスで孤立している私に度々声をかけてくるのだ。


「みんな、揃ってるー?」


 と、そこへターニャがやって来た。小脇にバタバタと抵抗するように動く黒い塊を抱えている。


 というか、このクラスの実習担当はターニャじゃなかったはずだけど……。


「えー、諸事情で今日の実習は私が担当するよー」


 塊を脇に抱えたまま、ターニャが授業の説明を始める。それによると――。


 実習塔の頂上にはこの学院の創立者の像が祀られている。


 ターニャがその像の前にあらかじめ置いた魔石を回収してくることが課題だそうだ。


「それから、塔の中には魔物も出てくるから。この学院のみんなにとっては大したことない相手だけど、くれぐれも気を抜かないようにねー」


「先生……保健室で休んでいる生徒を……無理やり連れ出すなんて……横暴だ……早く保健室に返してくれないと……この場所は虹色のキラキラで染まることになるぞ……?」


 ターニャが説明を終えたところで、抱えられたままの黒い塊がそう脅迫した。


 その正体は、ローブを纏った少女だった。セミロングの茶髪、前髪で目元を隠した髪型が特徴的だ。樫の木で出来た杖を手にしている。


 彼女はフー。


 ネルに聞いた話では、気を許した人間以外の視線を長時間浴びると気分が悪くなってしまう程、対人関係に難があるため、基本的に保健室登校している生徒らしい。


 私がフーの姿を直接目にするのは、初めての事だった。


「ダメー。オマエはまだまともにクラスメイトと一緒に授業受けたことないらしいじゃん。しかも、オマエは最近、保健室で小説とか漫画読み始めたって報告もきているからねー? 普段の先生は気にしていないようだけど、ワタシが担当する以上はちゃんと受けてもらうからねー……もし、途中で逃げたりしたら、必ず見つけ出して背骨へし折るからー」


 目を見開いたターニャに逆に脅迫され、フーは観念したように項垂れる。


 実習を攻略するパーティーは、くじ引きで決めた三人で組むとのことで、私はネルとフーの二人と一緒になった。


 ネルは簡単な回復魔法や防御魔法、浄化魔法が使用でき、フーは様々な属性の攻撃魔法が使えるようだ。特に爆発を起こす魔法が得意らしい。


 まあ、別に二人が何を出来ようと、私には正直どうでもいい。こんな実習、私なら一人でもできるだろうし。


「はい。みんなパーティーを組んだね。じゃあ、各パーティーから代表で一人こっちに来て。くじを引いてもらうから。そのくじに書いてある数字の順番に、一パーティーずつ塔の中に入ってもらうよ」


 私たちのパーティーの代表はネルだ。クラスの委員長をやっているから代表慣れしてるだろうという、そんな雑な理由だった。ネルは満更でも無いようだけど。


「じゃあ、引いてくるにゃ。せっかくだしどうせにゃら、にゃるべく早い順番を引きたいにゃ」


 そう言ってネルが引いたくじの結果、私たちのパーティーが塔に入る順番は最後だった。


 少し凹んでいるネルの頭を撫でながら、ふと気づく。


 いつの間にか、フーの姿が見えなくなっていた。


 逃げたら背骨をへし折るとターニャに言われていたけど……。


 周囲を少し探してみる。


「ああ……ぼくなんかが誰かとパーティー組むなんて……。緊張して吐きそう……」


 フーは、物陰に隠れてうずくまっていた。


「大丈夫? どうしても無理なら先生に頼んでみるけど?」


 あまりにも気分が悪そうなので、私はそう声をかけてみる。


 それに、一緒に組む人数が減るなら、こちらとしてもやりやすくなるし。


「……ああ、いや……大丈夫だ……。そんなことしたら、本当に先生に背骨を折られそうだし……。あの先生には、やると言ったらやる……『スゴ味』がある……。こんなので申し訳ないけど、その……よ、よろしく……」


 と、そうこうしているうちに。


「じゃあ、そろそろネルのパーティーも行ってー。あ、これ、この塔の地図ね。くれぐれも地図に描いてあるルートを進んでよ。危ないから」


 ターニャから、出発の指示と共に、塔の地図が渡された。


 ネルはそれを受け取ると、その場を仕切るように。


「よーし、じゃあ、早速、私たちも塔の中に……にゃっ!」


 と、そこにどこからともなく、ボロボロの紙が飛んできて、キメ顔で話しているネルの顔面に覆いかぶさった。


 ネルはだいぶ残念な子なのかもしれない。


 この二人と組むのが、急に不安になってきた。面倒なことになる前に出来る限りフォローして、さっさと実習を終わらせてしまおう。


 そんなことを考えつつ、塔に入ろうとした時だった。


「あ、そうだ。ネージュ」


 と、ターニャが呼び止めてきた。


「何……何ですか?」


「今回の実習、オマエはなるべく何もしないでねー。あの二人が危ないと判断した場合にだけ動くようにー。じゃないと、あの子たちのためにならないからー」


「は? そんな面倒な……」


「いいねー? もし、必要以上に干渉したら、全身の骨の半分を折るからー」


 ターニャが目を見開き、視線で圧をかけてきた。この顔をしている時のターニャに逆らうととんでもないことになるのは、私も知っている。


 フーが察していたように、ターニャはやると言ったら本当にやる奴なのだ。


 だから、私は大人しく――。


「わかった……わかりました」


 そう返事するしかなかった。


「実習中の生徒たちの様子は魔法でチェックしているからー。それを忘れないようにねー」


 ターニャの念押しを背に、私はネルとフーが待つ塔へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る