第12話 魔王、アルマオディウス・ユグリスク

 一通りユリウスに相談し終えたあと、俺は考えをまとめるために領内を歩いて回っていた。するとちょうど領地の入り口に求人票を手に持った男の人がまるで領地を伺うように眺めていた。


 もしかして、新しくこの地に雇われに来た人だろうか?

 頭にツノがある種族……見た目的に獣人と言うより魔族に近い気がするが、わざわざ雇われに来てくれている人なんだから種族は関係ないだろう。


 それにしても思ったよりも人が来てくれるな。

 やはりユリウスが言っていたとおり金銭面の条件がよかったのだろうな。

 見た目農民といった感じではなさそうだな。


 背は高く、細みの体で本当に頭にツノがあることを除けばかなり顔立ちもよく人気の出そうな容姿をしていた。

 見た目だけなら酒場の店主とかも似合いそうだなと思えた。



「もしかして、この領地の求人を見て来たのか?」

「あぁ、そうだが、意外と静かな領地だな」



 不思議そうに聞き返してくる。

 やっぱり、こんな田舎領地より賑わってる王都とかの方が良いよな。

 だからこそ良い条件を出してなんとか人を呼ぼうとしているのだけど……。



「で、でも、この領地に来てくれた人はみんないい人ばかりだ。あっ、そうだ。とりあえずこの領地を見て回らないか?」



 実際に見てもらって感じてもらう方がわかりやすいかなと思い提案してみる。

 すると男の人はすこし悩んだ様子を見せたものの頷いてくれる。



「そうだな。実際に見た方が内部の事情がわかるな。よし、どこに行く?」

「えっと、その前に名前だけ聞いても良いか? なんて呼んで良いのかわからないからな」



 この人、どういうわけかすごく威圧感があるんだよな。存在感がすごいというか……。



 少し押され気味になりながら聞いてみる。



「名前……、もしかして我のことを知らないのか?」



 もしかしてこの人も有名な人だったのか?

 俺が首を傾げてみせると男の人は頭に手を当てる。



「意外と我の姿は人間達には知られていないんだな……。我は魔王、アルマオディウス・ユグリスクだ」



 はっきりと言い切る男の人。



 今、とんでもない言葉が聞こえなかったか?



 魔王?

 いやいや、なんで魔王が単独でこの領地に求人票を持ってやってくるんだ……。

 ありえないよな。せめて誰か部下を連れているならまだしも単独でこんな人数も少ない領地にやってくるなんて……。



 あっ、もしかして、マオ……の部分も名前か?

 マオ・アルマオディウス・ユグリスク。



 あぁ、きっとそうだな。危うく勘違いするところだったな。



「それでマオさんはどんな仕事ができそうだ? 今いる人たちだと農作業をしてもらったり、未開の大森林の魔物討伐をしてもらったり、あとは内政絡みの仕事を手伝ってもらったりしてるが?」

