第4話 ドロシー&ジル

 誕生日まで残り十八日。

 俺とイヴァンは今、玄関近くの応接室の椅子に座り、今日この屋敷に来る予定の人物を待っている。

「本当に今日、来るのかな」

「陛下の手紙によるとその予定だが」

 俺達が子どもを望んだ翌日、イヴァンは王へその旨を伝え、返事はすぐに返ってきた。

 内容は、三年前に言っていた侍女をこちらに派遣させるというものだった。

 急な決定に驚くが、俺の誕生日までは残り三週間を切っている。

 善は急げということで早速女性に尋ねたところ、今の仕事を辞め、すぐにこちらの国に越してくるとのことだった。

 あまりの行動力に、どんな人物だろうと想像を膨らませていると、馬車の音が聞こえてきた。

 屋敷の前でバタンッと大きな音がし、走る足音が玄関へ向かって近づいてくる。

「おはようございます! 私、ドロシー・スバニフと申します!」

 応接室に居ても聞こえる大きな声に、俺達は顔を見合わせた。

 イヴァンが先に玄関へ行き、俺もそれに続く。

 扉を開けると三十代後半と思われる女性が立っていた。 髪は金髪でふんわりと上でまとめられ、ぱっと見は、ほんわかとした雰囲気だ。

「よく来てくれた。私が依頼したイヴァン・グライラだ。そして後ろにいるのが伴侶の」

「アサヒ・グライラです」

 大きなイヴァンに隠れていた俺が顔を覗かせると、ドロシーの目からブワッと涙が溢れた。

「ロ、ローシェ様……ッ」

 そう呟き肩を震わせている。俺はその様子に少し気まずい気持ちになった。

「あの、すみません。俺、ローシェじゃないんです」

 この屋敷にドロシーが来ると決まってからは、すぐに事情が説明され、彼女もそれを分かっているはずだ。

 しかし手紙の内容からも分かる程に、崇拝していたローシェが目の前にいるのだ。混乱しても仕方がない。

 自分の中身を見て、彼女がやる気をなくさないかと心配にもなった。

「失礼しました! あまりに懐かしいお顔に取り乱してしまいました。イヴァン様、アサヒ様、お会いできて光栄でございます」

 涙をさっと自前のハンカチで拭い、俺達に深々と礼をしたドロシーは、夫と思われる男性に荷下ろしをするように指示をする。

「えっと、なんだか凄い量だね」

「ああ。一体何が入ってるんだ」

 俺とイヴァンは、玄関に並べられた荷物を見て驚きを隠せなかった。

 大きな箱が沢山並び、どれがどんな用途で使われるものか検討もつかない。

「アサヒ様、こちらは全てアサヒ様のご出産の際に必要な物なのですが、どちらに運びましょう」

 ドロシーが指差したのは、荷物の三分の一を占めている。俺はそれを聞いて驚愕した。

 出産とは、ここまで大掛かりなものなのか……

 そして残りは俺への土産やプレゼントの数々。ドロシーの荷物のほとんどは俺の為に用意された物だった。

 彼女の荷物はトランク二つのみ。それを夫へ手渡すと、はきはきと夫に指示を出す。

「私達の荷物は、用意していただいたお部屋に運びますね。ほら、あなた! さっさと運びましょ!」

「ああ」

 彼女の急かすような声に、夫である男は嫌な顔ひとつせず返事をした。

「運んだらすぐに皆様にお土産をお渡ししないと!」

 大きな声で言いながら部屋へ向かうドロシー。

「凄く、元気な人だね」

「……ああ、頼もしい女性だ」

 その後ろ姿を見ながら、俺とイヴァンは短く彼女の第一印象を述べた。


