第19話 大宴会と飲み比べ

「なるほどな……。まさか辺境の地に魔王が現れているなんてな」



 勇者の少女は先程受けた説明をそのまま国王に話す。

 すると国王は興味深そうに求人票を見ながら頷いていた。



「たしかに彼の地は魔族領のすぐ隣に位置する領地。アーレンツ夫妻がなき今、その息子に領地を任せるのがいいと彼を領主として認め、求人に関しても詳しい内容までは見ていなかった。人がいないとまともに領地経営もできないからと、募集の許可を出していたのだがまさかそんなことが……」

「求人票を見てもおかしなところはなかったから、判断出来ないのもしかたないかも。でも魔王が出たならボクの出番だよね?」

「う……む……。おかしな所はない……か」



 国王はまるで食い入るように求人票を眺めていた。



「どうかしたの?」

「いや、この領地については少し調べないといけないな。うむ、では勇者ハンナ。彼の地について調べて参れ」

「えっと……、魔王討伐じゃなくて?」

「あぁ、流石に伝説の装備を手に入れる前のそなたに魔王は荷が重い。ただ、噂の真偽も調べなくてはならぬ。もし魔王がいたとしても決して顔を合わせずに、あくまでも噂の……特にこの求人に書かれてる労働時間や休日の有無についてしっかりと調べて参れ」

「……? わ、わかったよ。でも、この辺境の地まで結構距離があるよね? 馬車の代金をもらってもいいかな?」

「あぁ、勿論だ。いつものように大臣に準備させよう。この紙を大臣に渡すといい」



 国王は一枚の紙にサラサラと文字を書いていく。

 そこには『勇者に旅の資金を与えるように』という命令を書かれていた。

 しかも、国王の印が押され、これが正式な王の命令とわかるようになっていた。


 ただ、それを見てハンナはため息を吐いた。



「いつものように……か……」

「あぁ、旅に必要な分だけ貰えるであろう。では儂は忙しいので失礼させてもらうぞ」



 国王はさっさと部屋を出て行く。


 一人残されたハンナもここで止まっていても仕方ないと大臣がいる部屋へと向かっていった。



 ◇



「ふむ、旅の資金……ですな。では銀貨一枚を授けましょう。他にも薬草一束と木剣……はまだ大丈夫そうですね」



 金を受け取るとハンナはため息混じりに告げる。



「あの……、銀貨一枚じゃ全然馬車の代金にならないんだけど……」

「勇者様はお強いですからね。道中の魔物を倒せばあっという間に馬車の費用くらい稼げますよ。国王様からは勇者様が旅に必要になる分だけ渡してくれと頼まれてますから、これでも多いくらいですよ」



 大臣はさも当然のように告げてくる。

 そんな様子に諦めの表情を浮かべながら聞いてみる。



「もちろん仲間を雇う分の費用は……」

「……勇者様ならそのご威光で働きたいと言ってくる人はいくらでもいらっしゃいますよね?」

「はぁ……、だよね……」



 大臣は笑い声をあげる中、ハンナは大きくため息を吐いていた。



 そんな無銭で働くなんて言ってくる人がいると思っているのか、と愚痴りたくなるが、時間の無駄なので頷いておく。


 思わず木剣で叩きたくなるのをグッとこらえて……。


 さすがにたくさんの兵がいる城の中じゃ勇者といえど分が悪かった。



「わかったよ、わかりましたよー。適当に稼いでいけばいいんでしょ」



 どうせ言っても聞いてもらえないので、仕方なく頷く。

 そして、大臣から金を受け取ると歩いて辺境の地へと向かっていくのだった。



 ◇■◇■◇■



 マオさんの酒場はあっという間にたくさんの人が集まっていた。



「えっと、元冒険者たちに声をかけただけじゃないのか?」

「いや、私が声をかけたのは元冒険者たちだけだぞ?」



 エレンも首をかしげて不思議そうにしていた。


 もしかすると元冒険者たちから酒場のことを聞いて……といった感じに芋づる式に人が増えていったのだろうか?



