第13話 教会の聖女様
マオさんを見送った後、館へと戻ろうとすると商会へやってきたエレンと出会う。
彼女は相変わらず背中に大きな魔物を担いでいて、俺と出会った瞬間に苦虫を噛みつぶしたような表情を見せてきた。
「ライル……、こんなところでどうしたんだ?」
「いや、求人を見て来てくれた人がいたんだが、まだ即答できないみたいだったんだ。まだまだダメだな」
「そんなことないぞ。ライルがいないと私はこんなに自由に生活することができなかったからな」
励ますように答えてくれるエレン。
「あぁ、ありがとうな。それよりもどうしたんだ、その魔物は?」
「あっ、いや、そのなんだ……。ちょっと暇だから狩りにな……。し、仕事としていったわけじゃないからな。ただ、暇つぶしに行っただけで――」
どうやらエレンが隠そうとしていたのは休みの日なのに狩りにいっていたことのようだった。
そんな彼女を見て俺は苦笑を浮かべる。
「……まぁ、無理だけはしないでくれよ。エレンはもうなくてはならない存在なんだからな……」
この領地は常に魔物の脅威があるからエレンの力はとても頼もしい。
「えっ、それって……」
エレンが少し嬉しそうな表情を見せてくる。
「これからもこの領地を守ってくれ」
「まぁ、そうだよな……。ライル相手に何期待してしまったんだろうな……。任せておけ、私がいる限り魔物に後れを取るわけがないからな」
ため息混じりに答えてくれる。
「それにしても求人か……。流石にまだ店が少ないもんな。ライルの料理はうまいが、他の料理も食べてみたくなる……。それに夜はこうぐいっと……なっ?」
エレンがコップを傾ける仕草をする。
どうやら酒場のことを言ってるようだ。
「ははっ、わかってるよ。だから酒場で働かないかと聞いてたんだ。まぁ答えは保留にされたが……」
「そうか……、それは楽しみにしてるよ」
「それよりも今日はその魔物を売りに来たのか?」
「そうだ、私が多く魔物を狩ればその分だけライルも楽になるだろう? どうせ現金で渡そうとしても受け取ってくれないんだから……」
エレンもこの領地の金銭面の心配をしてくれているようだ。
今の収入は主にエレンが魔物を狩ってきてくれた分で賄われてる。
彼女にこれ以上負担をかけないようにするにはやはり何か別のことで収入を得ないといけないな。
畑からの収入もかなり先じゃないと見込めないし、やはり新しい店が必要になるな。
◇
「いらっしゃいにゃ。あっ、ライル様、もうユリウスとの話し合いは終わったのにゃ?」
商会の中に入るとカウンターの方から嬉しそうにナーチが近づいてくる。
「あぁ、いろいろ相談に乗ってもらったよ」
「……ユリウス?」
エレンが不思議そうに聞いてくる。
そういえばエレンには話してなかったな。
「あぁ、昨日きた領民たちの一人だ。大賢者でこの領地についての相談に乗ってもらったんだ……」
「大……賢者? まさか本当に大賢者ユリウス様なのか?」
エレンが信じられなさそうに聞いてくる。
俺としてはあのぐうたらしているユリウスの方が印象に深く残ってしまったので大賢者の姿があまり思い浮かばないが――。
「あぁ、本物らしいぞ。ただ、その辺りはナーチの方が詳しいんじゃないか?」
「にゃにゃ? そこで私に振るのかにゃ? まぁいいにゃ。確かにユリウスは大賢者で間違いないのにゃ。私も信じたくはないけど……」
ナーチのお墨付きをもらったことで、ようやくエレンは信用してくれる。
「しかし、大賢者か……。これ以上頼もしい存在はいないな。それにしても本当にこの領地はどんどん有能な人材が来るな」
「そうだな。ついさっきもマオさん……と言う人が来ていたぞ」
「マオさん?」
「あぁ、自分でそう名乗っていたからな。多分エレンやユリウスと同じで名前が知れ渡っている人物だと思うが聞いたことがないか?」
「私は聞いたことがないな……」
「私もないのにゃ……」
「そうか……」
俺の予想は外れたのか?
