第16話 神官とルーラシア

 俺とエレンは神官たちを家へと案内していった。



「とりあえず今は好きな家を選んでくれ。必要なものや足りないものは商会で買ってくれ。その費用は俺が持つ。店主のナーチにはそのように伝えておくからな」

「い、いいのですか? そこまでしていただいて……」



 これはいつものやりとりだなと俺はため息混じりに答える。



「あぁ、構わない。その時に新しい服も購入してくれ。あとは明日はゆっくり休んでくれ。そのあとで一人一人、どんな仕事をしていくか相談に乗るから……」



 そう告げたあと、俺は心の中でため息を吐いた。


 また俺の仕事が増えるのか……。ここにいる全員と話し合うのにどのくらいの時間がかかるんだろうな……。



「か、かしこまりました。そ、それであの……、ここに家族を呼んでも?」



 そういえば家族がいるものもいるのか……。

 それは当然のことながら呼んでもらったほうがいいだろうな。



「わかった。それは馬車を準備しよう。家族を呼びに行く者はそれで迎えに行ってくれていい。また、やっぱり王都へ帰りたくなった者もそれで帰ってもらっても構わないからな」

「い、いえ、とんでもありません。本当にありがとうございます」



 神官の一人が深々と頭を下げる。

 そして、一人一人家へと案内したあと、ナーチと話し、重くなった体のまま館へと戻ってくる。



「おかえりなさい、ライル様……」



 疲れている時にルーの笑顔を見ると癒やされる気持ちになる。



「あぁ、ただいま」

「今日はやけにお疲れですね。何かあったのですか?」

「教会の神官長とかいうのがやってきてな……」

「えっ!?」



 ルーが青白い顔を浮かべる。

 本当なら何も言わない方がルーのためにいいのだが、神官たちがここに住むようになるから言わざるを得なかった。



「まぁ、訳の分からないことを言うから追い払ったけどな」

「そ、その、ライル様……、私、ライル様に伝えてないことが――」



 ルーが不安そうになりながらも俺の目を見て話してくる。



「わ、私、実は聖女なんです……。そ、その役目が嫌で逃げ出してきたんです。ただ、ライル様のご迷惑になるのでしたら私は……」



 今にも泣き出しそうに告白してくれるルー。

 そんな彼女を落ち着かせるために俺はゆっくり彼女の頭を撫でる。



「ルーが聖女として戻りたいと言うのなら俺は尊重するぞ?」

「わ、私は聖女になんてなりたくないです……。ここで今までみたいに暮らしていきたいです……」

「それならここで暮らしていくといい。はじめの求人に書いてただろう? 元の職業は問わないと……。だからルーが元聖女でもここでは俺の領民だ。領民の問題くらい俺が解決してやるよ!」

「ら、ライル様……」



 ルーは目に涙を溜めてそのまま俺の体に頭を預けてくる。

 こんなところを誰かに見られるとセクハラと訴えられる可能性がある。

 それでも泣いているルーをそのままには出来ず、彼女が泣き止むまで体を貸すことにした。





「も、申し訳ありません……。わ、私……」

「気にするな。それよりもこれからもこの領地に居てくれるんだよな?」

「私でお役に立てるなら……」

「もちろんだ。ルーがいないとすごく困るからな」



 どうしても人数が増えてきては会計の仕事が大切になってくる。

 だからこそルーが会計をしてくれているのはとても助かってる。


 それを聞いてルーは微笑んでくれた。



「あっ、そういえばまた領民が増えたんだ。しばらく出費が多そうだからナーチとしっかり話し合っておいてくれるか?」

「わ、わかりました。では、明日にでも……」

「いや、そんなに急がなくていいぞ」

「いえ、その次の日はゆっくり休もうと思ってますから明日のうちにやらせてもらいます」

「あ、あぁ、よろしく頼むよ」



 珍しくルーが言い切ってきたので、俺は少し驚く。

 ただ、しっかり休みを取ってくれるということなので、それ以上俺が何かいうことはなかった。



「それじゃあ私はそろそろ帰りますね」



 しばらく話していたお陰か、ようやく調子を取り戻したルーが頭を下げて館を出て行った。


 その後ろ姿を見ていた俺は、なんとか彼女のトラブルを回避できたことをホッとしていた。



「でも、これだけで済まないよな? あの神官長……、他に何か手を打ってきそうだし……。あとは人数が増えた分の金か……」



 まだまだため息を吐きたくなる要因が残っていることに頭が痛くなるが、とりあえず今日のところはゆっくり休むことにした。



◇■◇■◇■



 商会が開いた時間を見計らって、ルーがお店へとやってきた。



「いらっしゃいにゃ。あっ、ルー様にゃ」



 ナーチが嬉しそうに声を上げる。



「もう……、ルー様はやめてよ。ここにいる間はただのルーラシアだから……」

「うんにゃ、わかってるのにゃ。ここの求人に前職は問わないと書いてあったからよくわかるのにゃ。でもライル様も太っ腹にゃ。こんにゃことを書いてしまったら、どんなトラブルが舞い込んでくるかわかったものじゃないのににゃ」



