学院兵団を追い出されて

風使いオリリン@風折リンゼ

#1 プロローグ

「……は?」


 街のスラム。そこに住まう者達もほとんど近づくものはいない裏路地にあるボロ小屋の中。


 男は目を見開いて、どさりとその場に倒れた。


 額に私――ネージュ・アクシズ――が投げた二本のダガーが深々と刺さったからだ。男はピクリとも動かない。死体がまた一つ増えた。周囲には男の仲間のモノも転がっている。


 男達に捕らわれていた少女がへなへなと腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。


 私の仲間の一人――フラム・デトニクス――がその少女の元に駆け寄って無事を確かめる。私も遠目から確認する。見たところ、少女に目立った怪我はなさそうだ。


「ネージュ……武器を放りと言われて、敵に投げる奴がどこにおん? 逆上されて人質や他の仲間の身になんぞあったらどないするつもりやったん?」


 フラムがわなわなと震える低い声を私に向ける。


「だって絶対に仕留める自信があったし」


 言葉を返しながら、私は男の額に刺さったダガーを勢いよく引き抜いた。死体から血が吹き上がり、二輪の大きな赤い花が咲く。


 私は誰よりも強くなるために、死ぬような思いをしながら鍛錬を重ねてきたのだ。人質を取った程度で油断している相手なんて、いまやダガー投げの一撃だけでカタをつけられる。


「だいたいさ、敵の要求通りに武器を捨てて、その先はどうするつもりだったの? 何も手を出せずに敵を逃して、人質も救えずにクエスト失敗で終わりにするつもりだったわけ?」


「そんな訳あれへんやろ! 大人しく武器を放ったのは相手を油断させる為。隙をついて魔法で仕留めるつもりやった!」


「だったら別にいいっしょ。結果は同じなんだから」


 乾いた音が小屋の中に響いた。


 思いっきり引っ叩かれ、首の角度が九十度程回転した。頬がじんじんとする。


「ウチは周りのことも考えたってやと言うとるちゅうワケ! だいたい、ジブンはいつもそないして勝手なことばかり!」


 言いながら、フラムが私の胸ぐらをとる。真っ赤な髪と鋭い目つき、そして荒い言葉遣いということもあり、なかなかの迫力だ。


 フラムは、怒りそのままに目尻を険しく吊り上げながら告げた。


「もう限界や。ネージュ、ジブンとは一緒にクエストはできへん。先生にジブンの除籍案を出させてもらうわ。覚悟の準備をしといたってや」


 ……なんてことがあった翌日。ソムニア魔導学院。


 街の中心部に位置する、国内随一の名門校。


 この学院には、成績優秀な生徒のみが入団することが許される学院兵団というものが存在し、私とフラムはここに所属している。


 学院兵団は、通常の授業を免除される代わりに、一般の冒険者には達成が困難と思われるクエストや訳ありな依頼を国やギルドからの要請で対応する組織だ。


 そんな学院兵団顧問の執務室に、私は呼び出されていた。


「まずは、昨日のクエストご苦労様―」


 棒付きキャンディを舐めながら、どこか気だるさを感じさせる間延びした声で顧問は言った。


 ターニャ・バルディッシュ。


 ボサボサに乱れた長髪に、着崩した服。糸のように細い目とどことなく色素の薄い肌。いつ見てもおおよそ名門校のエリートを束ねる教師には見えない出立ちだ。


「無事に達成できて良かったよー。これに懲りてあの子も夜遊びを控えるといいねー」


 昨日のクエストは、攫われた財務大臣の娘の奪還と犯行グループの殲滅だった。


 大臣の娘がこっそり夜遊びしていた上に捕まって身代金を要求された。そんな事が世に広まれば、面子に傷が付くとかいう理由で、大臣直々に私達学院兵団に秘密裏に対処するようにと依頼が来たのだ。


「……前置きはいいから……いいです。フラムから私の兵団除籍案が出たんでしょ……ですよね? だから、私をここに呼び出した……んですよね?」


「相変わらず敬語がぎこちないけど、使おうとしている姿勢は評価してあげるよー」


 ターニャはうんうんと頷いた後、口に咥えていたキャンディをバリバリと噛み砕く。


 残った棒をゴミ箱へと投げ捨てると、書類やら何やらが散乱した汚い机の上から、一枚の紙を取り出して私に提示してきた。


「オマエのいう通り、フラムからオマエを兵団より除籍するべきとの案が出たんだー。そこにはなんか長々と書いてあるけど、要約すると、ネージュはクエストの度に勝手なことばかりする。勝手な行動が原因で、他の団員の命が脅かされる可能性もある。統率を乱す奴は除籍にするべきだ……って、内容だねー。この事について、オマエの主張も聞かせてもらおうかなー」


 懐から取り出した二本目の棒付きキャンディを口に咥えながら、ターニャが言った。


「色々と納得いか……いきません。勝手だろうとなんだろうと、優先するべきはクエストの達成のはず……です。それに私がさっさとクエストを終わらせれば、他の団員が危険な事をする必要もなくなる。命を脅かすどころか、守ってるつもりなんだけど、こっちは」


「なるほどー。良かれと思ってやってる訳かー。まあ、私はオマエの実力なら一人でさっさとクエストを終わらせる事もできるのはわかってるし、実際、オマエが参加したクエストは負傷者が少ない。けれど、その成果が仲間たちに伝わらず、身勝手な奴だと思われてしまう。なぜだろうねー」


「さあね、検討もつかない」


「もう完全に敬語が外れてるねー。まあ、そっちの方がオマエらしいけどー」


 ターニャは再びキャンディを噛み砕いて言い放つ。


「オマエはさ、他の団員達とのコミュニケーションがまったく足りてないんだよー。信頼関係が築けてないから勘違いされる」


「……だとしたら、私は一生勘違いされる事になるかな。私は必要以上に人に関わるつもりはないから」


 私は深く言い切った。


 必要以上に人と関わって、下手に親しくなりたくないのだ。


 近しい人間を失うなんて、そんなこと二度とごめんだ。


「じゃあ、どうする気―? オマエに変わる気が無いっていうなら、除籍案が出た以上、何かしらの対応をせざるを得なくなるんだけどー?」


「それは……」


 学院兵団に所属している者には、活動の実績に応じて学院から報酬金が出る。


 一人暮らしをしながら学院に通っている私にとって、学院兵団から出るお金は生活費を支える重要な収入源であった。それが無くなるのは結構キツい。


 けれど。


「……それでも構わない。処分は受ける」


 覚悟を決めてそう宣言した私に、ターニャは押し黙った。


 それから、少しの沈黙の後。


 ターニャは手元に残ったキャンディの棒の先をこちらに向けて告げた。


「それじゃあ、ネージュ。残念だけど、オマエを兵団から除籍することにするよー。今後は一般生徒と同じ授業に参加するようにねー」


「……わかった」


 こうして私は学院兵団から抜け、数か月ぶりに通常の授業に参加することになったのだった。

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