第24話 付与師
あ、あれっ? ボク、寝ちゃったの?
ぼんやりと思考が戻ってくる。
まだズキズキと頭が痛む。
これは一体どういう事なのだろう?
ゆっくりと目を開けて行くとまず目に留まったのは側で酒瓶を片手に何かの書物を読んでいる魔王の姿だった。
「……やっと目覚めたか?」
そこでようやくボクは昨日魔王と戦って負けたことを思い出した。
でも、今まで心のどこかで引っかかっていたものが取れた気がして、清々しい気持ちだった。
ゆっくり体を起こすと自分の体に毛布がかけられていたことに気づく。
「これは?」
「あぁ、そのまま寝て風邪でも引いたら大変だろう? あいにく薄い毛布しかなかったが……。体は大丈夫か?」
ついこの間まで敵だと思っていた魔王から優しくされる。
そんな思いもかけない出来事にボクは思わず恥ずかしくなって毛布に顔を埋める。
そして、小さく頷いた。
「うん……、ありがとう……」
それを見た魔王はサッと立ち上がり厨房の奥へと行ってしまった。
あれっ、ボク何か変なことを言っただろうか?
少し不安に思うとすぐに魔王は戻ってきてくれる。
その手には長細い袋包みを持って――。
そして、それをボクの前に置いてくる。
「これは?」
「……開けてみろ」
「……?」
魔王に言われるがまま袋包みを解いていく。
出てきたのは薄緑の剣だった。
木で出来た物ではない、ちゃんとした剣だった。
「えっ、えっ、こ、これって?」
「やっぱり出来が悪いな……。この領地の鍛冶師はまだまだだから――」
魔王は苦笑を浮かべていた。
「そ、そんなことないよ。それよりもこれ……」
「あぁ、事故とはいえお前の剣を壊してしまったからな。別の物を準備しようとしたが今はこれしかなかった。だからこれで許してくれ……」
「ゆ、許すも許さないも……、ぼ、ボクがもらっていいの?」
「もちろんだ」
「あ、ありがとう……。そ、その、ここまでしてくれて本当にありがとう……」
もう一度剣を袋包みにしまい込むとギュッと握りしめながら魔王にお礼を言う。
「いや、気にするな。我が準備しなくてもライルなら代わりの剣を準備しただろうからな。これは単に我が準備してやりたかっただけだ」
「うん、それならやっぱりありがとうだよ。ボクももっと早く魔王がこんな人だって知っていたら――」
「その魔王というのは止めないか? ここでの我はマオさんだ!」
「マオさん? 魔王だからマオさん?」
「いや、違う。我の名前はアルマオディウス・ユグリスク。通称マオさんだ!」
「あるま……?」
「うむ、少し長いのでな。気安くマオさんと呼んでくれ!」
「そっか……。うん、そうだよね。ここなら別に勇者とか魔王とか関係なく一緒に暮らしていけるんだもんね」
「あぁ、そうだ。だからお前も早く馴染むと良いぞ」
「そうだね……。うん、わかったよ。ボクも頑張るね。マオさんからもらったこの剣をしっかり使って――」
「まぁ壊れたら別のを準備してやるからな」
「壊さないよ。ちゃんと大事に使うから――」
にっこりと笑みを浮かべるとマオさんも嬉しそうに笑い返してくれる。
◇■◇■◇■
翌日、俺は館にハンナを招いた。
ただ、俺の隣にはエレンが控え立っているせいでその場は少し緊張感のある場になっていた。
「そ、その……、ぼ、ボクはなぜ呼ばれたの?」
「いや、この領地にいる人にはこうやって直接話し合ってどんな仕事をしたいか相談するんだが、ハンナの場合は来た時が来た時だったからな。少しエレンが心配してしまって……」
「当然だ! ライルの身に何かあったらどうするんだ! だいたいライルは常日頃から危険なことを――」
「まぁ、こんな訳だからエレンはいないものとして考えてくれ」
「う、うん……」
どうにもふに落ちない様子だったが、とりあえずハンナは頷いてくれる。
「それよりハンナは精霊を武器に宿すことができるんだよな?」
「うん、そうだよ。だからボクが勇者って言われてるんだけど……」
「まぁここから先の話は強要してるわけじゃないから嫌なら断ってくれ」
領地的にはハンナの精霊を宿す力は絶対に必要だ。ただ、本人が嫌がっているならそれは別の方法を考えないといけなくなる。
だからこそ一度前置きを入れてからハンナに話し始める。
「ハンナは付与師として、武器に精霊を宿す仕事をしてくれないか?」
「精霊を宿してもすぐにその効果は切れてしまうよ?」
「いや、普通の武器はそうでも、魔力の器がある武器ならずっとその効果が残るらしいんだ。その辺りはユリウスに説明してもらおうかな」
「ユリウスって、あの大賢者の?」
「あぁ、そうだが……」
「そっか……、ユリウスもこの領地に来てたんだ……。うん、それなら信頼できるね。そのユリウスがボクに付与師としての仕事をやってほしいって言ってたんだね?」
俺が頷くとハンナは少し考えた後、ため息混じりに言う。
