第10話 思い出の

 あれから何日か経ったある日、寝る前に本を読んでいた俺の部屋にイヴァンがやってきた。

「ん? もう寝る?」

 少し早い時間だが、疲れたのだろうか。

 本を閉じてベッドを整える俺に、イヴァンはご機嫌な声で話しかけてきた。

「アサヒ、寝る前に少しついて来てくれ」

「うん、いいよ」

 イヴァンに言われて部屋を共に出る。

 今夜は雲も出ておらず、てっきり星でも見るのかと思っていたが、連れていかれたのは俺の隣の部屋。

 ここは本来なら子ども部屋として作られたものだが、何も置かれていないため、俺がダンスの練習をするのに使っていた。

「入ってくれ」

 先に入るよう言われ、恐る恐る部屋へ入る。

 そろりと足を踏み出す俺にイヴァンが続き、部屋の明かりが付けられた。

「えっ! これって……!」

 俺は目を見開く。

 目の前には、懐かしいふかふかの白いモノ。

 それは、俺が自分で稼いだお金で初めて手に入れた布団だった。

「……なんでここに?」

 近づいて触ってみると、あの家にあった時よりふかふか具合が増していて気持ち良い。ずっと使ってよれていた布団の端や表面も真っ白で奇麗な状態だ。

「びっくりしたか?」

 してやったりといった顔で俺を見下ろすイヴァン。俺は素直に感想を述べる。

「うん。俺の大事なものだったから、すっごく嬉しい!」

 感情が高ぶってイヴァンに抱き着く。その背をよしよしと撫でながら、イヴァンも嬉しそうに笑った。

「なんで、これがこの屋敷にあるの?」

「俺達が森を出発した後、すぐに回収の手配をしたんだ」

 俺達が森を出てすぐ、イヴァンは使いの者に連絡を入れたらしい。

 それから布団を綺麗にするために隣町にあるクリーニング店に出し、最近ようやく返ってきたとのことだった。

 それで買ったときよりふわふわなのか。

 さすがはプロだ。前でも十分寝心地は良かったが、今はこの屋敷の布団にも劣らない柔らかさだ。

「寝てみたらどうだ」

「うん!」

 お言葉に甘えて布団の中に入ってみる。

「わぁ〜、久しぶりだなぁ……この感じ」

 表面を撫でながら久々の再会を懐かしむ。

「こっち来て」

 立ったまま微笑ましく見ているイヴァンを手招きすると、端をめくって大きな身体を迎え入れる。

「いいのか? 水入らずのところを邪魔して」

「イヴァンもお世話になっただろ」

 その言い方がおかしく、笑いながら答える。

「俺達が初めて愛し合ったのも、この布団だったな」

 感慨深い……と呟くイヴァンに枕をぶつける。

「うぷっ……!」

「何言ってんだよ!」

 すぐにいやらしい方に話を持っていくんだから。

「本当のことだ。俺が紳士的に外で自慰をしようとしたのを止めたのはアサ……ッんむっ……!」

 注意したにも関わらず続けるイヴァンの顔に、枕を強く押し付けた。


 それからしばらくじゃれていた俺達だったが、笑い疲れて仰向けで寝転ぶ。掛け布団は遠くに飛ばされており、投げ合った枕はお互いの足元にある。

「ふふ。はぁ……疲れた」

「アサヒが暴れるから、布団が可哀想なことになったぞ」

 俺はまた笑えてきて、ふふふ……と声を漏らす。

 ツボに入って笑い続ける俺を見て、イヴァンは幸せそうに目を細める。

「初めてアサヒの笑顔を見た時、好きだと思ったんだ」

 急に言われて、笑っていた俺の表情が固まる。

 イヴァンは俺の頬を優しく撫でると、初めて森に来た時のことを話しだした。

 初めて会った日、一緒に眠った俺がしがみついてきて可愛いと感じた。

 自分では、妹や甥っ子達と俺を重ねているのだと思っていたが、隣で眠る無防備な姿に愛しさを感じたと語る。

 そして町に降りる時に見た笑顔と、その後の涙を見て『好きだと確信した』と言う。

「早くない⁈ まだ出会って二日しか経ってないのに」

「一目惚れってやつだ。まぁ、それから一緒に住んで、素直な性格とか、一生懸命な姿を見てさらに好きになったんだがな。そして、アサヒとずっと一緒にいたいと思うようになったんだ」

「イヴァン……」

 真っすぐな言葉が恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。

「好きだ」

 うつむく俺のおでこを愛おしそうに撫でるイヴァンに改めて告げられた。

「俺も、好きだよ」

 イヴァンを好きだと思ったのは、いつからなのか明確には分からない。気づいたら側に居るのが当たり前で、離れるかもしれなくなった時には、絶対に嫌だと強く思った。

 あの森でイヴァンに見つけてもらえて、今こうして同じ布団で寝ていることを幸せに思う。

 控えめに身体を寄せると、大きな胸に顔を埋める。

「今日はここで寝ようか」

「うん!」

 イヴァンの提案に、俺は元気に返事をして大きな身体をぎゅっと抱きしめる。


 俺達はあの森で過ごした日々を思い返しながら、幸せな思いを胸に眠りについた。

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