-第4章- 家族と未来
第1話 成人
森からイヴァンのいるこの町へ来て八ヶ月が経った。
この屋敷に来てからいろんなことが起こりバタバタと忙しく、もうそんなに経ったのか……と俺自身驚く。
王の誕生祭の事件から少し経ち、俺達はディルの処分について聞いた。
ディルは自国に送り返され、国の中で処分が決まったようだ。父である王から王位継承権を剥奪され、その国から南の地域への立ち入りは一切禁止となった。
そしてローシェについては、やはりすでに亡くなったという判断がされた。
ディルは最後まで「ローシェに会わせろ」と抵抗したらしいが、俺と顔を合わせることは叶わず、拘束されたまま国へ強制送還されたという。
そして王は引き続き、この身体について調査をしてくれるとのことだ。
俺は相変わらず忙しく過ごしており、今日は午前中は弟達と勉強をし、午後からはアルダリの仕事の手伝いをする。
そして今、束の間の休憩時間に俺はイヴァンと昼食を取るために食堂へやって来ていた。
席について少し待っていると、目の前の扉からイヴァンが現れた。
「アサヒ、早かったな」
「うん! キリがいいとこまで習ったから、先生が早く切り上げてくれたんだ。」
いつもは騒がしい食堂で、俺達は久しぶりに二人きりの食事を楽しんだ。
「アサヒ、もうすぐ誕生日だな」
食事も終わり少しくつろいでいた時、イヴァンが機嫌よさげに話題を振ってきた。
「ああ、そうだね」
すっかり忘れていたこともあり、軽く返事をする。
あれから王の調査で分かったことだが、なんと俺とローシェは同じ日に生まれていた。
この世界に来てから毎日、書き物に日付を刻んでいたため判明したのだが、偶然とは思えない。
姿形もそっくりで誕生日まで一緒とは、彼とは運命を感じざるをえない。
ローシェに想いを馳せていると、イヴァンが俺のそっけない態度に文句を言う。
「成人するんだぞ? 特別な日だと分かっているのか?」
「うん。一緒にお酒が飲めるね」
この国では十八歳から飲酒が可能だ。
イヴァンは俺とお酒を飲みたいのか、時々晩酌に誘ってくるがすべて断ってきた。
イヴァンは拗ねていたが、元の世界の事を考えると、『お酒は二十歳になってから』をどうしても破ることができなかった。
「いや、それもだが……」
イヴァンは何か言いたげだが、俺の言葉を待っている。
他に何が? 考えるが何も出てこない。
すると頭をひねる俺にしびれを切らし、イヴァンが口を開いた。
「結婚できるだろう」
「あ……そっか」
以前、お互いの世界の結婚について話したことがあった。
この国では結婚は二十歳からできる。
少し遅い気もするが、成人と同時にするのが普通なのだと言われ、文化の違いを改めて実感した。
俺の国だと男は十八歳から結婚できると伝えたところ、「アサヒは結婚できるのか⁈」とかなり驚いていた。
あまりに前のめりに聞いてくるので、この世界では適用されないことを強く念押ししておいた。
その時に聞いたイヴァンの話では、この国の成人は特別な意味を持つとのことだ。
結婚できるというのが一番大きいが、大人として認められ、いろいろなことが自由になる。
この国では、親が子どもを二十歳まで責任を持って育てるという価値観があり、成人となる年には旅立つ子どもを大いに祝福するのだ。
貴族の子ども達であれば、誕生日前後の数日間、財を尽くして盛大に祝われ続けるらしい。
「先に言っておくが、」
イヴァンは俺の目を見て真剣な顔になる。
「俺は来月の誕生日に、アサヒに結婚を申し込む。返事を考えておけ」
「……え⁈」
俺達、まだ出会って一年も経ってないけど……もう結婚するのか⁈
そもそも、先にプロポーズ宣言なんてアリなの⁈
「アサヒは慌てるだろうから、先に考える猶予を与えておこうと思ってな」
案の定、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい俺の様子を見ながら、イヴァンは、やっぱりといった顔で話す。
「欲しいものも考えておくように。成人の祝いだ、心に残るものを贈りたい」
「う、うん。でも今の生活でも贅沢なのに、欲しいものなんて思いつかないよ」
俺はいつも貰いすぎてばかりな気がする。
家族に仕事、この国に関する教育まで。幸せ過ぎてもうこれ以上欲しいものなど見当たらない。
「では俺が決めよう」
「高価な物はやめてね。高かったら受け取らないから。」
成人をかなり重要視しているイヴァンが、どれだけお金を使おうとしているのか想像するだけで恐ろしい。
イヴァンは眉にしわを寄せて俺に反論する。
「成人だぞ。安物で済ますなんてありえない」
「なら、いらない!」
「なんだと!」
先ほどのプロポーズのことも忘れて、俺達はイヴァンの従者が呼びにくるまで、プレゼントの件で言い争っていた。
「兄さん。おーい、アサヒ兄さん!」
あのプロポーズ宣言から数日、俺はふとした時にその事を考える。
今は弟達と昼食を食べていたのだが、途中でぼうっとしていたらしい。一番上の弟であるラウルが俺を呼ぶ声に、顔をパッと上げた。
「な……なに?」
