第17話 魔王の酒場
「ど、どこに魔族が現れたんだ!?」
ルーから報告を受けた俺は急いでエレンを呼びに行き、魔族を見たという場所へ向かっていく。
「あ、あの魔力……魔族の中でも特に上位……。もしかしたら魔王かも……」
ルーは青白い顔を浮かべている。
「ま、まさか魔王が軍勢で!?」
くっ、それならエレンだけだと相手にするには辛いかもしれない。
でも、他にまともに戦える人物は……。
「ライル、私なら大丈夫だ! 相手が魔王の軍勢だろうがこの領地に攻め入る相手は倒してみせる!」
自信ありげに告げてくれるエレン。
その様子はとても頼りになる。
「でも、無茶はするなよ。エレンの代わりはいないんだからな!」
「もちろんだ!」
「あ、あの……、その……」
すごく言いづらそうにルーが小さく手を上げてくる。
「どうかしたのか?」
「そ、その……、相手は魔王一人……だったんですよ」
「魔王が一人? どういうことだ。わざわざ一人だけで攻めてくるはずがないだろう?」
「そ、そうだと思うんですけど、あの魔力……どう見ても魔王にしか思えないんですよ……」
「その気配って今も感じるのか?」
「は、はいっ。まだ、同じところに留まってるみたいです……」
もしかして、聖女と言われていたルーの力なのだろうか?
俺にはそんな気配、全く感じないが……。
ただ、魔王一人ならエレンでもどうにかなるかもしれない。
エレンの顔を見ると彼女もうなずいていた。
「よし、それじゃあそこへ急ぐぞ! 案内の方、頼んだ」
「わかりました。こっちへきてください」
先行するルーを追いかけていく。
◇
ようやく魔王らしき姿の人物が見えてきた。
それと向かい合うように神官服の男も見えてくる。
まだ普通に立っているということは無事なようだ。
それに魔王らしき人物って……?
「あれっ、マオさん?」
「おや、ライルではないか! ちょうどよかった。ライルもこのダーツとかいうゲームをしていかないか?」
「いや、だからそっちは的だ! 投げるのはこっちの矢のほうだ!」
神官の男が小さな矢をマオさんに渡そうとする。しかし、マオさんはダーツの的を持ったままだった。
「そんなちまちましたものよりこっちを投げた方がよく飛ぶぞ?」
「だからどっちがよく飛んだかを競うゲームではありませんよ!」
「ふむ……、なかなか難しいものだな……」
マオさんは神官の男にダーツを教えてもらっているようだ。
どうやら人違いのようだ。
「ルー、どっちの方向に行ったらいい?」
「えっと、その……」
ルー自身も目が点になりながらマオさんを指さす。
「そ、その人が……えっと、魔王です」
えっ?
「いやいや、その人はマオさんだぞ? この領地を攻め込もうなんてしてないぞ?」
「で、でも、その人の禍々しい魔力……。魔王にしか思えないです……」
「あぁ、我は魔王だぞ? ライルにも最初に言ったであろう?」
確かにそんなこと言っていたような気がする。
でも、いきなり魔王が一人で領内にやってくるなんて信じられるはずがないだろう……。
「そうか……。それなら心配して損したぞ……」
「えっ? だって相手は魔王ですよ?」
「だって、マオさんだからな。ここに働きに来てくれる人は誰でも歓迎だ」
「そう……なのですね。よかった……」
ルーがその場に座り込んで安心していた。
「まぁこんな何もない領地を攻め込んでくる物好きの方が珍しいか。それよりもマオさん、それは?」
マオさんがなぜか手にダーツの的を持って投げようとしていたので、それが気になって聞いてみる。
「あぁ、どうしてもこの神官が勝負をしたいというのでな。このダーツとかいうので勝負しようとしているところだ」
そう言いながらマオさんはダーツの的を放り投げようとする。
「だからそれを投げるんじゃないですよ。貸してください」
神官の男はダーツの的をマオさんから奪い取るとそれを近くの木に付ける。
「こうやって、この矢であの的を狙うんですよ。中心近くに当てた方が勝ちです」
実際に神官が投げてみせる。
