第9話 大賢者、ユリウス

「ライル様、ライル様、起きてください……。もう朝ですよ……」



 朝早くからゆっくり体を揺すられる。



 誰が起こしてくるのだろう? 今日は確か一日休みだと伝えていたはずなのに……。



 ただ、冷静に考えればすぐにわかった。

 こんなに優しく起こしてくれるのはルー以外に考えられない。

 というか、エレンに起こされることは想像したくない。


 以前畑に大穴を開けたエレンの姿を思い出して、身震いをする。


 ゆっくり目を開けていく。するとすぐ側にあった顔は想像通りルーのものだった。



「おはようございます、ライル様」

「あぁ、おはよう。でも、今日は休みだと言ったはずだが?」

「はいっ、ですからせっかくなので朝食を作ってみようと思いまして……」

「そうか……。もしかして、準備できているのか?」

「はいっ、もうエレンさんは食べて出かけられましたよ」



 せっかくの休みなのにな。

 もっとゆっくり休めば良いのに……。



 そんなことを思いながらもゆっくり体を起こす。



「それじゃあせっかくだから頂かせて貰うよ」

「はいっ、では食堂の方へ来てください」



 ルーに案内されて食堂へとやってくるとそこには焼かれたパンやサラダ、目玉焼き等朝食らしいものが並べられていた。



 ルーが不安そうな視線を送ってくる中、俺は一つずつ口に含んでいく。



「うん、うまいな」

「ほ、本当ですか!? 料理ってあまりしたことがなくて少し不安だったんですよ」



 ホッとした表情を浮かべるルー。

 まぁあまり失敗する料理ではないだろうし、このくらいなら問題ないだろうな。



 ◇



 食事を終えると俺はのんびり領地の中を散歩していた。

 改めて町の中を歩く。

 元は百人規模で住んでいた領地でそれなりの広さがある。


 しかも領地の半分以上が畑ということもあり意外と広大な土地ではあった。


 まぁこれだけ土地が広いのも元々未開だったこの場所を開拓して広げた……みたいな話を聞いたことがある。

 今以上に人数を増やすなら未開の大森林を開拓すればまだまだ領地を広げることもできる。



 そこに今は三人だけ……。



 なんだか物寂しさを感じてしまう。



「はやくもっと人が増えてくれるといいな……」



 今は商人に頼んだ求人だけが頼みだ。

 待つしかできないことが歯がゆいが、仕方ない。

 俺は木陰に座り込むと涼しげな風を感じながら再び横になる。


 すると町の外からゆっくり馬車が向かってくる音が聞こえる。



 もしかして新しい人が来てくれたのだろうか?



