第15話 神官長襲来
ユリウスと話し合った次の日、彼の予想通りこの領地に教会から使者がやってきた。
ただ、使者と言うには物々しい雰囲気を醸し出していたが――。
まず先頭には全身真っ白な甲冑姿の兵士達が歩き、その後ろには顔がやつれ、目に見えるほど疲れた神官達。
そして、その後ろに豪華な装飾がたくさん付けられた馬車。
その馬車から降りてきたのは恰幅の良い男だった。
この男だけは他の神官とは違い疲れている様子はなかった。
「全く、こんな遠い地までやって来るなんて聖女様は一体何をお考えになっているのだ……」
ぶつぶつと文句を言いながら眉をひそめていた。
その様子を俺とエレンがタイミングよく見てしまった。
すると男が側にいた兵士に声をかけていた。
その後、兵士がゆっくり俺たちの方へと向かってくる。
「おい、そこの二人! ルーラシア様の元へ案内しろ!」
いきなり命令口調で告げられる。
それを聞いて、俺はムッと苛立ちを隠しきれなかった。
当然のことながらエレンが俺を守るように前に出てくる。
「それが領主に対する口の利き方か!」
エレンが背負っている大剣に手を掛けていた。
まぁ、口調くらいで怒ったりはしないが、良い気分ではないのは確かだった。
それにルーの元に彼らを連れて行って良いことはなさそうだ。
「教会の神官長からのお言葉だ! その言葉は神にも等しい!」
盲目的に信じているようで当然のごとく言ってくる。
それを聞いて俺はため息交じりに答える。
「それなら神官長と聖女の言葉ならどっちが優先されるんだ?」
「それはもちろん聖女様のお言葉に決まってるだろう!」
当然のごとく答えてくる兵士。
その答えに俺はさらにため息を吐いた。
「その聖女がここに居たいと言ってるとしたら?」
「せ、聖女様がそんなことを言うはずないだろ! バカにしてるのか」
盲目的に聖女という偶像を信じて、ルー自身を見ようとしない奴らだ。こんな奴らの元で働いていたらルーはすごく肩身の狭い思いをしていただろう。
理想の聖女像を無理やり押し付けられて、出たくもない人前に無理やり出されて……。
「なるほどな。それならなおのこと、お前たちにルーは渡せない!」
兵士に向かってはっきりと言い切る。
「そうか、それなら死んでもらう!」
兵士が剣を抜く。
それと同時にエレンも大剣を構える。
するとそんな彼らを割って入るように神官長がゆっくり歩いてくる。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。ここは聖女様の居られる土地になりますよ。無益な殺生をすることもないでしょう……」
嫌らしい笑みをエレンに向けながらゆっくり俺たちに近づいてくる。
「殺生とはどういうことだ?」
エレンが睨み付けながら問いかけるが神官長はペースを変えずに淡々と答えてくる。
「もちろんあなたたちだけではここにいる聖堂騎士に勝つことは出来ないでしょうからね。負けるとわかってて、無駄に命を落とすことはありませんよ。大丈夫です、あなた方は何も見ていない。何も知らないと言ってさえくれれば、あとは私の方で聖女様をお迎えしてここから去って行きますから――」
目を細め、まるでそうすることが正解かのように囁いてくる。
ただ、要するにこれってルーを見捨てろってことに他ならないよな。
「そんなこと出来るはずないだろう!
簡単に切り捨ててしまってはホワイトとは言えない。しっかり、最後まで面倒を見てこそのホワイトだ。
本人が出て行くというなら止める理由はないが、嫌がっている以上俺がすることはこいつらを領地へ入れないことだな。
それならば――。
「それよりお前達もこんな神官長について行って良いのか? 無理矢理休みなく働かされたりしてないか? しかもしていることは聖女のためと言いながら結局は神官長の私腹を肥やしているだけじゃないのか?」
俺の言葉を聞いて神官達がざわつき出す。
やはり心当たりがあるようだな。
「そ、そんなことあるか! 私は神の御心のままに……。聖女様のためを思って行動しているのです。そんな頭が狂った領主の話を聞くんじゃないですよ!」
神官長が言葉を荒らげながら告げる。
やはり今言ったことはあながち間違いではないようだ。
その証拠に神官たちはどうしていいのかわからずにオタオタとその場で動くしかできなかった。
「くっ、後で覚えてろよ! おいっ、聖堂騎士! こいつらを排除せよ!」
「さ、先ほどと仰ってる事が違いますが……」
「こやつらはもう悪魔の手先に成り下がっておる。神の名の下に処刑してしまうしかない!」
余裕がなく聖堂騎士たちを怒鳴る神官長。
それを聞き聖堂騎士たちは困惑していた。
「はぁ……、ちょっと本当のことを言われたくらいでこの対応か。一体どれほど神官たちを使って私腹を肥やしていたんだ?」