「くくくっ、アルマオディウスだからマオか……。そう呼ばれたのは初めてだ。ふむ、一応仕事ならそのどれもできるな」

「それなら一通り見てもらおうか。そのあとにこの領地でやりたい仕事があったらここに住んでくれたらいいからな」

「そうか……。もし我がここに住んでしまったらいろんな問題が起きてしまいそうだが――」



 やはりエレンやユリウス達と同じような有名人か……。

 もうこの際、一つや二つ問題が増えても変わらないだろう。それよりも有能な人材を引き入れるほうが大切だな。



「そのくらい問題ないぞ。何かあったら俺がどうにかするから」

「そうかそうか……」



 マオさんが初めて笑ったような気がした。



「よし、それじゃあまずは畑の方へ連れて行ってくれ」

「わかった。ではついてきてくれ」



 なぜか雇う側であるはずの俺がマオさんの言うことを聞き、案内していく。



 ◇



「ほう、ここが噂の……、意外と人は少ないんだな」



 マオさんは興味深そうに畑を眺めていた。



「どんな噂が流れているのかは知らないが、みんな昨日来た人ばかりだからな」

「なるほど、いきなり情報は流さないか……。それで今は……畑を耕しているのか。魔物相手のトレーニングとかはしたりしないのか?」

「さすがにそんなことはしないと思うぞ……」



 今まで農家の人が魔物と戦っている……なんて話は聞いたことないからなぁ。



 俺が知らないだけ……と言う可能性もあるのでぼやけた言い方しか出来ないが。



「そうか……、やはりあの報告は見間違えだったんだな。そもそも農家が大量の魔物達をクワで……しかも一撃で倒していくなんてあり得ない話だからな」



 マオさんが小声で呟いている。



「それにしても広大な畑の割に人数は五人だけか……。もっと人を増やしたりはしないのか?」

「ははっ……、そのための求人だからな」



 俺は苦笑を浮かべながらマオさんの手にある求人票を指さしていた。



「なるほどな……。おや、向こうにある穴は……何かの罠か?」



 マオさんがエレンの開けた穴に気づいてしまう。

 さすがにあれはごまかしたかったのだが、そういうわけにもいかなかったようだ。



「あれはまぁ……その……、ちょっと色々あってな。思いっきりクワを振り下ろした結果なんだ……」

「く、クワを……か?」



 マオさんが驚きの表情を見せてくる。



「さ、さすがに我に畑仕事は向かなさそうだ……。クワであんな大穴を開けるようなことは出来ないからな……」



 しまったな……。ここを見せたのは失敗だったかもしれない。

 いや、まだ他の職業もある……。冒険者……は今日は休んでいたし次は――。



「それなら次は別の所も見に行くか。他にもしたいと思う仕事があるかもしれないからな」

「あぁ、そうだな。他には何があるんだ?」

「今日は冒険者の人たちは休みを取っていたから、……あとは準備中の商会と……相談役……は除外して――」

「相談役? なぜそれは除外するんだ?」

「いや、その、家から出たくないから、家の中で仕事をしてるんだ……」

「そ、そんなことができるのか? いや、我の城も家のようなものか……。そこで一日中寝る間も惜しんで働かされる……恐ろしいな」



 マオさんが青ざめた表情を見せていた。



「いやいや、そんなに仕事は渡さないぞ! むしろ何か相談に乗ってもらいたいときだけ出向いて聞く……って感じだな」

「そ、そんな天国のような仕事が……。い、いや、そんなもの夢幻に過ぎん」

「ま、まぁ、家から出たくないなんて普通は考えられないからな」



 俺が乾いた笑みを浮かべる。しかし、マオさんの顔色は青いままだった。



「大丈夫か? 少し休むか?」

「い、いや、大丈夫だ。ちょっと我の常識が通用しないだけで至って普通だ……。そ、そうだな。まぁ今までの奴らは優遇されていたのだろう。もし我が働くとしたらどういった職種になるんだ?」

「そうだな。マオさんが……というわけじゃないが、今欲しい職種は酒場の店主だな。時間が変則的になるだろうし、マオさんがしてくれたら助かるのだが……」



 少し興味を持って貰えたのかなと思ってマオさんに聞いてみる。



「酒場……、夜の仕事だな。も、もし、酒場を営むとなった場合はどんな条件で働くことになるんだ?」



 条件か……。

 やっぱりそこが気になるよな。


 でも酒場となると普通の条件じゃ駄目だろう……。

 どちらかと言えば夜に開いてる場所だし、無理矢理時間外に働かせるわけだからなるべく来てもらえる条件で……。



「そうだな……。例えばお店を開ける時間は夕方からで閉める時間はマオさんに任せる。休む日は事前に告知さえしてもらったら好きなタイミングで取ってくれてかまわない。仕込みとかもあるだろうし、この条件でも大変ならすぐに言ってくれ。時間の条件を見直すから……。後は他の職業と同じ条件かな。これでどうだ?」



 それを聞いてマオさんは頭に手を当てる。



「ちょっと待て。いつでも好きなタイミングで閉めていいだと?」

「あぁ、毎日客の入りは変わるだろうからな」

「お前から何か強要してくることは?」

「そんなことしないぞ。好きにしてくれてかまわない。必要なものとかは商会の方に言ってもらったら手配してくれるはずだから……」

「しっかり休みを取って良いのか? 口では休みと言いながら実は働かないといけないとか……」

「いや、むしろしっかり休んでもらわないと困る」



 それを聞いてマオさんは真剣な表情を見せて考え始めた。

 しばらく何も話さずに考え込んでいたので俺も無言でマオさんの答えを待つ。



「その、少し考えさせてもらっても良いだろうか? 一旦帰ってじっくり考えてから答えを出したい」

「もちろんだ。ゆっくり考えてもししてくれるというのならここに来てくれ」



 結局すぐに答えは出なかったようでマオさんはそのまま領地を後にした。

 ただ、悩んでいる様子だったので良い答えを貰えるといいが――。

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