第7話 魔族の襲撃
「これでいいのか?」
クワを再び振り上げたエレンは満足そうな表情を見せていた。
「いい訳ないだろう……」
大きく開いた穴を見て俺はため息しか出なかった。
「あ、あわわわっ……。ご、ごめんなさい……。私が思いっきりなんていってしまったから……」
「いや、ルーは悪くないよ。エレンはすこしくらい手を抜いてくれ。とりあえず耕すのは俺がした方がよさそうだな」
「ま、待ってくれ。このままでは私は何もできないやつみたいじゃないか。も、もう一度やらせてくれ」
必死に頼み込んでくるエレン。そんな彼女を見てルーも小声で言ってくる。
「そ、その……、私ももう少し頑張ってみたい……です」
どうやら二人ともやる気になったようだ。
「それなら別のクワも取りに行くか……。まだ館に余ってたはずだから。ちょっと取ってくるから少し待っててくれ」
「……わかりました」
俺は小走りに館へ向かって走り出した。
◇
普通のクワと少し小さめのクワもあったので、その二つを取って戻ってくる。
そして、三人で畑を耕していく。
とりあえずエレンが開けた大穴は今すぐ使用の用途が思い浮かばないので、そのままにしてある。
「今度は本気を出さずに……だったな。軽く力を入れて……」
ボコっ。
「あっ!?」
エレンがちょうどいい力の込め方を見つけるのは少し時間がかかりそうだな……。
一方のルーは――。
サクッ、サクッ……。
黙々と畑を耕してくれていた。
小さいものなので、耕せる範囲は少ないが、それでも着実に範囲が広がっていく。
ルーを見ていると彼女がそわそわと落ち着かない様子になる。
「そ、その……、どこか変でしょうか?」
「いや、問題ないよ。そのまま続けてくれるか?」
「は、はい!」
嬉しそうに笑みを浮かべて大きく頷くと、ルーは再び畑を耕してくれる。
それに対抗心を燃やしたエレンが力の込め方を色々と変えてなんとか耕そうとするが、大小の大穴を量産していくだけだった。
◇
「指二本で掴むのが一番良さそうだ」
ようやくしっかりと耕せる方法を編み出したエレンは満足そうに畑を耕していた。
ただ、指二本だけでクワを持ち、軽く振り下ろすその様子を見て、俺は苦笑しか浮かばなかった。
それを真似しようとルーも指二つでクワを掴むが、まるで持ち上がる様子がない。
「まぁ、エレンは人間離れしてるから……」
「そうみたいですね……。でも、頼もしいです……」
「ただ……、この穴をどうするか……」
畑を囲むように空いた穴。
全く活用の仕方が思い浮かばない。
もう一度埋めてしまおうかとも思ったが、何か使い道があるかもしれないと考えたらそのままにしてしまっていた。
「……まぁ、埋めるしかなさそうですよね」
「やっぱりそうだよな。エレンはどう思う?」
疲れたのだろうか、いつの間にか畑を耕すのをやめていたエレンに尋ねてみる。
しかし、彼女からの返事は返ってこなかった。
「……エレン?」
「少し静かに……。この気配……」
エレンに言われて俺も意識を集中させる。
何か遠くの方で地響きのような音が聞こえてくる。
「この気配は……魔族ですか?」
ルーが青い顔をしながら確認してくる。
「そうだ。魔族と魔物だな」
たしかにこの領地のとなりには魔族の領地がある。
もしかしてこのタイミングで襲ってきたのか?