「マオさん、いきなりこんなに人が来て大丈夫か? さすがに大変なら少し減らしてもらうように言ってくるが――」

「いや、大丈夫だ! 任せておけ!」



 マオさんは自信たっぷりに酒場の中央へと移動する。

 そして、酒樽を一つ持ち上げながら伝える。



「今日は思う存分飲んでいってくれ! あと、俺に飲みで勝負を挑みたいやつがいたらいつでも乗ってやる。声を掛けてくれ。では好きな飲み物を言ってくれ」



 一瞬静まりかえる酒場内。

 しかし、すぐに大声で歓声が上がる。



「うおぉぉぉぉぉ! マオさん、最高だ!」



 そして、冒険者たちがおもいおもいの酒を頼んでいった。



「私もくれ! とりあえず樽で!」



 なぜか一緒に働くのを手伝っているエレンも声を上げる。



「いや、さすがにそれは――」



 俺がエレンを止めようとするがマオさんは大声で笑いながら本当に樽ごと酒を持ってくる。



「ほらっ、これでいいか? ライルは何か飲まないのか?」

「いや、俺は普通の水……じゃダメだったな。アルコールが入ってないものを頼むよ。ルーにもそれで……」

「そういえば、まだ飲めない年齢? だったか。そんなものがあるなんて初めて聞いたが」

「あぁ、私も初めて聞いたな」




 マオさんの言葉にエレンも同調してくる。



「まぁ、制御が効かないから無理に飲まない方がいい歳って事だ」

「ふむ、酒が飲めないなんて人生の十割損してるな」

「それだと酒が人生そのものになるじゃないか!」



 エレンが思いっきりマオさんにツッコミを入れる。

 ただ、マオさんはその場から一歩たりとも動かなかった。



 軽いはたきとはいえ、エレンの攻撃を受けたのに……。

 さすがは魔王か……。



 俺は思わずマオさんのことを見直していた。



「ほぅ……、人間にしてはなかなかの威力だ。我ほどではないがな」

「……それは聞き捨てならないな。この私が魔王より弱いと?」

「魔王である我がそなたより弱いと?」

「それを言うなら私はライルの騎士だぞ?」



 いや、エレン。そんな騎士なんて職業を誰かに与えた覚えはないが……。

 それにマオさん。酒場の店主が最初に暴れそうになってるっていくらなんでもダメだろ……。



 心の中でそう思いながらもここはマオさんのお店だから彼に任せておくのが良いだろうと成り行きを見守ることにした。


 すると店内から応援の声が上がる。



「いいぞ、嬢ちゃん! 倒してしまえ!」

「いやいや、俺はマオさんを応援するぞ! 頑張れー!」



 ほどよく酒が入っているからか、客達が二人の騒ぎを更にまくし立てていた。



 にらみ合う二人。さすがにこんな場所で暴れられては大変だ。

 よし、それなら――。



「マオさん、さっき飲みの勝負なら受けて立つと言っていただろう? 酒場なんだから当然エレンとの勝負も飲みでするべきじゃないのか?」

「ふむ、それは一理あるな」

「エレンもそれで問題ないよな? まさか酒の勝負は受けられないとか言わないよな?」

「あ、当たり前だろ! 私が酒で負けるはずないだろう!」



 よし、二人とも上手く乗ってくれた。

 これならば店内で暴れられることもないだろう。



「では、ライル! 俺たちに酒を持ってきてくれ」

「えっ!?」

「今日は酒場の手伝いをしてくれるんだろう?」



 そういえばそんなことを言っていたが、なんで店主たるマオさんに持っていかないといけないのか?



「ライル、こっちも頼む。じゃんじゃん持ってきてくれ!」

「あ、あの……、わ、私も手伝いますから――」



 横からルーが小声で言ってくれる。



「うん、ありがとう……。とりあえず早めにどっちかに負けてもらうか……」



 俺はマオさんの前にも酒樽を持ってくる。



「とりあえず同じ量の酒を置いていくから先に飲み潰れた方が負けで良いんだよな?」

「もちろんだ!」

「ライル、私は絶対に勝ってみせるからな!」



 いや、勝ち負けより早くこの勝負が終わってくれ……。



「ライル様、こっちにつまみと酒を追加してくれ」

「あっ、俺たちもお願いするっす!」



 マオさんが勝負するということでなぜか俺に注文が入る。

 一応俺はこの領地の領主なんだけどな……。


 そんなことを思いながら奥の調理場で適当につまみを作っていく。



 ◇



 それから一晩が明けた。


 さすがにうとうとし始めたルーは家に帰したのだが、未だにマオさんとエレンは酒の飲み比べをしている。


 周りには途中まで騒いでいた客達が酔い潰れて床で眠りについていた。



「ぐっ、い、いい加減負けを認めてはどうだ……」

「いや……、私が負けてはライルに迷惑がかかる……」



 いや、負けてくれないから迷惑がかかってるんだよ……。



 そんなことを思いながらもう一樽、二人の前に置く。



「あれっ?」



 更にもう一つ運ぼうとしたのだが、これがこの店の最後の酒だった。



「どうやらこれが最後の酒のようだ。どうする?」

「仕方ない。それならばこれを分けるしかないな」



 マオさんが立ち上がったかと思うと二つコップをテーブルに置いた。



「なかなか強敵だったぞ……。お主、名は何という?」

「エレン・ロウランスだ。魔王、そなたの名も聞いて良いか?」

「我か……。我はアルマオディウス・ユグリスク。通称マオさんだ!」



 堂々と言いのけるマオさん。

 この呼び方、気に入ってるのか?



 がっちりと握手としながら残った酒を飲み干していく二人。

 どうやら二人の間に友情のようなものが生まれたようだった。


 仲良くなってくれるのは良いことだが……、さすがに俺もそろそろ限界かも――。


 一晩中起きていたこともあり、またその間ずっと二人に酒を運んでいたこともあって俺はそのまま倒れてしまった。





 次に目が覚めると酒場にはマオさんだけが残っていた。

 時間はすでに夕方……。



「って、今日の仕事は!?」



 領民が増えたことによる資金調達をしたり、神官達の職業を決めていったり……とかしようと思っていたのに……。



 思わず声を上げてしまうと隣でマオさんが申し訳なさそうに言ってくる。



「すまない……。つい調子に乗ってしまった……」

「いや、問題ないぞ。みんな楽しそうにしていただろう?」



 マオさん達が競い合っていたときは客達も笑顔で騒ぎ合っていた。

 次の仕事に支障が出るのはまずいがマオさんも平然としているわけだからこのくらい問題ないのだろう。



「まぁ、さすがに次から俺は手伝えなさそうだから別の人を雇って欲しいが……」

「そこはすぐに準備する。我も昨日は久々に楽しかった。まさか我に対抗しうるうわばみがいるとは思ってなかったからな」

「エレンは特別だからな。他の人物が同じだとは思わないでくれよ」

「もちろんだ。それよりも昨日の売り上げの八割を渡しておく」



 マオさんが大量の銀貨を渡してこようとする。



「八割? 何を言ってるんだ? 俺がもらうのは二割だけだぞ?」

「いや、ちょっと待て! それで領地が回るはずないだろう? 絶対どこかで資金が足りなくなってしまうはずだ! 我も領地を経営しているからわかる。とりあえず、我を経理を担当しているものの所へ連れて行け! どれだけ無茶なことを言っているのか、教えてやる!」



 マオさんは俺の手を引いて酒場を出た。

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