第5話 妊娠講座

 ドロシー達が屋敷に来て十三日が過ぎた。あと五日で、俺は二十三歳になる。

「美味しい! これ、毎日でも食べたいわ!」

「お口に合って良かったです」

 今、休憩にとやってきた庭では、茶菓子を広げた小さいパーティが開かれていた。

 ドロシーが北の国から持ってきたお菓子とお茶が綺麗にテーブルに並べられている。

 あれからバタバタと毎日が過ぎていき、ドロシー達もこの屋敷にだいぶ慣れてきたようだ。

 二人とも王家で働いていただけあって、仕事面においてかなり優秀だ。

 試しにジルに父の事務仕事の手伝いを頼んだところ、間違いもなく覚えも早いとのことで、これからはこちらがメインの仕事になりそうだ。

 家族皆がドロシー達を受け入れ、友好的に過ごしていた。

「アサヒ早く! 私が全部食べちゃうわよ!」

「ルーサ、弟達にも残しといてよ」

 俺は焦って近寄る。

 今日は昼からルーサと共に仕事をする予定になっており、その前に庭でお茶を飲もうと誘われていた。

 弟達も授業が終わり次第、庭へやってくる。

 ドロシー達の土産はとにかく多く、菓子や保存の効く食材、さらには見たことのない布で織られた服など様々だ。

 服はともかく、食べ物に関してはさすがに俺一人では食べきれるはずがなく、家族全員で頂くことにした。

 そして、もう一つの荷物である俺の出産道具については、先日、グライラ家の大人のみを集め説明がされた。

 一番大事なのは保育器。小さいバスタブのようなものに密閉できるような蓋と管が付いている。

「アサヒ様がもし妊娠された場合、約五か月で御子様がお生まれになります」

 俺を含め全員が驚く。しかし驚くのはこれからだ。

 この身体は男であり、出産はかなり特殊な方法で行われるという。

 まずは子どもを身籠った際、女性が感じる比ではない悪阻が襲ってくるという。それは長くて三か月程続き、それが終わると安定してくるらしい。

 順調にいけば五か月で出産するのだが、その際、俺が受精し子を育てる仮腹から、羊膜もろとも一緒に出てくる。

 その膜の中には栄養がたっぷりと詰まっているため、赤ん坊は膜に包まれた状態で保育器に入るのだ。

 それから、赤ん坊は保育器で過ごすのだが、途中で養分が足りないと判断した場合、注射器のようなものから液内に栄養液を打つ。そして妊娠から九か月で膜から出てくるのだ。

 その後は、保育器に入り残りの一か月程を過ごす。

「御子様を出産なされた後、アサヒ様の身体も変化いたします」

 子どもを出産して四か月後、ちょうど膜から出てくる頃には俺の胸から女性同様に乳が出るため、免疫を付ける為にもそれを飲ませる必要がある。

 そして、保育器から出れば、その後は女性から生まれてきた赤ん坊と同じく育てて良いとのことだった。

 ドロシーの流れるような説明が終わり、皆ポカンとした顔をしている。

「また詳しくご説明しますので、今はざっくりとした知識で大丈夫です」

 そして、そのまま「あれは悪阻を軽減するお薬で」「これは出産の際、膜を傷つけないようにカバーするもので」と説明をされたが、最初に聞いた出産の話があまりに衝撃的で、俺は特殊な形の保育器を、ボーッと眺めていた。