「と、とりあえず逃げる準備を……」
「いや、このくらいの数なら大丈夫だ」
「えっ?」
自信ありげに答えるエレンに俺は思わず聞き返す。
すると彼女は一度頷き返してくれた。
「このくらいの敵、私の大剣で叩き潰してやる」
クワを構えながらかっこよく言うエレン。
「えっと……」
ルーが不安そうに俺の方を向いてくる。
「それ、大剣じゃないぞ……」
「……いや、クワで大丈夫だ」
少し恥ずかしそうに頬を染めながらもエレンはクワを深々と構え、音がする方を眺めていた。
◇■◇■◇■
「魔王様にこの領地を捧げるぞ!」
「ぐるぁぁぁ!!」
魔族は魔物を引き連れてアーレンツ領を目指して侵攻していた。
今までは領主夫妻が抵抗して、なかなか攻めあぐねていた領地ではあったのだが、その二人も魔物に殺され、残されているのはその息子ただ一人。
その情報を仕入れてから魔王様の領地を広げるべく、魔族は侵攻してきた。
ろくに抵抗をされることなく簡単に取ることができる領地……。
そう思っていたのだが、その考えはアーレンツ領に辿り付いて改めさせられた。
まず一人だと思っていた住人は三人に増えていた。
まぁ、そのくらいなら誤差の範囲か……。どこかから集めてきたのだろう。クワを持ってるところを見ると農民なんだろうな。
「よし、かかれ!」
魔物に指示を出す。
その声と同時にまずは動きの素早い狼型の魔物、ウルフたちが襲いかかる。
ただ、その瞬間にウルフたちの姿が消える。
「な、何があった!?」
思わず声を上げてしまう。
ウルフたちが消えた場所を見てみるとそこには大きな穴が空いていた。
ま、まさか、俺たちが襲撃してくることを予測して落とし穴を!?
穴に落ちたウルフたちはクワを持った少女によってあっさり倒されてしまう。
ウルフたちは落下の衝撃でろくに動かなくなってる上にあの農民はまるで剣神を思わせる動きだ。
その結果は当然といえば当然だろう。
それを見た瞬間に魔族は一目散にこの場から去っていった。
「き、聞いてないぞ。我々の動きを察知して、あらかじめ罠を張るほどの賢者がいることもそうだが、それ以上に農民ですらあれほどの力を持っているなんて……。こんなやつら相手だと寄せ集めの魔物じゃ相手になるはずがない。まさかこれも新しい領主の力なのか? これほどの相手ならそれこそ魔王様に頼むしかない……」
悔しそうに口を噛み締めながらアーレンツ領から走り去っていく魔族。
そのまま一目散に魔王がいる城へと向かっていき、今の状況を報告する。
すると、魔王は興味深そうな表情を浮かべていた。
◇■◇■◇■
目の前で起こったことが信じられなくて、俺はただ呆然としていた。
魔族が襲ってきた……と思ったらさっきエレンが空けてしまった穴に落ちて、そして、エレンがクワで魔物を倒していった。
「えっと……その……」
「ゆ、夢でも見ているのでしょうか?」
ルーも呆然とそれを見ていた。
ただエレン一人、これが当然のことのように汗ひとつかかずに戻ってくる。
「これなら未開の大森林の方が金になる魔物がいるな」
倒されたウルフたちには目もくれずに頭をかいていた。
「そ、その……、改めてエレンの戦いを見たけど、今日は一段と凄まじかったな……」
まるですぐに倒さないといけない……みたいに見えた。
「あぁ、だってそろそろ仕事が終わってしまう時間なんだろう? ライルにまた余計な金を払わせてしまうと思ったから急いだまでだ」
たしかにそろそろ日が落ちてくる時間だった。
そんなことまで考えてくれていたのか……。それにこの大穴……、意外と魔物たちの襲撃には便利かもしれないな。流石に今のままでは体裁が悪いが、もう少し見た目を整えたら使えそうか。
城の周りにある堀のような雰囲気にするのもありだな。
……まぁ人が増えてから考えることだな。
この人数だとエレンに穴を開けてもらう以上のことは出来ないからな。
「よし、今日はもう仕事を終わろうか。たっぷり働いてくれた礼に腕によりをかけて、簡単に作れる料理をご馳走するぞ」
「それは腕によりをかけて……とは言わない気がします。でも、せっかくですからご馳走になります」
「おっ、ライルの飯か! 楽しみだな」
嬉しそうに笑みを浮かべながら俺たちは館へと戻っていった。
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