「アサヒ様、こちらで全て運び終わりました」

 ナラや他の従者達も手伝ってくれたおかげで、全てを片付けることができた。

 あとは俺への贈り物のみになり、それを一先ず応接室へ運んだところで、ソファに腰掛ける。

「皆様にお茶を準備いたします」

「ありがとう。疲れてるだろうに、ごめんね」

「お気遣いありがとうございます」

 ナラは昨年、婚約者と結婚した。そして、礼をして去っていく彼の指には、シルバーの指輪が光っている。

 この世界には、結婚の際に指輪の交換をする文化はないが、俺とイヴァンがしている姿を見て、ぜひ婚約者に贈りたいのだと相談してきた。

 プロポーズの準備をするナラの姿が自分と重なり、俺は先輩風を吹かせて色んなアドバイスをしたのだ。


「失礼いたします」

 用意された部屋から帰ってきたドロシーと、その夫が応接室に入ってきた。

「皆様、お手伝いいただきありがとうございます」

「お疲れ様です。長旅でお疲れでしょう。こちらに掛けられて下さい」

 俺が椅子に手を向けると、ドロシーが感動したように礼をした。

「アサヒ様、お優しい所がそっくりで……すみません」

 泣きそうになるのを堪えているみたいだ。

「姿は全く彼と一緒ですからね。不思議な感じがするでしょう」

 どう反応すればいいのか分からず困っていると、イヴァンがドロシー達に声を掛けた。

「アサヒに沢山の贈り物をありがとう。ぜひ全てに目を通したいが、まずは自己紹介からだ」

 俺とイヴァン、そしてドロシーとその夫ジルは、ソファに腰掛け、お互いについて話をした。

 二人は、北にある小さな国の王家で働いており、ドロシーはローシェ付きの侍女、ジルは王の従者としてお世話をしていた。

 ローシェが行方不明になり、亡くなったとの報告を受けた後、一族はディルの父の手によって王族ではいられなくなった。

 しかし、それでも見た目が美しいという理由から、一族は貴族として華やかな生活を送っているらしい。

 ドロシーとジルも引き続き彼らの身の回りの世話を仕事としていた。

「離れた国の王がローシェ様について極秘で調べていることを偶然知って、私はローシェ様が生きているのでは……と考えるようになりました」

 そして、受け取った手紙には『いつか我が国に呼ぶことがあるかもしれない』と書かれており、ドロシーは次こそはローシェを守り抜くと決めたのだと話す。

 そして三年が経ち、ついに先日王からの連絡を受け、すぐに仕事を辞めた。

 そこからは荷物をまとめて、一度この国の王都に向かい、王との面会を通じてこの国の国民になった。

 その場で俺についての説明を聞き、最初は驚きを隠せなかったが、器となり新たな人生を生きているローシェに、嬉しい気持ちが溢れたという。

「ずっとこの日を夢見ていました。アサヒ様に一生を捧げる気持ちです」

 熱い視線を送られ、俺は「ありがとうございます」とありきたりな返事しかできなかった。

 それからは仕事の話に変わり、イヴァンが説明を始めた。

 この屋敷には使用人用の別棟があり、ドロシーとジルはそこに住むことになった。

 国からの支援はここまでとなり、あとはグライラ家から給金が出る。ジルは従者として働くが、仕事を手伝えるようであればイヴァン達の父の手伝いを、そしてドロシーは基本は屋敷の侍女として働き、俺が無事妊娠すれば、出産と子育てを手伝うこととなった。