 俺はパッと起き上がり町の入り口へと向かって駆けだしていく。



 ◇



 俺の予想通り、馬車には数人の男女、それと獣人族の少女が乗っていた。



「にゃにゃ、貴方がこの領地の領主様でございますか?」

「あぁ、そうだが……君は?」

「申し遅れましたにゃ。私は旦那様よりこの領地に派遣されましたナーチといいますにゃ。どうぞよろしくお願いしますにゃ」

「あぁ、よろしく頼む。ここの領主をしているライル・アーレンツだ。あの商人から……ということはこの人たちはもしかして――」

「にゃにゃ、この領地に来たい人なのにゃ。一応私の方で厳選はさせて貰ったのにゃ。だからあとはライル様にお任せするのにゃ」



 その言葉と同時に一緒に来た人たちは頭を下げていた。

 ただ一人、銀の髪がボサボサに伸びた少年を除いて……。



「にゃにゃ、ここで働かせて貰うんだからしっかり挨拶しないとダメにゃ」

「んっ、よろしくー……」



 軽く手を上げてくる少年。

 その目は眠そうに垂れていて、今この場にベッドがあればそのまま眠ってしまいそうな雰囲気だ。

 背丈は低く体の線は細い。

 冒険者ではなさそうだし、農民というわけでもなさそうだ。



 なんだか不思議な雰囲気を持った少年だ。



 そんな少年を見てナーチは大きなため息を吐く。



「はぁ……、まぁ能力はあるのだけど、色々問題があるやつなのにゃ……」



 ナーチが深々とため息をついていた。

 一方の少年は相変わらずの態度をしたままだった。


 うーん、やはり募集をかけるといろんな人が集まるな……。

 一応募集したのは十人だが、そこまで集まるとは思っていなかった。

 でも、しっかりと十人集めてきてくれたのはさすがだと思う。


 一応お父様の代からの知り合いで、見た目は結構うさんくさい相手だったのだが、散々信用できる相手だと聞かされていたから信用したが、仕事に関しては言うことなしだな。



「それじゃあまずはそれぞれどんな仕事に就きたいか、教えてくれるか? それを考慮させて貰う」

「あっ、それなら既にまとめてあるのにゃ」



 ナーチが一枚の紙を渡してくれる。

 見た目は幼女にしか見えないが、仕事はかなりしっかりしている子のようだ。



「ありがとう、それじゃあじっくりと見させて貰う。あとは住む家だな。どこがいい?」



 それを告げるとやってきた人たちがざわつき出す。

 そして、その中の一人が小さく手を上げて聞いてくる。



「えっと、その……、家が貰えるのですか?」

「当然だろう? 住むところがなくてどうやって働くんだ?」



 当然のことを言ったつもりなのだが、驚きの声が上がる。



「まぁ、ゆっくり相談して決めてくれたら良いよ。家はたくさんあるからな。一応すでにここに住んでいるエレンとルーの家だけ避けてくれたら良い」

「わ、わかりました。そ、それじゃあすぐに選ばせていただきますね」

「あっ、長旅大変だっただろう? とりあえず数日はゆっくり休んでくれていい。何かいるものがあったら俺に言うか、ナーチに言ってくれ。その分の費用は俺に請求してくれ」

「えっ、いいのかにゃ?」



 ナーチが嬉しそうに微笑む。



「……お金……大丈夫?」



 周りの人たちが喜ぶ中、ボサボサの髪の少年が心配してくれる。



「まぁ、この人数なら大丈夫だ。元々領地に残された遺産とあとはエレンが狩ってくれた魔物がいるからな」

「……わかったよ」



 あっさりと引き下がる少年。

 何を考えているのかさっぱりわからないが、どうしてかこの少年だけは不思議な感じがしていた。





 しばらく家の場所を悩んでいた領民達だが、最後はあの少年の意見を聞いてそれぞれ家を決めていった。



 一体あの少年は誰なんだろうか?



 ナーチからもらった紙を見てみる。

 そこに書かれていた名前や希望の仕事は基本的に農民がメインだった。


 最初に畑の近くの家に向かっていったのが彼らなのだろう。


 これが人数の半分を占めていて、一人が鍛冶師、あとの三人は元冒険者で周囲の魔物狩りや領地の護衛を希望している。

 ただ、最後の一人。

 彼だけは希望職業が書かれていない。


 名前はユリウス・アルトシア。



 んっ? どこかで聞いたことある名前だな?



 一瞬首をかしげる。

 おそらくこれが異彩を放っていた彼の名前なのだろう。


 彼自身の姿は見たことないのでおそらくは他人のそら似なのだろう。

 ただ、彼には俺の補佐をして貰えると助かるな。


 特に領地の経営。

 今の条件で領地が回っていくのかとかそういったことを相談できる相手が欲しかった。


 ルーが経理を担当して計算等はしてくれているもののやはり難しいことまではわからないようだった。


 計算自体は間違いがないので助かっているが――。


 よし、明日に一度相談してみるか……。



◇■◇■◇■



「本当にあれでよかったのかにゃ?」



 店の開店の準備をしながらナーチが銀髪の少年に質問をしていた。



「うん、助かったよ。ありがとう……」

「あーっ、もう、商品で寝るにゃー!!」



 床に置かれた柔らかそうなクッションに倒れ込む少年。

 それをみてナーチが大声を上げる。



「これ、僕の必需品……。お金は領主が払うんでしょ……」

「そんにゃことを言って……。ライル様も無尽蔵にお金を持っているわけじゃにゃいのにゃ」

「うん、わかってるよ。冗談で言っただけだよ……」



 少年は懐から金貨を取り出してナーチに渡していた。



「全く、金があるならどうしてこんな領地に来たのにゃ? ここは危険なところにゃよ?」

「どうせどこにいても変わらないよ。それなら僕は極力働かなくても良いところに行くよ。少なくともここは休みの日も貰えるし一日の働く時間が決まってる。天国だよ……」

「大賢者……だもんにゃ。どこでも必要とされているし、引っ張りだこにゃ」

「うん、でも、僕は働きたくない。部屋にこもって出たくないんだよ。幸いここの領主ならそんな僕の要望も最大限にくみ取ってくれそうだからね」



 少年が笑みを浮かべるとナーチはため息を吐く。



「そんにゃ都合の良いことがあるはずないにゃ。一歩も部屋から出ずにお金が貰える仕事にゃんて――」



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