09.Sapphire





「いらっしゃいませ」



「…………こんばんは」



「おひとりですか?」



「……まあ、そうね」



「珍しいですね。

平日のこの時間に、女性お一人で」



「どうやらそうみたいね。ここでは」



「こんな都会の隅の店、入りにくかったでしょう」



「いえ、そうでもないわ。

いつもあたたかく迎えてくれるもの」



「…………失礼ですが、

もしかして"麗子さん"ですか?」



「……やっぱり。あなた……」



「はじめまして。

瞬の兄の、ようと申します」



「そんな気がしたわ」



「わかりますか?あまり似てないでしょう」



「そうね。

でも、面影がある……と言うと変かしら。

とにかく、重なっている部分はあるわ」



「へえ。あまり初対面の方には気付かれないんですけどね。

瞬のこと、よく見てくださってるんですね」



「……ところで、彼は?」



「さっき、慌てて仕入れに向かいましたよ。

『一番大事な"ブルーキュラソー"がきれてる』なんて言ってましたね」



「そう…………」



「さて。つい長々と話してしまってすみません。

ドリンク、いかがなさいますか?

お好みがあれば仰ってください」



「そうね……出来れば彼を待ちたいのだけど。ダメかしら」



「もちろん大丈夫ですよ。

あいつも喜ぶと思います」



「ではお言葉に甘えて」



「弟からよく伺ってますよ。麗子さんの話」



「……それは怖いわね。

あまり良い印象がないんじゃないかしら」



「そんなことありませんよ。むしろ…………」



「?」



「気になります?」



「………あなたたち、性格もあまり似ていないのね」



「そうですねぇ。

愚弟は、まだまだ幼い部分がありますからね」



「話し方も違うわ」



「あぁ。僕は職業柄、矯正せざるを得なかったんですよ。

東京に来て長いのもありますし。

まあでも一応、"バイリンガル"のつもりですけどね」



「それは……西の言葉を母国語として?」



「はは。いいね、母国語。

そうそう。関西と標準語のバイリンガル。

まさか伝わるなんて」



「私もふと考えたことあるもの。同じようなこと」



「もしかすると僕たち、

思考が似ているのかもしれませんね」



「ふふ。そうね」



「笑顔が素敵です」



「どうも」



「麗子さん」



「……なにかしら、この手は」



「もしよろしければ僕と……」



「…………兄貴????」



「おや、瞬。おかえり」



「『おかえり』ちゃうねん!!

なにを当たり前の顔して手握っとん!

はよ離せ!!!!」

 


「おー、こわいこわい」



「なんっでまだおんねん!?今日は荷物取りに来ただけなんやろ!

ほんでもし女の人来ても『話すな・顔出すな・手出すな』て、あれほど言うたのに!!」



「無人で店をあけられないだろ?

それに、お客さまは "おもてなし" しないとね」



「明らか不要なもてなしやったやん!

あーもう。大丈夫ですか、麗子さん。

他は何もされてないですか!?」



「ええ……まあ」



「ちょおまっててください。

裏から消毒用アルコール持ってきますんで」



「おいおい。

それだと僕が悪漢みたいになるじゃない」



「そんな手ぬるい肩書きで済んだだけマシや思ってほしいわ」



「酷いなぁ。オーナーに向かって」



「……ご多忙なオーナー様、まだ仕事残ってんやから、必要なモン持って早よ帰りぃな。

ってか早よ帰って」



「はいはい。仕方ないなぁ。

すみませんね、騒がしくして」



「いえ」



「誰のせいや思ってんねん」



「じゃあ、またね。麗子さん」



「勝手に名前呼ぶな!!」



「しっかり働けよ、少年」



「…………はぁ。やっと行った」



「嵐のようだったわね」



「……麗子さん。

ほんまに、なんもなかったんですよね」



「うん」



「連絡先聞かれたりは」



「なかったわ」



「口説かれたりとか」



「聞いてないわ」



「見つめられたりとかは」



「見てないわ」



「じゃあ……手握られて、何も感じんかった?」



「それ、つまり何を知りたいの?」



「やから、つまり……

……あ………兄貴の方がええなて思われてたり、とか………心配で」



「そんなにも信用ないのかしら、私って」



「や、そういうわけやないですけど……。

……昔から、何かにつけて言われてきたから。兄貴の方がええって」



「ふふ」



「……なんで笑うん」



「確かに、素敵な方ね。

紳士で、端的で、ユーモアもあって」



「う……ほらやっぱ………」



「それでも。

不思議と、あなたが気にするようなことは全く思わなかったわ」



「……ほんまに?」



「ほんとよ。"サファイア"に誓って」



「……よかった」



「ねえ。そろそろ喉が渇いたんだけど」



「あ。すんません、そうですよね。

今日も、おまかせでええですか?」



「うん。今夜も素敵なドリンク、用意してくれるんでしょ?」



「うーん。ほんまは、"スカイ・ダイビング"にする予定やったんですけどね。サファイアカラーで。ベースもラム、好きやん?」



「いいじゃない」



「でも邪気払いで"エクソシスト"にしよかな……」



「冗談よね?

…………あ。目が笑っていないわ」




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