「今は不在だが、同じく領主である兄の子ども達とアサヒに、北の国の知識を与えてやってほしい」

 町を跨いだだけでもその文化や風習は異なる。イヴァンは子ども達にできるだけ広い知識を与えてやりたいと考えていた。

 今回の件は、他国について知る良い機会になるだろうと、イヴァンも楽しみにしていたらしい。

 ドロシーとジルは、その言葉に力強く頷いた。


「はぁ~、今日はバタバタしたね」

「疲れたか?」

「ちょっとだけ」

 そう答えた俺は、枕に顔をうずめる。

「明日も大変だな。今の時期仕事は忙しくないから、空いた時間は弟達とドロシーの授業を受けるといい」

 イヴァンはそう言って、枕に埋まったまま顔を上げない俺の後頭部を撫でた。

 ローシェの事は、ディルに連れ去られた時の出来事で少し知ってはいるが、北の国に関してはあまり知識が無い。

 この身体である以上、彼の育った国や彼自身について、もっと知っておきたかった。そして、それが少しでもローシェへの感謝に繋がると考えている。

「ありがとう」

「習ったことは俺にも教えてくれ。そろそろ寝るか」

 イヴァンは枕から顔を出して礼を言う俺に笑いかけると、明かりを消した。

 真っ暗な中、イヴァンが俺を抱きしめて眠る為にモゾモゾと動いている……と思っていたが、その手は寝間着であるシャツの中に差し込まれる。

「イヴァン、服の中に手が入っちゃってるけど」

「俺はただ抱きしめたいだけなんだが、おかしいな」

 そう言って俺のズボンに手を差し込む。

 その声はとても楽しそうで、イヴァンが今日は楽しみながらセックスをしたいのだと分かった。

「イヴァン。もう、俺が動くから変なことしないで」

 呆れた声を出してイヴァンの手を掴む。そして差し込んでいた寝間着から引き抜くと、ズボン越しにイヴァンの柔らかい股間に手を添えた。

 イヴァンがビクッと身体を揺らす。

「アサヒ……それは」

「ん? 間違えてないけど」

 俺が笑って言うと、イヴァンが枕元の明かりを付ける。 そしてにやにやとした顔を隠さずに、俺を自分の上に跨らせた。

「今日はアサヒがやる気みたいだから、いろいろお願いしようか」

 その言葉にまんざらでもない俺は、目の前のシャツを脱がせていく。

 今日こそは、余裕を無くさせてやる。

「俺が全部するから、イヴァンは絶対動くなよ」

「はは、分かった」

 楽し気なイヴァンに、覚悟しろよと挑発した。


「アサヒ。おい、アサヒ」

 遠くで声がする。俺はその声に「眠い」と一言漏らすと、またスッと意識が遠のいた。

 しかし、口に柔らかい何かが触れ、ぬるっとしたモノが舌の上を擦っていく感覚にゾクッとして目を開ける。

「起きたか」

「んむッ……イヴァン!」

 俺は目の前の伴侶に声を上げる。

「この起こし方は止めてって言ったじゃん!」

「だが、これだとすぐに起きる」

 ケラケラ笑っているイヴァンを睨むが、全く効果がない。

 俺の背中を起こして、よしよしと子どもにするように撫でてくる手を掴むと、どうしたのかと尋ねた。

「もう朝食の時間を過ぎている」

「えっ、嘘!」

 時計を見て急いで飛び上がる俺を見てイヴァンが笑う。

「昨日は頑張ったからな」

 昨晩は、俺がきまぐれにイヴァンの冗談に乗ったせいで酷い目にあった。

「いろいろお願いする」と言った通り、俺に注文ばかりして自分は動かなかったイヴァン。

 いつもはしつこいくらいに俺ばかりを気持ちよくしようとするくせに、絶対動くなと最初に言った俺の言葉を忠実に守っていた。

 途中から我慢できなくなった俺が、どんなに動いてと頼んでも、腰一つ動かさなかったイヴァンは、俺がもどかしさに涙を流すまで、本当に何もしてこなかった。

「昨日のこと、許さないからな」

「俺はアサヒの言うことを聞いただけだ。我慢したから、最後は良かっただろ?」

 俺は頭がボンッとなりそうなくらい赤くなる。

 昨日の俺は、まさに痴態を晒したと言って間違いない。泣きながら「お願い」と言って快感を求める姿は、さぞ浅ましかっただろう。

 もう、あんなセックスはご免だ……

「早く行かないとアルダリに怒られるぞ」

 上機嫌で手を差し伸べるイヴァン。俺は顔を赤くしたまま、しぶしぶその手を取った。

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