第20話 領地の資金

 マオさんを連れて、俺は館へと戻ってきた。



「あっ、ライル様、お帰りなさい」



 すると館にはなぜかルーの姿があった。しかもエプロン姿で……。



「あれっ、今日ルーは休みじゃなかったのか?」

「はい……。ですので、いつも大変そうなライル様にご飯でも作ってあげようと思ったんですよ。もしかしてご迷惑でしたか?」

「そ、そんなことないぞ。無理にそんなことをしなくても……いや、ありがとう、助かるよ」



 素直にルーにお礼を言う。



「いえ、でももう少しかかりますのでちょっと待ってくださいね」

「あぁ、大丈夫。それじゃあルーがつけてくれてる帳簿を見せてもらうぞ」

「はい、部屋の棚にしまってありますので」



 ルーが仕事の際に使っている部屋へと入るとその棚に刺さっている本を一冊取り出す。


 そこには綺麗に日にちごとの収支が書かれていた。


 とはいえ現状はエレンがどんな魔物を狩ってきて、その収入がいくらか……と、新しく増えた領民たちが購入したもの、あとは給金として支払うものとかの館に残っているお金が事細かに記載されている。


 ゆっくりと館の金は減っていってるが今すぐに無くなるわけではないか……。


 そう思っているとマオさんはじっくりとその本に目を落としていた。



「ふむ……、やはりか。このままだとまずそうだな。これ以上人が増えるとあっという間に資金が枯渇するぞ」

「ま、まだ、お金自体はありますよね?」

「あぁ、ライル自身の金とエレンが稼いできた分だな。まずエレンの方の金、これはいつまでもあると思うな。魔物を狩れなかったらゼロということだからな。特に彼女は最近ライルの方も守ってるだろう?」



 確かに魔王が来たと聞いた時も神官長がやってくると言ってた時もエレンに助けてもらっている。

 それ以外は魔物を狩りに行っているが、収入には結構ばらつきがあった。



「残り三人の冒険者もそこまで稼いできているわけではなさそうだし、それに魔物もこのペースで狩り続けたらいつか居なくなるぞ?」



 確かに襲われることがわかっているなら別の所に逃げていくだろう。



「一時的に足りない分を補うならちょうど良いが、安定した収入としてみるならちょっと弱いな。どちらかと言えばそれは農業や商業で補いたいところだが……」



 農業の欄には収入がゼロと書かれている。



「まぁ、まだ始めて間もないからな……。それに人数も五人しか居ないし……」

「あぁ、農業に携わる人間が少なすぎるな。もう少し増やすべきだろう。それと、経理は必須として……なんだ、この相談役というのは?」

「その人は俺に知恵を貸してくれてる人なんだ。大賢者と呼ばれる人物で――」

「なるほど、知恵者か。それも必須だな。我もよく幹部の一人に物事を確認しに行ったが、いつも曖昧な返答しか返ってこなかった。こんなときに知恵のあるものが居ればどんだけ幸せかと思ったな。でも、どうしてお前の側に居ないんだ?」

「えっと……、あまり外に出たがらなくてな」



 俺が苦笑をするとマオさんは呆れた表情を浮かべていた。



「普通なら雇わない人物だろうけど、そこがライルらしいな。それに大賢者ならいざというときの秘密兵器にもなり得るだろう。今後必ず必要になる人物だから今のうちに確保できているのは大きいか――」



 マオさんは無理に頷くことにしたようだった。



「あとは……商会の人間と鍛冶師か……。商会の方は今のところ支払う方が多いが、……おや?」



 マオさんが帳簿の鍛冶師の収支が書かれているところをじっくりと見直していた。



「……やはりそうだ。おい、ここの鍛冶師は一体どういうやつなんだ?」



 どういう……? よく考えると鍛冶師の人には軽く会っただけで禄に話も交わしていなかったな。



「一体どうしたんだ?」

「ここの鍛冶師からの収入……、確かに領地をまかなえるほどかと言われたらそこまでは行かないが、普通の町の鍛冶師と比べると明らかに額が多い。何か特別なものを作っているのか、それとも別の理由があるのか……、確認しておいた方が良いな」