 ナーチがうんうん頷きながら言ってくる。



「でも、ライル様なら……。トラブルがあってもいつもと同じように笑って解決してくれますから……」



 ルーが頬を染めながら微笑む。

 それを見ていたナーチがニヤリと笑みを浮かべるとルーが慌て出す。



「それはきっと恋なのにゃ」

「べ、別に恋とかそう言うんじゃないですよ!! そ、それよりもお金の相談に来たんですよ」



 慌てて今日の目的である、最近の出費やこれからかかってきそうなお金の相談をする。



「やっぱり人が増えると一気にお金がなくなりますね」

「んにゃ、収入が一定だからにゃ。そろそろ何か別の増やす方法を考える必要があるのにゃ」

「……エレンさん一人じゃそろそろ収入を支出が上回りそうですからね」

「まぁ、その辺りすぐにライル様がユリウスと相談すると思うのにゃ。だから私たちは私たちのできることをするのにゃ」

「そうですよね。ライル様に任せておけば大丈夫ですよね」



 ルーがにっこりと微笑む。

 それを見てナーチが再び笑みを浮かべる。



「やっぱりライル様に気があるんだにゃ。なんだったら私が惚れ薬でも仕入れてくるかにゃ?」

「い、いりませんよ、そんなもの!!」



 ルーは顔を真っ赤にして店を飛び出していった。





「もう、ナーチさんは……。私がライル様のことを気になってるなんて……」



 昨日ライルに声をかけてもらったことを思い出して、再び顔が赤くなる。



 うん、やっぱりナーチさんの言うとおり少し気になってるのかも……。

 そ、それよりも今はちゃんとお仕事しないと。



 ルーは急いで館へと向かっているとその途中で神官服の男とすれ違う。


 それを見た瞬間にルーの表情は強張る。



 そ、そういえばライル様は領民が増えたって……。

 もしかして、神官の方達がやってきたのでしょうか?

 ま、また聖女とか言われて人前に出されたらどうしよう――。



 ルーは青白い顔になっていく。

 すると心配した様子で神官服の男が声をかけてくる。



「ルーラシア様、大丈夫ですか?」

「あっ、えっと……、はい……」



 あれっ? いつもの聖女様って呼び方じゃない?



 ルーは顔を上げて首を傾げていると神官の男が申し訳なさそうに言ってくる。



「今まで申し訳ありませんでした。ルーラシア様があれだけ嫌がっていたことを聖女様だからと盲目的になって、それが正しいものだと思い込んでしまっていました。ライル様の話を聞いてようやく目が覚めた気分です。でも、貴方様には一度お詫びを言いたくて――」

「そ、そんな……、あ、頭を上げてください。もう、ここでは前の職業は関係ないのですから――」



 ルーは先ほどライルに言われたことをそのまま神官の男に伝えていた。



「やはり慈悲深いお方ですね……、ルーラシア様は。だからこそ最初は我々も貴方様が聖女に相応しいと思ったんですよ……」

「わ、私はここで経理を担当するくらいでちょうど良いですから」

「そ、そんな……。貴方様の……、奇跡と言われるほどの回復魔法を使われないのですか? 怪我ならどんなものでも治せると言われる……」

「えぇ、ライル様も少し迷っていたみたいですけど、私が人前に出るのが嫌いだと言うことで診療所ではなくて今の仕事を任せてくれたんですよ……」

「なるほど……。やはり面白い領主様ですね……。ライル様は」

「本当にそうなんですよ……」



 ルー達は二人で笑い合う。



 まさかこうやって神官の人と笑い合える日が来るなんて……。



 ルーは心の中で嬉しく思い、微笑んでいた。

 するとそんな二人を割って入るように低い声が聞こえる。



「なんだか楽しそうな話をしているな。我も加えてくれないか?」



 突然感じる禍々しい魔力。二本の角。手には円盤状の何かと小さな箱。



 かなり上位の魔族……、いえ、これほど大きくて邪悪な魔力は……魔王!?



 恐怖のあまり青白い顔で怯え出すルー。すると神官の男は庇うように前に立った。



「ルーラシア様。ここは私が食い止めます。早く領主様にこのことを!」

「で、でも、そんなことをしたらあなたが……」

「ルーラシア様……、私は今日貴方様と話せて幸せでした。ここであなたのために死ねるならこれ以上の幸せはありません」

「で、でも……」

「早く! ここで貴方様が殺されでもしたら私の死が無駄死になってしまいます。大丈夫です、領主様ならこの危機をどうにかしてくれますから――」

「わ、わかりました。で、でも、死のうなんて思わないでくださいね。誰もそんなこと望んでいませんから……」

「わかっておりますよ」



 儚い笑みを浮かべてくる神官。

 それを見たルーはグッと涙を堪えて館へと向かって走って行った。



「さぁ、来い! 魔王。易々とここを通しはしないぞ」

「いや、我は別に戦う気はないのだが――」

「そんなことを言って油断を誘っているのだな! その手には乗るか!」

「話の通じんやつだな……。仕方ない、ライルに直接話を――」

「ま、まさかお前の狙いはライル様か! ならばなおのこと、ここを通すわけにはいかん。かかってこい!」

「はぁ……、まぁいい。そこまで相手にして欲しいなら我が相手になってやろう。この魔王、アルマオディウス・ユグリスクが直々に……な。感謝するといい、ちょうど先ほど領地入り口の店で良いものを手に入れたところだ。これを試してみたかったところだからな」



 不敵な笑みを浮かべる魔王にグッと息をのむ神官の男。



「こい、どんなものでも受けきってみせる!」



◇■◇■◇■



「それにしてもいきなり魔王がやってくるなんてびっくりしたのにゃ。しかも内容が『酒場で使えそうなものを準備しろ!』だったもんにゃ。酒は後から運んでいくからとりあえずでダーツを渡したけどよかったのかにゃ?」



 酒場に必要そうな酒をかき集めながらナーチは心配そうな表情を見せていた。



「うん、きっと大丈夫にゃ。それよりもダーツを見て魔王は不思議そうな顔をしていたけど、使い方はわかるのかにゃ?」

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