第21話 魔物素材の装備品
翌日、俺とマオさんは鍛冶屋へとやってきていた。
「らっしゃい! おやっ、領主様とマオさん……でしたか? 本日はどうしましたか?」
「少し聞きたいことがあってな。今時間は大丈夫か?」
「もちろんにございます。このあとナーチさんがやってくるくらいですので――」
「それならよかった。……それが鍛治で作った武器か?」
鍛冶師の後ろにあった薄緑色の剣。それを指さしながら聞いてみる。
「ははっ……、お見せするのも恥ずかしいんですけどね」
苦笑いを浮かべる鍛冶師。
確かにどこか歪みのようなものも見受けられ、売り物になるかと聞かれたら首をかしげる仕上がりだった。
「ただ、こんな色の剣、見たことないな……」
俺が呟くとマオさんが急に笑い出す。
「ははっ……、そうか、そういうことか……。これを考えたのは商人か?」
「はい……、ナーチさんが魔物の素材を武器に使ってはと試してみたものになります」
なるほど、魔物の素材か……。
「もしかして、その素材って未開の大森林で取れた魔物の素材か?」
「い、いえ、私はそこまで詳しくは――」
「そうにゃ!」
鍛冶師と話していると後ろから声を掛けられる。
振り向いてみるとナーチが腰に手を当てながら満足そうに笑みを浮かべていた。
「どうにゃ、この仕上がりは? これぞウルフキングの爪を使った剣なのにゃ」
「……ただ、仕上がりがいまいちだな」
マオさんが呟くとナーチが困った表情を見せる。
「うんにゃ、やっぱり高レアの素材だけあって普通の武器とは作る難しさも違うみたいなのにゃ」
「あぁ、さすがに見習いを卒業したばかりの俺じゃなかなか上手くいかなくてな……」
鍛冶師が少し残念そうな表情を見せる。
「まぁ仕方ないのにゃ。それにこれはこれで高く売れるから満足してるのにゃ」
「なるほどな。これが鍛冶の収入が高かった理由か……。で、このことを考えたのは誰だ?」
マオさんの目が光る。
するとナーチが少し慌てた様子を見せていた。
「な、なんのことにゃ? これは私が考えたこと……」
「違うな。魔物の素材を使った武器……、いや、魔力を入れる器がある素材を使った武器……、それを一商人が思いつくはずがない。思いついたとしてもそれを売ろうと思うはずがない……」
……? どういうことだ?
「マオさん、俺には何のことだかわからないのだが?」
「まぁ普通の人間にはわからないだろうな。基本的に武器は何の魔力も宿っていないものと魔力が宿ったことで特殊な力を発揮する魔力武器、あとは精霊や悪霊の加護が宿った聖剣や魔剣といったものがある。この魔力武器を作るためには武器を作るときに魔力を込める器があるものを使わないといけない。その代表的なものが魔物の素材だ」
……えっと、ようするに魔物の素材を使って、武器をつくって魔力を込めるとより強い武器が作れるってことなのか?
「まぁ、これはそこらの魔物でも作ることが出来るが、より高ランクの魔物の素材を使用すればかなり強い魔力を込められるから結果的により良い武器が出来るわけだ」
「なるほど……。だから未開の大森林で取れた魔物を素材にすればいい武器が作れるのか……」
「まぁそういうことだが、これには一つ大きな問題がある」
「えっ……?」
こうやって武器も作れているわけだし、何か問題があるようには見えないけど。
「……やはり魔王様は気づいてしまいますかにゃ」
「……あぁ」
「ちょっと待て、俺にはわからないぞ?」
「そうだな……、ライルはこの武器に魔力を込める魔法……。付与魔法は使えるか?」
「いや、そんな魔法、使うことが出来ないが」
「そういうことだ。付与魔法は元々使うことができるやつの方が珍しい。我も使うことができん魔法だ。魔族の連中の中に一人いるかどうかくらいだな。だからこそ魔力武器は珍しくて高値で売れるんだ。逆に今の状態の武器だと普通の武器と変わらない値段でしか売れない。つまり、この武器に魔力を込められるやつがいるんだな……」
それほど珍しい魔法なら使えそうな相手は一人しかいない。
ユリウスか……。
でも、ユリウスが家から出てくるようには思えない。
「ただ、魔王様の推理は半分だけ正解なのにゃ。確かにこれを考えたのはユリウスなのにゃ。この領地に来る前に『将来確実に金欠になる時が来るから今のうちに準備して』と頼まれてこうやって進めていたのにゃ。でも、詳しいことは私から聞くよりユリウスから聞いて欲しいのにゃ。難しい話は苦手なのにゃ」
ナーチが両手を挙げて首を横に振っていた。
「そういうことなら早速ユリウスに聞きに行ってみるか……」
「あっ、魔王様。ちょうどよかったのにゃ。今私のお店に酒が届いたのにゃ。それで呼びに行こうと思っていたのにゃ」
「……やけに早いな。我は助かるが、それは本当に運んできたものなのか?」
「んにゃ! もちろんにゃ! 特急料金が取られたからいつもより割高だけど、すぐに全部売り切ってしまうだろうから特別にゃ!」
「それは助かる。では、ライル、我は酒場の準備がある故、ここで失礼するぞ!」
