第23話 勇者vs魔王
「う、嘘だよね? だって、魔王って人間を貧困にさせて、無理やり多忙にさせてる悪いやつだって……」
「ほう、我は人間族の中じゃそんな風に呼ばれていたのか?」
マオさんが俺の方を向いてくる。
ただ、そんなこと聞いたことがなかったので首を横に振ると余計に少女は困惑していた。
「う、嘘だよ! き、きっと、君たちは魔王に操られてるんだ! ぼ、ボクが目を覚まさせてあげるよ!」
少女は木の剣をマオさんに突きつける。
「勝負だよ! ボクが勝ったらみんなを解放して、この世の貧困をもどしてもらうよ!」
酒場の客達は出し物だと思ったのか、「いいぞ、もっとやれー!」と冷やかしすらあがる。
それを聞いてマオさんはため息交じりに答える。
「はぁ……、その程度の貧弱な武器で我に勝てるとでも思ってるのか? それじゃあ我が勝ったらどうするつもりなんだ?」
「そんなことあり得ないけど、もちろん何でも一つ言うことを聞くよ!」
「……わかった」
マオさんは低い声を出すと鋭い視線を少女へ向けていた。
すると少女は少し青白い顔をしながら一歩後ろに下がる。
「うっ、この威圧……。これが魔王……」
恐怖の色を浮かべている少女には悪いけど、俺にはマオさんの姿は間抜けなものにしか見えなかった。
セリフだけ見れば魔王らしいものなのだが、その手には注文が入って運んでいたコップが握られていた。
そんな状態で少女を睨み付けている。
それに――
ぐぅ……。
マオさんを睨み付けている少女は腹の虫が鳴いている。
さっきもずっと飯を食べていないと言っていたからな。
これは間に割って入る方が良いだろうか?
俺はため息ながら二人の間に入ろうとする。
しかし、少女は深々と木の剣を構えると目を閉じていた。
その瞬間に少女の手元から淡い光のような物が現れる。
「光の大精霊よ、力を貸して。ボクに魔王を倒す力を!」
少女がその言葉を口にした瞬間に木の剣が金色に光り輝き出す。
「それは、精霊の加護!? ま、まさか、お前が勇者か!?」
マオさんが驚きの表情を浮かべる。確かに少女の格好を見る限りどう見ても勇者には見えなかった。
俺もどこかから逃げてきた奴隷の少女かと思ったくらいだ。
「今更気づいても遅い。覚悟してもらう! これでとどめだよ!」
勇者の少女が精霊の加護を帯びた木の剣でマオさんを切りつける。
それをマオさんがコップで受け止める。
「えぇっ!?」
まさかコップで受け止められるなんて思わなかったのか、少女は驚きの声を上げていた。
「うむ、一瞬驚いたが勇者に精霊の加護があるように我にも悪霊を操る力がある。同程度の力を込めてやれば所詮は木の剣。防ぐことなどたやすい」
「そ、そんな、ぼ、ボクの全力がコップなんかに……」
がっくりと膝をつく少女。
その目にはじわりと涙がにじんでいた。
すると少女の手元にあった木の剣の光がゆっくり消えていき、そして、粉々に砕け散っていた。
「あっ、ぼ、ボクの剣が!?」
剣まで失ってしまった少女は我慢できなくなったようで目から涙を流していた。
それを見ていた客達はなんとも言えない空気になる。
そして、皆の視線が一同にマオさんの方へと向く。
その目は「あーあ、マオさんが女の子を泣かせた」と訴えかけているようだった。
さすがに勇者に泣かれると思っていなかったマオさんはゆっくり彼女の元へと近づいていく。
「あーっ、そ、その、なんだ……。悪かった……。その剣は壊すつもりじゃなかったんだ……。思ったよりボロくてな……」
ボロいという言葉を聞いた瞬間に少女は更に声を上げて泣き出す。
まぁ今の慰め方は俺でも駄目だとわかるぞ。ただ、マオさんは魔王だし、ろくに人を慰めたことなんてないだろうし仕方ないのかもしれない。
「ら、ライル……。わ、我はどうしたら良いのだ?」
「そうだな……。とりあえず席について落ち着いてもらおうか」