「「あさひ~!」」

 俺が出産についての説明を改めて思い返していると、庭の向こうから双子の可愛い声が聞こえた。

「あしゃひ」と呼んでいたころが懐かしい。

 すっかり滑舌良く喋れるようになったララとリリだが、相変わらず俺によく懐いている。

 ぶつかりそうな勢いで走ってきた双子を抱くと、ぴっとりとくっついてくる。

「あさひ大好き」

「リリも好きだよ」

 ああ、可愛すぎて泣けてくる。

 ただでさえ癒される空間に顔が緩んでいると、コタロウが上の弟達と現れた。

 成長したコタロウは、小さい犬種なのか小型犬くらいの大きさで成長が止まっている。茶色いふわふわも健在だ。

 俺を見つけると一目散に駆け寄ってきた。

 尻尾を振って撫でてと上を向く姿はとても愛らしい。そしてそんなコタロウを小さい手で撫でるララとリリ。

 可愛いの大渋滞に、俺はそれに自分の子どもが加わったらどうなってしまうんだ……! と勝手に心配になった。


「アサヒ、あと五日で誕生日だな」

「うん!」

 寝る前、今日は仕事で別々だったイヴァンと話をする。お互いどうしていたか、何を食べたか……仕事抜きの他愛もない話が心地良い。

「北の国のお菓子、どれもすっごく美味しかったんだよ。ルーサなんて全部食べそうな勢いだったよ!」

「そうなのか? 明日、町から帰った後に頂こう」

 明日は一日中イヴァンと仕事をする予定だ。

 この町で行われる祭の準備で、警備の手配の為に視察を行うのだという。

 イヴァンと結婚してから、仕事にも余裕ができてきた俺は、身体を動かしたくて屋敷の空いた部屋で一人ドリブルをしていた。

 それを上の弟達に見られた俺は、二人にそれを教えた。

 その話をイヴァンにした時、バスケを祭の広場でしてみようかと提案された。

 弟達は基本的な動きは出来るようになっている。学校の友達に何人か声を掛けて、皆の前で披露しようということになった。

 そうなると先生は俺になるわけで、俺は週末になると子ども達をこの屋敷に呼び、バスケを教えていた。

「祭は二か月先だし、俺はバスケに参加できないかもね」

 俺はもし自分が妊娠した際には、コーチとして見守ることとなる。

「そうだな。今のうちに子ども達を鍛えてやってくれ」

 イヴァンは優しく俺の頭を撫でた。


「アサヒさん、今日もよろしくお願いします」

 今日は、上の弟二人と同じ学校に通っているという四人の生徒にバスケを教える日だ。

 二人の友達とあって皆良い子である。

 毎回嬉しそうにバスケを習いに来る子ども達が可愛くて、俺はこの時間を毎回楽しみにしていた。

 この子達は、学校の友人達にここで習ったことを教えているらしく、皆祭の広場でバスケをするのを楽しみにしているという。

「少し休もうか。水分をしっかり取ってね」

 一時間半程の練習をし、少し休憩することにする。

 皆はまだ体力が有り余っているのか続けたそうにしているが、適度な休憩はスポーツの基本だと教えると、素直に返事をしていた。

「お、休憩中か?」

 俺がナラとドロシーに用意してもらった水を飲んで休んでいると、イヴァンが後ろからやってきて声を掛けてきた。近くまで歩いてくると、座っている俺を上から覗き込む。

「そうだよ。イヴァンも休憩?」

「俺は今帰ってきたところだ」

 話をしている俺達に気付いた子ども達がイヴァンに挨拶をする。

 礼儀正しい彼らになぜか俺は誇らしい気持ちになった。

 それからイヴァンは隣に座り、祭の準備について話す。

「床は板張りにするよう頼んでおいた」

「ありがとう! ゴールはどんな感じ?」

「アサヒが言った通りの試作品がもうすぐ届く」

「わ~、楽しみ!」

 俺は本格的にバスケが出来るのだと、試作品が届くのを待ち遠しく思った。


 それからすぐに日々が過ぎ、明日はいよいよ俺の誕生日となった。

 今日は大事をとって仕事の予定を入れていない。

 ここに来たばかりの時は、上の弟達と家庭教師の授業に参加していたが、今は二人とも学校に通っている。

 イヴァンは彼の父とルーサを連れて家を空けており、双子達もアルダリとシータと出掛けている。

 俺は久しぶりに、家族が誰もいない屋敷で一日を過ごすことになった。

 家事でも手伝おうかとぼんやり考えていると、扉が叩かれドロシーが入ってくる。

「アサヒ様、お目覚めでしたか」

 水やお茶を乗せたカートを手に、部屋へ入ってきたドロシーが、俺の希望に沿って温かいお茶を入れる。

