第22話 勇者、ハンナ
ユリウスの金策は成功すればこの領地の資金繰りが安定するだろう。
ただ、いつ勇者がやってくるかわからない以上、俺は今できることをコツコツとやり続けていた。
まずは神官たちの職業斡旋だった。
二十人もの大所帯、流石に全員のやりたい職業を叶えられないかなと思っていたのだが……。
「我々は領主様のご指示に従います!」
神官達に就きたい職業を聞いてみると逆に俺に指示を出して欲しいと言われてしまう。
無理やりやらせるのも何か違うと思うんだけどなぁ……。
まぁ今まで神官として食べてきたわけだし、急に違う職業を……と言われて何をしていいのかわからないのかもしれない。
それなら――。
「それじゃあ俺がいくつかこの領地の職業を上げていく。なりたいものがあったら手を上げてくれ」
「えっと……」
少し困惑した様子の神官たち。
そんな彼らに対して、今必要そうな職業を一つずつ上げていった。
そして――。
農民五人、護衛五人、魔物狩り五人、鍛治見習い一人、マオさんの店で料理をする人が二人、ルーの補佐が一人、あとは領地の外への運搬を担当してくれる人物が一人。
やはり、今まで手をつけたことがない鍛治師はあまり人気がなく、元聖堂騎士の面々は護衛か魔物狩りのどちらかに……。
あとは神官の一人がよく御者を担当してくれていたようなので、町の外への連絡を任せることにした。
それに王都から家族を呼び寄せたりとか色々任せることもあったのでちょうどよかった。
◇
「これで一通り終わったかな……」
「おーい、ライル。今日は酒場に行かないか?」
仕事が終わり、少しホッとしたタイミングで狩りから戻ってきたエレンから誘われる。
その周りには疲れからか、ぐったりとしている元聖堂騎士たちの姿があった。
「そうだな……、せっかくだし行くか。ついでにルーも誘って行くか……」
酒は飲めなくても、摘むものくらいはあるわけだし、こうやって誘いに来てくれたのに一人だけ置いていくのも変な話だからな。
ただ、エレンは少しだけ残念そうな表情を見せていた。
◇
そして、俺たち三人と元聖堂騎士達や冒険者達といった面々で魔王酒場へとやってくる。
ただ、すでに店の中では騒ぎが起きているようだった。
「も、もう駄目だー! さ、流石マオさん、飲み比べで勝てるやつなんていないな……」
「わはははっ、そうだろ、そうだろ! 我にかかればこのくらい朝飯前だ! どうだ、他に我に挑戦しようと言うやつはいないのか?」
「……またやってるのか」
俺たちはマオさんの方に近づいていく。
マオさんは嬉しそうにエレンの前に酒樽を持ってくる。
「どうだ、エレン。今日も我と勝負をするか?」
「いや、それはもう少しあとからな」
エレンに断られてマオさんは少し残念そうな表情を見せてくる。
「それよりも神官達はどうだ? 料理を担当してもらうと言っていたが、ちゃんと出来ているか?」
俺が今日から働き出している神官のことを少し心配するとマオさんは苦笑を浮かべた。
「うむ、炊き出しとか言うのをよくしていたみたいでな。料理の腕は安心して任せられそうだ。ただ、我が食えそうな物がいまいちないのがな――」
あー……、もしかして薬草を使った料理が多いのだろうか?