「うむ、そうだな。では勇者よ! 席に座るといい!」
偉ぶっているマオさんを放っておいて俺は近くの椅子を少女の元へ持って行き座ってもらう。
◇
しばらく泣いていた少女も時間を掛ければようやく泣き止んでくれた。
ただ、その間に酒場の客達は居づらくなったのか、皆帰ってしまい後に残されたのは俺、エレン、ルー、とマオさんだけだった。
あと、厨房で料理を作ってくれている神官達もまだ残っていたが。
「それじゃあ、一つずつ聞いても良いか?」
マオさんじゃ話にならないかもしれないので、俺が代わりに聞いていく。
すると少女は小さく頷いていた。
「まず君が勇者ってことで間違いないんだな?」
少女が小さく頷く。
その目は光を失い、何もかも諦めているようにも見える。
その様子を見て、俺はため息を吐く。
「それで君の名前を聞いても良いか?」
「……ハンナ」
「それじゃあハンナ。どうして君はマオさんを襲ったんだ?」
「……それは魔王だから。魔王は無理矢理人を働かせて、そのお金を巻き上げる悪の権化。倒さないといけない相手だから」
その言葉を聞いて俺はマオさんの方を振り向く。
すると彼は首を横に振って否定していた。
「どうやらそんなことはしていないみたいだぞ?」
「う、嘘だ! それじゃあどうして勇者であるボクはこんなに貧しい思いをさせられて無理矢理戦わされているの!?」
「そ、それはわからないが、普通勇者なら国が給金を支払ったりしないのか?」
「もちろんもらったよ。でも、数日以上かかる旅でも銀貨一枚しか貰えないんだよ! 勇者だからいくらでもお金を稼げるだろうって」
うわっ……、それは国がひどいな……。
でも、ここにいろんな人が集まっていることを考えたらそれがあり得ないとも言い切れないからなぁ……。
「そんなところから逃げ出したらよかったんじゃないか?」
「どこに逃げても魔王がいたら同じだよ! だからボクが魔王を倒してしっかりとお金の貰える世界に変えるんだと……」
「我を倒しても魔王という存在がいなくなるだけで、別にお前たちに金が行き渡るようなことはないぞ? 大方国の誰かが取り分を削っているのだろうな。自分の私腹を肥やすために……」
「そ、そんな……、い、いや、ボクは騙されないよ! この領地でも同じことをしているじゃないか!」
同じこと? 誰か私腹を肥やしているやつがいただろうか?
俺が首をかしげるとハンナが俺を指さしながら言ってくる。
「だってこの領地でも給金と武器は支給だって聞いたよ! どうせ木の剣を渡して銀貨一枚で危険な場所に旅立てって言うんでしょ!?」
「いや、そんなこと言ったことないが……」
「う、嘘だよ。だって、その証拠に後ろの彼女だって武器は木の剣……、木の剣……」
エレナは普通に巨大な大剣を背負っている。
「あれっ? ど、どうして普通の武器を背負ってるの?」
「当たり前だろう? 危険な魔物を相手にしてもらうんだからしっかりとした装備をしてもらうのなんて当然じゃないか?」
「そ、そんな……、ぼ、ボクの知ってる当然とは違うんだけど……」
ハンナが顔を伏せていた。
それを見ていたマオさんがゆっくりと彼女に近づいていく。
「そういえば我が勝ったら言うことを一つ聞いてくれる約束だったな」
マオさんがそれを告げるとハンナはビクッと肩をふるわせていた。
「ま、マオさん!?」
「いや、我に任せておけ」
このタイミングで言うことではないと思ったが、マオさんが笑みを見せてくれたので一旦彼に任せてみることにする。
「では勇者よ、この領地でしばらく暮らしてみろ!」
ハンナはギュッと目を閉じていたが、その言葉を聞いて目を開いた。
「えっと、それは奴隷として働けってこと?」
「いや、違う。どうやらお前はこの領地について間違った情報を得ているようだったからな。この領地を馬鹿にすることは我が許さん! しっかり体験して、それから自分で何をするか考えると良い」