 先週、俺とイヴァンはドロシーから妊娠する為の手順を教えてもらった。

 二回男の出産に立ち会ったという彼女は、緊張する俺に、「任せて下さい」と心強い言葉をくれた。

 しかしドロシー先生による妊娠座学は、またしても俺とイヴァンに衝撃を与えた。

 まず、閉じている穴を開く為に俺の身体に十分な快感を与える必要がある。そうすることによって身体が『今から子作りをする』と分かるのだという。

 その部分に関しては……まぁ、問題は無いだろう。

 そして、穴の入り口を解す必要があるのだが、指では届かない場所にある為、性器で解すか道具を使う。その道具を一応用意してきたというドロシーが、それを机の上に置いた。

「ひっ……!」

「これを穴に入れるのか?」

 初めて形の道具に、俺は恥ずかしいのと驚きで声を出したが、イヴァンは真剣な顔で質問をしている。

 それは柔らかい素材で作られており、先が曲がって細くなっている。

「はい。いきなり性器を挿入するとなると、痛みがあるかと。ですので、この道具を寝室に必ず置いて下さい」

 そして無事、穴での射精が完了したら、できるだけ長く入れたままにしておくというのだ。

「え、それってどのくらいですか?」

「できれば朝まで。しかし二、三時間でも妊娠する可能性はあります」

 朝までイヴァンのモノを入れて過ごすなど未知すぎる。 我が子を得るためだと無理やり覚悟を決めた俺だったが、ドロシーの次の言葉にまた決意が揺らぐ。

「できるだけ複数回射精なさってください。最低でも五、六回。多ければ多いほど良いです」

 俺、気絶するんじゃないか……?

 今から誕生日の夜が恐ろしいと震える俺だったが、横から「そこは大丈夫だ」と声がし、バッと自分のパートナーに目線を向けた。


「アサヒ様、お茶が入りました」

「ありがとうございます」

 いろいろと考えていると、ドロシーが俺に飲み物を差し出した。ベッドに座ったままでは行儀が悪いと立ち上がろうとするが、ドロシーがたまには良いと言って笑うので、そのままカップを受け取る。

「私、アサヒ様にお仕えすることができて幸せです」

「ドロシーさん……どうしたんですか?」

 俺はドロシーを横の椅子に掛けるよう言い、話をしようと彼女の方を向いた。

 以前、かしこまった話し方をしないで下さいと言われたが、俺は今もドロシーに敬語を使っている。

 それは俺の身体であるローシェをずっと守ってきてくれたこと、そして亡くなってからも想い続けてくれたことに敬意と感謝を感じているからだ。

 俺の姿を見て泣いた彼女を見た時、ありがとうと思わずにはいられなかった。

「アサヒ様はお優しくて、可愛らしくて、一生懸命で、本当にローシェ様のようです」

 ローシェの記憶の中を見た時のことを思い出す。

 彼は上品で、おっとりとしていて、でも決断できる強さもあって、とても俺に似ているとは思えない。

 俺は今も、決めるのが得意ではないから……

「アサヒ様はアサヒ様ですのに、すみません」

 困って返事ができない俺に、ドロシーは眉を下げた。

「いえ、俺は似ていると言われてむしろ嬉しいです。彼はとても、強い人だから」

「私から見れば、お二人はそっくりです。ただ一つ違うといえば、ローシェ様は愛することを知らずに天へ向かわれたこと」

「あの、俺の世界には『輪廻転生』って言葉があるんですが……」

 俺はその言葉の意味を説明した。あの世に還った魂は、この世に何度も生まれ変わってくる。俺はローシェの魂は決して亡くなってはおらず、またこちらに帰ってくると信じている。

「もしかしたら、もう生まれ変わって幸せに暮らしてるかもしれませんよ」

「そ、そうですね。きっとそうです! ローシェ様は素晴らしい方ですから、きっと誰よりも早くこちらに帰ってくるはずです」

 あの方は贔屓されて当然だと言い切るドロシーがおかしくて、俺はプッと笑いを零した。

 それを見たドロシーが目を細める。

「アサヒ様の笑顔が大好きです。これからも……いっぱい笑っているお顔を見せてください」

 記憶の中で見たローシェはいつも感情を出さずに過ごしていた。困ったように微笑むことはあっても、心からの笑顔は無かったように思う。

 それがあちらの世界にいた時の俺に重なっていた。

「はい」

 ローシェと、あちらの世界にいた時の自分の分まで、沢山笑って過ごしていこうと、俺は明るい声で返事をした。

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