「とりあえずメニューについては新しくメニュー表を作っていたぞ。作れる料理が増えていったらまた随時追加していくらしいから、期待して毎日食いに来てくれ」
「そ、そんなことしたらお金がなくなってしまいますよ……」
ルーが青い顔を見せながら応える。
「まぁ、腹が減って飯が食えなくなったら相談に乗ってやるからな。ライルには世話になっているから食事くらい馳走してやる」
マオさんが笑いながら厨房へと戻っていった
◇■◇■◇■
ふぅ……ふぅ……、あ、あと少しで辺境の地にたどり着くよね……。
足取りがふらつきながらもゆっくりと歩いていたハンナ。
するとようやくアーレンツ領の入り口が見えてくる。
よかった……。これで……。
これでご飯が食べられる……。
ハンナの頭はすでに食事のことでいっぱいになっていた。
それもそのはずでこの旅の道中、金欠によりろくに食事も取れなかった。
大臣より受け取った銀貨は大切に使ってきたもののすでになくなっており、物も購入できないほどだった。
「で、でも、みんな勇者と言えばご飯を分けてくれるよね……。うん、そうだよね……」
淡い期待を抱きながら町へ入っていく。
やはり辺境の地であまり人がいないみたい。
領地へ入ったものの夕方の時間帯にもかかわらず、すでに周りの建物は人の気配を感じなかった。
「も、もしかして、魔王に殺されちゃったの……?」
さすがにこんな空腹のまま魔王と戦える気がしない……。
ハンナはゆっくりと領地の中を散策していった。
◇
「あった……、開いてるお店だ……」
ようやく発見したお店。
その中から何やら騒がしい声が聞こえてくる。
それもそのはずでここは酒場のようだった。
酒に酔った人たちが暴れているのかもしれない。
でも、このお店の看板……。
ハンナはじっくり看板を見る。
『酒場、ラブユウシャ』
おそらくこれがこのお店の正式な名前なのだろう。
ただ、魔王が無理矢理書かせたのか、後からとってつけたように魔王の言葉が追加されていて『魔王酒場、ラブユウシャ』というおかしな名前になっていた。
でも、この店主はどう見ても勇者の味方だ。
「もしかするとここならご飯をごちそうしてくれるかも……」
淡い期待を抱きながらハンナは店の中へと入っていった。
◇■◇■◇■
突然勢いよく店の扉が開いたので、皆の視線がそちらに向く。
そこにいたのは少しみすぼらしい格好をした少女だった。
足取りがふらふらとしているのでどこかから逃げてきたのかもしれない。
食事中だった俺は席を立つと少女に近づく。
「どうしたんだ? この領地の人間じゃないよな?」
「……ご飯」
少女の口から小さくとても聞き取れないほどの声で何かが発せられる。
「んっ? 何か言ったか?」
「ご飯……、恵んでくれないかな? もうここ数日草しかたべてなくて……」
少女が俺の服にしがみつくと目に涙を浮かべながら言ってくる。
やはりどこかから逃げてきた少女のようだ。
さすがにこんな辺境の地にボロボロの服と腰の木の剣だけでやってくるようなやつがいるはずないからなぁ……。
しかも、馬車が来たような連絡は受けていない。
つまりここまで歩いてきたようだ。
「まぁいいぞ。好きな物を頼むと良い」
少女のことなど色々と聞きたいことはあったものの、とりあえず食事を終えない限りまともな話を聞けなさそうなので俺はメニュー表を少女に渡す。
「ほ、本当に良いの? な、何でも?」
「あぁ、その代わり後からここに来た理由とか聞かせてくれるか?」
「うん、わかったよ。それじゃあこのメニューの端から端まで全部下さい!」
急に少女に笑みが戻ったかと思うとおかしな注文の仕方をし始めた。
まぁ、何日もろくに食べていないのなら仕方ないか……。
「マオさん、注文は聞こえたか?」
「うむ、問題ない。すぐに作らせよう。それまではこれでも食っておいてくれ!」
マオさんはそのままで食べられる木の実を少女の前に置いてくれる。
「ありがとう、それも俺の方に付けておいてくれ」
「いや、このくらいサービスさせてもらう」
マオさんが微笑みかけると少女の頬は一瞬赤く染まっていた。
「あ、ありがとう……」
うつむき加減になりながら少女は置かれた木の実を食べる。
「あ、甘い……」
少女が驚きの表情を浮かべていた。
それを聞いてマオさんはどこか嬉しそうだった。
「そうだろう、そうだろう。それは我が道中で見つけて採取しておいた我の好物だ。こうやって褒められるのは悪い気がしないな。ほれっ、もっと食うと良い」
マオさんは更に少女の皿に同じ木の実を加えていく。
それを見ていた少女はマオさんに対して深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。このご恩は必ず魔王を倒すことで返させていただきます」
「……我が魔王だが?」
「……へっ?」
少女はマオさんの顔を眺めて目を点にしていた。
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