第11話 大賢者に相談

「それじゃあ早速僕も仕事をさせて貰おうかな」

「いいのか? 今日は休みの日だろう?」

「うん、僕としてはこうやってゴロゴロできたら良いからね」



 全力でクッションを抱きしめながら寝転んだ態勢で話してくる。



「それに一応早めに聞いておきたいから。領主……、えっと、ライルだっけ? 一応ここの求人の情報をもう一度聞かせてもらっても良いかな? 一つ一つ問題点を伝えていくよ」



 問題点……。やはりホワイトな求人を続けていく上で問題となる部分があるようだ。


 少し緊張しながらゆっくり一つずつ伝えていく。



「まずは最低の給料保証だな。毎月銀貨三十枚、これはこちらが保証することにしている」

「うん、それが人が集まっている大きな要因だろうね。特に農民や冒険者、あとは商人や手に職を持っていないものは元々給料が安定しない。これほど魅力的な条件はないだろうね。その反面、問題としてはやはりそのお金をどうやって準備するか……だね。月換算……ということは一人あたり一年で銀貨三百六十枚。かなりの額になるよね。今この領地にあるお金はどのくらいかな?」

「そうだな。元々両親が残してくれた分と最近エレンが稼いできてくれた分、どっちも併せて金貨五百前後だな」

「両親がかなり残してくれてたんだね。まぁ、それはおいておこう。今この領地にいる人間は領主のライルも併せて十四人。最低でも一年間で金貨五十枚は必要になる。これは人数が増えれば増えるほど多くなっていくわけだ。その分だけ稼いでいかないといけないことを知っておいてくれ」



 ある程度金を集めないといけないことはわかっていたが、改めて数字をあげられると不安に思えてくる。

 するとそんな俺の様子を察したのか、ユリウスは笑いながら伝えてくる。



「まぁ、これはそれほど心配しなくていいかな。今の額なら豪剣一人で優に稼げるだろう。特に未開の大森林で取れる魔物はかなり強力な魔物が多い分、狩ることが出来ればかなり高額で売買することが出来る。売却した魔物の金額からいくらかもらっているんだよね?」

「あぁ、売却金額の二割をもらってる」

「……なるほどね。豪剣がここに居座るのもわかるよ。今冒険者ギルドが手数料としてもらっているのが半分ほどだよ。ギルドは魔物の額とは別に依頼料がついたりとかもするけど、それでもここの方が優に稼げるね」

「まぁ、エレンがここに来た理由はうるさく言われない……規約が厳しくないかららしいけどね」

「きっかけはそれでも、最初に来てそれで居座っているということはここが過ごしやすいからだよ。そこは誇っていいかな。だけどお金の問題は人が増えたときに出てくるだろうから、認知だけしておいてくれたら良いよ。それまでに安定して稼げる手段を探し出しておけば……。それの他にも色々な条件があったよね?」



 ユリウスが眠たそうな瞳をまっすぐ俺の方へ向けてくる。

 するとそのタイミングでナーチが声を上げる。



「にゃにゃ、そろそろ私は店に戻ってもいいかにゃ? 早く開店の準備をしておきたいのにゃ。あと、ライル様が言っていたとおり、魔物売却のライル様の取り分から必要資金をもらっておいたにゃ。あと、私は旦那様みたいにお金を持ち歩く性分はにゃいから大金だと少し準備するのに時間がかかるのにゃ。それだけ覚えておいてほしいのにゃ」

「まぁ、普通は金貨二百枚なんて持ち歩いていないよな。強盗に襲われでもしたらどうするんだろうな」

「旦那様のお付き……、覚えているかにゃ?」



 そういえば商人の隣にもう一人いたな。

 はっきりといってほとんど記憶に残っていない。



「いたことくらいしか覚えてないな……」

「まぁそうだろうにゃ。元々暗殺を生業としている人間なのにゃ。だからこそ目立たずに、その上で周囲の観察に優れていて、なおかつ戦闘の実力もある。彼が側にいるからこそ他の人間に預けるより自分で持っていた方が安心できると思っているんだにゃ」