まぁ有名な人物だったら余計な仕事が増えるだろうしここは外れてくれた方が嬉しいか……。
「あれっ? ライル様とエレンさん? 二人もここに来ていたのですか?」
すこし考え事をしていると店の扉が開き、ルーが入ってくる。
「あぁ、見ての通りエレンの魔物を売りに来たんだ。それとすこし相談事をな……。それよりもルーはどうしたんだ?」
「はい、昨日来られた人たちの必需品でどのくらいのお金がかかったのか、ナーチさんに聞きに来たんですよ」
「今日はみんな休みの日……だったんだけどな」
「あっ……」
ルーが口に手を当てて驚いていた。
「ご、ごめんなさい。私、全然気づかなくて……」
「いや、悪いことをしたから怒ってるんじゃないぞ。ただ、休みの日くらいはゆっくり休んで欲しいんだけどな……」
確かにユリウスと話していたとおり、休日の方は徐々に慣らしていってもらうしかなさそうだ。
「あ、ありがとうございます。で、でも私はここに居させてもらってるだけでありがたいので――。人前に出ることがありませんから……」
「んにゃ? 人前?」
ルーがもじもじとしながら話しているとナーチが間を割って入ってくる。
「どうかしたのか?」
「少しだけ気になることがあったのにゃ。今、王都でちょっと騒ぎになっていることがあるのにゃ」
「……なにかあったのか?」
真剣な表情を見せてくるナーチに俺は少し険しい顔をしながら聞き返す。
「んにゃ。教会の聖女様が行方不明になったみたいなのにゃ。それで今王都では大騒ぎになっていたのにゃ。確かそこの聖女様は人見知りという噂を聞いたことがあって……」
それを聞いてルーが青い顔を見せていた。
もしかして、その一件にルーが何か関係しているのだろうか? まさかルーが聖女本人なのだろうか?
いや、もしそうだとしても関係ないか。ルーは自分の意思でここに来てくれたんだもんな。
なら俺はそんなルーの意思を尊重して彼女がここにいれるようにするだけだ……。
「大丈夫か?」
「う、うん……。でも、今日はやっぱり少し休ませてもらいますね……」
そのままルーは商会を出て行った。
それを俺たちは心配しながら眺めていた。
◇■◇■◇■
「聖女様、聖女様の居所はまだわからないのか!?」
「も、申し訳ありません」
恰幅の良い装飾がたくさんついた神官服を見にまとった男が側にいる若い男を怒鳴り散らしていた。
「全く、ガキの世話一つもできんのか」
「お、お言葉ですが、聖女様は深夜遅く、しかもいつものお召し物と違うものを着られていたようで……」
「そんなことはわかっておる! くそっ、こうなったら次戻ってこられたら聖女様の護衛は一日中、休みなしでするしかないな」
「そ、そんなに働かせてしまっては護衛達が倒れてしまいます」
「そんなこと知るか! 護衛より聖女様の方が大切だ! とにかくなんとしても見つけ出すのだ!」
ただ怒鳴り散らすだけの男を見て若い男は慌てて部屋を出て行った。
「ふぅ……、全く聖女も自分の立場をわかっておらん。聖女が言葉を発すればどれだけの金が生み出されるか……。いい加減おとなしくなってくれれば良いものを……」
残った男は側に置かれた椅子に腰掛けると深々とため息を吐く。
すると扉がノックされる。
「神官長、神官長はおられますか!?」
「おう、どうしたのだ?」
神官長と呼ばれた男は立ち上がり、部屋の扉を開くと先ほどとは違う神官の男が部屋へと入ってくる。
「はぁ……、はぁ……、神官長、ついに聖女様の足取りをつかめました!」
息を荒らげながら神官の男が伝えてくる。
「でかした! して、その場所は?」
「はっ、おそらく今王都を賑わせている辺境の領地、アーレンツ領に向かったとのことです」
「アーレンツ領……。確かあの『金を稼がなくていい。しかも、少ししか働かないくせに休暇を与えた上で金を渡す』という求人を出していた頭の狂った領主のいる場所だな? それは確かな情報なのか?」
「はっ、その隣の領地の主であるユースリッグ様より受けた情報ですので確かかと……」
「ユースリッグ伯爵か……。あまりいけ好かない相手だが、確かにやつの情報なら間違いはないだろう。わかった、すぐに出迎えに行く準備をしろ! 私も当然出る!」
「はっ!!」
神官は慌ただしく部屋を出て行った。
そして、一人部屋に残った神官長はにやりと笑みを浮かべていた。
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