-第5章- 小さな命と絆

第1話 子供

 この世界に来てから、五年の時が経った。

 来月、俺はこの世界で六回目の誕生日を迎える。

 自身の誕生日の一か月前、この世界へ来てローシェの身体に入った俺は、森で生きる毎日に必死で、自分の生まれた日の存在をすっかり忘れていた。

 二回目はしっかりと覚えていたが、特に祝う気も無く森で静かに過ごした。

 そして二十歳となる三回目は、俺にとって忘れられない誕生日になった……いろんな意味で。

 あの日のプロポーズを思い出すと今でも顔が赤くなるが、イヴァンにとっては感動的だったらしく、四回目も五回目の誕生日の時も、嬉しそうな顔でその時の事を話していた。

 そして俺は二十三歳となる誕生日を来月に控え、今年もイヴァンから恒例の台詞を言われた。

「欲しいものを考えておくように」

 毎年のことであるが、俺がイヴァンに希望を伝えたことはない。

 そもそも毎日が幸せで満たされており、欲しいものなんて見当たらない。

 結局悩んでいるうちに誕生日が来てしまい、イヴァンが選んだものを貰っていた。

 いつも「高い物を買わないで」とだけは言うけれど、イヴァンはその言葉に耳を貸さない。

 そして、誕生日と言えばもう一つ重要なことが……

 成人したすぐ後、俺に関する調査が終わったとのことで、俺とイヴァンは王から直々に報告を聞いた。

 調査によると、俺が誕生日にのみ妊娠するというのは本当らしく、その仕組みが俺達に伝えられた。

 誕生日前後にかけて俺の身体は妊娠できるよう変化するらしい。

 具体的に言うと、俺には後ろの穴から前立腺のある位置を超えた辺りに小さな穴があるという。

 それは誕生日以外は固く閉じられているが、生まれた日にはそこに性器を挿入することが可能になる。

 そして女性のように体内で受精することができるのだ。

 話を聞いた時、俺は自分の身体のことであるにも関わらず信じることができなかった。

 そして隣にいるイヴァンも驚いた顔を隠せずにいた。

 穴の中で作られた卵子は受精しなければ体外に排出されるという話を聞いた時、俺は長年気になっていた謎の正体を知ることができた。

 俺は一年に一回起こる謎の出血を密かに思い悩んでいた。

 突然、腹がキリキリ痛むと思いトイレに行くと鮮血の海。

 初めてそれを森で見た時には、この身体はとんでもない病を抱えているのでは? と数週間真剣に悩んだ。

 そしてそれ以来、毎回誕生日を過ぎてから訪れるその現象に、少し……いや、かなりの不安を抱えていた。

「もし子どもを望むなら、その時は教えてくれ」

 王はそう言うと、『手紙を送ってきた女性』の話をした。

 ローシェの家族には、彼は既に死んでいると伝えられている。

 今回の件は王直々の極秘調査ということで、うまく話を聞きだすことができた。

 しかし、調査を始めてすぐにローシェの侍女だったという者から手紙が届いたという。

 その内容は、ローシェは生きているのではないかという推測。そして、生きているならば自分が一生を掛けてお世話したいと書かれてあった。

 特殊な身体であるため、もし出産をするならば知識のある自分がいなければ不可能だ、との言葉も綴られており、王はその侍女とのやりとりを通して信用して良い人物だと判断したと言う。

「もし子どもを望むのであれば、この女性を呼ぶべきだ」

 俺達はその言葉に賛同の意味を込めて頷いた。


 突然、王にあの時言われたことを思い出した。あれからもうすぐ三年が経とうとしている。

 毎年、イヴァンはまだ俺を独占したいからと言って、誕生日にはそういう行為をしない。

 俺はボーッとした顔で、上の弟達に護身術を教えているイヴァンを見る。

 弟達は、ついに先日俺の身長を抜いた。しかし、やはり背の高いイヴァンと並ぶとまだまだ子どもであり、俺はその様子を微笑ましい気持ちで見守る。

 すると、隣に座って同じく息子達を見ていたアルダリが話しかけてくる。

「アサヒ、もしかして子どもが欲しいのか?」

「え! 急に何⁈」

「顔に書いてある」

 そう言って笑うアルダリに、分からないと素直に答えた。

 今こうやって弟達と触れ合っている姿や、ララとリリを抱いているイヴァンを見ると、ほっこりした気持ちになる。そして、いいなぁ……とぼんやり思ってしまうのだ。

 しかし、実際に自分が親になれるのか、まず生むことができるのかどうかさえ分からない状態では、子どもが本当に欲しいのか分からずにいた。

 そして、一番の問題は俺の性別だ。もしも子どもを産んだ場合、世間はそれを受け入れないだろう。子どもは、間違いなく俺達二人から生まれたとして扱われない。

 それは生まれてきてくれた子の存在を否定する事になるのでは……?

