第10話 領民たちとの交流(その1)

 翌日、俺はこの領地に来てくれた人らがしっかり馴染んでくれているか確認するために領地内を散策していた。



「あっ、領主様、おはようございます」



 畑のそばに行くと農家の人たちが話しかけてくる。

 ただ、その手にはクワなどの道具が握られていた。



「あぁ、おはよう。もう働き出すのか? もっと休んでくれたらいいんだぞ?」

「いえ、なるべく早くから準備をした方が収穫も早くなりますから。それに場所も変わりましたので、畑の様子も見ておきたくて……」

「まぁ、無理しないようにほどほどで頑張ってくれ」

「はいっ、ありがとうございます」



 深々と頭を下げられてしまう。



 逆に俺がここにいては仕事にかかれなくて、余計働く時間を増やしてしまうか。



 ただ、念のために他の人はどうだろうかと五人いた農業希望者を見て回ったが、皆同じように畑の方へと働きに出ているようだった。



 やはりゆっくり休むということになれていないのだろうか?

 そういえばエレンも休みの日でも未開の大森林に行っているらしい。



 これは仕事じゃなくて遊びに行ってるだけだといってしまったらそれだけなのだが、無理はしないで欲しい……。



「とりあえずこれは少しずつ慣れていって貰うしかないか……。他の人たちは――」



 次は元冒険者達が住んでいるエレンの家の近くへとやってきた。

 エレンの家は館からは数分の距離でどちらかといえば領地の中心部にある。


 これはエレンが言うには『ライルに何かあったときにいち早く駆け寄ることができるだろう?』ということだった。


 そして、冒険者達がこの家の近くを選んだのは『Sランク冒険者のエレンさんから何か吸収させて貰います』という理由だった。


 やはり元冒険者の彼らからしたらSランク冒険者たるエレンの存在は大きいのだろう。



 もしかして、今日はエレンについて行ったのだろうか?



 すこし不安に思ったのだがどうやら彼らはしっかり休みを取っているようだった。

 家の外で冒険者三人集まって楽しそうに話していた。

 そのうち一番若い少年が俺に気づいて声をあげてくる。



「あっ、ライル様。お疲れ様ッス!」

「あぁ、お疲れ様。今日はゆっくり休んでるんだな。よかったよ」

「えぇ、エレンさんがしっかり休むのも力をつけるのに必要だと教えてくれまして、こうして休ませて貰っています」



 どうやらしっかりエレンが言ってくれたようだった。



「それならよかったよ」

「でも、明日からは俺たちもバリバリ働いていっぱい魔物を狩ってくるッス。見ていてください!」



 力こぶを作ってみせる少年。

 その様子を見て俺は苦笑を浮かべる。



「いっぱい狩ってくるのもいいが、無理して怪我だけはするなよ? 体が何よりの資本だからな」

「……同じことをエレンさんも言っていたッス。わかりました、しっかり無理をしない程度に頑張ってくるッス」



 しっかり頭を下げてくる少年。

 これならあとはエレンに任せておけばしっかりとした冒険者になるだろう。

 俺は安心してその場を後にしていった。



 ◇



 あとは鍛冶師の人と……ユリウスか。



 ユリウスがどこの家を選んだのかはわからないが、鍛冶師はわかる。


 ナーチが商会を構えようとしているすぐ近く。

 領地の東部分。


 王都への街道が続く入り口近くの門……と呼んで良いのかはわからないが、その付近の建物を使っているようだ。


 元々この領地は北に未開の大森林、西には田畑が連なり、その先には魔族領、南には別の貴族の領地がある。さすがにそちらに街道は続いていないので、実質領地を出て行こうとするとこの東部分を絶対通る必要がある。