マオさんは嬉しそうに笑みを浮かべながらナーチと一緒に出て行った。
意外とマオさんも酒場の仕事を楽しんでくれているのかもしれない。
さて、それなら俺はユリウスが何を考えているのか聞きに行ってみるか。
◇
早速俺はユリウスの家へとやってくる。
そして、ノックを軽くするが以前と変わらず何も返答がない。
「ユリウス、入っても良いか?」
……。声を掛けてみるが、やはり何も返事がない。
仕方なく俺は扉に手を掛けてみるとあっさり扉が開く。
「あっ、ライル……。そろそろ来る頃だと思ったよ……」
中から相変わらずクッションに抱きつき、ゴロゴロとしているユリウスがゆっくりとした動きで手を上げてくる。
「やっぱりいたのか……。せめて返事くらいしてくれないか? いるかどうかがわからん」
「んー、考えておくねー」
その回答、絶対にしてくれないやつだと予想できる。
「それよりもどうして俺に相談してくれなかったんだ? 魔力武器を作っていることを――」
「……そうだね。やっぱりそっちの予想をするよね」
ユリウスの口元が少しつり上がる。
「でも、僕が考えていたのはもっと上だよ……。ただ、そのための最後のピースがまだそろわなくてね。次の一手を考えていた所なんだよ」
「もっと上?」
「うん……、だって魔力武器が作れたとしてもこの領地を補えるだけの収入にはならないからね……。それならもっとすごいものを作らないと……」
魔力武器の上となると――。
「まさか聖剣か?」
「……正解」
嬉しそうにユリウスが微笑む。
確かに聖剣ならかなり高額で取引が出来そうだ。それこそ国相手にこの領地経営に必要な資金を要求することすら可能だろう。
でも、聖剣って武器そのものに宿るものじゃないのか?
俺が首をかしげるとユリウスが更に説明をしてくれる。
「武器そのものに宿るって言われているけど、やはりそれを宿すためには魔力の器が必要になるんだよ。まぁ、精霊と意思疎通できる人ならこんな魔力の器なしで武器そのものに纏わせることも出来るんだけど、武器に留めることが出来ないからすぐに効果がなくなっちゃうんだ。それを持続させるために加護を魔力の器に注ぎ込んでもらうんだけど、精霊を扱える人物がまだこの領地にいないからね。今は下準備の段階だったんだよ。まぁ、赤字になってもいけないから適当に魔力武器を作り上げて売ったりもしてたけど」
なるほど、聖剣を販売できるとなればこの領地の資金くらい集めることが出来るかもしれない。
でもそんなに都合よく精霊使いがこの領地に来てくれるだろうか?
そんな俺の不安を感じ取ってくれたのか、ユリウスが答えてくれる。
「大丈夫、この領地に魔王がいる限りいつかは来てくれるよ。だって精霊と意思疎通できて、それを使って戦える人を勇者と呼んでいるからね」
にっこりとユリウスは微笑んでいた。
◇■◇■◇■
「っくしゅん、うぅ……、やっぱりまともな服が欲しいなぁ……。それに武器も木の剣は嫌だよ……。やっぱり勇者らしく聖剣が持ちたいなぁ」
ハンナはすっかり暗くなってしまった道を恐る恐る歩いていた。
少し古くなっている布の服と木の剣というおおよそ勇者に見えないみすぼらしい格好。
もちろんこんな格好すぐにでも止めたいのだが、そのためにはお金が足りない。
「本当は光の精霊に照らしてもらいたいんだけど、呼び出すのに魔力を使うし、今明かりを付けたら魔物に狙ってくれって言ってるようなものだもんね。それに魔王と戦うなら大精霊すら召喚しないといけないかもしれないし、魔力は残しておきたいかな」
暗がりの中、魔王が現れたと言う辺境の地へ向けて進んでいく。
「うぅ……、それにしてもどうしてボクがこんなことをしないといけないの。早くこの貧困から解放されるために魔王を討伐しないといけないのに偵察なんて――」
本当なら勇者なんてやりたくない。
ハンナは魔王と命がけで戦うなんてしたくなかった。
でも、生まれつき持っていた精霊を見る力のせいで勇者へと祭り上げられてしまった。
もちろんこの世界を脅かして、多忙と貧困のどん底に陥れているという魔王を討伐することはボクも賛成だ。
ただ、いざ自分が戦うとなると恐怖もこみ上げる。
「それでもボクがやるしかないんだもんね。きっと魔王を討伐したら貧しさもない平和な世界が待ってるよね?」
ゆっくり進みながら神官長が持っていた求人票を思い出す。
あんな条件で働けるならどんなに幸せかな……。
もしかすると辺境の領主は魔王に抗おうとあれだけ良い求人票を出したのかもしれないね。
でも、やはり魔王が全てを壊しに来たみたいだ。
それならボクがすることは――。
「魔王は……倒すしかない。王様の命には背いちゃうかもしれないけど……。うん、それが精霊に選ばれたボクの使命……だもんね」
ハンナは大きく頷くと更に速度を上げて辺境の地へと急いで行った。
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