 そのことが俺の胸にずっと引っかかっていた。


 その晩、寝ようと明かりを消す俺を後ろから抱きしめてきたイヴァンは、あれよあれよと寝間着を脱がしていく。そして明日から視察であるにも関わらず激しく俺を抱いた。

「アサヒ、何かあったのか?」

 少し疲れた俺は、うつ伏せの状態でイヴァンに背中の汗を拭かれていた。

「急にどうしたの?」

「昼間、元気が無かったように見えた」

 何年経っても俺の些細な変化に気付いてくれるイヴァンの優しさが嬉しい。

 ふんわりとした手つきで汗を拭うイヴァンを振り返る。

「新しい町がどんなとこかなって考えてた」

 今年から新しくグライラ家が治めることとなったその町は、ここから少し離れた港町だ。

「海が綺麗なところだからな。早く見せてやりたい」

 今回の視察期間は普段より長めに五日間も取ってある。

 初めての町で、やらなければならない仕事が多くあるのも確かだが、それ以上に海が好きな俺に楽しんでもらおうと計画してくれているのが分かり、イヴァンの愛を感じた。

 次の町について考えていると、昼間の悩みも薄れワクワクとしてきた俺は、生魚は食べれるかと笑顔で聞いた。

 その単語にイヴァンの顔が引きつる。

「あると思うが……俺は遠慮しておく」

「美味しいよ」

 イヴァンは、見た目から無理だと言って生魚を食わず嫌いでいた。

 あの味を知らないなんてもったいなさすぎる……!

 俺は、今回の旅で『一口は生魚を食べてもらおう』と目標を掲げた。

「絶対に食べないからな」

 俺の決意に気付いたイヴァンは、そう宣言すると、俺をジロッと睨んだ。


「わぁ~! 見て、海が透き通ってる」

「ここまで綺麗な海は久々だな」

 天気も良く、光が水面に反射してキラキラと輝いている。

 俺達は海沿いを通り町の中心部へ向かっていた。

 通りにあった冷たい菓子の屋台に寄り、それを食べながら歩く。

「あ、やっぱり! チョコの味がする」

「チョコと言うのか? 上にかかってるのは輸入品みたいだな」

 俺の買ったアイスには、茶色いソースがかかっていた。 ソレを注文した時イヴァンは、また変なものを……と言いたげな視線を向けてきた。

 どろっとした茶色がなんとも気持ち悪いといった表情だ。

「食べてみる?」

「む、しかし……」

 見た目から味の想像ができないのか、悩むイヴァンの口にそれを近づけると、恐る恐るそれを舐めた。

「お、美味いな」

「だから言ったじゃん」

 その美味しさに気付いたイヴァンは、その後もチョコの部分を食べ、気が付けば俺のアイスは半分も無くなってしまった。

「ちょっと! 食べすぎだって!」

「すまん」

 笑いながら謝るイヴァンの顔は全く反省していない。

 俺達はじゃれあいのような喧嘩をしつつ、中心街へと続く道を歩いた。


 この港町へ来て三日が過ぎた。

 午前中は仕事、午後からは観光をして過ごす日々は、仕事の比率が少ないため罪悪感を感じる。

 しかし、イヴァン曰く観光も立派な調査とのことで、俺はついに昨日の晩ご飯でイヴァンに生魚に挑戦してもらうことにした。

 海鮮が有名だというレストランで刺身を頼んでみたものの、魚はまだ生で食べることに抵抗があるようだ。

 言い訳をしてお皿を眺めるだけだったが、その中で唯一海老に少し興味を示したイヴァンは、それを一口食べて「美味い」と目を輝かせていた。

 これだと生魚を食べる日も近いだろう。その反応に、小さくガッツポーズをした。

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