「それなら明日直接会いに行ってみるか」

「……我も付き合うぞ?」

「いや、マオさんは夜、酒場の仕事があるだろう? さすがにそこから朝連れ出すなんてこと出来ない……」

「いや、当面の間は休みだ。酒を使い切ってしまったからな。今は入荷してもらうのを待ってるんだ」



 まぁあれだけ派手に騒いで飲みきってしまうならすぐに再開は出来ないか――。



「だからそれまでは我も相談役として働くぞ」

「ありがとう、助かる」

「いや、この領地がなくなっては我も困るからな。それにもしかするとこの領地の特産になり得ることをしているかもしれんからな」



 鍛冶が? ……確かに武器は作ってもらったりしてるけど、それ以上のことは何もしていないのだが――。



「あとはまだ職を決めていない神官達だな。彼らは何が出来るのかをじっくり相談して決めていくより他あるまい。元騎士達は護衛や森の捜索を頼めば良いだろうが、それ以外のもの達に何を与えるか……。とりあえず明日の鍛冶師を見てからだな」



 確かにどうして鍛冶師の収入が多いのかを見てからじゃないと割り振りを決めるのは難しそうだ。もし、本当にこの領地の収入を補うだけの何かが鍛冶師にあるのならできるだけ多くの人をそれに割り振っておきたい。