「そ、それだけでいいの? だ、だって、魔王に捕まった勇者の末路って慰みものにされるか殺されるかだって……」
「そんなことをして我に何かメリットでもあるのか? そんな暇があるなら我はここで飲み比べをしている方がマシだ。ただ、今日はもう人がいないからな……」
マオさんは残念そうな表情を見せていた。
それを見てルーがハンナの肩をそっと叩く。
「ここにいる人はみんなこんな感じだよ。はじめは馴染めないかもしれないけど、悪い人たちじゃないから……」
「う、うん……」
ハンナが遠目にマオさんを眺めていた。
「よし、やっぱりエレン! 飲み比べに付き合え! ライルでも良いぞ」
「俺がマオさんに勝てるはずないだろ?」
「仕方ないな……。ライルがやるくらいなら私がしよう……」
先ほどは断ったエレンがゆっくりとマオさんに近づいていく。
するとそれを遮るようにハンナがマオさんの前までやってくる。
「……それならボクが付き合うよ」
「……勇者がか?」
「ボクはハンナだよ……」
小さな声だけど、それでもしっかりとした口調でマオさんに向けて言う。
それを聞いたマオさんはにやりと微笑んだ。
「よし、ではハンナよ! 我と飲み比べようぞ!」
嬉しそうに高笑いをするマオさん。
そんな彼を見てハンナも小さく微笑んでいた。
ただ、そんなときにハンナのお腹から再び腹の虫がなっていた。
「そういえば食事がまだだったな。飲み比べは食事の後にして、今は存分に飯を食うと良い!」
「うん、ありがとう……」
マオさんのその言葉にハンナは小さくお礼を言った。
それを聞いて俺たちはもう彼女は大丈夫だなと思い、安心していた。
そして、大量の食事と酒がテーブルに置かれると俺たちは食事を始めていた。
「今日は機嫌が良い。全て我がおごろう!」
「いいのか? 私は思いっきり食べるぞ?」
エレンがにやりと微笑むが、マオさんは上機嫌に答える。
「もちろんだ。皆の分は全部我が持つ。だから、ハンナよ! そなたも思いっきり食っていくと良い」
「うんっ!」
大きく頷いたハンナは早速料理を食べ始める。
「お、おいしい……」
「そうであろう、そうであろう。我が酒場の料理人達だ。まずいはずがないだろう」
「うん、どうやらボクは勘違いしていたみたいだね。魔王だから……勇者だから……って定めで考えていたけど、実際に話し合えばこうやってわかり合えるんだね」
「もちろんだ! 我も魔王の仕事が嫌でこの場に逃げてきたんだからな」
「……えっ!? ま、マオさん、それは初耳なんだけど?」
「そうだったか? でも問題ないだろう。何かあってもライルが解決してくれるって言ったもんな」
マオさんが嬉しそうに笑みを浮かべる。
い、いや、魔王が仕事を置いて逃げてきたとなると魔族が魔王を連れ戻しに攻めてくるんじゃないか?
さ、さすがに今の戦力じゃ本気の魔族たちを相手に出来るほどの人数はいない。
「ま、マオさん、さすがにそうなったときは力を――」
「うにゃ……、な、なんだか目が回るよー……、グルグルだよー」
魔族が来たときはマオさんの力を借りようとしたのだが、そのタイミングでハンナが間に割って入る。
顔が真っ赤で目がグルグル回り、足取りもおぼつかない様子だった。
「ハンナ? 一体どうしたんだ?」
彼女の側にいたルーに聞いてみるとルーは苦笑を浮かべていた。
「そ、その……。ハンナさん、このお酒を一口飲んだらあんな風になっちゃって……」
なるほど……、ハンナはすごく酒に弱いのか……。
陽気そうにマオさんに近づいていって、そのまま倒れかかる。
そして、そのまま幸せそうに寝息を立てていた。
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