「わかったよ。どこまでできるかはわからないけど、頑張るね」
「ありがとう、助かる」
「それよりもユリウスはどこにいるの? 一言言ってやりたいんだけど?」
「それじゃあ会いに行ってみるか?」
「……? ここにいるんじゃないの?」
不思議そうに首を傾げるハンナを連れて、俺たちはユリウスの家へと向かっていった。
◇
「やぁ、ハンナ。久しぶりだね」
ユリウスの家にやってくると彼はクッションにしがみついて、ぐうたらしながらハンナに挨拶をしていた。
まぁ、いつもの格好なので俺たちは特に気にしないが、ハンナの方は違うようで、口をパカパカと開けながら指をさして驚いていた。
「そ、その、ユリウス……だよね?」
「うん、そうだよ……」
「なんだかその……、雰囲気が変わったね?」
「そんなことないよ……。僕はいつもこんな感じだから……」
「そうなんだ……。そ、それよりもボクが剣に付与するってどう言うことなの?」
「あっ、もう話を聞いてくれたんだ……。つまりそう言うことだよ?」
「……全然わからないよ! だいたい昔からユリウスはそうなんだから……」
ハンナが怒っているがユリウスはそれをのらりくらりと躱していた。
「もしかして二人は会ったことがあるのか?」
「うん……、だって大賢者と勇者だよ? 切っても切れない関係でしょ?」
ユリウスのその言葉に俺は納得してしまった。
「それならボクの依頼、手伝ってくれても良かったでしょ!」
「嫌だよ、そんなめんど……、いや、僕も忙しかったんだよ」
「今めんどくさいって言おうとしたでしょ!」
ハンナが頬を膨らませて、ユリウスを叱る。
ただ、ユリウスは気にした様子もなく、俺の方に視線を向けてくる。
「それよりも聖剣の作り方のことだよね? まぁ、ハンナなら口で説明するより実際にしてもらった方がわかりやすいかな? ちょうどそこにまだ魔力も籠もってない剣があるからね」
ユリウスの視線はハンナの腰に携えられた剣へと向いていた。
その視線に気づいたハンナは剣を隠し、必死に首を横に振る。
「ダメ! この剣だけは絶対にダメだからね!」
「でも、そのままだと勿体無いよ?」
「いいの! この剣はこのままで!」
「そっか……、まぁそう言うなら別の剣を準備しないとね……。ライル、お願いしていいかな」
「そうだな。何本か貰ってくるよ……」
「ゆ、ユリウス!? あんた、領主様に向かって……」
「僕とライルの仲だからいいんだよ……」
まぁいつものことだからなぁ……。
俺は苦笑を浮かべていたが、ハンナは納得いかない様子でしばらくユリウスに対して声を荒らげていた。
◇
鍛治師から何本か見本の剣を貰ってくるとそれをユリウスの前に並べていった。
「相変わらずだね……。普通の剣なら大丈夫なんだけど、やっぱり魔物素材となるともっと腕のいい鍛治師じゃないと難しいかな……」
ポツリと呟きつつ、ユリウスは一本の剣をハンナに渡していた。
「これをどうしたらいいの?」
「いつもみたいに精霊を宿すだけでいいよ。流石の僕もここから先は見たことがないからね」
「わかったよ。じゃあ試してみるね」
ハンナが目を閉じると剣が淡く光りだす。
「あれっ、昨日みたいに詠唱はしなくていいのか?」
「それは大精霊を呼ぶときだけだよ。普通の精霊ならこうやって目を閉じて祈ったら来てくれるの」
そんなものなのか……。
俺はただぼんやりと眺めていただけなのだが、ユリウスの方はまるで何も見落とさないという感じでじっくり剣の様子を眺めていた。
「ふぅ……、終わったよ?」
ハンナが剣を渡してくる。
一見何も変わってないように見える。
「どこか変わったのか?」
「そうだね……。一応精霊に加護を受けた剣にはなったよ。ただ……」
ユリウスは剣を握るとわずかに輝き出す。
ただ、それは昨日見たハンナが木の剣に込めたそれよりはるかに薄い光だった。
「やっぱり、鍛冶師の腕の上昇も必要みたいだね。これはこれで売れると思うけど……」
「えっと、それでボクはどうしたら良いのかな?」
「そうだね、ハンナのこともあったね。とりあえずしばらくは別の仕事をしてもらう方が良いね。付与師の方は数があまりなさそうだから。期間限定でたまに抜けても良い職業……って考えると酒場の手伝いとかどうだい?」
「まぁ、付与師としての仕事が出てくるまでの仮……ということだな。ハンナはどう思う?」
「そ、その……、ボクで良いのかな? だって昨日あれだけ騒いじゃったんだし……」
もぞもぞと照れくさそうに聞き返してくる。
「まぁ、マオさんの確認は必要だけど、多分大丈夫じゃないかな? もちろんハンナがしたいかどうか……だけど」
「うん、やるよ! 頑張るよ! マオさんへのお礼もかねて」
嬉しそうにハンナは両手をギュッと握りしめていた。
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