第18話 魔王酒場、開店
一通りのものは初めから揃っていたので、あとは服装だけ着替えて、客を待つだけでよかった……。
ただ、いきなり出来た酒場にすぐに客が来るわけもなく、店を開けてからしばらく客が誰一人として来なかった。
「……暇だな。何か宣伝でもした方がいいんじゃないか?」
「元冒険者たちに声をかけてこようか?」
エレンが提案してくれる。
確かに元冒険者たちなら酒場ができたと聞いたら来てくれるイメージがある。
「マオさんはどう思う?」
「ふむ、我は問題ないぞ。呼んでくれ」
「わかった、それじゃあ少し出てくる」
エレンが店を出て行く。
「そういえば、この店の売り上げだが……」
マオさんがおもむろに口を開いてくる。
「いくらライルに渡せばいい? 七割、いや、ここまで準備してもらってたら八割くらい要求するのが普通か……」
「冒険者の人と同じ、二割でいいぞ」
「やはりそのくらいだな。それはしっかり準備しよう。あとはここの従業員だが、我の方で見繕っても良いか?」
「もちろんその方がありがたいな。条件はマオさんと同じで良いし、誰か来たい人がいたら誘ってくれるとありがたい」
「あぁ、わかった。それならいくらでも見つかりそうだ」
マオさんと話していると店の扉が開く。
「いらっしゃいませ!」
俺は元気よく挨拶をするがマオさんは呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんだ、その挨拶は……」
「あぁ、これは来客を迎えるためのものだ。それよりも客が来たぞ?」
「あ、あの……、ごめんなさい。私はお客さんじゃないです……」
扉から入ってきたのはルーだった。
そういえば後から追いかけてくると言っていたな。
「いや、ちょうど良い。練習相手になってくれないか?」
「練習……ですか?」
「あぁ、マオさんは酒場の店主をするのは初めてだよな?」
「もちろんだ」
まぁ、魔王なら逆に経験があると言ってくる方が驚きだが。
「本当の客が来るまで練習をしておいたほうがいい気がしてな」
「わ、わかりました。私でよければ頑張ってみます!」
グッと両手を握りしめるルー。
いや、頑張るのはマオさんなんだけどな……。
◇
再びルーは外に出て、もう一度中へ入ってきてくれる。
「いらっしゃいませ!」
今度はマオさんがしっかり声を上げてくる。
これはこれでなんだか違和感があるな。
まぁこれも後に慣れてくるだろう。
「あ、あ、あの……、ど、どこに座っていいのでしょうか」
ルーは店に入ってきてからキョロキョロと周りを見渡していた。
「どこでも問題ないぞ。好きなところに座るといい」
「それでは……」
カウンターから一番遠い席に座るルー。
まあ、それも彼女らしいが――。
「とりあえず注文を受けてくるな?」
「その前にちょっと待ってくれ。あのちっこい子は果たして酒を飲めるのか? 出して良いのか?」
マオさんが首をかしげていた。
確かにここは酒場だ。見た目的にルーに酒を飲ませることは抵抗がある。
「だ、大丈夫ですよ! の、飲んだことはないですけど、きっと大丈夫です!」
「あぁ、わかったよ。それじゃあ水を二つ、頼めるか?」
「我に任せておけ!」
ルーの注文は俺が勝手にしておく。
それを聞いてルーは頬を膨らませていた。
「むーっ、なんで勝手に注文しているのですか?」
「良いから二十歳を超えるまでは水にしておけ。俺も付き合うから」
「ら、ライル様が一緒ならそれでいいですけど……」
ルーはようやく納得してくれる。
ただ、その後すぐにマオさんの方を指さす。
「でも、あれで本当にいいのですか?」
ルーにつられてマオさんの方を見ると彼はシェイカーの中に水を入れてシャカシャカと振っていた。
何の意味もない気がするが……、まぁ練習と考えると必要なことか……。
冒険者たち相手だと使うことはなさそうだが。
「ほらっ、水だ。思う存分飲むといい」
まずは俺が軽く口を付けてみる。
その瞬間に思わず吹き出してしまう。
「な、なんだこれは!?」
「何って水だが?」
「これのどこが水なんだ!! 普通に酒が入っているじゃないか!!」
「んっ? あぁ、そういうことか。こういう店で頼む水というのは透明の酒……と言う意味だと思ったぞ」
マオさんは高笑いをする。
とりあえず俺はそっとルーのコップをマオさんの前に置く。
「さすがに俺もまだ仕事があるし、ルーには飲ませられない」
「それなら我がいただこう」
「あっ……」
マオさんは二つのコップに入れられた酒を一気に飲み干してしまう。