するとその矢は中央から一つだけ外の部分に刺さる。
「こんな感じに競っていくんですよ。今回は交互に投げていきましょうか」
神官がマオさんに矢を渡す。
それを物珍しそうに眺めていたマオさん。
「こんな感じで良いのか?」
先ほどの神官とは全く違い、ただ軽く適当に投げた矢は的からは軽く逸れる。
ただ、後ろの木に当たったかと思うとそれを貫いた上で地面に刺さっていた。
「ふむ……、なかなか難しいんだな……」
マオさんが楽しげにダーツの的を眺めていたが、俺たちはその側の木に開いた穴を呆然と眺めていた。
「そ、その、ダーツはそのくらいにしないか? ま、マオさんはもしかして酒場の件、承諾してくれるのか?」
「むっ、これから勝負は良いところだと思ったのだがな。まぁいいか、勝負はいつでも出来るからな。それより酒場の件だな。あぁ、ずっとは居られないかもしれないが、期間限定でもよければここに置いてくれ」
「えぇ、もちろん歓迎しますよ! それじゃあお店になりそうな所を探しましょうか?」
「あぁ、よろしく頼む」
俺はマオさんを連れて酒場になりそうな家を探しに行こうとする。
するとルーが声を掛けてくる。
「あ、あの、ライル様……。私は少しここに残っても良いですか?」
「あぁ、もちろん良いが……」
ルーがチラチラ心配そうに神官の男を見ていた。
どうやら聖女のわだかまりは少しマシになったようだな。
その様子を見て小さく頷く。
「ありがとうございます。少し神官の人と話したらまた酒場の方へ向かいますね」
それを聞いて、俺とエレン、マオさんの三人は領地の入り口の方へと向かっていく。
◇■◇■◇■
「本当によかったですよ……」
ルーは神官の男を見て今にも泣きそうになっていた。
「どうやら早とちりだったようですね。でも、わざわざ助けを呼びに行ってくれたんですね。ありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです。あっ、ここ、怪我してますね」
よく見ると神官の男は膝の辺りに擦り傷が出来ていた。
「先ほど魔王と対峙したときに出来たものでしょうか?」
「ちょっと動かないでくださいね。今治しますので……」
ルーの手が光り出したかと思うと一瞬で神官の怪我が治っていた。
「ありがとうございます……」
「いえ、これくらいお安いご用ですよ……」
「やはりすごい回復魔法ですね……。普通ならもっと時間がかかってようやく治るのに――」
「いえ、そんなことないですよ。私なんかよりライル様の方がもっとすごいですよ」
「確かにそれもそうですね。とんでもない求人を出しているかと思ったら気がついたら魔王まで領民にしてしまうんですから――」
「そ、それじゃあ私はそろそろライル様のところに行ってきますね」
「すみません、お引き留めしてしまって……。私もそろそろ買い物へ向かいます。ライル様からこの神官服は着ないようにと言われていますので」
「も、もしかして私のせいですか?」
「いえ、私たちもちょうど普通の服が着たかったのでちょうどよかったんですよ。それにライル様がお金は全部持ってくれると言ってくださいましたから……」
「……また出費を増やすようなことを言って――」
ルーは少し頬を膨らませながらもそれがライルの良いところかな、と気がついたらはにかんでいた。
◇■◇■◇■
「マオさん、ここの家はどうですか?」
「いや、ここは手狭だな。もっとそれらしい場所が良いのだが――」
「確かにあれだと酒に酔った客達が暴れ出したら大変なことになるからな。もう少しひらけたところじゃないと……。わ、私は騒がないからな」
エレンが慌てながら俺に言ってくる。
ただ、エレンなら豪快に飲んで騒ぎそうな気がするな……。
本人が必死に否定しているのでそれ以上は言わないが――。
「なかなか良いところがないな。これは誰かに相談すべきかもしれないな」
いくつかの家を見て回ったのだが、どうもマオさんがしっくりくるようなところがなかったようだ。
どんなところが良いのだろうか?