「それじゃあ我はそろそろ自宅に戻らせてもらおうか……」



 帳簿を見終わるとマオさんが館を出て行こうとする。



「せっかくだから一緒に食事をしていかないか?」

「いや、今日はあのルーという少女と一緒に飯を食うんだろう? 我がいてはお邪魔虫にもなろう」

「いや、まだちょっとわだかまりがありそうだと思ってな」



 最初にマオさんが魔王と知らせに来てくれたのはルーだった。

 それに神官のこともある。

 マオさんは気にしてなくてもルーの方が気にしていそうだった。


 それを聞いたマオさんは一瞬考えたもののすぐに頷いてみせる。



「わかった。それならば馳走になるとしよう」



 マオさんのその返事を聞いて俺はそのことをルーに知らせに行った。





「えっと、マオさんも一緒に食事を取るのですか?」

「あぁ、それでもう一人分の料理があるかと思ってな」

「一応多めに作りましたけど、その……私の料理なんかで大丈夫でしょうか?」



 不安そうな表情を見せてくる。



「食えれば問題ない。まさか毒なんて入れてないだろ?」

「も、もちろんですよ!」

「それなら大丈夫だ」

「本当に大丈夫でしょうか……。私、料理は初めてですけど……」



 ルーがぽつりと呟くと心配そうに蓋が閉められたままの鍋をそのまま食堂へと運んでいった。





「おっ、意外とうまそうだな」



 意外とルーの料理は好感触のようでマオさんは感心したように笑みを浮かべた。



「えっと、お口に合えばよろしいのですけど……」



 おどおどとした様子で告げるルー。するとマオさんは口を尖らせながら告げる。



「……なんだその堅い口の利き方は?」

「えっ?」

「我らはもう同じ領地に住む仲間であろう? 種族間の差別すらなくしたいというライルの気持ちを無駄にするでないぞ?」



 えっと、俺はそんなこと言ってない――。



「そ、そうですね。元の職業や種族は問わない……。つまりライルさんはこの領地にどんな種族でも仲良く暮らそうとしている領地を作ろうとしているのですもんね」



 いやいや、俺はただ生き延びるために……。この地に領民を集めるために努力しただけなんだけどな……。



「そういうことだ! だから我はそなたがいくら聖女と言われる身分だとしても気にしない!」

「……!? 気づいておられたのですか?」

「もちろんだ! 我は魔王ぞ? この世に知らぬことなどない! だからそなたも我のことは気安くマオさんと呼ぶと良いぞ!」

「はいっ、マオさん!」



 ようやく笑みを見せてくれるルー。

 それを見て満足そうにマオさんは頷いた。



「よし、それでいい! では、飯にしよう。せっかく作ってくれた料理が冷めてしまう!」

「はいっ、ではライル様、いただきましょうか? 初めて作ったのですけど、腕によりを掛けました」



 目の前で料理をよそいでくれるルー。ただ、皿に盛られたそれは紫にも似た、おおよそ人の食べ物には見えない色をしていた。



「こ、これを食うのか?」

「うまそうだ。我は先にいただくぞ」



 マオさんは料理を口に入れる。

 その瞬間にマオさんは青白い顔をしてその場に倒れてしまった。



 えっ……!? ま、まさか本当に毒入り……?



 心配になってルーの顔を見ると彼女は必死に首を横に振っていた。



「ど、毒なんて入れてませんよ! わ、私も食べてみます……」



 ルーがゆっくりと口に入れる。そして――。



「……おいしい」



 ぽつりと呟くルー。

 それを聞いて俺も皿に盛られたスープにも似た何かに口を付ける。


 ……確かに少し苦みの利いた薬草入りスープだが、ルーのアレンジもあって十分おいしいと言える料理になっていた。



 で、でも、それならどうしてマオさんは?



 思わず首をかしげるとマオさんはゆっくり体を起き上がらせる。



「びっくりしたぞ。まさか我が一番苦手な食べ物である薬草をこれほど入れてくるとは……。思わず気絶してしまったぞ」



 まさかここでマオさんの意外な弱点がわかってしまった。

 まぁ魔王が薬草を咥えている姿なんて想像できないから仕方ないか……。



 俺たちは思わず苦笑を浮かべるしか出来なかった。



 ◇■◇■◇■



「魔王様、魔王様はどこに行ったんだ!?」



 魔族の幹部達は必死に魔王城の中を探し回っていた。



「いたか?」

「いや……」

「もしかしたら部屋にお戻りになってるかも……」

「……なるほど、一度見に戻ってみるか!」



 慌てて部屋に戻ってきた魔族達。

 そこには頑張って手を付けようとしていたのが見受けられる、書きかけの書類が多数床に散らばっていた。



「ただ魔王様は書類を見ているだけの簡単な仕事をしているんだと思っていたな……」

「まさか書類仕事があんなに大変だとは……」

「どうするんだ? このままだとこの部屋が片付かないが……」

「……逃げるか?」

「いや、どこに行くんだ? 逃げるような所はすでにないぞ?」

「魔王様、早く戻ってきてください――!」



 魔王の部屋の中に悲痛な声が響き渡る。

 するとそこに慌ててサキュバスが入ってくる。



「ここにいましたか。魔王様、発見しました!」

「ミリム、でかした! それでどこにいたんだ?」

「以前魔王様が偵察に出向かれた人間族の領地です! もしかするとそこを占領して我が領地にしようとしているのかも……」

「なるほどな。人間族を滅ぼそうとしている魔王様らしい動きだ。ただ、いつまでも時間がかかられるようではこの部屋が片付かん……。ミリム、そなたも魔王様の手伝いをしてきてくれないか?」

「私一人でよろしいのでしょうか?」

「よいぞ、本来なら魔王様一人でも十分すぎる領地だろう。お主が行くことで魔王様が早く帰ってくれるようになればいい」

「かしこまりました! では、誠心誠意魔王様のお手伝いをして参ります」



 ミリムと呼ばれたサキュバスの少女はそのまま魔王の部屋を出て行った。



「くくくっ、やはり下級魔族は扱いが簡単で良いな。これで魔王様が帰ってきてくれさえすれば我らはこの書類の山から逃れることが出来るわけだ――」



 後に残った魔族達は低い笑い声を上げていた。

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