 だからこそこの場所を陣取っているのだろう。


 せっせとものを入れているナーチを横目にその隣にある鍛冶屋へと入っていく。



「らっしゃい……。おっ、領主様ですかい?」

「あれっ、もうお店を始めているのか?」

「いや、ついいつもの癖で誰かが入ってくるとこう言ってしまうんですよ。まだ店は準備中ですよ。何かご入り用なら準備ができ次第ご用意させて貰いますが?」

「いえ、今は町に来たばかりの人たちの様子を見て回ってるんだ。やっぱり違う地に来たら勝手とかも違うだろう?」

「そうですね……、私はかなり好きにやらせて貰ってますよ。本当なら家から作っていかないといけない覚悟できてますから――」

「はは……、元の領民達が逃げ出したから、建物だけは余っているからな」

「そうなのですね。それは元の人たちはかなり損をされましたね。なんていったってこんなに良い条件で雇って貰えるなんて他には考えられないですから」



 鍛冶師は嬉しそうに声をあげて笑いだす。



「そこまで喜んでもらえたならよかったよ。また何か用事があったら来るよ」

「はい、いつでもお待ちしております」



 鍛冶師に見送られて俺は店を後にした。



 ◇



 店を出るとナーチが待ち構えていた。



「ライル様、待っていたにゃ」

「何かあったのか?」

「うんにゃ、違うにゃ。実はユリウスが呼んで欲しいって言っていたにゃ。領主様相手なら普通は自分から行くべきなのに、全く不遜なやつにゃ」



 ナーチが頬を膨らませて怒っていた。



「まぁいい。今日は休みだもんな。それに俺は暇してるから会いに行くぞ?」

「それはよかったのにゃ。それならユリウスのいる場所を教えるのにゃ」



 ナーチに案内されてやってきたのはちょうど館と商会の間に位置する場所にあった建物だった。


 他にも家が多数ある中でなぜこの家を選んだのかは気になるところだが、とりあえず軽く扉をノックしてみる。



 コンコン……。

 ……。



 何も返事が返ってこない。



「あれっ?」

「また居留守を使っているのにゃ。全く……。もういいにゃ。どうせいるから中にはいっていいのにゃ」

「本当に良いのか?」

「もちろんにゃ」



 自信たっぷりに答えるナーチ。

 本当に良いのかなと思いながらも扉を開けて中に入る。



「あっ、待っていたよ」



 部屋に入るといきなり部屋で寝転がっているユリウスに出くわす。

 さすがにいきなり現れると思っていなかったので俺は驚いて一歩後ろに下がってしまう。

 まぁ家自体が広い部屋一つだけの場所なので部屋で寝ているのはおかしいことではないのだが、ここまですぐ近くで寝ているなら返事をしてくれても良いものなのに……。



「いるなら返事をしてくれても良いだろう?」



 クッションを抱きしめながら寝転んでいるユリウスに話しかける。



「ははっ……、ごめんね。どうにも扉を叩かれると無理矢理仕事をさせられる気がしていい気がしないんだよ……。色々とあったからね」



 どうやらユリウスも何か訳ありのようだった。

 それは悪いことをしたなと頭を下げる。



「それは……悪かったな。ゆっくり休んでいるときに」

「いいよ、元々僕が呼んだんだもんね」

「それで何か用があったのか?」

「あっ、そうだったね。僕の仕事についてだよ」

「ナーチの紙には何も書かれていなかったな」

「うん、本当なら何もしたくないんだけどね。ただ、ここだと決まった時間だけしか働かなくて良いんでしょ? それなら今までよりいい扱いを受けそうだから――」

「今まで?」

「うん、そうだよ……。あれっ? もしかして、僕のことに気づいていないの?」



 ユリウスが意味深に尋ねてくる。

 ただ訳がわからない俺は首を傾げる。



「何かあるのか?」

「まぁ、このぐうたらな態度を見ていたらわからなくなるのも無理はないのにゃ。でも、紛れもなくこいつは大賢者ユリウス本人なのにゃ」

「大……賢者?」



 信じられずに思わず聞き返してしまう。

 だって大賢者ってこんなにボサボサの髪ではないし、眠たそうな表情もしていない。


 むしろシュッとしていて、身だしなみも整ってて、誰もが憧れるような存在だった。

 ただ、それが無理やりさせられていたものなら……、なるほど、別の所に逃げ出したくなる気持ちはわかる。




「うん、そう呼ばれていたよ。ただ、おかげで毎日仕事漬け。あまりに忙しすぎてこうやって自由になるためにここに来たんだよ」



 はにかんでくるユリウス。

 それを聞いて俺は思わず頭を押さえてしまう。



 Sランクのエレンや何か隠しているルーに引き続いて、どうしてこうもやっかいそうな相手が領地に来るのだろうか?

 確かにこれ以上ないほどの能力の持ち主だ。

 これから起こるであろうトラブルとかを差し引いてもありがたいほど、今必要な人物だ。



 ただ、俺が休めなくなるんじゃないだろうかとため息を吐かざるを得なかった。



「はぁ……、それで仕事の件だったな。何をするんだ?」

「何でも大丈夫だよ。ただ、この部屋から出ないで出来る仕事にしてくれる?」



 ユリウスの目が少し光ったような気がした。



 家で出来る仕事……、在宅ワークか。

 確かに大賢者ならいろんなことの相談に乗ってくれるだけで十分すぎる。



「それなら俺の相談役としていろんな相談に乗ってもらっても良いか? 直接ここに来させて貰うから」

「えっ、本当に良いの?」



 ユリウスが聞き返してくる。



「まぁそういう仕事もアリだからな。それとも何か問題でもあるのか?」



 嫌なことを無理やりさせるよりここを出たくないなら働きやすい場所で仕事をしてもらった方が絶対にいいもんな。



「何も問題ないよ……。それよりやっぱり面白い人だな……」



 俺の方を見ながらユリウスは小さく微笑み、小声で呟いていた。




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