首をかしげながら別の所を見に行こうとする。
するとちょうど商会から酒樽を運んでいるナーチを見かける。
……あんなに小さな体なのに重い酒樽を一人で抱えられるのか――。
これはあまりナーチを怒らせない方が良いかもしれないな。
そんなことを思っているとナーチも俺たちのことを発見して大きく手を振ってくる。
「おーい、ライル様、エレン、魔王様ー! こんにゃところで何してるのにゃ? もう酒場の準備は終わるのにゃー!」
「えっ?」
せっかく必死に酒場になりそうな所を探していたのに気がついたら場所が決まっていたようだ。
「あぁ、そういえば必要なものがあれば商会に頼れとライルが言っていたからまず寄って酒場の準備をしてくれと言ったんだ」
「……よくそれだけでわかったな? ナーチはマオさんが魔王だって知っていたんだよな?」
「もちろんにゃ。魔力を感じたら誰でもわかるのにゃ。でも、ライル様のことだからどうせ魔王様も領民なんだろうと思って準備しておいたのにゃ」
「それは助かった……。それじゃあその場所に案内してくれるか?」
「わかったにゃ。それではついてくるのにゃ」
◇
ナーチに案内されてやってきたのはどちらかと言えば領地の中央に位置する場所だった。
ここは主に住宅が建ち並んでいるところになるのだが、こんな所に酒場になりそうな場所なんてあるのだろうか?
不思議に思いながらついて行くとすでにいつでもオープンできそうな雰囲気の酒場がいつの間にか出来上がっていた。
木造平屋の中はそれなりに広く、入ってみると今居る領民くらい軽く全員は入れそうなほどだった。
しかも、テーブルや椅子も新品のものに取り替えられていて、酒は瓶や樽でたくさん並べられている。
調理機材も一式揃えられているので、今すぐに酒場が始められるな。
「マオさん、ここはどうだ?」
「あぁ、気に入ったぞ! これこそ我が営む酒場にふさわしい場所だ!」
「最後に壁にダーツを掛ければ完成にゃ」
マオさんが持っていたダーツをナーチが受け取るとそれを壁に掛ける。
確かにさっきまでも十分酒場っぽかったのだが、ダーツが増えたことでより酒場らしい雰囲気になった。
「掲示板のようなものがあるんだな? 冒険者ギルドみたいに見えるが――」
「もちろんにゃ、これがないと酒場とは言わないのにゃ」
エレンが気まずそうに告げてくる。
冒険者を辞めてきた彼女にとってはあまり見たくないものなのかもしれない。
まぁここはマオさんの酒場なので彼が気に入っているのなら、それ以上言うことはないだろう。
「別に冒険者ギルドになるというわけじゃないからな。俺もエレンに出て行かれたら困るし……」
「そ、その通りだ。もちろん私は出て行くつもりはないがな……」
エレンは少し顔を赤くしながら頷く。
そんな彼女を横目にふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば、この酒場の名前って決まっているのか?」
マオさんに聞いてみるが、彼は首をかしげていた。
「んっ、名前なんているのか? 酒場でよくないか?」
「大丈夫にゃ。その辺は元々この領地で酒場を経営してたみたいだから看板をそのまま持ってきたのにゃ。名前が何でも良いと言うのならこれを使うといいにゃ」
「い、いや、その名前は……」
「確かにそのままだと魔王様の酒場ってわからないにゃ。それなら最初に『魔王』って足して……、これでどうにゃ?」
自信たっぷりに看板を見せてくるナーチ。そこに大きな文字でこう書かれていた。
『魔王酒場、ラブユウシャ』
確か前に酒場を経営していた人が勇者マニアだったから付けた名前……とか聞いたことがある。
ただ、流石にこの名前はないだろう。魔王の酒場なのに、勇者ラブだなんて……。
でも、マオさんは高笑いをしながら言ってくる。
「あははっ、これはいい。我がラブユウシャか。いいぞ、この名前、気に入ったぞ!」
「ほ、本当に良いのか、これで……」
「あぁ、もちろんだ。では早速開店の準備をするぞ。ライル達も今日は手伝ってくれるよな」
「……仕方ないな。わかったよ」
俺は苦笑しながら頷く。するとつられるようにエレンも頷いていた。
「私は飲み食いさせて貰えるのならいくらでも手伝うが?」
「……あまり働き過ぎるなよ」
少し心配になりながらマオさんと一緒に開店の準備を始めて行く。
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