 なるほど……、暗殺者か。

 信頼できるような暗殺者がいるなら心強そうだな。

 問題は仕事が仕事だけにそれだけ信用できるやつがいるかどうか……につきそうだ。



「あぁ、ありがとう。いい話を聞かせてもらったよ」

「参考になったのなら嬉しいにゃ」



 ナーチは笑みを浮かべて家を出て行った。



 ◇



 ナーチが出て行ってからユリウスは更にだるそうな表情を見せながらクッションに抱きつく。



「まぁ彼女の言うこともわかるけど、まだそういった職業の人物は雇おうと考えない方が良いよ」

「どうしてだ?」

「この領地には敵が多すぎる。それはよく知ってるでしょ?」



 魔族領地と未開の大森林に挟まれているここは常にそれらの被害をうけてきた。

 今暗殺者がこの場に現れたとなると魔族が派遣したと考えられる訳か。



「魔族と大森林だな」

「それ以外もあるよ。ここの隣には貴族の領地があることは知ってるよね? 名前は……忘れたけど、彼もこの地を狙っててもおかしくないよ。あとは何人か冒険者が来たことで冒険者ギルドからも目を付けられている。僕がここにいることでおそらく国からも目を付けられているよ。他にも素性を隠している人物がいるかもしれないし……」



 改めてあげられると周りに敵しかいないことがよくわかる。



「もしかするともっと敵を作っているかもね。まぁ、対外的な問題はこんな所かな」

「……よくこの領地が無事でいたな――」



 改めて聞くといつ滅んでもおかしくない気がする。

 しかし、それをユリウスが笑い飛ばす。



「全く本当だよね。でも、こんな状況を打破できるのもライルの出した求人のおかげだよ。とりあえず今は一つずつ問題を取り除いていくことを心がけてくれたらいいから……。それだけでこの領地は安泰だよ……。大丈夫、僕もこの楽園を手放したくないからこの家の中から力を貸すよ……」

「あくまでもこの家を出る気はないんだな」

「うん、もちろんだよ。働いたら負けだと思ってるから」



 屈託のない笑顔を見せながらとんでもないことを言い放ってくる。

 いや、まぁこうやって相談に乗って貰ってるだけで十分仕事をしてくれているわけだが――。



「それよりも次の問題だね。働く時間と休みだね。これに関してはゆっくり時間を掛けて休んでもらうように言うしかないね。特に農民達は毎日畑に行くだろうし、冒険者たちも自由な生活をしている。時間で縛るのは難しいだろうね。だからこそそれの対策も必要だね」



 やっかいなところだな。

 絶対に休める……と言うわけにも行かないだろうし、かといって全く休まずに働いているところを見ると自分たちもそうしないといけないように見えてしまう。



「難しく考えずに彼らの場合は働く時間は日が昇っている間とか、決まった時間にしないとか、時間自体の規定をなくす方が良いかもしれないね。逆に職業的に時間を守れる人はきっちりと守らせていく。それで少しずつ馴染ませていくくらいしか出来なさそうだね」



 まぁ、今まで働きづめだった人にいきなり休みだから……っていっても困るか。

 ユリウスみたいにすぐに馴染んでくれる人もいるけど。



「今、早急に当たらないといけないのは周囲の脅威に対して……と金銭的な問題だね。あとは娯楽が乏しいのが後々問題になりそうだね。酒場とかはなるべく早くに作ったほうがいいよ」



 酒場……か。

 誰かしてくれそうな人はいないだろうか?



 ユリウスがしてくれた提案を真剣に考え始める。



 ◇■◇■◇■



「魔王様、本当に御自ら偵察に行かれるのですか?」

「もちろんだ、いきなりそれほどの国が出来たのなら自分の目で確認しておきたい」

「そ、それはよろしいのですが……、ほ、本当にその格好で大丈夫でしょうか?」



 魔王の格好は普段と同じ黒いマントを羽織った、いかにもな格好だった。

 変装するわけでもないので、魔族特有のツノが二本、頭から生えている。

 体つきだけ見ると若い男性そのものなのだが、特徴あるその姿と、体から発せられる禍々しい魔力を隠さないと魔王だと言うことは誤魔化せなかった。



「大丈夫だろう。我が魔王だとわかって攻撃してくる相手もいるはずないからな」



 魔王はそんなこと気にした様子もなく高笑いをしていた。

 その手には王都へ偵察に行かせた際に持って帰らせた求人票。


 その紙には色々と魅力的なことが書かれていた。

 特に毎週二日、必ず休めるというのは最高だ。


(いや、いかんいかん。魔王たる我がこんな調子ではよくないな。いくら毎日山のように仕事を渡されて寝てるときと食事を取っているとき以外仕事漬けの毎日……。そんな病んでしまっても仕方ないような日々を過ごしているとはいえ。……とにかく我が領地の隣にそれほどの脅威が現れた以上我が目で偵察しに行くしかないな)



 魔王は色々な思惑を抱きながらアーレンツ領へと向かっていくのだった。

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