「兄さん大丈夫? もしかして、どこか具合悪いの?」
弟が心配して顔を覗き込む。
「あしゃひ~! しなないで~!」
双子達は席から降りて俺の足にしがみつき、今にも泣きだしそうな顔で見上げてくる。
「あらあら」
俺の母親であるシータは、それを見て笑いながら双子を抱き上げた。
「アサヒさんは大丈夫。きっと幸せな悩みがあるのよ」
プロポーズに関して知っているのかいないのか、どちらにせよイヴァンに関係することだと感づかれているようで少し気恥ずかしい。
「心配してくれてありがとね」
俺はこくりと頷くと、双子の頭を撫でた。
午後の仕事中も呆けている俺に、俺の従者であるナラが声を掛けてきた。
「心ここにあらずといったご様子ですね」
ハッとして顔を向けると、優しく微笑まれた。
「数日前イヴァン様から、アサヒ様に悩み事が増えるだろうと伺いました」
「あ、そっか。うん……考え事してたんだ」
「そういう時期もあります」
穏やかに言って、お茶を俺に手渡すナラ。
俺より一つ下の彼には婚約者がおり、二十歳になればすぐに結婚する約束をしているという。
「ちょっと教えて欲しいんだけど」
彼の考えをぜひ参考にしたいと、俺はナラにこの世界の結婚について尋ねた。
「アサヒ、入るぞ」
あれからさらに数日が経ち、イヴァンは不機嫌そうに俺の部屋を訪れた。
今日のイヴァンは夕食も取らずに働いていた。
あまりに忙しそうだったので、邪魔にならないように夕食後は自室に籠っていたのだが、何か問題でもあったのだろうか。
ベッドに寝転がっている俺が、本を片づけて布団の端を持ち上げると、不機嫌な顔はそのまま、素直に中へ入ってくる。
「アサヒ、ララとリリに何かしたのか?」
「何かって……特に何もしてないけど」
彼らとは一緒に遊んでご飯を食べたが、何か変わった事はしていないと思う。
もしかして、不用意な言葉で彼らを傷つけてしまったのだろうか。
「何か言ってたの?」
不安になり尋ねると、イヴァンが低い声を出す。
「『あしゃひはララとリリとけっこんすゆから、イバンはとっちゃダメ』と言われたんだが」
「え、結婚?」
俺の知らないところで、最近二人が屋敷の人達に言い回っているらしい。
『よやく』をしているから誰も手をだすな、とのことだ。
話を聞き、首をかしげる。
双子と仲が良いということは自覚しているが、ララとリリがまさか自分と結婚したがっているとは初耳だ。
素直に思ったことを口にする二人が、俺に何も言わないのもおかしい。
「アサヒが最近元気が無いから、二人で幸せにするんだと言ってたぞ」
つまりイヴァンは、手強いライバルが現れてご機嫌斜めというわけだ。
上の弟達はすでに俺とイヴァンが恋人関係にあることを知っているが、小さい双子には分からないようで、仲の良い親戚くらいに思っているのだろう。
「ふふ、ララもリリも優しいね」
「笑ってる場合じゃない。俺とどっちを選ぶんだ?」
そう尋ねてくるイヴァンは、真剣なのかふざけているのか分からない。
俺がクスクス笑っていると、イヴァンは俺を抱きしめてきた。
「早くアサヒを手に入れないと、俺は気が気じゃない」
イヴァンは、俺が無自覚に人をたらしていると力説する。そんなことはないと思うが、イヴァン目線だと違うようだ。
最近、王の生誕祭で一緒に踊ったメンバーから手紙が届いたのも原因の一つだろう。
ソファで手紙を読む俺の後ろからチラッと内容を見たイヴァンが怒りを露わにしていた。
『今度は二人で会おう』『アサヒの顔が見たい』など、どの手紙も自分達の地域に遊びに来ないかというお誘いの手紙だった。
友達であれば変な文章ではないと思うのだが、イヴァンは思うところがあったようだ。
「恋人がいるとしっかり返事に書いておけ!」と言われ、その後は嫉妬するイヴァンにソファで意地悪く抱かれてしまった。
そして今日の双子の発言だ。イヴァンは俺を取られたくないと思い、結婚をさらに急いでいるようだった。
「どっちを選ぶって……変なこと言わないでよ」
拗ねながら俺を抱きしめる胸から、顔をぷはっと出してイヴァンを見る。大の男が小さな子どもに嫉妬している様子は、おかしくも可愛らしい。
「まぁいい」
よしよしと頭を撫でていると、イヴァンがそう言って口の端を上げる。
「二人には、しっかりと言っておいたからな」
「……は?」
イヴァンは、ララとリリは俺と結婚することができないのだと、はっきり告げたと言う。
「アサヒが俺のものであると説明するのは少し大変だったがな。恋人の意味が分かっていないから、アサヒにとっての一番は俺だと言った」
その後、泣きながら母親の元へ走って行ったためどうなったかは知らないが、イヴァンは真実を伝えたと満足げだ。
俺は信じられないという目でイヴァンを見ながら、明日ララとリリにどんな顔をして会えば良いのか心配になった。
明日はめいいっぱい甘やかしてやらないと……
そんな心配をよそに、イヴァンは俺を抱きしめたまま先に眠りについた。
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