「ぐぬぅ……、やれ! やらなければお前たちに神の裁きが下るぞ!」
神官長の言葉に迷いながらも聖堂騎士たちが俺たちに向かって駆け出してくる。
しかし、動きに迷いがある聖堂騎士がエレンに敵うわけもなく、一撃の元、吹き飛ばされていった。
「ど、どういうことだ。我が聖堂騎士が一人の人間に倒されるなんて――」
信じられない様子で飛ばされた聖堂騎士たちを眺める神官長。
「あとはお前だけだが……、どうするんだ?」
エレンが神官長へ大剣を突きつける。
「わ、私を殺すと神の怒りを……」
「言い残すことはそれだけでいいのか?」
エレンが低い声を出しながら言う。そこで聖堂騎士の一人がハッと目を大きく見開いた。
「し、神官長、こ、この女は豪剣のエレンです! え、Sランク冒険者です!!」
ようやくエレンの正体がわかったのか、吹き飛ばされた聖堂騎士の一人が声を上げる。
すると神官長が青白い顔を見せていた。
「ぐっ、ど、どうしてそんな奴がここに……」
「どうしてって言われても、ライルが出した求人の内容を気に入ったからだが?」
エレンは何を馬鹿なことを言ってるんだと言わんばかりに淡々と答える。
「つ、つまりあの内容は本当なのか……。あ、あの信じられない内容が……」
怯えていた神官の一人がフラフラと俺の方へと近づいてくる。
何かするのではとエレンが警戒して、俺のそばに戻ってくるが、神官は目の前で膝をついて頭を下げてくる。
「わ、私もここで働かせてもらえませんか?」
その神官の言葉を皮切りに続々と神官たちが俺の前に集まってくる。
「ぐぬぬっ、お、お前たち、いいのか! そんなことをすると神の罰が……」
「お言葉を返すようですが、聖女様がこちらにおられるならむしろ罰が当たるのは神官長ではないでしょうか?」
「お、おのれ……、お前たち、覚えてろよ……」
神官の一人がはっきりと言い切る。
それを聞き神官長は悔しそうに唇を噛み締めながら、わずかに残った聖堂騎士や神官を連れて逃げるように立ち去っていった。
◇
「それではこれより我ら神官一同、貴方様の配下に加わらせていただきます。こき使ってくれるとありがたいです」
数多くの神官たちが再び頭を下げてくる。
それを聞いて、俺は慌てて伝える。
「そんなこき使うようなことはない。むしろ今はゆっくり体を休めてくれ。これから先のことはゆっくり考えていくから」
その言葉を聞いて、神官たちは目を潤ませる。
「さ、さすがは聖女様のお選びになった方……。まるで神のごときお方だ。そのお慈悲に深く感謝いたします……」
「そうだな、一つ言うことがあるとしたら……、その聖女様という呼び方を辞めてあげてくれるか? ルー自身がそれを望んでないみたいだからな。あとはその格好……、神官服とかではルーが怯えてしまうかもしれない。服も準備するからそれに着替えてもらってもいいか?」
「そ、そんな……、で、でも、それが聖女様と貴方様のご意向とあらば……。かしこまりました。これからはルーラシア様とお呼びいたします」
「もう少し柔らかく呼んでやって欲しいんだけどな……」
今まで聖女として仰いでいた相手に急に馴れ馴れしく呼べと言っても出来ないか……。
俺は苦笑しつつ、今回領にやってきた二十人ほどの神官や聖堂騎士たちを家へと案内していった。
◇■◇■◇■
「くそっ、くそっ、なんなんだ、あの領主は! どうして教会の威光に跪かない! 神が恐ろしくないのか!」
神官長は王都へと逃げ帰る途中、悪態をついていた。
それを聞いていた後に残った神官たちは、自分たちもあの領地に残ればよかったと少しだけ後悔していた。
そんな中、彼らとすれ違うように一人の男があの領地へと向かって歩いて行った。
ただ、その人物を見た瞬間に神官長は真っ青な顔をして、その男の方を振り向く。
頭にある二本の角。おそらくは魔族だ。
ただ、あの強大で禍々しい魔力……。あれほどの力を持つ人物は魔王か、それと同等の力を持つ人物しか考えられない。
そんな人物がどうしてあの領地へ……?
もしかして、あの領地を滅ぼしに?
いや、それなら一人で向かっていくのがおかしい。
つまり、あの領地は魔王とつながっている!?
そ、そうか。そうに違いない。
聖女様が急にいなくなったのも神官たちがあの怪しげな領主についていったのも、Sランク冒険者なんて強者があの領地にいるのも全て魔王の力によるものなのだろう。
そ、そうとわかっては早く戻って国王様に相談をしなければ……。
こ、このままでは我が国が滅ぼされてしまう……。
青白い顔を見せながら神官長は急ぎ王都へと戻っていった。
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