ただ、表情一つ買えずに酔っ払った様子もなかった。
「ま、まさか魔王は酔わないとかそういったことがあるのか?」
「そんなことあるはずないだろう。さすがの我でも樽で一気に飲めば酔ってしまうぞ。まぁこのくらいの量なら水と変わらんが」
なるほど……、それで水を頼んだら酒が出てきたわけだ――。
俺は思わずため息を吐いてしまった。
◇■◇■◇■
神官長は王都へ戻ってくるなり城へ向かっていった。
そこで城の入り口を守っている兵士に怒鳴るように告げる。
「謁見の許可をもらってくれ! 大変なことが起きた!」
「少しお待ちください……。国王様は現在大変お忙しいようで次の謁見許可が下りるのは数日後になりますが?」
「そんなに待てるか! 儂は神官長だぞ!」
「えぇ、謁見許可は相手が誰であろうと例外ではありません。国王様はそれほどお忙しい方ですので。ただ一人、例外があるとすれば勇者様が謁見に来られたときですね。では、謁見許可の申請をさせていただきます」
兵士は軽く頭を下げて紙に神官長の名前を書いていく。
くっ、そんなに待っていられるか。あの地に魔王が現れたのだぞ! いや、そのことを知らないからこやつらはのんびりしていられるんだな。よし――。
「辺境の地に魔王が現れた! 急いで国王にこのことを知らせてくれ!」
「わかりましたよ。では謁見できる日になりましたらこちらからご連絡させてもらいますね」
魔王が現れたと言う報告も兵士には効果がなかった。
むしろ冷笑すら浮かべていた。
どうしてこんな目に……。
これもあの領主のせいだ……。
「えっ、魔王? 本当に魔王を見たの?」
怒りで肩をふるわせていると突然少女から声を掛けられる。
すると兵士が背筋を整えて声を掛ける。
「ゆ、勇者様! 本日も謁見でしょうか?」
「うん、よろしくね。それよりも本当に魔王を見たの?」
「ま、間違いありません! それにあの領地に居る人材……。あれだけの人を集められるなんて魔王が操っているしか考えられません!」
今にも土下座をしそうなほど頭を下げながら勇者の少女に説明する。
すると少女は唇に人差し指を当てて考え込む。
「うーん、魔王にそんな力があると聞いたことはないんだけどね。まぁ相手はどんなことをするかわからない魔王だもんね。わかったよ、それならボクが国王様に伝えておいてあげるよ。もう少し詳しく教えてもらっても良いかな?」
神官長がようやく顔を上げるとそこにいたのは年端のいかない少女であった。
黒髪で肩ほどまでの髪、活発そうな服装、そして、腰に下げられていたのは聖剣……ではなくただの木の剣だった。
ほ、本当にこの少女が勇者なのか?
神官長は少し不思議に思ったもののアーレンツ領の危険性について必死に説明した。
Sランク冒険者や聖女があの領地にいて、領主に心酔していること。
神官や聖堂騎士達が領主の一言で離反してしまったこと。
そして、魔王が一人であの領地へと向かっていったこと。
「ふーん、特に魔王が一人で向かっていくというのが怪しいね。さすがに自分の身に危険が迫る場所には行かないだろうし、確かにその領地、黒に見えるね」
「あ、あとはこんなものが王都内で配られているそうです!」
神官長はこの国で広まっている求人票を勇者の少女に見せる。
すると少女は少し目を大きく見開いていた。
「へーっ、そっか……。ここは一定のお金を貰える上に必要な装備は領地で支給されるのか……。まぁ、それはここでも同じだよね……。うん、どこでも同じ――」
勇者の少女は目を腰にある木の剣へと落とす。
その暗い表情を見て神官長は不思議そうに首をかしげていた。
「うん、わかったよ。魔王の件はボクが責任を持って国王に伝えておくよ。だから君は安心して順番が来るのを待っていると良いよ」
勇者が笑みを浮かべてくる。
「あっ、この求人票はもらってもいいかな? 国王に説明するときに必要になるから――」
「も、もちろんにございます。どうぞお持ちください」
神官長が頭を下げると勇者は満足そうに紙を受け取り、軽い足取りで王城へと入っていく。
その様子を見ていた神官長は満足そうに口をつり上げていた。
くくくっ、これであの領地も終わりだ!
魔王がいるとなれば勇者が動く上にそんな怪しげな領地を国王が放置するわけもない。
王国軍すら動いてくれる可能性がある。
領主に加担した聖女を失うのはつらいが、なに、聖女くらい別のやつを立てておけばいいだろう。もっと従順なやつを――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます